【Side:太老】
「正木太老です。皆さんの能力開発を担当します。どうぞ、よろしく」
まさか、女子校の教師をする羽目になるとは思いもしなかった。
呆気にとられている女生徒達。それも無理はない。突然、自分達とそれほど歳の変わらない、男の教師が現れたとなれば驚きもするだろう。
「じゃあ、何か質問があればどうぞ。なければ直ぐに授業に――」
「あ、あの! 正木先生が、白井黒子さんの婚約者って本当の話なのですか?」
「ブッ!」
思わず吹き出してしまった。
そんな話がどこから、と視線を教室の一角に向けると、俺と視線を合わせようとせず、明後日の方向を向いている黒子を見つけた。
誰がその情報を漏らしたか、など問い詰める必要すらない。
「黒子っ!」
「ちょっと口が滑っただけですわ! それに事実じゃありませんの! 親公認ですし」
「だからって、こんな場所で言い触らす奴があるか!」
そう、色々とあって、俺と黒子は両親公認の婚約を結んでいた。
うちの母親、そして鬼姫が一緒になって、いつの間にか面白可笑しく婚約の話が決まっていた、と言う訳だ。
その理由の一つに、この辺境に新しく発見された地球によく似た惑星が、いつの間にか樹雷の管轄区に登録されており、この太陽系一帯が俺の所有領に指定されていたことにあった。
全部、俺が鬼姫の下で働いていた頃に、水穂が貯金してくれていた俺の金でやったこと、という話だったが、まさか辺境とはいっても太陽系を丸々一つ所有できるだけの資金が俺にあるとは夢にも思わなかった。
まだ未成年だということで水穂が金の管理をしていてくれたのだが、思った以上に艦隊司令補佐や情報部副官補佐(一言で言うなら鬼姫のパシリ、水穂のお手伝い)という立場は給料がいいらしい。成人したら水穂が全額渡してくれる、という話だったので、実のところ少し楽しみだった。
『――きゃあっ!』
と、そんなことを説明している場合じゃなかった。
俺と黒子の話を聞いて、騒ぎ始める女生徒達。既に授業どころの話ではない。
そう、鬼姫が俺と黒子の婚約話を持ち出したのは、不可抗力とはいえ、黒子やミサカ達を宇宙に連れ出したこと、そしてあの辺り一帯を俺が治める適当な理由を付けるのに都合がいいから、ということだった。
実際、そんなのは建て前で、俺が慌てふためく姿が面白いから、という理由に決まっている。
久し振りに再会した水穂に、『ご愁傷様』と同情的な言葉を投げ掛けられたことは記憶に新しい。
「是非、お二人の馴れ初めなどを、詳しく聞かせて頂きたいのですがっ!」
もう、本当に勘弁して欲しかった。
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第38話『とある日常の風景』
作者 193
「これって……」
「今の学園都市の中枢。嘗ての統括理事会が拠点を置き、活動していた場所ですわ」
放課後、美琴を案内して学園の中枢とも言える本部ビルに足を運んでいた。
中に入るなり、見覚えのあるメンバーを前にして、美琴は更に驚きの声を上げる。
空間モニターが所狭しと広がる未来的な雰囲気の中、中央コントロール室で待っていたのは、
「あら、御坂さんお久し振り」
「お姉様、お久し振りです、とミサカは丁寧に頭を下げて挨拶をします」
「ああ、これはどうもご丁寧に……って、何でアンタ達がここにいるのよ!?」
本部ビルの中央コントロール室で働いていたのは、二十名のミサカと、嘗て絶対能力進化計画に携わっていた研究者の一人、芳川桔梗だった。美琴が驚くのも無理はない。
行方不明になっていた、いや、この世界ではそもそもいなかったことにされている妹達がここにいて、その上、芳川までこうして学園都市の中枢で働いていたのだから。
「何がどうなって!?」
「それに関しては、俺が説明するよ」
こうなった原因、そして俺が教師として学園都市に戻ってきた理由。それを美琴に説明するために、こうして招いた訳だ。
既に他の関係者――俺のことを覚えている人達には、美琴と同じように事情説明を行っていた。
俺が戻ってきた理由、その一番の原因は、この書き換えられてしまった世界その物にあるのだから――
「やっぱり……この違和感アリまくりの世界はアンタの仕業だったのね」
鷲羽曰く、俺の能力の発現によって書き換えられた第二の地球。この宙域一帯には、頂神の力すら働かない強制力が働いているらしく、過去に時間を巻き戻し、元通りにしようとしても、既に書き換えられてしまった世界を修正することは不可能との話だった。
要約すれば、世界の情報とも言える根幹部分に、あたかも最初からそこに存在したかのように、情報の割り込みがかけられている、という話だ。
この事に気づけているのは、俺と関係の深かった人物達だけで、他の者は誰一人この違和感に気づくことが出来ないでいるのだという。
因果情報の補完だとか、世界の修正力だとか、難しい言葉を色々と並べていたが、結局のところ何一つ原因が分からない、という話だった。
「えっと、ごめん……さっぱり意味が分からないんだけど」
「心配するな。説明している俺も、殆ど何がなんだか分かっていない」
鷲羽に分からないモノが、俺に理解出来るはずもない。
唯一分かっていることは、こうなった原因の中心に俺がいるということだけだ。
だからこそ、俺達がこうしてここにいる。
「俺達の目的は実態調査と、経過観測だよ。原因が分からない以上、この先、何があるか分からない。それに、俺との因果が強い世界だから、実際に俺が行った方が変わった結果がでて調査もしやすいんだと」
ぶっちゃけて言ってしまえば、こうなってしまった責任を取れ、ということだった。
原因の特定までは不可能でも、無理矢理書き換えられてしまった世界で、どこに歪みが生まれるか分からない。
この世界は、超能力者の他に、『魔術師』と呼ばれる不思議な力を使う連中もいるようだし、学園都市がこのまま衰退するようなことがあれば、世界の勢力バランスが崩れ、更に良くないことが起こる可能性もある。
本来であれば、恒星間移動技術も発達していない初期段階文明に意図的に関わることは禁じられているが、今回はその原因を作ったのが俺であるために、少なくとも問題なしと判断されるまでの間は秘密裏に介入していく方針で決まっていた。
ここを俺の私財で個人所有宙域に指定し、樹雷の管轄区にしたのも、そのためだ。
計画したのは鬼姫、手配をしたのは水穂なのだろうが、相も変わらず、この手際の良さには感心する。
で、アカデミーで研修と体の再調整を受けて帰ってきた妹達と、現地で俺のことをよく知っている関係者の一人である芳川に協力を依頼し、こうして学園都市を裏から操っていると言う訳だ。
「じゃあ、政府から送られてきたっていう官吏とか、市民から選ばれた代表というのは?」
「実際にいるよ? 表向きはそうして置いた方が何かと都合がいいし。それに俺達が介入するのはあくまで、先日の事件の影響で問題があると思われる部分だけだから」
「何だか、頭が痛くなってきたわ……宇宙人とか、学園都市の黒幕とか……」
黒幕とは言い得て妙だ。
期間限定とは言え、以前の統括理事会の椅子に座っているようなモノだし、それも満更間違いではないだろう。
しかし、俺達の後についているのは、あの鬼姫と鷲羽だ。まだ、以前の統括理事会やアレイスターの方がずっと可愛げがあったと思わなくない。
ある意味でこれ以上、黒幕という言葉が似つかわしい人物は他にいないとは思うが。
美琴もその内、鬼姫や鷲羽とも顔を合わすこともあるだろう。その時に、俺と同じ印象を抱くはずだ。
「結局のところ、アンタが原因で、その責任を取るために戻ってきた、そういうことでいいのよね?」
「……簡単に説明するとそういうことだな」
他に例えようがないほど簡潔な答えを、美琴がだしてくれた。
俺の責任と言われても、本人に自覚がないのでなんとも言えないところなのだが、原因の一端を担った訪希深は鷲羽の実験室送りになったことだし、さすがに俺も同じ目には遭いたくない。
正直、まだこちらの方が気分は楽だった。
「はあ……まあ、取り敢えず『お帰りなさい』」
「へ?」
「再会の挨拶が蹴りになっちゃったからね。握手よ、握手。色々と納得行かないところはあるけど、アンタのお陰で救われた人達も大勢いる。それに私も……そこだけは感謝してるから」
美琴が俺に感謝を? 嘘のようにしおらしい美琴を見て、俺は思わず目を丸くする。
隣にいた黒子も驚いている様子だった。ミサカ達も作業の手を止めて、固まっていた。
「大変ですわ! お姉様が太老菌に感染してしまわれましたわ!」
「直ぐに病院に、いえアカデミーに搬送した方がいい、とミサカは進言します」
「……アンタ達ね」
黒子とミサカの慌てようを見て、眉間にしわを寄せ怒りで声を震わせる美琴。
ってか、太老菌ってなんだ? 太老菌って。
「久し振りにあって直ぐにそれか! ちょっと待ちなさい黒子! それにアンタ達もっ!」
感動の再会も何もない。そこにあるのは懐かしい、今となっては当たり前の日常。
美琴の怒りを察知して、一目散に逃げ出すミサカ達と黒子。
「何、一人だけ関係ない、って顔してんのよ!」
「いや、関係ないだろ!? 俺は何も言ってないぞ!」
「嘘! 顔に書いてるわよ!」
「そんな理不尽な話があるか!」
「ちょっと、こんなところで能力なんて使ったら――」
最後に芳川の悲鳴が聞こえた気がした。
美琴の電撃で、中央コントロール室にあった機械の尽くが火花を上げ、小規模な爆発音を幾つも響かせる。
思ったことは一つだけだ。やはり、俺に平穏な日々は訪れそうにない。
◆
「やっときた……って、何でそんなにボロボロなんだ?」
「野良犬に噛まれた……いや、あれは怪獣か」
「はあ?」
結局、美琴が止まったのは、中央コントロール室を半壊させた後のことだった。
ミサカ達と黒子はさっさと逃げてしまうし、芳川もいつの間にかいなくなっていた。本当に薄情な奴等だ。
お陰で、色々とストレスも溜まっていただろう美琴の標的にされ、服はボロボロ、煤だらけになってしまった。
木原が俺の姿を見て、不思議に思うのも無理はない。
「相変わらずみてェだな。つーか、一層悪くなってねェか?」
「そう思うなら、代わってみるか?」
「ククッ! それも面白そうだが、遠慮しとくよ」
こいつも相変わらずのようだ。
木原には先に連絡を取って、学園都市とその周辺勢力の現在の実情を調べてもらっていた。
性格に色々と問題のある奴だが、使えない奴ではない。天才と称された頭脳や、猟犬部隊の隊長をしていた手腕は確かだ。
「こいつが頼まれてた資料だ」
「助かったよ。しかし、随分と大人しくなったな。やっぱり、お前でも逆らえないモノがあるんだな」
「っ! あれが規格外なだけだ!」
実のところ、現地で使いやすい駒がいないか、と鬼姫に尋ねられた時に木原を紹介(売り渡)したのは俺だった。
木原との直接交渉は鬼姫が行った、と言う話だったが、余程怖い目に遭ったのか、その後は随分と素直で大人しくなった木原がいた。
『死ぬより怖い目に遭った』
と怯えながら言う木原を見て、本当に何をしたのか、と疑問が湧いてくる。
とは言え、晴れて再び『飼い犬』となった木原を、あの鬼姫がすんなり逃がすとは思えない。
躾の行き届いていない駄犬を調教するのはお手の物だろう。俺に矛先が向かないだけ、木原には感謝していた。
苦労することは確実だろうが、少なくとも木原にとっては人生をやり直す絶好のチャンスだ。
本人にとっても、それほど悪いことにはならないだろう。あの鬼姫だし、それだけは信頼してもいい。
まあ、最初から出会わなければよかったのではないか、と思えるくらい、とてつもない苦労を強いられることにはなるだろうが……。
「はあ……」
鬼姫との出会いを思い出してか、深く溜め息を吐く木原を見て、嫌な親近感が湧いていた。
これは鬼姫の標的にされ、苦労を共にした仲間にしか分からない気持ちだ。
巻き込まれるのは嫌なので、木原の今後を思うと同情や応援することしか出来ない。
「頑張れ……多分死ぬほど大変だろうけど」
これが罰だというなら、木原は既に十分すぎる罰を受けていることになる。
これは予想などではない。確定された事実なだけに、俺はそれ以上、木原にかける言葉が見つからなかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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