台風親子(夕咲と桜花)が去った後、阿重霞達の執拗な追撃(追及)から難を逃れた俺は、何とか生き残る事が出来た。
色々とあったが、目標としていた高校に特待生として通える事になり、来月、中学の卒業式を迎える事になる。
東京で一人暮らしをする事になる部屋の問題も手抜かりはない。設計事務所をやっている信幸のツテで、安い学生用アパートを貸してもらえる事になったからだ。
それに、好物の酒のあてを制限してコツコツと貯めてきた貯金が、当面の生活費に困らない程度には貯まっていた。
アルバイトをしながらであれば、十分に暮らしていけるはずだ。
「ふむ……」
そして、ここまで準備を進めてきた俺は、最後の難関とも言うべき鷲羽と対峙していた。
幾ら鷲羽といえど、ここまで用意周到に準備を進めた後では、今更、他所の学校に行けとは言わないだろう。
それにこれは、宇宙に連れ出されないための予防策でもあった。
一番恐れていたのは、それだ。
正木家の人間は一定の年齢になれば、宇宙の事を告げられ、地球でこのまま暮らすか、宇宙に行くかの選択を迫られる。
そして俺の場合は、その選択権が鷲羽に握られている、と言っても過言ではない。
鷲羽の事だ。天女がアカデミーへの留学を俺に勧めてきたように、これ幸いと宇宙行きを勝手に決めても不思議ではない。
つまり、ここではっきりと俺の意思を告げておく事が重要だった。
それも、可能な範囲で外堀を埋めた状態で。
「いいよ、アンタの好きにしな」
「……へ? いいのか?」
「一人暮らしするなら金もいるだろ? その分をアンタの貯金から出してあげるから、それも持って行くといいよ」
「俺の貯金?」
「ああ、こういう時のために、アンタの貯金を取ってあってね。研究費用とかもそこから出てるの……気付いてなかったのかい?」
「いや……全然」
直ぐに高校行きの許可をくれた事には驚いたが、それよりも驚きだったのが、鷲羽が俺のために貯金をしてくれていた事だ。
思いも寄らなかったサプライズに、俺の中で鷲羽の好感度が急上昇していた。
今まで、散々な目に遭わされ続けてきたが、それも鷲羽なりに俺の事を考え、愛情を注ごうと頑張ってきた結果なのかもしれない。貯金の話が、何よりの証だ。
「ごめん……俺の事をそこまで考えていてくれてたなんて……俺、全然知らなくて」
「いいんだよ。アンタは私の息子も同然じゃないか。子供の事を考えるのは、母親として当然の事さ」
「鷲羽……いや、鷲羽母さん!」
「太老!」
ガシッ! と熱く抱擁を交わす俺と鷲羽。
その一部始終を見ていた砂沙美達も、親子の感動的な場面を目にし、目尻に涙を浮かべていた。
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第14話『最後に笑う者』
作者 193
中学の卒業式――を終えてきたはずの俺の服装が、何故、学生服ではなく体操服……ジャージなのかは聞かないで欲しい。
卒業式、第二ボタン……俺は卒業式という日に、女性の怖さを改めて思い知った気がする。
「あなたが太老ちゃんね。初めまして、私は神木瀬戸樹雷――」
そして目の前にいるのは、あの『樹雷の鬼姫』――神木瀬戸樹雷。
入学式と同じ面子に見送られながら、何とか無事に卒業式を終え、こうして柾木家の前で俺を出迎えてくれたのが……この人だった。
全く思いも寄らない人物の登場に、俺はどうしたモノかと思考を巡らせる。
ここで下手な事をいえば、卒業式が人生最後の日になりかねないからだ。
(あれ? これ、前にも言ったような?)
とにかく、俺は今、人生最大の選択に迫られていた。
「初めまして、綺麗なお姉さん。『神木』って、ノイケさんのご姉妹ですか?」
「まあ、随分と正直な子ね。気に入ったわ」
取り敢えず、初めてのフリをしようと無難な言葉を搾りだしたが、我ながら『姉妹』は無理があったように思える。
とはいえ、何とか最悪の選択は回避出来たようで、ほっと胸を撫で下ろした。
「入学祝いは、喜んでもらえたかしら?」
「その節はありがとうございます。あのジュースなら、美味しく頂きました」
「そう、それはよかったわ。実は、今回も祝いの品を用意してあるのよ」
「え……?」
瀬戸の言葉には、モノを言わせぬ力があった。
前回は天然百パーセントのジュース。今回も同様にジュースならばいいが、どうにも嫌な予感しかしない。
そう、この笑顔……これは鷲羽が悪巧みをしている時の表情と酷似していた。
「はい、これ」
「……手紙? いや、まさかこれって」
「そう、樹雷への招待状よ。正木――太老殿」
樹雷皇家の封印がされた、一通の招待状……ではなく召喚状。俺は瀬戸の言葉に驚き、慌てて中身を見る。
そこには、神木家聖衛艦隊への召集を促す文書が記されていた。
しかも、ご丁寧に神木瀬戸樹雷、それに正木かすみと白眉鷲羽の承諾のサインまである。
(――あの鷲羽!?)
少しでも鷲羽を信じた自分を殴ってやりたい。あの感動的な場面は、本当に何だったのか?
最初から、瀬戸と一緒になって全て仕組んでいた、という事だ。
「あの……お祖母様」
「あら、砂沙美ちゃん。大きくなって」
「いえ、そうではなくて……太老ちゃんが樹雷軍に配属される、って話」
「本当の事よ。事後承諾みたいなカタチになっちゃったけど、既に最高議会の承認を得た、これは決定事項なの」
――冗談ではない。そんな勝手な話があるか!
と口に出してなど言えるはずもなく、俺は柔らかく既に進路が決まっている事を瀬戸に告げる。
「あの……俺、高校への進学が決まってるんですけど」
「残念ね……私も出来れば、そうさせてあげたいのだけど、ほら龍皇の件≠ニかもあるでしょう?」
「うっ!?」
「結果的にはアレでよかったのだけど、一部では議会の承認も得ず、龍皇を勝手に改造した太老殿の処罰を求める声も多くてね」
確かにあれは自分でもやり過ぎだったかな? と思わなくはなかった。
しかし、三年も経った今になって、その話を持ち出してくるとは……。
明らかに、作為的なモノを感じる。現に瀬戸の微笑みが、それを裏付けていた。
「勿論、私としては太老殿を処罰などしたくはないの。でも、このままと言う訳にはいかないのは、分かってもらえるかしら?」
「ええ、まあ……」
「そこで考えたのよ。最初から、私の依頼で『龍皇』に手を加えた、という話にすれば太老殿も処罰されず、こちらの面目も保たれる。でも、そのためには太老殿を地球人≠ニして置く訳にはいかない。私の依頼だった、という話に信憑性を持たせるため、太老殿には一時的とはいえ、私の部下になって頂き、樹雷に来て欲しいのよ」
「一時的……と言いますと、どのくらい?」
「それは太老殿次第ね。十年かかるかもしれないし、三年、いや一年で済むかもしれない。誰もが、この私の部下と認める働きを見せてご覧なさい」
これから何年掛かるか分からない期間を、樹雷の鬼姫の下で……艦隊勤務。頭が痛くなる話だ。
砂沙美も瀬戸の意図を察してか、何も言えず渇いた笑みを浮かべている。
ここで断る事は簡単だが、そうなったらあらゆる手段を使って、瀬戸は俺を宇宙へ連れ出そうとするだろう。
こうして本人が出張ってきた時点で、逃げ道など残されていないのと同じだ。
「瀬戸様と一緒なら安心ね。良い経験になるから、しっかり頑張ってくるのよ」
「頑張ってくるんだぞ、太老。父さんも応援してるからな!」
ハンカチで目元を覆い、明らかに棒読み口調で台本を読み上げる、俺の両親。
いつの間に懐柔されていたのか? 俺は両親に、樹雷の鬼姫に売られたのだと確信した。
鷲羽の手渡してくれたお金が、宇宙へ行く支度金だと気付き、もはや退路は完全に断たれている事を自覚せざる得なかった。
【Side out】
【Side:瀬戸】
「全く、お人が悪い」
「あら、船穂殿。それに美砂樹まで……そんな顔をしないで頂戴。私だって悪気はないのよ?」
「悪気はなくても、楽しんではおられるのでしょう? 目が笑っていらっしゃいますよ?」
涙を浮かべてジッとこっちを睨んでくる美砂樹に、船穂殿の毒の籠もった言葉がチクチクと胸に突き刺さる。
他の子達も皆……肩を落とし、落ち込んだ様子でトボトボと家へと戻っていた太老殿を見て、彼に同情を寄せると共に、私に対して強い敵意を向けてきていた。
これではまるで、私一人が悪者みたいだ。
「もう、何よ。皆で寄って集って……私が悪いっていうの?」
一斉に首を縦に振る面々。何とも息の合った様子だった。
「そう言う、かすみちゃんだって同罪じゃない? ――っていない!?」
話題を振られる事を察知してか、正木夫妻(かすみと太老の父)の姿が消えていた。
何と、勘の鋭い……いや、薄情な。これではまるで――
「瀬戸様……最近ずっと、ご機嫌な様子だったのは、そういう事だったんですね」
「……み、なほ?」
この私に気配を感じさせず、いつの間にか背後を取っていた水穂に驚きを隠せない。
明らかに、いつもの水穂とは違っていた。
水穂の体から滲み出る圧倒的なプレッシャーを察知し、背筋に冷たい汗が流れるのを感じ取る。
「うわ……」
思わず小声を漏らしてしまうほどの迫力を秘めた、真っ黒なオーラを背負った水穂が後に立っていた。
下手をすれば、私以上のプレッシャーを放っている黒い水穂。パラメーターは振り切り、完全な覚醒状態といったところ。
ここまで、心の底から怒りを顕わにしている水穂を見るのは、随分と久し振りの事だ。
今の水穂を刺激すればどうなるか……正直、考えたくもない。
「観念した方がいいよ、瀬戸殿。まあ、因果応報、自業自得と思って……」
「鷲羽ちゃん……それはないんじゃないかしら?」
「私も甘く見てたよ……あの子、色々なところでフラグ立てまくってるからさ」
既にぐるんぐるん状態に簀巻きにされた鷲羽殿が、地面に転がっていた。
彼を罠に嵌めたつもりが、過剰な演出をし過ぎてしまったために、彼の事を大切にしている子達の神経を逆なでしてしまった、という事だ。
覚醒した水穂に、涙ぐむ美砂樹に、真っ黒な船穂殿……これだけでも厄介なのに、阿重霞ちゃん達まで。
「太老くんの宇宙行きの件は仕方がないとしても、瀬戸様に太老くんを任せる事は出来ません」
「え? でも……」
「『でも……』じゃありません。太老くんの事は、私が責任を持って面倒を見させて頂きます」
「で、でも、こうして保護者の方の快諾書もあるのよ?」
「それなら、こちらにもあります。ご両親から『太老の事をよろしくお願いします』と書かれた手紙が――」
その場にいる全員が、水穂と同じように手紙を懐から取り出し、私に見えるように前へと突きだした。
かすみ殿に、いつの間にか水穂と関係者が全員懐柔されていた事に気付いたが、既に遅い。
恐らくは息子を餌に、彼の事を大切に想う人達の気持ちを煽り、そうなるように仕向けたに違いない。
この手紙の存在が、何よりの証拠だ。
(私達の計画に協力的なフリをして、その裏で予防線を張り巡らせていたなんて……彼女を甘く見てたわ)
これが子を大切に想う母親の力か?
私達に一切行動を気取られず、ここまで用意周到に事を進めていた、かすみ殿の力に感服した。
明らかに息子の事になると、かすみ殿も水穂と同様、スペックの桁が跳ね上がっている。
「さて、瀬戸様。お話がありますので、水鏡に戻りましょう」
「いやっ! これから、宴会でしょ!? ちょっと、水穂離して――」
「大丈夫ですよ。『宴会』の事なんて、直ぐに気にならなくなりますから……」
水穂に襟首を掴まれ、引っ張られていく私。
今の水穂を相手に、この状況を打破する方法など、あるはずもなかった。
【Side out】
【Side:天女】
「太老くん……可哀想に」
「天女さん……俺、俺っ!」
「大丈夫よ。太老くんの事は、私が守ってあげるから」
フフッ……全ては計画通りだった。
かすみさんが瀬戸様を牽制するために、色々と手段を講じている事は知っていたが、敢えてそれを瀬戸様や鷲羽様に報告しなかったのも、全てはこのためだ。
傷ついた太老くんの心を癒し、私の存在を強く印象づける。
その後は、宇宙に上がった太老くんと一緒に――
「あ、太老さん! 天女さんも、こんなところに居たんですか? 急に家が迷路みたいになっちゃってて、皆さん血相を変えた様子で慌てて飛び込んだんですけど、あっ、それで私も一緒に太老さんを捜さないと、と思って急いで迷路の中に飛び込んだんです。でも、そうしたら迷子になっちゃて、もう途方に暮れながらあっちにこっちにと彷徨っていたら、何処からか人の声が聞こえたんですよ。それで、そっちの方に向かっていると、また――」
「美星さん、あなたどうやってここに……って、その手に持っているモノは!?」
「ああ、これですか? ここに来る途中に足を引っ掛けて転んじゃって、取れちゃったんです。あっ、もしかして……壊しちゃいけないモノでした?」
瀬戸様を囮にし、彼女達の注意をそちらに逸らしている間に、と考えていたにも拘わらず――
偶然の天才――そう呼ばれている彼女が、まさか一番に追い掛けてくるとは予想もしていなかった。
しかも、最大級の人払いの結界をモノともせずに潜り抜けてだ。
アイリ様の工房から持ち出した特製の結界装置。設置した建物の入り口を亜空間と繋ぎ合わせ、広大な迷路へと造り替えてしまう空間結界。
時間稼ぎのために設置していたそれに、蹴躓く美星さん。今、美星さんが手に持っているのは、その結界装置の制御装置だ。
これこそが、九羅密美星の力≠セった。
そう、私は見誤っていた。最初から計算に入れられるはずもない、『偶然』と言う名の確率の天才。
瀬戸様も、鷲羽様も、かすみさんも、そして私も――誰一人、計算に入れる事が出来なかった最大のイレギュラー。
九羅密美星が計画の中にいる以上、誰の計画も計画通りにいくはずがない、という事を――
「あれ? あれ? あれれ? 天女さん、何だか壁や天井が広がったり縮んだりしてるんですけど〜」
「あはは……」
完全に暴走していた。制御できなくなった力は行き場を失い、固定してあった空間に歪みを創り出す。
白い光に包まれ何も見えなくなっていく中で、最後に私が耳にしたのは、負荷に耐えきれなくなって爆発した結界装置の爆発音と、複数の女性の悲鳴だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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