パーティーは継続して行われているが、どうせ夜通しで行われるようなドンチャン騒ぎだ。
それに参加しなくてはいけないイベントと言えば後は財団の設立式くらいのものだし、それまで時間はある。
ずぶ濡れになったサンタクロースの衣装をそのまま着ている訳にもいかず、まずは冷えた身体をどうにかするため林檎の厚意に甘えて穂野火で風呂を借りる事にした。
「やっと人心地だな」
「太老様。ここに着替えを置いておきます」
「ありがとう。助かったよ」
林檎に頼んで会場の控え室に置き忘れていた俺の服を取ってきてもらった。今では随分と着慣れた樹雷服だ。
最初の頃はどうにも地球の服と勝手が違いすぎて慣れなかった物だが、仕事着として毎日のように着ていれば自然と慣れてくるものだ。
それでも俺からすると、サンタクロースの衣装も樹雷の服もどっちもコスプレ感覚に違いない。敢えてその事を言うつもりはないが……。
ただ着心地はよかった。樹雷の生糸は地球の蚕と全く同じやり方で生産されているらしいのだが、絹糸と違って細く強度が高いという性質がある。樹雷の生糸は他国でも人気が高いらしく、樹雷に買い付けに来る商人も多いという話だ。それだけに素材が良い。
俺が着ているのは水鏡の中で生産されている生糸で作られた物で、情報部や経理部、瀬戸の女官達は皆この生糸で作られた樹雷服を制服として身に纏っていた。
「財団の名称の事なのですが……」
「ああ、この後の設立式で発表するんだっけ? えっと……」
着替えている最中、仕切り越しに林檎に財団の名前の事を尋ねられて、服のポケットに入れてあったデータチップを手にした。
勿論、名前は決めてある。ギリギリまで悩んだ末に決めた名前だけに思い入れも深い。
「はい。これね」
「確かにお預かりしました。これで予定通りに式典を行えます。太老様、ありがとうございました」
「まあ、礼を言われるほどの事をしてないけど。役に立ててよかったよ」
服を着替え、仕切りの向こうにいる林檎にデータチップを手渡した。
いつも林檎にはお世話になっているし、このくらい協力するのは当然の事だ。
それに――
「太老様、どうかなさいましたか?」
あの告白は違うとは分かっていても、林檎のような美人に告白されて嬉しくないはずがない。
動機は不純かも知れないが、林檎の喜ぶ顔がみたい――という想いが俺の中に確かにあった。
しかし、林檎の告白からまだ半日も経っていない。
こうした事に余り免疫がないだけに、林檎の顔を見ると気恥ずかしくなってしまう。
「あ、えっと……何でもないよ。それよりも会場に戻ろうか」
その事を悟られたくないために、話を逸らし無理に笑顔を作って誤魔化してしまう。
改めて思う。恋愛経験が少ないとは言え、自分のヘタレ振りが情けなかった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第57話『結果発表』
作者 193
【Side:霧恋】
「霧恋さん、どうかしたんですか?」
「西南ちゃん……実は、瑞輝の様子がちょっとおかしくて……それが少し気になってね」
「瑞輝ちゃんもですか? そう言えば、神武も何だか少し変なんですよね。さっきの戦闘中も妙にソワソワしてた、っていうか」
「神武も? そう言えば福ちゃんも、少し落ち着きがない感じだったわね」
西南ちゃんと二人して首を傾げる。私達は今、樹雷本星『天樹』に来ていた。
海賊艦を全て撃沈した後、瀬戸様に誘われて天樹で行われているというパーティーに参加させてもらう事になったからだ。
「多分、久し振りの里帰りで嬉しかったんじゃないですか?」
西南ちゃんの言うとおり、確かに瑞輝や神武にとって、久し振りの天樹は里帰りと言えなくもない。
しかし仮に他の皇家の樹に反応を示しているのだとしても、福ちゃんまで落ち着きのない理由にはならなかった。
とはいえ、他に説明の付く理由が無い以上、余り深く考えても答えが出る訳ではない。
感情に多少の揺らぎがあるのはいつもの事だし、怒っているとか悲しんでいるとかそういう感じでもない。
どちらかというと喜びに近い感情。そう、まるで遠足を前日に控えた子供のような――
「フフッ、気になってるみたいね」
『瀬戸様!?』
気配を感じさせず背後に立つ瀬戸様。考え事をしていたところに突然声を掛けられて、西南ちゃんと二人驚き、後へと飛び退いた。
悪戯が成功したと言わんばかりに、クスクスと小さく笑みを溢す瀬戸様。
こうしたところは何年会って無くても変わりがないようだ。
「気付かない? 神武や瑞輝ちゃんだけじゃない。天樹全体の様子がおかしな事に」
「そう言えば……霧恋さんも感じますか?」
「ええ……まるで、誰かに遊んでもらって興奮しているみたいに……」
瀬戸様に言われて、全体に目を通す事でようやくこの異常な空気に気付く。
確かに神武や瑞輝だけではない。天樹全体が明るく華やかな高揚感に包まれていた。
この空気に福ちゃんも影響されていたのだろうか?
「良い例えね」
「このパーティーが原因ですか? 大勢の人達の賑やかな声にあてられたとか」
「う〜ん、惜しいけど少し違うわね。そう言えば、今日のこのパーティーのテーマ。二人には言ってなかったわね」
西南ちゃんの質問に言葉を濁す瀬戸様。話ながら歩みを進める瀬戸様を追って、私達もその後をついていく。
幅百メートルほどの細長い通路を抜けていくと、その先には湖と巨大な樹木に覆われた広大な空間が広がっていた。
「これは……クリスマスツリー?」
西南ちゃんが驚いた様子で、広場の中心にある巨大樹を見上げる。
イルミネーションで彩られた巨大樹は夜の闇の中、煌びやかな輝きを放ち幻想的な雰囲気を醸し出していた。
もみの木ではないが、確かにクリスマスツリーに見えなくはない。
それに会場で接客に当たっているスタッフの多くは、あの地球のクリスマスでもお馴染みの赤い衣装≠ノ身を包んでいた。
「そう、地球のクリスマスパーティーよ」
「えっと……どういう?」
「あなたの旧姓と同じ『正木』の姓を持つ少年が私のところに居てね。彼の提案なのよ、これ。霧恋ちゃんも知ってるんじゃないかしら? 『麒麟児』の噂くらいは――」
「え?」
瀬戸様の仰った『麒麟児』の言葉で、私はある少年の話が頭を過ぎった。
直接顔を合わせた事は残念ながら一度もないが、『正木の麒麟児』と呼ばれている少年の話なら私も知っていた。
「西南と霧恋もこっち来いよ! 料理に酒も一杯あるぜ!」
「西南様、曾お爺様も出席されているらしいのですが、よろしければ一緒にご挨拶に――」
「女官さんに借りちゃった。お兄ちゃん、どう似合う?」
見かけないと思ったら一足先に会場に着いて順応している雨音、リョーコさん、それにネージュ様の三人。
雨音は既に酒を飲んで出来上がっているし、リョーコさんはバルタ王家の正装に身を包み、これでもかと言うくらい着飾っていた。
極めつけはネージュ様だ。際どいミニスカートのサンタクロース衣装に身を包み、西南ちゃんを上目遣いで誘惑する始末。
「雨音!? それにリョーコさんとネージュ様まで西南ちゃんに色目を使わないでください! あっ、瀬戸様。さっきの話って――」
「今はパーティーを楽しみなさい。慌てなくても後で会わせてあげるわよ。私の後継者になるかも知れない少年に――」
『え!?』
私達五人の何とも言えない驚きの声が重なった。
(瀬戸様の後継者……あの麒麟児が?)
何一つよく分からないまま、地球のクリスマスとは一風変わった賑やかなパーティーは続く。
「あれ? そう言えば福は?」
「え?」
姿の見えない福ちゃん。西南ちゃんの言葉でようやくその事に気付く。
てっきりネージュ様と一緒だと思っていたのに、その姿はどこにも見当たらなかった。
【Side out】
【Side:水穂】
「ほら、プレゼントだぞ」
「ありがとう、サンタさん!」
阿主沙様、内海様、兼光小父様の三人が今何をやっているかと言うと、サンタクロースの衣装に身を包んでパーティーに訪れた子供達にプレゼントを配って回っていた。
この催しを企画したのが太老様で船穂様が財団の代表を務めている事を知ってか、阿主沙様は自主的にサンタクロース役を引き受けてくださった。船穂様と仲直りされたとはいっても阿主沙様も今回の一件は堪えている様子で、それは内海様や兼光小父様も同じ。それぞれ色々と思うところがあるのだろう。特に兼光小父様は桜花ちゃんのご機嫌取りで必死だ。
「ほら、桜花。プレゼントだぞ」
「…………パパ」
「ん? 何だ。桜花」
「ママが『そろそろ私の誕生日ですね』って」
「なっ!?」
桜花ちゃんに有名なブランド店の高級アクセサリーの電子カタログを見せられ、白髭だけでなく全身を真っ白にして固まる兼光小父様。
私もあそこのアクセサリーの値段は知っているが、最低でも兼光小父様の小遣い三ヶ月分に相当する額だ。
カタログと睨めっこをしてプルプルと震える兼光小父様。それも無理のない話だった。
「いや、桜花……さすがにこれは……」
「『喫茶にゃんにゃん』のユーコちゃんだったかな? 後……」
「ま、まてまてまて! どこで、そんな事を!?」
「『私に隠し事なんて良い度胸ですね。あなた』ってママが……実は、私もちょっと怖かった。後、二人とも娘を伝言役に使わないで欲しいんだけど……」
灰になった。真っ白に燃え尽きてしまった。
だからあれほど『お酒は程々に』と以前から忠告していたと言うのに、大方また繁華街の店に飲みに出掛けたのだろう。
ここ最近、太老くんとの仲を反対するような態度を見せていたから、その事で桜花ちゃんに避けられ、そして先日の一件で太老くんと一悶着あってから現実逃避をするように酒量が増えていたようだし、奥様にバレたのもその辺りが原因に違いない。
原因が太老くんだけに少し同情はするが、後は家庭の事情だ。私が踏み込むべき問題ではない。兼光小父様の冥福を密かに祈る事しか出来なかった。
「あら、結構似合ってるじゃない。三人とも」
「瀬戸様。西南くん達は一緒じゃなかったんですか?」
「雨音ちゃん達がもう出来上がってるみたいでね。まあ、太老が来たら紹介しようとは思ってるんだけど、ほら例のお披露目もあるでしょ? それからでもいっか、って」
「ああ、財団の……でもその前に、女官達のやっている事、お気づきですよね?」
「『太老争奪レース』の事?」
「……瀬戸様。私は一言も聞いてないのですが?」
「わ、私の仕業じゃないわよ? 勝手に盛り上がってたのはあの娘達なんだから――」
それでも、この様子から察するに途中からは気付いていたに違いない。表向きは太老くんの名前は出ていないが、賞品が太老くんである事に変わりはないのだから質が悪かった。
全く何でも面白ければそれでよしとする悪い癖は、もう少し何とかして欲しいものだ。
とはいえ、普段から瀬戸様の相手をさせられているあの娘達にもガス抜きが必要なのは分かる。
賭けの対象が太老くんと言うのが少々納得が行かないが……。
『それでは、結果発表を行いたいと思います! 捕まっってしまった人達には、後で本物のこわーい鬼姫様のお仕置きが待ってますからね!』
「瀬戸様。あんな事、言われてますよ」
「……ちょっと羽目を外し過ぎのようね」
侵入者を獲物に見立てた事実上の狩りレース。一番、侵入者を多く捕らえたチームが優勝というものだ。
捕まったのがスパイだとか犯罪者だとか、そういう話は一切触れられていないが分かる人には分かるように出来ている。
事実、会場の中には侵入者に心当たりのある人達が、司会者の一言一言にビクビクと身体を震わせていた。
(まあ、自業自得だけど……瀬戸様に自分から関わったのが運の尽きね)
こうして余興の一つに組み込んだのは、そうした者達への忠告も兼ねているのだろう。瀬戸様らしい実に嫌らしい攻撃だ。
しかも、そうして反応した者達から順に絞り込みをされ、後で侵入者との関係を情報部と水鏡を使って徹底的に調べ上げられる。後日、彼等の家には瀬戸様の名前で『御礼状』と言う名の脅迫文が届けられる事だろう。
これだけ脅されて、樹雷の鬼姫と正面から争おうというバカはいない。
迷惑料として幾らかのお金が瀬戸様に支払われて、そこで話は終わり。このパーティー費用くらいは、それだけで十分に賄える計算だ。
「さて、誰が一番なのかしら?」
クスクスと笑い、本当に楽しそうに結果発表を待つ瀬戸様。
優勝者など誰でもいいが、彼女達が暴走しないように見張っておかないと太老くんの貞操が危ない。
それだけは何としても阻止しなくては……そんな確信めいた予感が私の中にはあった。
『優勝は――真っ赤な衣装に身を包んだ謎の爆弾魔! サンタ……って、ええ!?』
結果はご覧の通り。何とも言えないオチに、その場に居る関係者全員――固まっていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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