【Side:鷲羽】
「――――訪希深! 津名魅!」
広がる闇。惑星を中心に広がっていく漆黒の闇は、目の前に広がる全ての星々の光を呑み込んでいく。
力の封印を解き、頂神として現界した私達の力すら通用しない――闇。
その闇は、銀河全てを浸食するかのような勢いで貪欲に、星を、光を貪り、広がりを見せる。
「姉様! このままではっ」
「それでもやるしかない! 何としても抑えるよ!」
訪希深の絶望の籠った叫びが、この事態の深刻さを物語っていた。そう、こうなった原因を作ったのは私達だ。
あの子≠フ力が、いや存在その物が普通ではない事に気付いていながら、私には慎重さが足りていなかった。
魂と呼べる部分に掛かった不可解なプロテクト。あらゆる科学的アプローチからも、分かった事は『解析不能』という事実だけ。
この宇宙一の天才科学者、『伝説』とまで称された哲学士『白眉鷲羽』が、その知識の全てを集約しても何一つ解明する事が出来なかった。
だからといって、安易に頂神の力≠ノ頼ろうとした私が愚かだった。
あれほど、天地殿の件で自分を戒めていたというのに、何が私を駆り立てたのか?
いや、その行動に至るまでの過程すらも、あの子≠フ力によって私まで影響を受けていた証明なのかもしれない。
だが、今更それを言ったところで、単なる言い訳にしかならない。
「お願い……正気を取り戻してっ」
本当の弟のように可愛がっていた少年が、この世界を滅ぼす原因と成りつつある現実に、津名魅は苦痛に満ちた険しい表情を浮かべる。
少しでも効いているのであればいいが、そもそも頂神の力その物が……高次元からの干渉があの子≠ノは効果がない。
姉妹三人の力を合わせ、何とか暴走を食い止めようと試みるが、私達にあの子≠フ力を抑えられるだけの力はなかった。
「あれは、GP艦!? 何故、こんなところに――」
「津名魅! もう無理だ!」
私の制止も聞かないまま、闇に呑み込まれていくGP艦を助けようと手を伸ばす津名魅。
しかし、時は既に遅かった。津名魅が意識を逸らした事により、何とか均衡が保たれていたバランスが崩れ去る。
闇の中心から溢れ出た強大な圧力により、超次元へと押し戻される私達。
「――次元の殻が破れる」
超次元に押し戻された私達が見たモノは、世界を突き破る黄金の光。
まるで、世界全てを黄昏≠ヨと染め上げていくその光景に、私達は目を奪われていた。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第1話『正木の麒麟児』
作者 193
【Side:太老】
「手間を掛けるね。それじゃあ、例の宙域は――」
『はい。連盟会議、最高評議会共に決議を終え、無事、樹雷管轄下の観察宙域に指定されました』
「瀬戸殿にも礼を言って置いておくれ。詳細は後日、そっちに直接、報告に上がらせてもらうよ」
『はい。それで鷲羽様……太老くんが高熱をだして寝込んでいる、と聞いたのですが大丈夫ですか?』
枕元で誰かの声が聞こえる。二人? 一人は鷲羽のようだが、もう一人は……
「……水穂さん?」
『太老くん! もう、体調の方はいいの?』
「へ?」
「昨晩まで高熱をだして、うなされてたんだよ。覚えてないのかい?」
「うっ……そういえば、何だか体が少しだるいような」
鷲羽にそう言われてみると、少し寝汗を掻いたような跡があった。
余程、高い熱でうなされていたのか? どうにも記憶がはっきりとしない。
はっきりとしない頭を左右に振って、前を振り向くと、先程まで鷲羽の前にあった水穂を映し出していた空間モニターが、直ぐ俺の目の前まで移動していた。
『……本当は、直ぐにでもお見舞いに行きたいのだけど、ごめんなさい。瀬戸様のお守りとか瀬戸様のお守りとか瀬戸様のお守りとか。とにかく、やる事が一杯でね。ああ、瀬戸様って言っても分からないわよね』
「気にしないでください。そのお気持ちだけで十分ですから。それにほら、もう熱も下がったみたいですし」
瀬戸……『神木瀬戸樹雷』の事は知っているのだが、敢えて知らないフリをする事にした。
平穏に生きるためには、絶対に関わってはいけない人物ベストスリーに名を連ねる一人だ。
こうして水穂と知り合いになった、と言うだけでも色々と危険を孕んでいるというのに、あの『樹雷の鬼姫』に目を付けられたら何があるか分かったモノではない。
水穂や関係者には厳重に言い含め、『二人だけの秘密にして欲しい』などと言って、出来るだけ周囲の注目を集めないように口止めをしているくらいだった。
『それでも、無理はダメよ。ああ、それと天女ちゃんが『太老くんが倒れた』って聞いて、血相を変えてそっちに向かったから、そろそろ到着する頃だと思うわ』
「げっ!?」
――柾木天女
決して悪い人ではないのだが、色々とスキンシップの激しい人なので苦手な相手だった。
(向こうは子供をあやしているような感じなんだろうが……中身はいい大人だしな)
俺は現在、五歳。もう直ぐ六歳になろうかというピチピチの五歳児だが、精神年齢は軽くその数倍、歳を食っている。
と言うのも、この『正木太老』という『天地無用!』の登場人物に転生をする以前の記憶を、俺は大体のところ覚えているからだ。
正確に言えば、この世界の事は転生する前、アニメや漫画と言った架空の創作物として、見聞きをして知っていた。
初めてこの世界に来た時、当然その事に驚き、困惑し、『これが夢ではないのか?』と頭を抱えたモノだ。
こちらの世界に転生してから五年――いや、そろそろ六年になるか?
最悪の危険人物とも言える白眉鷲羽に捕まり、柾木家の人々と交流を持つようになってから、そんな些細な事はどうでもよくなっていた。
今の俺の願いはただ一つ、『鷲羽の手から逃れ、平穏に過ごしたい』――これだけに尽きる。
『それじゃあ、太老くんお大事にね』
「はい、態々ありがとうございました」
柾木水穂――彼女は瀬戸の件がなければ、本当に良くできた女性だ。
相手が子供でも対等に扱ってくれるし、鷲羽のように理不尽な事を要求しない。天女のようにスキンシップが過剰な事も、暴走をするような事もない。
それでいて、仕事も出来て家事も万能、普通なら男が放って置かないほど、またとない良妻賢母な資質を持った女性だ。
婚活もしているという話だったが、しかし、やはりその妨げとなっているのは瀬戸の副官という立場だった。
世間で『瀬戸の盾』などと呼ばれている所為で、中途半端な男はその名前を恐れて近づいて来ず、有能な男は水穂が優秀すぎる事で、その能力に感服してしまい敬意を示すばかりで、一人の女性として見られる事がない。それに彼女の母親であるアイリの悪名が轟いている事も、結婚の妨げとなっている事は間違いない。
公私共に様々な部分で損をしている、何とも不憫な女性だ。
今から一年前、柾木家の新年会で初めて会った時に、様々な誤解と込み入った経緯があって、酔った彼女の愚痴を聞いてやった事があった。
殆どは、一向に上手く行かない婚活や、彼女の上官である『瀬戸』や、彼女の母親『アイリ』に対する不満ばかりだったが、俺も鷲羽の件があるだけに共感できる部分が数多くあり、結果的に意気投合する事になった。
四歳児に相談する七百歳の大人というのも考えてみるとおかしな光景だが、同じような理不尽な状況に苦しめられた経験を持つ仲間に、年齢や性別などといった問題は些細な事に過ぎない。
水穂と俺の間には、同じ経験をした者にしか分からない、確かな絆があった。
――ヒュウゥゥゥン!
「この音……」
「噂をすれば何とやら、来たみたいだね」
空から柾木邸に近付いてくるエンジン音。それが誰のモノかなど、考えるまでもなかった。
【Side out】
【Side:天女】
太老くんが倒れたと聞いて、私は遣り掛けの仕事をそのままに、慌てて地球に帰ってきた。
アイリ様も太老くんの容態が気になっていた様子だったが、アイリ様が一緒では太老くんもゆっくりと休めないだろうと思い、後を追って来れないようにあらゆる方面から包囲網を敷き、残った全ての仕事をアイリ様一人に任せて(押しつけて)来た次第だ。
こういう時のために、普段迷惑を掛けられながらも、黙って貯めて置いたアイリ様への貸し(アイリ様貯金)を一つ使って――
涙目で『天女ちゃんの鬼! バカ! 人でなし!』と叫んでいたようだが、構っている暇はなかったので放ってきた。
今頃は銀河アカデミーの理事長室で、有能な秘書達に監視されながら、黙々と書類整理に明け暮れている事だろう。
「太老くん、ア〜ン」
「……あ、あ〜ん」
太老くんの口元に、蓮華ですくったお粥を運んであげる。
恥ずかしいのか? 照れた様子で黙々と口を動かしてお粥を食べる太老くんの仕草が、とても可愛らしかった。
正木太老――彼に出会ったのは今から三年前。彼が二歳の時だ。
あの伝説の哲学士、白眉鷲羽様が目を付けた麒麟児。
生まれた頃から、はっきりとした自分の意思を持っており、言葉も理解していた、という超天才児――それが彼だった。
彼の才能を感じ取り、鷲羽様も隠しきれないと判断されたのだろう。
本来であれば、一定の歳になるまで子供達には隠し通すはずの柾木・正木家の秘密も、彼には一早く、鷲羽様と彼の母親であるかすみさんにより、彼に告げられたという話だ。
そう、生まれでたその時より、彼は何もかもが規格外な存在だった。
既に、剣術の達人としても知られる私の祖父に、基礎の手解きを受けているという。
五歳という年齢を考えれば、お爺ちゃんの鍛錬についていけるだけでも十分に凄い事だ。
その上、鷲羽様やかすみさんの教育を受け、二年も前からアカデミーに精通する知識を仕込まれている、というのだから驚きを隠せない。
客観的な事実だけを述べれば、彼の事を『白眉鷲羽の弟子』と呼んでも間違いではなかった。
あの鷲羽様に見込まれ育てられているという事は、将来、学者としても『哲学士』として活躍できるほどの資質を秘めているという事だ。
その上、幼い頃の天地に似て、とても可愛らしかった。
少し好奇心旺盛でやんちゃなところもあるが、基本的に礼儀正しく、子供とは思えないほど気配りが利き、女性に対する細やかな配慮も出来る。あのアイリ様を、第一声で『アイリお姉様』と呼んだ時には正直驚かされたほどだ。
その所為か、アイリ様も太老くんの事を随分と気に入っている様子だった。
アイリ様を足止めするのに、時間と手間が掛かった理由もここにある。
そして時々、彼が子供である事を忘れてしまいそうになる事がある。
大人の女性をドキッとさせるような事を、彼は平然と言ってのける事があるからだ。
前に一度、彼をアカデミーに新しく出来たという、遊楽施設に招待した事があった。
その時、アイリ様や、鷲羽様をお誘いしてみようか、と考えていたのだが、
『天女さんと二人きりが良い』
なんて思わず抱きしめたくなるような可愛い事を言うモノだから、太老くんの言うとおりに二人きりで遊びに行き、本当にギュッと抱きしめてしまった。
後でその事を知ったアイリ様が、『何故、自分を誘ってくれなかったのか?』と愚痴を溢していたが、それは無理な相談だ。
『今日の事は二人の秘密』
と太老くんと約束を交わしていたので、今もその思い出は私の胸の中に大切に仕舞っている。
最近では私も、そろそろ『結婚』というモノを、真面目に考え始めるようになっていた。
こう言っては何だが、将来性も高く、賢く、可愛く、礼儀正しく。こんな子は探しても、滅多に見つかるモノではない。
そして、幼い太老くんを見て、『私の生涯の伴侶はこの子しか居ない!』と直感を感じ取った。
将来性を考えれば、十年、十五年後の未来。彼は、きっと世間の注目を集める、素晴らしい男性に成長しているはずだ。
瀬戸様やアイリ様にこんな事を相談すれば、『さあ、お見合いだ!』と玩具にされるに決まっている。
それならば、自分で生涯の伴侶を捜し、子供の頃から洗脳……色々と仕込んだ方が良い、そう考えての行動でもあった。
「あの……天女さん、一人で食べられるから」
「ダメよ。熱が下がったといっても病み上がりなんだから、もう少し安静にしてないと」
幾ら才能があるといっても、彼はまだ子供だ。これまでの無理が祟ったのだろう。
色々と頑張りすぎてしまう子だから、周囲の大人達が気をつけてあげないと、こんな事になる。
「ほら、口を開けて」
「うっ……」
また無茶をするのだろうが、せめて今くらいは――
【Side out】
【Side:鷲羽】
「……姉様、すまなかった」
「訪希深か……別にアンタだけの所為じゃないよ。あれは私の不注意でもある」
「しかし、我の所為で太老の事が知られてしまったのではないか?」
「瀬戸殿は気付いただろうね。多分、誤魔化しは利かないだろうし、こっちも覚悟は決めとかないと」
ここから十数光年離れた場所にある、樹雷管轄下に指定された観察宙域。太老の能力の暴走により書き換えられた宙域だ。
一見、何も変わっていないように思える極普通の宙域だが、確かにそこには前の世界にはなかった新たな情報が上書きされていた。
星の配置から、その宙域にある全てが、以前の宇宙とは作りが違う。だが、この事に気づけている者は少ない。
当然だ。それが最初からそうだったかのように、人の意識では気づけないレベルで極自然に変えられていたのだから――
この事に気がついているのは、頂神である私達と……そして真っ先に、私に接触を取ってきた瀬戸殿だけだ。
樹雷管轄下にあの宙域を置くという話も、瀬戸殿からでた提案だった。
この原因となったのは言うまでもない。私の不注意だ。
確かに原因と成った太老の魂への接触を試みたのは訪希深だったが、私はそれを予測し止める事が出来たはずなのに、そうしようとしなかった。
太老の特異性を知りながらも、私の見通しが甘かった証拠だ。
特殊な存在である事は理解出来ていたが、まさかあんなモノを『魂』と呼べる部分に隠しているとは、想像も出来なかった。
しかし、それも今となっては言い訳にしか成らない。こうなった原因の一端は、間違いなく私にあった。
ギリギリのところで暴走は止まり、最悪の事態は回避されたが、一歩間違えていれば世界はあの瞬間にも終わっていたかも知れない。
原因はやはり、太老の魂。あの子の存在≠ニ呼べるモノに、原因を探る鍵が隠されているはずだ。
「時間を戻して元通りに出来ればよいのだが……」
「分かってるだろ? あの力の前に私達の……頂神の力は効果がなかった。同じように、あの力によって書き換えられた世界の情報に手を加える事は出来ない。時間を戻したところで、『最初からアレはあそこにそうしてあった』という事実以上のモノは出て来ないんだからね」
「しかし、それでは太老が……」
「あの子の魂を形成しているアストラルに、何かがあるという事は分かった。しかし同時に、あの子に手を出す事が危険だという事も立証された。干渉するだけでもあの有様だったんだ。肉体という楔を失い、死を迎えるなどのショックを与えれば、どうなるか分からない。アストラル海に霧散するだけならいいが、最悪の場合……胸に爆弾を抱えているようなモノだよ。それも、世界中を巻き込むような、とんでもない爆弾をね。少なくとも、誰かがどうこう出来るなんて問題は、とっくに過ぎてしまってるさ」
それでも最悪の場合は、時間凍結などの処理をされて隔離される可能性も考えれる。干渉する事が出来ない、殺す事は出来なくとも、排除する方法など幾らでもあるからだ。
そして、瀬戸殿は恐らく自身が持つ情報から、あの宙域で起こった異変を感じ取ったはず。私が太老を保護している事からも、大体の目星を付けて接触して来ていると考えていいだろう。
最悪の場合を考え、私達も覚悟を決めておかなくてはならない。太老を切り捨てるか、それとも――
しかし、太老が隔離されるなどという話になれば、間違いなく悲しむ子達、それに反抗する子達が出て来るはずだ。
「選択を間違えたら、宇宙戦争にでも発展しかねないね……」
これもあの子の確率変動の影響なのか? どちらにせよ、人類は崖っぷちに立たされているという事だ。
瀬戸殿もバカではない。副官の水穂殿にも詳細を告げず、まず私に接触してきたという事は、事の重要性を理解し、こちらの出方を窺っているという事だ。
交渉の余地があるとすれば、その辺りだと考えていた。
「姉様、大丈夫だ! いざとなれば、我が何とかする!」
「……具体的に聞くけど、どうする気だい?」
「我が管理する別世界に太老を送ればいい。当然、その後の太老の面倒は我が見るから何の心配もないぞ!」
「……却下だね」
「な、何故だ!? 我とて責任を感じてだな!?」
「全然懲りてないようだね!? 元々はアンタが太老を攫ってったから、こんな事になったんでしょうが!」
「さっきと言ってる事が違うぞ! 姉様!?」
「確かに私にも責任の一端はあると言ったが、それとこれは話が別だよ! 今度、同じ事をしたらモルモットにするからね!」
「それを言ったら、そもそも姉様が最初に、太老を独り占めしていたからいかんのではないか!」
「ああ、もう! あの子はどこでフラグを立てたんだい!? こうなる事を予見して、態とアンタには太老の事を任せなかったんだよ!」
訪希深が太老に興味を抱いている事は知っていたが、全く何処でいつの間にフラグを立てたのか分からない。
結局のところ、今回の事も最初から、あの子に踊らされていただけなのかもしれない、と思うと、何ともやるせない気持ちで一杯だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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