【Side:水穂】
当日のパーティーに必要な物の手配を頼まれた私は、普段地球での取り引きに使っている裏ルートを使い、見本となる衣装と料理に使う七面鳥などの素材、飾り付けなどを取り寄せた。
「水穂様、出来ました! 如何ですか?」
「う、うん。可愛いわね。でも……ちょっとスカートが短すぎないかしら?」
「このくらい普通じゃないんですか? 見本の衣装もこんな物でしたけど」
瀬戸様の女官全員で当日着る衣装の作成に勤しんでいた。
男性用の衣装はそれほど数が必要ではないが、会場でお客様の応対をするスタッフはその殆どが瀬戸様の女官達という事もあって、かなりの数の衣装が必要となる。急な事もあって取り寄せられる衣装の数にも限りがあるため全員で協力して自作しているのだが、見本となったサンタクロースの衣装が全部どういう訳かミニスカだった事もあり、出来上がった衣装も全てスカートの丈が短い物になってしまっていた。
彼女の言うように確かに可愛いのだが……これを着るにはかなり勇気がいる。
「水穂様と林檎様の分もご用意していますから」
「わ、私達も着るの!?」
「瀬戸様のご指示です。当日スタッフをする女官は全員着用を義務付ける、って瀬戸様が」
嵌められた。最初からこれが分かっていて、太老くんのアイデアに乗ったのは間違いない。
「瀬戸様、今回はいつにも増してノリノリでしたからね」
「はあ……先日の件がそれだけ尾を引いてるんでしょうけどね……」
皇家の樹の件、それに守蛇怪の件。あれをかなり根に持っている事は間違いなかった。
私も皇家の樹や銀河軍の件、その後に控えている問題の黒幕を引き摺り出す案に関しては異論はない。
だから黙って協力する気にもなったのだが、瀬戸様の悪癖を分かっていたはずなのに甘く見ていた事が失敗の元だった。
瀬戸様が態々『宴』と言ったのも、無礼講という意味を密かに臭わせていたのだと思うと何とも言えない気分になる。
しかしそれだけ瀬戸様が本気だという証明でもあった。
このクリスマスパーティーに関して、そして大掃除に関しても――
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第49話『二人の天才』
作者 193
【Side:美瀾】
儂の名は九羅密美瀾。九羅密家の現当主でありGPの長官も務めていたが、今から約十年ほど前にGPの一部門『整備部』の主任へと降格された。実の姉(美守)によって……。
そうなった事件に関して詳しくは話したくない。儂にも色々と事情があるのだ。しかしだからと言って、今の仕事に不満がある訳ではなかった。
九羅密家の当主である事に変わりはないが長官という重責から解放され、一人の整備員として誇りを持って仕事に従事している、という自負がある。
だが遂先日、整備部を恐るべき災難……いや幸運……理解の及ばない不思議な現象が襲った。
アカデミー全域で発生した大規模システムダウン。その影響を受け、整備部でも大変な騒ぎとなっていた。
ドック内の船を固定しているアームプローブが突然外れ、ナノマシンの調整水に落下。当然、船のような大質量の物が調整水に満たされたプールに落下すれば次に起こる事は予想できる。
ドック内を襲った調整水の大津波。しかも同時に七十八箇所のドックで同様の事故が起き、機材や設備諸共ドックで作業中だった整備員を押し流してしまうという大事故へと発展した。
そんな大事故にも拘わらず幸いにも死傷者が出なかった事に驚きだったが、もっと驚いたのがその事故が起きた何れのドックでも、システムダウンの隙をついて侵入を試みたスパイが大量に確保された事だった。
しかもタイミング良く津波に巻き込まれ、調整水に目を回して浮かんでいたとの事だ。
過去に似たような事件に心当たりがある儂の脳裏には一人の少年の姿が浮かび上がったが、姉さんは直ぐにそれを否定して儂に一通の招待状を手渡した。
『瀬戸様からの招待状です。あなたも参加なさい。その元凶を見られるかもしれませんよ』
そう楽しそうに話す姉さんの顔を見て、儂は今までの経験から何とも言えない嫌な悪寒を感じ取った。
樹雷の鬼姫からの招待というだけでも嫌な予感しかしないというのに、そこに加えて先日の大騒ぎに鬼姫が関与しているとほのめかされて不安に思わないはずがない。
しかし顔を出さなかったら、それはそれで後で何を言われるか分かったものじゃない。
渋々ではあるが樹雷が首都『天樹』へと向かう他なかった。最大の警戒心を抱きながら――
「まだ不満を漏らしておいでなのですか? でしたら無理に参加などせずともよかったでしょうに」
「そんな事が出来るはずがなかろう! 鬼姫だけならまだしも姉さんの指示なのだぞ!?」
「だったら諦めてください。私もバカな連中の尻拭いで胃を痛めているのですから」
先日の合同演習の話は儂も聞いている。吟鍛が頭を抱える理由にも大方の察しはついていた。
九羅密吟鍛――儂の娘『美兎跳』の夫で義理の息子に当たる男だ。
現在は銀河軍に務めており、唯一姉さんに意見できる人物として軍拡論者の代表に祭り上げられ矢面に立たされていた。
まあ、それも表向きの話で……実際には軍拡を唱える強硬派の幹部達を牽制する役目を担っているのだが、今回の一件は吟鍛にしてみれば頭の痛い問題だったに違いない。
軍部の規模は年々縮小傾向にあり、最近ではGPの検挙率の飛躍的向上によりその立場は更に危ぶまれているのが現状だ。
そこに加えて今回の事件。銀河軍全体の凡そ半数の艦を失う被害を出し、益々後がない状況に立たされていた。
挙げ句には、あの合同演習が切っ掛けとなり鬼姫との関係が悪化したという見方がGP内でも広まっており、その関係修復に九羅密家の人間が頼られる始末。今回の鬼姫からの招待に対しても、九羅密家総出で出席を余儀なくされていた。
とはいえあの姉さんの様子から察するに、それも全て鬼姫の仕組んだ事なのやもしれぬ……そこが余計に儂の不安を煽っていた。
「鬼姫の事だ。絶対に何かを企んでるに決まっておる!」
「企んでいようといまいと、今回はこちらに非がありますからね。九羅密家の当主として責任ある行動をお願いしますよ」
「お前に言われんでも分かっておるわ!」
「それなら結構」
どれだけ嫌であろうと拒否権などあるはずもなかった。
【Side out】
【Side:林檎】
「何故……美兎跳様がここに?」
「あら、林檎ちゃん。随分とご無沙汰しています。瀬戸様はお元気?」
「いえ、こちらこそご無沙汰しています。瀬戸様も元気すぎるくらいで……って、そうではなく。他の方々と一緒にいらっしゃる予定ではなかったのですか?」
「……え? ここって九羅密の船じゃないのかしら? あら、やだ。私またやってしまったみたいだわ」
九羅密美兎跳様。九羅密家の現当主美瀾様の御息女でGPの清掃部員をされている御方だ。
(どうやら、相変わらずのようですね)
美兎跳様の一言だけで、ここまでの経緯を推察するのには十分だった。
九羅密家は確率に偏りのある人物を多く輩出する事で知られており、美兎跳様もその例に漏れぬ力をお持ちの御方だった。
その確率の偏りによるモノかどうかは定かではないが、掃除に夢中になっていると周囲の事が見えなくなり、気がつけば輸送艦、軍艦、海賊艦と色々な場所に紛れ込み、何処にでも神出鬼没に現れる。それが美兎跳様の能力であり、才能≠ニ呼べるモノの一つの結果だった。
これまでにその被害や影響を受けた者は数知れず。GP内では美兎跳様との銀河清掃ツアーは、有名な懲罰の一つとして知られていると聞く。
ここは天樹の一角に設けられたパーティー会場だ。二日後の開催を前に会場の準備が急ピッチで進められていた。
九羅密家の皆様がご到着なされるのは明日の夜の予定だ。だとすれば、先に出発した輸送艦にでも乗り込まれた可能性が高い、と私は考えた。
「美兎跳様。ちゃんと清掃スタッフが居りますので、ここでの掃除は控えて頂けますか?」
「え、でも……」
「お客様にそのような事をさせては瀬戸様に叱られてしまいます。どうか、私の顔を立てると思ってお願いします」
「ううん……林檎ちゃんが叱られちゃうんじゃ、仕方ないわね」
そう言って掃除の手を止める美兎跳様。
会場の準備スタッフに混じって当たり前のように掃除をしている美兎跳様を発見できたのは、とても幸運だったと言えるだろう。
ここで見逃していれば、パーティー当日には銀河の果てで海賊艦に乗って掃除をしている、何て事になりかねない。それが美兎跳様だった。
「美兎跳様をゲストハウスにご案内して頂けますか? 後はご家族に連絡を」
「はい。美兎跳様、どうぞこちらに」
近くに控えていた女官に声を掛け、美兎跳様の案内を頼む。
本来なら私がご案内したいところだが、会場の設営準備が残っているので途中で放り出す訳にもいかなかった。
【Side out】
【Side:太老】
実のところ、まだ財団の名前を決めかねていた。候補は幾つか挙げたのだが、これぞというのが思いつかない。
とはいえ部屋で悩んでいても良いアイデアなど浮かぶはずもなく、息抜きに桜花に誘われてクリスマスツリーの飾り付けを手伝っていた。
「しかしスケールがでかすぎるだろ……」
クリスマスツリーとは言っても、もみの木ではなく樹雷ではお馴染みとなっている巨大樹の事だ。
本会場の中央には全高一キロほどの巨大樹がそびえ立っており、準備スタッフと一緒になってその樹の飾り付けを行っていた。
ちなみに当日はこの会場だけではなく、天樹全体がお祭りムード一色に染まる。
そこまで話を大きくするつもりはなかったのだが、鬼姫が計画に絡んだ事で一気に大事になってしまった。
「瀬戸様、お祭り好きだもんね。あっ、お兄ちゃんそっちの飾り取って」
「はい、この丸いヤツだよな? でも、ここの人達も全員ノリがいいというか」
「樹雷の人は皆、お祭りとか騒ぐ事が大好きだからね」
ここの人達がお祭り好きだというのは知っていたつもりだが、突然決まった事だというのに都市全体が一丸となってその準備に取りかかれるというのだから本当に凄い事だと思う。
逆に言えば、そうした気風がこの国の原動力と成っているのだろうが――
「ん? お前達も楽しみなのか?」
街全体の活気に満ちた高揚感に当てられてか、船穂と龍皇の二匹もずっとそわそわと落ち着きがなかった。
皇家の樹達も、このパーティーをそれだけ楽しみにしている、という事なのだろう。
俺達人間が楽しみにしているのだから、樹達が街全体を覆う雰囲気からそれを感じ取っても不思議な事ではない。
「あ、飾りが切れたな。下に行って取ってくるよ」
「うん。こっちももう直ぐ無くなりそうだから、お願いしていい?」
「了解」
エアカートを使って何度も飾りを下から上に運んで手作業で付けていくのだが、これが実はかなり大変だった。
会場の中央にそびえ立つ全高一キロにも届く巨大樹。これでも樹雷全土に生息する巨大樹の中では平均的なサイズで、余り大きな樹とは呼べないらしいが、それでもクリスマスツリーとするには大きすぎる。地球のとは比べ物にならない大きさだ。
「えっと……俺達の担当エリアの飾りは……」
地上まで降りると、飾りが入ったコンテナを探して周囲を捜索した。
エリア毎にきちんと分けられているので、間違った物を持って行く訳にはいかない。
折角手伝いに来たのに、それで他の人達に迷惑を掛けてしまっては何の意味も無い。
「『B4512』っていうと、こっちのじゃないかしら?」
「ああ、それですね。ありがとうございます」
メモを片手にコンテナを探していると、何だか親切な人に教えて貰った。
しかしどこかで見た事があるような褐色金髪の美人だ。
何だか懐かしい。よく知っている人物に似ているような――
「美兎跳様、勝手に行かれては困ります。見失ったら、私が後で林檎様に叱られてしまいます」
「ごめんなさい。どうしても気になっちゃって……」
「美兎跳……もしかして美星さんの?」
「あら、美星ちゃんを知ってるの?」
それが俺と、九羅密美兎跳の初めての出会いだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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