【Side:連島】

 水穂様と瀬戸様の女官達が助けにきてくださらなければ危なかった。

「助かりました。水穂様」
「いえ、連島殿もご無事で何よりです」

 水穂様達の乗ってきた零式では、納月の乗員全てを収容するのは無理がある。しかも、外は戦闘の真っ最中だという話だ。
 交戦中の船に転移するような危ない真似が出来るはずもなく、そこで納月を取り戻すために私達はドックへと急いでいた。

「納月は無事だったのですか?」
「はい。情けない事に戦闘態勢に入る前に、皇家の船並の高出力を持つ船に囲まれてしまって……」
「なるほど……あの突出していた十二艦ですね。恐らくは第四世代の皇家の樹を積んでいるはずです」

 あの場面では乗員の命を守るためには、敵の要求に素直に従い投降する他なかった。
 納月が幾ら並の船よりも高い戦闘力を有しているとはいっても、皇家の船ほどではない。
 多勢無勢な上に、皇家の樹を積んでいると思われる船が相手では、我々に勝ち目は無かった。

「何と……私達を助けてくださったのは水穂様達では無いのですか?」
「ええ、この状況を作り出したのは太老くんです。私達はそれに便乗しただけ」
「さすがは瀬戸様の後継者と言われるだけの事はありますな。なるほど、女官の皆様方が仰っていたのはやはり……」

 水穂様から事情を伺って合点がいく。『正木の麒麟児』や『鬼の寵児』と呼ばれている話題の少年の事が頭を過ぎる。
 外には情報が極力漏れないように情報統制が敷かれているが、聖衛艦隊の闘士の間では非常に有名な人物だ。
 あの若さで樹雷皇と対等以上の戦闘力を持つと言われ、その知識はあの伝説の哲学士『白眉鷲羽』様に勝るとも劣らないと言う話だ。
 その話だけなら到底信じられるような内容ではなく胡散臭い話と切り捨てる事が出来るが、実際に太老様は船穂様が代表を務める財団の設立に深く関わられ、しかも情報部に着任後は、有名な海賊や諜報員を次々に捕縛するといった実績を上げている。
 樹雷の長い歴史の中で、僅か一年にも満たない期間でこれだけの偉業を達成した人物は他にいない。

 聖衛艦隊、特に瀬戸様の女官の方々の間で、鬼の後継者として信じられているだけの理由が十二分にある御方だ。
 今では彼の事をただの少年と侮る愚か者は、聖衛艦隊に所属する者で一人として居なかった。

「――これは、まさか瀬戸様の!?」
「色が違う……青? 零式……いえ、太老くんね!」

 その時だった。
 艦内の至るところに空間モニターが現れ、青い『ZZZ(トリプルゼット)』の文字が咲き乱れる。
 撃滅信号。それが意味するところは、海賊や軍に所属する者で知らない者は一人としていない。

 ――鬼姫のジェノサイドダンス

 逆らう者は容赦のない攻撃に晒され、命を落とす事になる。まさに海賊にとっては死を意味する撃滅宣言。
 しかし、水穂様の言葉でこれが水鏡の物で無い事に気付く。瀬戸様のZZZ(トリプルゼット)の色は赤。だが、目の間に広がる色は青。
 それが意味する物は、これが瀬戸様の出された撃滅信号ではなく鬼の寵児の手による物だという事だった。

「連島殿、急ぎますよ!」
「水穂様、これは一体?」
「詳しい話は後です。ただ一つだけ言える事は、太老くんが本気になった≠ニいう事だけ……」

 その水穂様の言葉を聞いて、背中が凍えるような寒気を覚えた。
 鬼の寵児の本気。銀河アカデミーの一件や、クリスマスパーティーであった裏の成果は私も耳にしている。
 ここで今行われているのは、あの大事件の再現だという事だ。

 瀬戸様の本気を知る我々にとって、それは畏怖を抱くに十分な理由だった。
 鬼の後継者と称される御方が本気になった。それだけで嫌な汗が噴き出てくるのを感じる。文字通り、恐ろしい物を感じずには居られなかった。
 やはり女官の方々が仰っていた『王子様』というのは、正木太老様の事で間違いないだろう。
 眷属とはいえ、樹雷の皇子。
 将来、我々の上に立つかも知れない方の恐ろしさを、私は間近でその目にしようとしていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第89話『姉妹の絆』
作者 193






【Side:ラウラ】

 私は何一つ自分の事を知らなかった。
 自分の中に彼女≠ェ居る事も、ラウラと名付けてくれた両親が実は本当の両親ですら無い事も。
 だけど、今なら分かる。彼女の想いに触れた今なら真実が――

 それを教えてくれたのは、気付かせてくれたのは、太老だった。

『俺はラウラちゃんが誰であれ、大切な女の子だと思ってる。桜花ちゃんも、君の事を本当の妹だと思って大切にしてる。それだけは、信じて欲しい』

 私を物などではなく一人の女の子として見てくれた太老の言葉は、もう一人の私の胸に大きな衝撃を与えた。
 どんな理由があれ、脅して連れてくるような真似をした私を太老は『大切な女の子』だと言ってくれたのだ。
 お姉ちゃんも本当の妹だと思って大切にしてくれている、と。

 その言葉に嘘がない事は分かる。

 自分の喉元に刃を当てた時のお姉ちゃんの悲しげな表情。何も言わず、私に黙って付いてきてくれた太老の優しさ。
 あそこで素直に従ってくれたのは、私のためだという事くらい分かっていた。
 太老は優しい。もう一人の私が罪悪感を抱き、胸を締め付けられるほどに優しすぎた。
 深層心理に植え付けられた博士への絶対服従の心。それすら覆せたのは、太老のくれた心≠ェあったからだ。

 最初から分かっていた事だった。
 あの言葉に嘘はない。博士とは違う。太老なら、きっと私なんかのためにでも本気で怒ってくれる。
 だからこそ、今ならはっきりと言える。私も、もう一人のラウラも――

 太老が好きなのだと。

「……ラウラ」
「お姉ちゃん」

 目が覚めたら目尻に涙を一杯溜めた、お姉ちゃんに抱きしめられていた。
 身体が思うように動かない。博士に逆らい、電撃を食らった後遺症が身体には残っていた。
 それが原因となったのか、もう一人の私は意識を閉ざし眠ったままだ。

「ごめんなさい。お姉ちゃん」
「私こそ、ごめん。ラウラが苦しんでいる事に気付いてあげられなくて……」
「……違うの。お姉ちゃん」

 私は自分の事をお姉ちゃんに包み隠さず話す事にした。その事でお姉ちゃんに嫌われる事になったとしても、それが私の罪だ。
 もう一人の私と互いの存在を確認し、記憶を共有した今だから分かる。こんな事になってしまったのも、私が原因だと。
 太老を監視するように送り込まれたのが私。博士に違法改造されて生まれたのが私だった。

 最初は樹雷軍に保護される事で、徐々に内部へと潜入し情報を引き出してくるのが私達の負った任務だった。
 この計画を最初に立案したのはアイライ。どの検査にも引っ掛からない高度な違法改造を施した子供達を樹雷軍に保護させ、樹雷の闘士として育てさせる事で少しずつ軍の内部に浸透させていく。あわよくば、その中から皇族と関係を持ち、皇家の樹と契約を交わした持ち主をアイライの側に引き抜く。それがこの計画の全容だ。
 樹雷の鬼姫に悟られないように、数十年、数百年先を見越した長い計画だったが、太老の登場によってその計画は変更を余儀なくされた。
 銀河軍の壊滅的被害。そして数百年を掛けて下地が出来つつあった樹雷皇家との繋がりを絶たれ、アイライは計画を前倒しせざるを得ない状況に追い込まれたのだ。
 直ぐに太老の存在は彼等のブラックリストに挙がり、平田家に養女として潜り込む事に成功していた私に太老の監視が言い渡された。

「博士に太老を連れてくるように言われて……どうしても逆らえなかった」

 この身体も心も、ラウラという存在自体がまやかし。本当の私はリョーコ・バルタの母。バルタ王家の血を次ぐ後継者だ。
 私という存在は身体を退行させた際、アストラルが分化して生まれた本来のラウラを覆い隠すための表層人格に過ぎない。
 博士が私を重用していたのも、私がバルタ王家の血筋であった事が理由として大きい。
 王家の血縁者ともなれば、利用価値は山ほどある。それも樹雷皇家と結びつきの強い独立王制国家の姫君ともなれば尚更だ。
 もう一人の私はその事を、実の娘と祖父に知られる事を恐れていた。

 バルタ王家の後継者が生きていたという事実よりも、バルタ王家の後継者が利用されていたとはいえ、樹雷に害を成す計画に加担していたという事実の方が問題だと考えていたからだ。
 バルタは独立王制国家とはいえ、樹雷の後ろ盾なくしては存在が成り立たなくなる国だ。
 建国から僅か十年余りしか経っておらず、その勢力圏は嘗てのダ・ルマーギルドやバルタギルドを母体とする物で、海賊に反感を持っている国々からは覚えも悪く、味方となってくれる国は少ない。全ては樹雷という銀河最大の軍事国家の権威に縋り、なんとか体裁を保てているような国だ。
 だが、樹雷にも各国の反対を押し切ってバルタを独立王制国家として認め、その後ろ盾をするメリットはあった。
 歴史に名を馳せる二大ギルド。その海賊の保有する独自の情報網と蓄積された知識とノウハウは、樹雷の戦力強化にも大きく繋がる。そうでなければ、樹雷がバルタを後押しする理由が無い。各国が反対していたのも、実のところは樹雷がこれ以上勢力を増すのを嫌がったからに他ならなかった。

 そんな理由があるからこそ、バルタと樹雷の関係にヒビを入れるような事件は起こす訳にはいかない。特に建国からそれほど時間が経っておらず、繊細なこの時期にそうした問題は出来るだけ回避する必要性があった。
 もう一人の私が懸念していたのも、そうした政治的な部分だ。
 博士への絶対服従という物がなくても、自分の事で家族に迷惑を掛けるような真似を、もう一人の私は望んでいなかった。

「私は……お姉ちゃんや太老を騙していたの」

 だけど一番失いたく無かったのは、樹雷で得た温かな家族との時間だったのかもしれない、と私は思う。
 お姉ちゃんに嫌われる事。太老に嫌われる事を、何よりも私は恐れていたのだ。
 だから何も言えず、問題を引き延ばすような真似をして、私は博士の言葉に逆らえないまま大きな過ちを犯してしまった。
 もう一人の私の仕業だから、知らなかったでは済まされない裏切りだった。

「……それは違うよ。ラウラ」
「お姉ちゃん?」
「ラウラは正直に話してくれた。謝ってくれたじゃない」
「でも、それは……」
「言ったよね。私はラウラのお姉ちゃんだって、絶対に一人にしない、って」

 そう言って、お姉ちゃんはギュッと私を抱きしめ、

「気付いてあげられなくて、ごめんね。でも、ラウラ一人に背負わせないよ。私は、ラウラのお姉ちゃん――」
「うあ……あああああっ!」

 ――だって、あなたは私の妹≠ネんだから

 真実を知って尚、私の事を『妹』と呼んでくれるお姉ちゃんの言葉が、私の胸に染み渡ってくる。

「ひぐっ、ごめんなしゃい……ごめ……おねえちゃん」

 胸を締め付ける苦しさと、どうしようもなく溢れてくる嬉しさに自分の感情を抑えきれず、沢山涙を流した。
 鼻水と涙で表情を崩し、お姉ちゃんの胸の中でずっと泣き叫んでいた。


   ◆


「落ち着いた?」
「うん……ありがとう」

 涙も乾き、一滴も出なくなった頃には身体の痺れも殆ど取れ、何とか動かせる程度には回復していた。
 博士の放った電撃は、以前の私なら即死していてもおかしくない程の一撃だった。
 そうならなかったのは平田家の養女になった際、お姉ちゃんと同じ生体強化を受けたからだと考える。
 この回復力といい、身体能力といい、やはり樹雷の生体強化は飛び抜けていた。

「お姉ちゃん、これって……」
「お兄ちゃんの仕業ね」

 ようやく平常心を取り戻し、周囲の状況に目が行く。
 艦内に鳴り響いている警報音。そして宙に浮かぶ全ての空間モニターに、『ZZZ(トリプルゼット)』の文字が浮かび上がっていた。

「そうだ! 太老は!?」
「ラウラを私に預けて直ぐに、『やる事がある』って言ってどこかに行ったわ。物凄く良い笑みを浮かべて……」
「それって……」
「あそこまで怒り狂ってるお兄ちゃんは初めて見た……。本当は、私も黒幕に一発食らわせてやろうと思ってたんだけど、その必要も無さそうね」

 太老が私のために怒ってくれたのだと、お姉ちゃんの一言で分かった。
 恐らくは博士を追い掛けて行ったのだろう。

「私達も脱出しましょう。お兄ちゃんは大丈夫よ」
「捕らえられている人達は?」
「そっちも大丈夫。水穂お姉ちゃん達が上手くやってくれているわ」

 やっぱり、お姉ちゃん達は凄い。私の心配など余り意味が無かった。

「今のお兄ちゃんは誰にも止められないわ。それこそ、神様にでも……」
「え? まさか、そこまでは……」
「……冗談ならどれだけよかったか。とにかく、巻き込まれないように早く逃げるわよ」

 いつになく焦った様子のお姉ちゃんを見て、それが冗談では無い事に気付かされた。
 青い印は始まりの合図。既に、神様すら止められないという喜劇は幕を開けていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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