【Side:水穂】
「一週間くらい、ここに滞在する事になりそうね」
「でも、丁度良い休暇に成ると思います」
補給物資の積み込みや撃沈した海賊艦、それに捕縛した海賊達の処理など、合計すると一週間くらいは手続きに時間が掛かりそうだった。
溜め息を漏らしながら口にした私の発言に、同じように端末を操作しながら、そう言って微笑みを溢す林檎ちゃん。
でも、彼女の言いたい事も分からなくはない。
皇家の船と違い、零式は内部に亜空間を固定している訳ではなく、艦内の設備は極普通の船と変わりがない。
あれが可能なのは第三世代以上の皇家の樹のみ。
亜空間の固定には光鷹翼が必要不可欠なので、最低でも光鷹翼を発生させられる程度のエネルギー量が必要となる。残念ながら零式は、外装に魎皇鬼と同じ生体金属、生体コンピューター兼エンジンユニットにクリスタルコアが用いられているとはいえ、出力自体は第四世代の皇家の樹にも劣るくらいだ。
尤も、一般的な船に比べれば空間圧縮技術などを併用している事もあって、居住スペースも十二分に確保されてはいるのだが、それでも船での生活は快適とまでは言い難い。シャワーではなく両足を伸ばしてお風呂に入りたいし、贅沢な悩みと言ってしまえばそれまでだが、幾ら船の生活に慣れていても地に足をつけてリラックスするのとは大違いだった。
「そう言えば、太老くんは?」
「桜花ちゃんとラウラちゃんと一緒に街で買い物をしてくる、と仰ってましたが」
林檎ちゃんの話から、桜花ちゃんがいつもの調子で太老くんを連れ出したのだろう、と推察した。
太老くんには書類整理を随分と頑張ってもらったし、私も寄港中くらいは休暇と思ってゆっくり休んでもらいたいと考えていたので、そこは問題ない。
それにああ見えて、太老くんはまだ十五歳。もう直ぐ十六を迎えるとはいっても、まだ未成年だ。
はっきり言って、あの歳で一線級の仕事をこなして、ここまでの実績を残していること事態が普通ではない。
太老くんの実力なら頼りにされるのは仕方の無い事とは言っても、もう少し子供らしく私達を頼りにして欲しいと思う部分があった。
桜花ちゃんには、そう言う部分では感謝していた。
こうして太老くんを多少強引にでも連れ出してくれるお陰で子供らしく≠ニまではいかないまでも、太老くんにとっても丁度良い息抜きになっている、と考えていたからだ。
太老くんの場合は放って置くと、どこからか仕事を見つけてきては部屋に籠もりがちになるので、それは余りよい傾向とは言えない。
それに私達が相手では太老くんも要らぬ気を遣ってしまい、本当の意味で息抜きにはならない事くらい分かっていた。
林檎ちゃんや女官達が、相手が桜花ちゃんやラウラちゃんの場合、何も言わないで放って置くのはそのためだ。
「林檎ちゃん。後で女官達を誘って、たまには大人だけで飲みに行かない?」
「いいですね。彼女達も喜ぶと思います」
「それじゃあ、早速……あれ?」
丁度良い息抜きになるだろう、と林檎ちゃんを飲みに誘う。そこで、何か忘れている事に気付いた。
喉元にまで出かかっているのに、何を忘れているのかが言葉に出ない。
大人全員で飲みに行く、というのは決定事項で、ここに本来居るはずの大人が足りないような……。
林檎ちゃんは隣に居る。女官達も物資の搬入で忙しそうに働いている。ここに居ないのは――
「天女ちゃん!?」
「あっ!」
林檎ちゃんも気付いた様子で二人で周囲を見渡すが、天女ちゃんの姿が見当たらない。
ここに居ないということは、彼女がどこに行ったかなど考えるまでもない。
「作業を一時中断! 女官達は街に散開して目標の捕縛を! 太老様に絶対に悟られてはいけません」
『はい!』
林檎ちゃんの一声で、忍者のように素早く姿を消す女官達。
さすがに太老くんの事となると、林檎ちゃんの指示は的確で無駄がない。
女官達も瀬戸様相手に慣れている所為か、怖いほどに行動が迅速だった。
(天女ちゃんも大変ね……)
天女ちゃんには悪いが、今回ばかりは敵に回した相手が悪かった、と言わざるを得なかった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第82話『忍び寄る影』
作者 193
【Side:太老】
俺達は銀河連盟所属のコロニーに、物資の補給をするために立ち寄っていた。
今は、ちょっとした休暇と思って、桜花とラウラの買い物に付き合っている。
全長が太陽系規模という銀河アカデミーほどではないが、その大きさは小さな惑星ほどある巨大コロニーだ。
俺達が今居る商業観覧地区だけでも、大都市が丸々一つ入るほどの広さを有していた。
「どこから回ろうか? お兄ちゃんは希望とかある?」
「んー、俺のは後でいいよ。先に二人の買い物を済ませちゃいな」
桜花とラウラの買い物に付き合って出て来ただけなので、俺は特に決まった用事があると言う訳では無かった。
(はあ……相変わらずバカみたいに広いよな)
今となっては慣れたモノだが、宇宙規模というだけで、どこでもこんな桁違いの大きさの施設ばかりなのだろうか?
GP所属の職員だけでも、その数は約二兆人。連盟勢力圏だけで、総人口数千兆人という規模だ。桁が億ではなく兆だ。
それに空間圧縮技術や亜空間固定技術は大量のエネルギーが必要な上に、大掛かりな設備と莫大な設備投資が掛かる。
その事を考えれば、居住可能な惑星を丸々開拓した方が安上がりだという現実も、やはり関係しているのかもしれない。
だが、スケールの大きさは分からないではないのだが、やはり地球出身の俺からしてみればピンと来ない数字だった。
「それじゃあ、天南デパートに行こうか」
「……天南デパート?」
「うん! 地下で『銀河特選市』とかいうのがやってるらしいの」
桜花の話では、銀河中から有名な特産品ばかりを集めた食の博覧会のような物が、天南デパートの地下で開催中という話だった。
デパ地下人気は地球だけでなく全宇宙共通の物らしい。
ちなみに天南デパートというのは、そのまま天南財閥が経営しているデパートの事で、ここだけでなく銀河アカデミーや天樹の郊外にもある巨大な商業施設だ。樹雷領や連盟内の惑星に、全百万店舗以上あるという有名店だった。
――トイレットペーパーから惑星売買までお手頃価格で何でも揃う
を売りに庶民の間で人気を博している施設の一つだ。
天南静竜はバカでしつこくて鬱陶しいが、天南財閥にまで罪はない。
天南系列の店は、地球産の商品も品揃えが良いので、俺が密かに愛用している店でもある。
(イワシの缶詰あるかな……)
ここ最近口にしてないので、地球の酒の肴が恋しかった。
「結構人が多いな。二人とも、はぐれないように手を繋ごうか」
『……え?』
ぼけっとした二人の手を確りと握り、『それじゃあ、行くか』と声を掛ける。
桜花一人なら肩車をすれば解決だが、最近ではラウラが一緒に居ることが多いため、こうして手を繋いでお出掛けする事が多かった。
桜花とラウラの頭の上にそれぞれ乗っかっていた船穂と龍皇が、腕を伝って俺の肩に移動してくる。
最近この二匹は、船穂が桜花と、龍皇がラウラと行動している事が多く、丁度良いボディガードになるので俺はそのまま放置していた。
「お父さんとお買い物かい? ほら、お嬢ちゃん達、甘くて美味しいよ」
デパ地下に到着して色々と見て回っていると、まず桜花とラウラの目に留まったのは、やはり女の子らしく甘い物のようだった。
店員の手から差し出された爪楊枝に突き刺さった芋羊羹を、小さな口で美味しそうに頬張る桜花とラウラ。
店員に『お父さん』と間違われると少しくすぐったい物を感じるが、実のところそれほど悪い気はしなかった。
娘が居ればこんな感じなのかな、という考えが頭を過ぎる。
この二人を連れていると親子連れ、良くても歳の離れた兄妹に間違われる事が多いので、今ではそう呼ばれる事に余り抵抗感が無い。
それに実際二人の事を、本当の妹のように大切に想っているのは確かだ。
「それじゃあ、船の方に届けておくよ。毎度あり」
二人も気に入った様子だったので、人数分注文して水穂達へのお土産にする事にした。
羊羹を始めとする和菓子は、樹雷でも人気が高い定番のオヤツだ。
仕事の合間のお茶請けに、これなら丁度良いだろう。
「さてと、それじゃあ次はどこに――」
会計を済ませて周囲を見渡すと、桜花とラウラの姿が見えなくなっていた。
【Side out】
【Side:天女】
「くッ! さすがは瀬戸様の女官達ね。あんな僅かな時間で、これだけの包囲網を敷くなんて……」
瀬戸様の女官達の迅速な動きに追い詰められた私は建物の物陰に身を隠し、満足に身動きの取れない状態に追い込まれていた。
女官達から逃げる内に太老くんの姿は見失ってしまうし、本当に散々な状態だ。
零式に配属されたはいいが、余り太老くんとの時間が取れないのが現在の私の悩みの種だった。
仕事中は太老くんの傍にはずっと林檎様や水穂様が控えているし、休日は桜花ちゃんやラウラちゃんが一緒に居るので二人きりになるタイミングが無い。
かと言って夜這いを仕掛けようにも、零式の人工知能が邪魔をして艦長室に近付けない始末。
私の『宇宙で太老くんとラブラブ大作戦』は、出だしから大きく躓いていた。
「でも、このくらいで私が諦めると思ったら大間違いよ!」
太老くんへの愛は誰にも負けないつもりだ。このくらいで諦めてなるものか、と気合いを入れ直す。
とにかく、女官達の包囲網を突破して太老くんに接触しない事には話にもならない。
だが、再び女官達に見つかればそこで終わりだ。
建物の影に姿を隠しつつ、徐々に距離を詰めて行かないと――
「あれ? ラウラちゃんじゃ……」
そこで偶然、ラウラちゃんの姿を見つけた。
彼女の周りを観察してみるが、太老くんどころか桜花ちゃんの姿も見当たらない。
「迷子にでもなったのかしら? はっ!」
だとすれば、チャンスだと私は思った。
ここでラウラちゃんを偶然見つけたフリをして、心配して捜しているであろう太老くんの元に届ければ、感謝される事は間違いない。
その後、『よかったら天女さんも一緒に見て回りませんか』という流れになるのは当然の結果で――
『こうしてると、何だか親子連れみたいですね』
と、照れくさそうに笑みを溢す太老くん。
勿論、ラウラちゃんと桜花ちゃんの父親役は太老くん、母親役は私という構図だ。
『天女さんのような女性を奥さんに出来る人は幸せ者ですね』
なんて会話になって――きゃっ!
そのまま太老くんとの仲が急接近というシナリオが、私の頭の中に過ぎった。
「ラウラちゃん!」
思い立ったら直ぐ行動。
一人、ぼーっと佇んでいたラウラちゃんに、私は後から大きく声を掛けた。
私の声に気付き、こちらを振り向くラウラちゃん。
(――え?)
しかし私は顔を合わせた瞬間、ラウラちゃんの表情を見て思わず息を呑んだ。
人形のように、何一つ感情の籠もっていない表情。
目は虚ろで、まるで生気が宿っていないに見える。
「――誰!?」
次の瞬間、周囲に不穏な気配を感じ、私はラウラちゃんを庇うように素早く胸に抱き寄せた。
周囲に警戒しながら、先程感じた気配を追って視線の先を探る。誘拐犯、追跡者、分からない。
だが、スッと物音一つ立てずに離れていく気配に、そこらのチンピラではない事を悟った。
少なくとも、何者かがラウラちゃんを尾行していた事は間違いない。
それも一流の諜報員である可能性が高い。
(……海賊、ではないわね。銀河軍かアイライのスパイかしら?)
状況がきな臭くなって来た事を感じ取り、犯人を追うべきかどうかを思案したが、腕の中に居るラウラちゃんを見てその考えを振り払った。
ラウラちゃんを、ここに置いて行く訳にはいかない。
相手に仲間が居ないとも限らないし、彼等の狙いがラウラちゃんにあるのだとしたら、離れるべきではないと考えたからだ。
単に情報収集していただけか、それともラウラちゃんを人質にでも取るつもりだったのか、狙いは定かではないが少なくとも私達がこのコロニーに停泊している事に気付いている連中が居るという事だ。
「ラウラ――ッ!」
「お迎えがきたようね。大丈夫? ラウラちゃん」
「ん……天女お姉ちゃん?」
私は、少し眠そうなラウラちゃんの反応を見て、ほっと胸を撫で下ろす。
桜花ちゃんの声を聞いて意識を取り戻したのか、先程までの冷たい表情から一転して、いつものラウラちゃんに戻っていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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