【Side:林檎】

「結局、どのくらいあったのですか?」
「神樹の酒で換算すれば酒樽が五つは作れると思います。前回オークションに出品された時は、一瓶で惑星一つ分の値がつきましたから金額に換算致しますと……」

 太老様から、『食料庫にある皇家の樹の実を孤児院に寄贈したい』という相談をされ、私が手配させて頂く事になった。
 しかし、最初は精々二十や三十といった数を想像していたので、経理部の娘から『酒樽五つ』という報告を受けて目眩を覚えた。
 出回る数が多くなればその分、価格の下落は余儀なくされるが、酒樽五つ分の神樹の酒ともなれば一財産、いや一国の予算を揺るがすほどの金額に達する事は間違いない。
 神樹の酒は確かに高価だが、多くのコピー商品が出回るほど知名度が高く、その噂と希少性から酒好きの間では『一生に一度は口にしてみたい』と評判になる幻の酒だ。滅多に市場に出回る事がないだけにその希少価値は高く、これだけのまとまった量が市場に流れる事は珍しい。一度、市場に流れれば、買い手には困らないだろう。次はいつ手に入るか分からない貴重な品を、見逃すようなバカな商人はいない。

「ですが、本当によろしいのでしょうか?」
「太老様が仰った事です。それに瀬戸様も、条件付きで了承してくださいました」
「条件付きですか?」
「まさか、太老様の名前を表に出す訳にはいかないでしょう?」

 太老様の存在は出来る限り、秘匿しなくてはならない。目立つ行動は控える必要がある、という事だ。
 それ故に、神木家の流出品として処理する事になった。先日の海賊討伐の件もある。表向きは戦費回収のため、など名目など幾らでも立てられる。貴重な酒が手に入るのであれば、その事について深く追及する者も少ないはずだ。
 それに、太老様はああいう御方だ。今回の事も、子供達のためを考えて行動されただけであって、名誉や功績といったモノに拘られている訳ではない。しかし、そう言う方だからこそ、私は目に見えるカタチで太老様の足跡を残したかった。

「財団を設立されるのですか?」
「ええ、神樹の酒を売り捌いた資産からでも十分に可能なはずですから。後は、海賊討伐の件で発生した報奨金の一部を、その財団の運用資金に充てます」

 財団の資産は、以前から船穂様が行われていた孤児院への援助活動に充てられる。親がなく十分な暮らしを保証されていない子供達や、経済的な理由から満足な教育を受けられないでいる子供達のために使われる予定だ。
 それならば、太老様に直接報奨金を支払う事が出来なくても、太老様の功績によって生まれたお金は、太老様の意に沿うカタチで世のため人のために使われる事になる。
 本来であれば、皇家の樹の実をあれだけ沢山手にすれば、欲に目が眩んでも不思議ではない。
 ましてや、それを迷う事なく全て寄付しようなど、あれの価値が分かっている者ならば容易く決断できる事ではなかった。

「公的には、代表者を船穂様に演じて頂く事になりました。私達の仕事は主に財団の資産管理と運用になります。経理部の仕事と平行して、という事になるので、かなり負担を強いる事になると思いますが……」
「大丈夫です! 太老様に恩を感じているのは林檎様だけではありませんから」

 これが後に、MMDと双璧を成すと言われる大財団、誕生の瞬間でもあった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第29話『財団設立』
作者 193






【Side:太老】

「最近、樹の世話をしてて思うんだが……ちょっと果物農家ぽくなってきたな」
「お兄ちゃん……今頃気付いたの?」

 カゴ一杯に入った皇家の樹の実。意外と樹の実が成る皇家の樹は多く、儀式以外では誰も立ち入る事がないので、誰にも知られる事がないまま手付かずで残った樹の実が沢山ここにはあった。
 皇家の樹達の厚意で樹の世話をする傍ら、その樹の実を樹達から分けて貰っていた。
 枝から落ちて傷ついた実はジュースや酒の原材料にすればいいし、そのまま腐らせてしまうのは勿体ない。
 だが、この光景……桜花にも話したように、ちょっとした果物農家のようだった。

「最初は恩返しのつもりで始めたけど、やっぱりこうして目に見えるカタチで報酬があるとやる気が湧くな」
「それはそうだけど……」
「ああ、そう言えば桜花ちゃんは飽きてきたんだっけ……そりゃ、毎日食ってればな」
「そう言う意味じゃ……ううん、もうそれでいいよ」

 美味いし栄養価抜群で健康にも良いとの事なので、ジュースなどにして毎日のように頂いていた。しかし、どうにも桜花達に好評とは言えなかった。やはり、飽きるのだろう。
 まあその分、孤児院の子供達が喜んでくれるなら、この樹の実も無駄にはならない。
 ここにある樹の実も、誰の目にも触れられず土に帰るくらいなら、『美味しい』と喜んでくれる人達に食べて貰った方が嬉しいはずだ。

「そうだ、桜花ちゃんは何か俺にして欲しい事ある?」
「お兄ちゃんにして欲しい事?」
「ほら、ずっと手伝って貰ってるからさ。何か、俺に出来る事があったらお返ししたい、と思って」
「お兄ちゃん、やっとその気になってくれたんだね! じゃあ、挙式はいつにする? 来月? ううん、明日にでも!」
「……お約束のボケは置いといて、欲しい物とかないの?」
「お兄ちゃん」
「…………」

 会話が成り立っているようで成り立っていなかった。分かっていた事なのに、桜花に聞いた俺がバカだったと後悔する。
 ようは、気持ちの問題だ。何か考えて置いて、初月給でお返しでもすればいいだろう、と今は納得しておく事にした。

【Side out】





【Side:瀬戸】

『アハハ! 災難だったね。阿主沙殿も』
「予想外に拗れてしまってるようだけど……鷲羽ちゃんにも責任の一端はあるのよ?」
『あの子の能力に巻き込まれてその程度で済んでいるのなら、寧ろ幸運と思っていいけどね。阿主沙殿や船穂殿もいい大人なんだ。何があろうと本人達の自己責任。私達が口を出す問題じゃないだろう?』
「それはそうだけどプライベートな話と言うだけでなく、樹雷皇の進退問題に関わる重要な話よ?」
『それを承知の上で、瀬戸殿だって楽しんでるんだろう? 緊張感の欠片もなく口元を緩めて言われても、説得力がないよ』
「あら、これは失礼。太老殿が来てからというもの、色々と退屈しない日常を送らせてもらってますから」

 鷲羽殿に言うように、本当に退屈しない毎日だった。
 そろそろ彼がこちらに来て一ヶ月が経つが、この一ヶ月は退屈な百年にも勝る充実した日々だったと言える。

『例の船が完成したようだね。アイリ殿から連絡があったよ』
「彼の配属先の通達がもう直ぐ行われるはずだから、全て予定通りに手配して置くわ」
『そっちでの一ヶ月は、予定通りにいかなかったみたいだけど?』
「ええ、本当に……ここまで振り回されたのは、彼が初めてかもしれないわね」
『樹雷の鬼姫を振り回すか。ククッ、さすがは私の息子だね』

 笑い事ではなく、本当に大変な一ヶ月だったので、鷲羽殿の笑い声にムッとしたモノが込み上げてくる。
 しかし、彼を貸して欲しい、と言ったのはこちら側だ。こうなる事はある程度予想できた事で、今更それを掘り返して文句を言えた筋ではない。
 それでも、彼に振り回され続けた一ヶ月の事を思い返すと、文句の一つも言いたくなる。しかし、それをグッと我慢しているのは、そうした態度は鷲羽殿を喜ばせるだけだと知っているからだ。

『後、財団の件だけど、アレは良い案だね。さすがは林檎殿だ』
「彼の功績を隠すには打って付けの隠れ蓑、ってところかしら?」
『それもあるんだけどね。太老のパテントがちょっと大変な事になってて……MMDに預けてある個人資産が、かなりの額に膨れ上がっててね。これだけの資産を一箇所に留めておくのは経済的な影響も大きいから、丁度良い運用方法を考えていた矢先の事だったんだよ』
「太老殿の資産? 以前に見せて頂いた時は、確かに凄い額だとは思ったけど……哲学士なら、あのくらいは普通じゃないかしら?」
『直接見てもらった方が早いね。そうすれば、納得すると思うよ』
「どれどれ……………なっ!?」

 鷲羽殿が財団の話をだした理由が、その提示された数字を見て合点がいった。
 以前に見せてもらった金額が、今のこの金額と比べれば子供のお小遣い程度にしか思えない、桁違いの数字がそこには並んでいたからだ。
 僅か三年余りで、これだけ膨らんだ原因は何なのか、と考えたが直ぐに察しがついた。
 先日の海賊艦の一斉捕縛の原因となったアレ∴ネ外に考えられない。

「原因は、GPの新装備ね」
『それもあるけど、銀河中の国々がGPの活躍に興味を持っててね。その一因となった新装備に注目してるんだよ』
「なるほど……銀河中から注文が入れば当然そのパテント料も……」
『銀河アカデミーの景気も凄く上向きだって話だよ。アイリ殿が随分と嬉しそうに話してたからね』

 彼の発明品の数々は銀河アカデミーが経営権を持ち、販売しているという話を聞いている。
 この太老殿に支払われているパテント料から考えても、銀河アカデミーが受けている恩恵がどの程度のモノかは想像がつく。
 確かにこれだけの資産ともなれば、鷲羽殿が運用方法を考えるのも無理はない。この資産だけで、どんな小さな銀行でも最大手のメガバンクに早変わりしてしまうほどの金額があった。
 あのクレーや、伝説の哲学士と呼ばれる鷲羽殿にはまだ及ばないが、間違いなく歴代トップレベルのパテント料を持つ哲学士だ。
 この成長率から考えて、数百、数千年先を考えた場合、鷲羽殿すら上回る資産家になっていても不思議ではなかった。

(中学卒業まで待つ、という約束だったけど、遅すぎたかも知れないわね……)

 鷲羽殿の事だ。或いはそこまで見越しての約束だったのかもしれない、と考えた。
 たった一人で、これだけの影響力と経済効果を生み出す哲学士だ。どの勢力も、彼の事を欲しがって不思議ではない。
 哲学士『タロ』の名で彼の正体を隠している背景にも、その辺りの事情が絡んでいるのだろう。

『そういう訳で、林檎殿に後で財団の口座番号をメールしといてくれるよう、伝えて置いてくれるかい?』
「こんな額を……例え端数だけでも送られてきたら、悲鳴を上げると思うわよ?」
『フフッ、それが見たいんじゃないか。映像記録の方は、よろしく頼むよ』

 私が何を考えているかも、伝説の哲学士様はお見通しらしい。
 今から、林檎の驚く顔が楽しみでならなかった。

【Side out】





【Side:太老】

「……今日って、誰かの誕生日だっけ?」
「私は知らないよ。お兄ちゃん、何かしたんじゃないの?」
「いや、全く身に覚えがないんだが……」

 家に帰宅した俺達を待っていたのは、食卓に並んだ豪勢な料理の数々だった。
 とてもじゃないが、俺、桜花、水穂、林檎、船穂の五人で食べきれるような量じゃない。

「お帰りなさいませ。太老様」
「ただいま、林檎さん。あの……今日って何かありましたっけ?」
「少しでも太老様に贅沢を味わって頂きたく、ご用意させて頂きました」
「贅沢?」

 林檎の言葉の意味が、さっぱり分からなかった。
 御馳走を用意してくれるのは嬉しいが、俺に贅沢をさせる意味が何かあるのだろうか?
 首を傾げながら、背中に背負った皇家の樹の実がたっぷり入ったカゴを食料庫に運ぶ。

「あの……太老様。それは……」
「ああ、今日の分です。これからも、ちょくちょく持って帰ってくると思うので、よろしくお願いします」

 気分が優れないのか、フラフラと立ち眩みを起こしたかと思うと、テーブルに手をつく林檎。

「ちょっ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。太老様と一緒にいるつもりなら、このくらいで驚いてはダメですよね。慣れないと……慣れないと……」

 何だか自分に言い聞かせるように独り言を唱え始めた林檎。先程から様子のおかしい林檎を見て、少し心配になる。
 最近、仕事が忙しいみたいだし、疲れているのかもしれない。ここは、そっとして置いてやろう、と思った。

「でも、幾ら『贅沢』と言っても多すぎるな……」

 とてもじゃないが、五人で食べきれる量ではない。
 大きな長いテーブルに並んだ料理は、軽く数十人前、いや百人前はあろうかという豪勢な物だ。
 これから、ちょっとしたパーティーが開けてしまいそうな量だった。

(パーティー、宴会か。妙案かもしれない)

 丁度良い案を思い浮かぶ。その時だった。仕事を終えた水穂が帰宅したのは――

「太老くん、ただいま……って、何? この料理は?」
「林檎さんが用意してくれたみたいで……水穂さん、いつも家事をしてくれてる侍従達を集めてもらえます?」
「侍従達を? どうするの?」
「俺達だけじゃこんな量はまず食えないですし、折角だから皆で楽しく食べた方がいいと思って」
「なるほど……そうね。彼女達もきっと喜ぶと思うわよ」

 そうして宴会が始まった。地球ではよくやっていた事なので懐かしい。
 元々、樹雷の人達は、食べて飲んで騒ぐのが大好きだ。
 お祭り好きというか、この辺りも海賊としての性格が色濃く残っている所為なのだろう。

「船穂様は、太老様や桜花ちゃんと同じジュース≠ナお願いします」
「林檎殿? それは余りに無体では……」
「……あの戦闘の影響で、穂野火の空間の歪みがまだ解消されていないのですが?」
「うっ……分かりました」

 船穂の酒を、口を付ける寸前のところで取り上げる林檎。林檎に叱られている船穂という珍しい光景があった。
 結局、宴会は朝まで続き、侍従達も仕事で溜まった鬱憤をちゃんと発散できたようだ。
 柾木家の習慣で、後片付けを手伝おうと汚れた皿を集め始める。

「太老様はそんな事をなさらないでください! 後片付けは私達がやりますから!」
「え、でも……皆でやった方が早いんじゃ」
「お願いですから、私達の仕事を取らないでください。泣きますよ?」

 泣かれては堪らない。素直に皿を侍従に手渡し、台所から退散する事にした。
 しかし、この切り替えの早さはさすがとしか言いようがない。随分と食って飲んで騒いだ後だというのに、宴会が終わると手慣れた様子で素早く後片付けをこなしていく侍従達。余りの手際の良さに、俺が立ち入る隙はなかった。
 自分達が参加をする事は滅多にないのかも知れないが、この手の突然の催しには慣れているのだろう。
 樹雷では、こうした宴会の席が多いと聞く。実際、街は連日お祭り騒ぎだ。アカデミーも毎日がお祭り≠ナ凄いという話だが、樹雷も『飲んで騒ぐ』という事に関しては負けてはいなかった。

(そう言えば、結局この豪華な料理は何だったんだ?)

 林檎が何を思ってこんな行動に出たのか、謎は残ったままだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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