本気でどうしたものか、と頭を抱えていた。それは二日前に起こった港での一件。五日後に控えた決闘についてだ。
 紆余曲折あって誤解によって生じた決闘騒ぎは、宴会の余興として催される事になってしまった。
 酒の席とする事で後で余計な問題が生じないように配慮したと考えれば確かに良策のように思われるが、明らかにあの時の鬼姫の笑顔から察するに、この状況を面白がって仕組んだに間違いなかった。

 それに決闘相手が問題だ。

 ――勝仁や阿重霞、砂沙美の父親であり、第一世代の皇家の樹と契約を交わした樹雷皇『柾木阿主沙樹雷』
 ――鬼姫の副官にして第七聖衛艦隊司令官を務め、『瀬戸の剣』の名でも知られる『平田兼光』
 ――神木家の現当主にして第十三聖衛艦隊の司令官を務め、瀬戸の夫、美沙樹とノイケの父親でもある『神木内海樹雷』

 何れも錚々たる面々だ。特にこの中では、樹雷皇が一番の難敵と思っていい。
 内海も昔は勇猛な闘士として名を馳せたらしいがあの歳だし、今では兼光の方が実力は数段上だと聞いている。
 そして兼光が幾ら『瀬戸の剣』と呼ばれるほどの実力者だとしても、第一世代の皇家の樹と契約を交わした樹雷皇に力で敵うとは思えない。

「その中でしたら、やはり阿主沙様が代表として出て来る可能性が高いと思われます」
「やっぱり……」

 全員同時に掛かってくるような恥知らずな真似はしない事は分かっていたが、妥当な線をつくとやはり林檎の言うとおり樹雷皇が代表として出て来る可能性が高いだろう、と俺も考えていた。
 実力は勿論だが、樹雷皇を差し置いて兼光が出て来るとは思えないし、今回の決闘を仕組んだのは瀬戸だ。あそこでああまで言われた後では、内海は瀬戸を恐れて出て来る可能性は低い。
 残されたのは樹雷皇だけとなる。それにあそこに居たのは鬼姫の部下と関係者だけとはいえ、大勢の前でああまで言われて黙っていては皇の沽券にも関わる問題だ。
 そこで矛を収めれば、自分の非を認める事にもなる。それは、あれだけはっきりと怒鳴り込んできた方としては、出来る事なら避けたい最悪の選択と言わざるを得なかった。

(内海なら勝てる可能性もあったとは思うんだが……)

 相手が樹雷皇ともなれば、正直それは難しいだろう。
 第一世代の樹と契約している事もそうだが、仮にもあの勝仁の父親だ。武術の腕も相当のモノだという事は容易に想像がつく。
 樹雷に置いて皇というのは、民や家族を守る大黒柱のような存在だ。時には力の象徴として名が挙がるほど、武に優れた者が上に立つ事が多い。これは樹雷が、元々海賊を成り立ちとする軍事国家である事も影響していた。
 当然ではあるが、力なき皇に民はついてこない。逆に誰もが認めるほどの力を誇示する事が出来れば、それは皇としての器を示す事に繋がる。
 皇位継承権が第一世代の樹と契約を交わした者に無条件で与えられている理由も、その辺りにあった。
 簡単に言えば、樹雷皇こそ国の代表であり最強の闘士なのだ。公的には、という条件がつくが……何事にも例外はあるしな。

「申し訳ありません。少しでもご協力できればいいのですが、私も色々とやる事がありまして……」
「いや、こっちこそ付き合ってもらってすみません。まあ、自分で何とかしますよ」

 林檎に相談に乗ってもらって作戦を考えていたのだが、やはり実力差なんて一週間で埋められるモノじゃない。
 小細工してどうにかなる相手でもないし、ここは玉砕覚悟で当たって砕けるしかないだろう、と覚悟を決めた。
 少なくとも酒の席の決闘で命を奪われるような事にはならないはずだ。

 それに回避する逃げる事に関しては俺も結構自信がある。伊達にあの家≠フ非常識な連中から毎日のように逃げ回っていた訳ではない。
 魎呼や勝仁との訓練もそうだが、鷲羽(マッド)の手から逃れるのが一番難易度が高かった。
 あれに比べたら、今回の決闘の方が幾分かマシなはずだ。

「太老殿、これからお時間があれば少し付き合って頂いても構いませんか?」
「船穂様? 別に構わないですけど……どこに?」
「フフッ、それは着いてからのお楽しみです」

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第47話『地球の文化』
作者 193






【Side:林檎】

 太老様に相談された時には少し驚いたが、やはり本当に凄い方だと思わずにはいられなかった。
 阿主沙様、兼光様、内海様。あの三方と戦って勝てると思う者は、まず殆ど居ない。並の闘士であれば、あの三方との決闘は死刑執行書にサインをするのと同様の意味を持っていた。
 しかし作戦を考えるという事は、太老様は勝つつもりでおられるという事だ。
 その勝負に挑む姿勢からも、勝つ事を諦めた人間の行動とは思えなかった。

(幾ら太老様が強いとはいっても、阿主沙様や兼光様が相手では分が悪いはず……)

 内海様には悪いが、内海様が相手であれば太老様の勝算はかなり高いと私は考えていた。
 内海様も決して弱い訳ではないが、非凡な才を持つ他のお二人と比べれば些か見劣りするのが事実だ。
 あの魎呼さんと引き分けた太老様の実力を考えれば、少し酷ではあるが内海様では力不足と言わざるを得ないだろう。
 私や水穂さんでも本気になった太老様に勝てるかどうかは怪しい。いや、太老様が本気になったら、私達程度では相手にもならないはずだ。

(……もしも阿主沙様に勝ちでもしたら)

 酒の席とはいっても、阿主沙様が負けるような事があれば一大事だ。
 樹雷皇は樹雷の名を背負って立つ謂わば国の代表。それが若干十五歳の少年に負けたという話になれば、阿主沙様の信用はガタ落ちだ。
 幾ら相手が『麒麟児』とまで呼ばれる天才児であったとしても、樹雷最強とされる闘士が負ける事は国の威信に関わる重要な問題。
 さすがに私も阿主沙様の方が優勢とは考えているが、太老様にはこれまでも信じられないような事で驚かされてばかりだった。
 太老様ならばもしかして――そう思わせる不思議な期待感があの方にはあるのだ。

(瀬戸様なら上手い手をお考えのはず……よね?)

 しかし瀬戸様の事だから何も考えていないはずがない。
 今回の決闘も表向きの事で本来の狙いは別にある。何らかの策は考えておいでのはずだ。

「林檎様、財団の名前をどうするかお決めになったのですか?」
「あっ……」

 太老様に良い案がないかとお訊きするつもりが、色々とあって完全に失念していた。
 既に財団設立のために必要な準備は大方終わりつつあった。
 後は最後に登記書類を役所に提出するだけなのだが、私が太老様の財団の名前を勝手に決める訳にもいかない。
 なので、太老様ご自身に決めて頂こうと考えていた。

「今、太老様はどこにいらっしゃいますか?」
「例の孤児院のようですね。通信でお呼び致しましょうか?」
「いえ、通信で済ませて良いような話ではありませんし、直接お伺いします」

【Side out】





【Side:太老】

 船穂に案内されて孤児院にやってきた。
 どこに行くのかと思えば例の孤児院とは、俺に何か見せたいモノでもあったのだろうか?
 と首を傾げていると船穂の姿を見つけて子供達が元気に駆け寄ってきた。

「今日は太老殿も一緒ですよ」

 船穂がそういうと子供達の視線が俺へと集まる。
 目を輝かせて期待に満ちた表情で俺を見てくる子供達。しかし中には、恥ずかしがって隠れてしまう子も居た。

「お兄ちゃん、一緒に遊ぼう!」

 俺のズボンの裾を引っ張って遊んで欲しそうにせがむ子供達。

(ああ、なるほど……)

 船穂が何でこんなところに俺を連れてきたのか最初は分からなかったが、子供達の相手をしてくれる男手が欲しかったのか、と考えるとようやく合点がいった。
 子供は天真爛漫というが元気の塊のような存在だ。相手をするにはそれなりの体力と忍耐強さが必要となる。
 俺は子供が好きだからいいが、人によっては子供の相手は三十分と持たない事があるって言うしな。
 船穂もまさか着物で子供達と走り回るような真似は出来ないだろうし――

「よし、一緒に遊ぶか! お前達に地球式の遊びを教えてやる!」

 どうして船穂がこんなところに連れてきてくれたのか、少し分かった気がした。
 決闘を五日後に控え、そのプレッシャーから色々と悩んでいたが、結局は成るようにしか成らないのが現実だ。
 少しでもリラックス出来るように、と恐らくは気を遣ってくれたのだろう。

【Side out】





【Side:船穂】

 中庭を楽しそうに駆け回る子供達を見ると、太老殿を連れてきて本当に正解だったと思う。
 太老殿はというと『鬼ごっこシリーズ』と称した通り、通常の『鬼ごっこ』から始まり『たか鬼』や『隠れ鬼』、『影踏み』や『缶蹴り』といった物を子供達に教え――

「ず、ずっこい! 子供相手に大人気ないぞ!」
「ハハハ! 例え子供が相手であろうと本気をだす! 勝負は非情だと知れ!」
「この鬼! 悪魔! 人でなし!」
「ふん、弱い犬ほど良く吠えるな。悔しかったら、この俺を捕まえてみろ!」

 子供達と一緒になって童心に返ったように楽しんでいた。
 特に先程から太老殿は『ハンデ』と称して女の子チームに加担しているのだが、『たか鬼』では持ち前の身軽さで建物の屋根や木の天辺に上ったり、『缶蹴り』では子供達が反応できないほどの速度で缶に距離を詰め、取りに行くのも困難な高さに缶を蹴り飛ばしたり――
 少し大人気ない気がするが……あれはあれで子供達も楽しんでいる様子だった。
 男の子チームからはブーイングの嵐を先程から受けているようだが、それも微笑ましい光景と思い、私は黙って見守っていた。

「船穂様。太老様をお連れくださったのですね」
「院長先生や子供達との約束でしたしね。それに目の前の子供達の笑顔を見ると、太老殿を連れてきてよかったと心から思えます」
「子供達も太老様に会いたがっていましたからね。林檎様からお話を頂いた時には驚きましたが、お陰様でここにいる子供達全員が学校に通わせて頂ける事になりましたし……それに古くなった施設まで改修して頂いて」
「私だけでは不可能でした。全ては太老殿のお陰ですよ」

 何度か太老殿の買い物に付き合った事があるが、決して贅沢な物や高い物を購入しようとはせず特売品ばかりを見て回る。
 そうして自分は贅沢をせず質素倹約を心掛けているのに、その裏では子供達のために私財を投げ出し財団を設立するなど、太老殿の行為は賞賛に値する崇高なモノだった。
 少しは自分の事も考えて、子供らしく欲しい物は欲しいと甘えて欲しい気もするが、それが太老殿の良いところでもある。目の前で子供達と一緒に成って中庭を駆け回っている太老殿を見ると、林檎殿や水穂殿が太老殿に惹かれる気持ちも少し分かる気がした。
 それに今日は院長先生に頼まれたというのもあるが、もう一つ、太老殿にどうしても孤児院まで来て欲しかった理由があった。

「あなたは皆と一緒に遊ばないのですか?」
「…………」

 太老殿の紹介で孤児院に送られてきた少女。彼女がここに送られる事になった経緯は、私も聞き及んでいた。
 父親を目の前で失い、母親も海賊の手引きをしたとして捕縛され、他に身寄りもなく、たった一人取り残された少女。
 そしてここに送られて来てからも、少女は誰とも交わろうとせず、誰とも口を利こうとはしなかった。
 自分の殻に閉じ籠もったまま――

「何だ、お前。また、そんな隅っこで見てるのか?」

 男の子が一人、少女の前にやってきて挑発するかのように口を開いた。
 止めるべきか、と思案したが少し様子を見守ってみる事にした。
 これが少しでも、他人と接点を持つ切っ掛けになれば、と考えたからだ。

「ばっかじゃねーの。そんなんだから――」

 ――ゴン!
 しかし少年が話し終える前に、いつの間にか少年の背後に急接近していた太老殿の拳骨が少年の頭に降り注いだ。
 頭を抑えて、涙をにじませならその場に蹲る少年。突然の事に私と院長先生も対応が遅れ、ポカンと呆気に取られる。

「な、何するんだよ!?」
「それはこっちの台詞だ。男なら、もうちょっと女の子に優しくしてやれないのか?」
「だって、それはこいつがいつも一人で――」
「ふふん、そういう事か。なるほどなるほど」
「な、何だよ……」
「お前、この子の事が好きなんだな。好きな子には悪戯したくなるっていう例のアレ――」
「――!? そ、そんなんじゃないやい!」

 太老殿に図星をつかれて居たたまれなくなったのか、捨て台詞を残して走り去っていく少年。
 微笑ましい光景だが、迷いもなく少年の頭を小突いた太老殿の行動には驚いてしまった。
 少し過激だが、先程のやり取りからみるに手加減は出来ているようだし、子供の扱いにも随分と慣れている様子が窺える。
 魎皇鬼ちゃんや剣士ちゃんの相手をしていたくらいなので、そうした事に慣れているのも理解できるが……。

「さて、と」
「――!」

 突然、何を思ったのか、先程少年に罵られていた少女をヒョイッと肩に乗せると、そのまま担ぎ上げる太老殿。
 何の前触れもない予想だにしなかった行動に、ずっと何を言われても無表情だった少女の顔に驚きと戸惑いが浮かぶ。
 こうした強引で思いきった行動は、私達には思いつかない真似が出来ない事だ。

「本を読んでいる訳でもなし、こんなところに一人で居ても退屈だろう?」
「あー、ずるい!」

 肩車をされた少女を見て、他の子供達が太老殿の周りに集まってくる。
 我先にと、自分もやって欲しいとせがむ子供達。

「後で順番にやってやるから」
「……どうして?」
「ん?」
「何で……」

 誰が話し掛けても反応を一切示さなかった少女が、初めて私達の前で声を漏らした。
 耳を澄まさなければ子供達の元気な声に掻き消されてしまいそうなほど弱々しい声ではあるが、その震えた声は確かに少女の口から発せられたものだった。

「何で、なんで、放って置いてくれないの!?」
「子供(幼女)が一人で泣いてるのって嫌なんだよ。うん、俺の我が儘だな」
「そんな事――」
「子供が強がっても良い事なんて何もないぞ。悲しかったら泣けばいいし、一人で辛かったら甘えればいい。そのために大人が居るんだし、家族が居るんだろ?」
「私の家族はもう……」
「居るじゃないか。ここに心配してくれる家族が大勢」

 そう言って太老殿は周囲を見渡す、子供達は状況の変化に敏感だ。少女の様子がおかしい事に気付き、心配そうに肩車をされた少女の事を見上げている子供達が大勢居た。
 それに気付いて言葉を詰まらせる少女。この年頃の子に理知的で冷静な判断力を求めるのは難しいが、それでも感情の機微は感じ取る事が出来る。少女にも薄々は分かっていたはずだ。このままではいけないという事が――
 しかし一度閉ざした心を開く、他人と交わる切っ掛けがなかった。

 悪かったのは罪を犯した両親だったとしても、少女にとってはそんな二人でも肉親である事に変わりはない。
 父親を殺した軍人達、母親を連れて行った大人達に恨みを抱き、強い反感を持つのは当然の事だ。道理ではなく、これは感情の問題だった。
 だからこそ、両親と引き離され大人達に無理矢理こんな場所に連れて来られ、少女は心を閉ざしてしまった。
 口を利かない事、馴れ合わない事が、そんな大人達に対する唯一の抵抗とでも考えたのだろう。
 しかしそんな少女にとって、太老殿は他の大人達とは違う、よく分からない理解の追いつかない相手だった。
 完全に心を開いたとは言い難いが、太老殿がその切っ掛けを作ったのは確か。どういう感情であれ、少女は間違いなく太老殿に興味を持ち始めていた。

「俺が嫌いでも別に構わない……いや、やっぱりちょっと悲しいというか落ち込むというか……いやだな……子供(幼女)に嫌われるの」
「…………どっちなの?」
「まあ、それはオイオイ話し合いでなんとかするとして、孤児院の仲間くらいはちゃんと接してやれ。悪い子にはサンタさんだってきてくれないぞ」
「サンタ?」
「なっ! サンタも知らないのか!? まさか、お前達も!?」
『知らなーい!』

 サンタクロース――確か近代の地球の文化だったと思うが、樹雷の子供達が知るはずもない。
 しかしそれが余程ショックだったのか、随分と残念そうな表情を浮かべ暗い影を落とす太老殿。

「よし、お前達にサンタが何たるかを教えてやる! クリスマスパーティーをやるぞ!」
「でも太老殿……地球の時間に合わせると、まだ半年以上ありますよ?」
「フッ……船穂様。俺はやるといったらやります。ようは雰囲気が伝わればいいんですから」

 突然決まったクリスマスパーティー。
 何だかよく分からないまでも、『パーティー』と聞いて子供達は嬉しそうにはしゃいでいた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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