【Side:かすみ】

 真剣に送られてきた報告書に目を通す。
 一通り読み終えたところで、通信の向こう側に居る人物に話し掛け、頭を下げた。

「あの子がご迷惑を掛けたようですね。夕咲様」
『お気になさらないでください。私も楽しませて頂きましたから』

 平田夕咲。瀬戸様の政策秘書であり、嘗ては第七聖衛艦隊の司令官も務めた経歴がある武と知、その両方に優れた人物。
 闘士の間では、今でも畏怖と畏敬の念を込めて『武神』の二つ名で呼ばれている御方だ。
 そして瀬戸様と私、限られた一部の者にしか知らされていないが、太老の護衛を密かにしてくださっている『剣』の一人でもある。

 元々夕咲様は桜花ちゃんの母親であり、瀬戸様から彼女の監視役と護り手の役目を担っていた。
 しかし太老が宇宙に上がる話が持ち上がった時、夕咲様が自分から太老の『剣』になる事を申し出てくださったのだ。
 こうして定期的に、私に太老の宇宙での生活を綴った報告書を送ってくださるのも、夕咲様や瀬戸様の配慮の一つだった。
 瀬戸様も何だかんだ言いながら、仕方の無い事といえ、私から太老を奪うような真似をした事を気に病んでおられる。
 それに、あの方は確かに悪戯好きだが意味のない事をされる方では無い。鷲羽様と同じように、太老のために態と憎まれ役を買って出てくださっている事くらい、母親の私には分かっていた。

『それに私は太老くんの事を、本当の息子のように思っていますからね』
「それは本人の意思次第と言ったところですが……」

 あの子の欠点の一つだ。自分に向けられる好意に対して恐ろしく鈍い。母親の私から見ても、鈍感の一言でしか言い表せないほどだ。
 思い出されるのは太老が中学生の時。バレンタインに紙袋一杯のチョコレートを持って帰ってきて、太老はそれを全部『義理チョコだ』と迷わずに言った。
 一箱数千円する高級店のチョコレートや手作りばかり。中には渾身の作とばかりに大きなチョコレートケーキもあった。
 それなのに『生徒会の仕事をしているから、その御礼にくれたんだよ』と本気で言っているのを見て、チョコレートをくれた女の子達に同情したものだ。

 私の調査によると太老の非公式ファンクラブが存在し、女生徒達の間で暗黙のルールがあり『抜け駆け禁止』や、魎呼さん達を恐れて直接太老に告白するような女の子はいなかったそうだが、それでも学校で絶大な人気を誇っていたという話を私は知っていた。
 これがまだ学校の中の話だけであればいいが、正木の村の住人の中にも太老を狙っている女性は数多くいたのだ。
 そのどれもが成就する事無く失敗に終わっているのだが、未だに太老の事が忘れられず狙っている女性は大勢いると聞く。

(あの子の意識改革を促す方が、銀河支配よりも困難そうなのよね……)

 私も孫を早くみたい。夫もそれを楽しみにしている。しかし太老に自覚させるのは無理、と母親の私ですら諦めていた。
 太老の意思に反した結婚を私は許すつもりはないが、あの子がそれに気付くかは更に別問題だ。
 はっきり言って、全員がスタートラインにすら立てていない。その事にすら、誰も気付けていないのが現状だった。
 どう言う訳か、恋愛ごとに関してのフラグだけは必ずと言って良いほど回収を忘れるのだから、母親としても困った物だと常々思う。

『そうなのよね。あれだけ色々と周囲からアプローチされてるのに、本当に気付いてないみたいに上手くはぐらかしてばかりで……』

 いや、気付いてないみたいじゃなく、本当にアレは気付いてないのだ。
 太老の唐変木さは並ではない。筋金入りだ。

『ねえ、太老くんが小さい子好き≠チて本当かしら?』

 夕咲様の言葉で、また余計なフラグを立てている我が息子に頭が痛くなった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 最終話『過ぎ去りし苦難、待ち受ける災難』
作者 193






【Side:太老】

 あれから本当に色々な事があった。詳しくは割愛させてもらうが、俺は元気にやっているとだけ、ここに記しておく。
 ここ最近は、先日の事件で上手く難を逃れ、海賊と化した残党の処理と山ほどの書類整理に追われていた。
 零式は無茶が祟ったらしくメンテナンスと称してドック入りしているため、代わりに水鏡に乗り込み聖衛艦隊を引き連れて残党狩り、そして書類整理というローテーションで忙しい日々を送っている。
 そう、忙しくも充実した日々のはずだった。

「ちょっと、ラウラ! リリア! また、抜け駆けして!」
「太老が『一緒にベッドで寝て良い』って言った」
「お兄ちゃん!?」

 朝早く。俺のベッドで美少女が二人一緒に寝ていたのを、桜花が発見したのが不幸の始まりだった。
 一つだけ言っておくが、俺が自分からベッドに連れ込んだのではない。それに俺の尊厳のために断言しておくが、俺は何も≠オていない。
 よく考えてみて欲しい。美少女二人に上目遣いでお願いされたら、男なら間違いなくコロリと落ちるはずだ。
 これも至極当然の結果。俺に選択肢など、最初から無いも同然だった。

「心配ない。太老には責任を取って、バルタの王位を継いでもらう」
「ちょっ! リリアちゃん、何気に物凄い爆弾発言を!?」

 リリアの爆弾発言に桜花と俺は目を見開いて驚く。意味がよく分かっていないのか、冷静なのはラウラくらいだ。
 というか、そんな話は初耳だった。俺が王様って……うん、ダメだ。我ながら似合わなさすぎる。

 彼女の名前はリリア・バルタ。そう、ラウラの中に居たもう一人のラウラであり、リョーコの母親。バルタ王家の血を引く者だ。
 当初、ノイケのように分化したアストラルを再び同化させる案も浮上したが、それには一つの問題が立ち塞がった。
 ノイケと違い、ラウラとリリアは互いの存在を認識している。しかも大きく違う点は、分化したアストラルの質量が生まれたての赤ん坊ほどしか無かったノイケの時と違い、成人女性一人分と遥かに大きかった事が同化を妨げる原因になっていた。

 先日の事件が切っ掛けとなり、どう言う訳か一気に覚醒したと思われるリリアのアストラル。
 ラウラとリリア、互いの存在を認識できるようになった事が主な原因と思われているが、詳しい事はよく分かっていない。
 それに退行させられたとは言っても、リリアの元の年齢は軽く三百歳を超えていると言う話だ。その時点でかなり強い精神力を持っていると考えられた。
 生まれたての赤ん坊ならまだしも、既に完成された意思がある存在をそのまま同化させてしまえば、ラウラの人格にどんな影響を与えるか分からない。そこで、リリアに肉体を与える事で決着がついたのだ。

 既にラウラに施されたクレーの遺伝子改造の痕は処理を施され、バルタ王家の血筋である事も確認されている。
 そのラウラの遺伝子を使い、もう一つの肉体を形成。そこに分化したアストラルを宿す事で、リリアが誕生した。
 アカデミークラスの技術力を用いれば、それほど難しい話ではない。実際、似たような事例はそこら中に転がっている。
 例えば、稀に高度な人工知能にはアストラルが宿る事があり、そうした人格を形成した人工知能には銀河法で人権が認められる事になっていて、その際、人間として生きていくための戸籍と肉体を提供してもらう事も出来るのだ。
 当然ではあるが、ちゃんと子供だって産める。リリアはそうして、正式にバルタ王の孫として認知される事になった。

 バルタ王は、リリアとラウラに会えて大喜びだった。それはそうだろう。死んだと思っていた自分の孫が帰ってきたのだ。
 しかも跡継ぎの問題も、これで一気に解決した事になる。
 リョーコは死んだと思っていた自分の母親が目の前に現れて困惑していたけどな。
 しかも自分の母親の遺伝子を持つのが二人だ。混乱しないはずがない。バルタ王と違って理解させるまでに、かなり時間が掛かった。

 そしてリリアと同じ遺伝子を持つラウラも、バルタ王の孫という事になるのだが、ラウラは王位継承権を放棄し、桜花の妹『平田ラウラ』である事を望んだ。
 バルタ王の孫、リョーコの母親としての記憶を持っているのはリリアの方だ。
 自分は死んだ父親や捕まった母親の事を今でも親だと思っているし、そして桜花の事を姉だと、夕咲や兼光の事を家族だと思っている。今更バルタの姓には戻れない、とはっきりバルタ王に告げたのだ。
 本人たっての希望とあっては、バルタ王も頷くしかない。とはいえ、王位継承権を放棄したと言ってもバルタ王の孫である事に変わりはない。
 バルタ王はかなりの孫バカのようで、それでも区別する事無くラウラとリリアの二人を自分の孫として受け入れると口にした。
 姓が違っても、ラウラが自分の孫である事に変わりはない、と。
 まあ、そこまでは感動的な話だったのだが、真面目な顔で――

『では、太老殿が次期バルタ王という事で――』

 と言われた時にはさすがに引いた。
 何故か、その場に居合わせた水穂、林檎、琥雪、そして瀬戸によって沈黙させられていたが、まだ諦めていない様子だったのを覚えている。
 本当に孫バカだ。リリアとラウラが俺に懐いているからといって直ぐに結婚とか、どれだけ話を飛躍させる気だ。

「……大切な女の子だ、って太老から愛の告白をされたから」
「お兄ちゃん!?」
「誤解だ!」
「お祖父様とリョーコも、私達の婚約を認めてくれた」

 桜花が怖い。対応を間違えると、今にも噛みついてきそうな剣幕だ。
 大切な女の子だとは確かに言った。しかしそれは、妹や家族という意味でだ。それ以上の深い意味は無い。
 第一、あの孫バカを引き合いに出さないでくれ……ってちょっと待て、リョーコもだと?
 娘が母親の結婚を軽く了承するな! バルタ王族は頭がおかしいんじゃないか!?

「姉妹なんだから、仲良く分け合えばいいじゃない」

 そして、どこからともなく現れた夕咲によって爆弾が投下された。
 俺の方を見て、『そのくらいの甲斐性はあるでしょ?』と当たり前のように尋ねてくる夕咲。
 いや、見た目九歳前後の桜花とラウラに、そのラウラそっくりのリリア。
 リリアは元がリョーコの母親で精神年齢が三百歳を超えているとはいっても、見た目が九歳児ではどう考えても犯罪だろう。
 実際、リリア本人も言っている事だが、思考力は別として精神は身体にかなり引っ張られているらしい。
 無理だ。第三者からみたら間違いなく犯罪行為。幼女や少女は愛でるもの、というポリシーを持つ俺にとって、これは踏み越えてはいけない一線だ。残念ながら犯罪行為に走るつもりはない。
 しかし、そんな事を言っても納得はしてもらえないだろう。ここはやはり――

「あ、逃げた! お兄ちゃん! ラウラとリリアに『ベッドで一緒に寝ていい』って言ったのは本当なの!?」
「事実だけど、それは仕方なかったんだ!?」
「太老の匂いがする」
「このまま愛の逃避行」
「ちょっ! ラウラちゃん、リリアちゃん、いつの間に!?」

 逃げる俺の腰に抱きついているラウラとリリア。
 この速度で二人を落とす訳にはいかないので、慌てて二人を両脇に抱える。
 その後を、凄い剣幕で追い掛けてくる桜花。無茶苦茶、怖い。

「え! 太老くんを捕まえたら、太老くんと結婚できる!?」
『正妻の座を射止めるチャンス!?』

 その後を追い掛けてくる天女と女官達。
 夕咲が発した爆弾発言から、まるで伝言ゲームのように誤解が広がっていく。

「あなた達! また、太老様にご迷惑を! 太老様の敵は私の敵。太老様は、私がお守りします!」
「林檎様。助太刀します」

 そんな彼女達の前に立ち塞がるように現れる林檎と琥雪。
 助かったと思ったのは束の間、いつもの事とはいえ状況が混沌としてきた。

「太老殿は次期樹雷皇に成られる身。あなた達には渡しません!」
「その調子よ! お姉様!」

 タイミングを見計らったように現れる船穂と美沙樹のデコボコ姉妹(コンビ)
 頭を抱えたくなった。一度始まると収拾のつかない騒ぎへと発展するのが、ここの日常だ。
 大抵、瀬戸や夕咲の爆弾発言から、ややこしい事態に発展するのが毎回のパターンだった。
 で、最後にそれを聞きつけてやって来た。

「誰も居ないから不思議に思ってきてみれば……全員! そこに正座なさい!」

 黒水穂の降臨によって、騒ぎは更に怪しい方向へと向かっていく。
 これが最近、俺が送っている樹雷での平穏とは程遠い日常の風景。

「太老。愛されてるね」
「……男の夢、ハーレム?」

 ラウラ、リリア。それは色々と違うと思うぞ。
 俺的には物凄く迷惑しているし、愛されているというより、からかわれているようにしか感じない。
 敢えて言うなら、愛玩動物に向けられる好意のようなものか?

 鷲羽(マッド)にも似たような感じで、毎日のように追い回されていたしな……。
 どう考えても捕まったらモルモット確定だろう?
 苦い思い出がよみがえってくるだけで、嬉しいと思った事は一度としてない。
 絶対にこれをハーレムと認める訳にはいかない!

「太老は幼女体型が好きなんだよね」
「ラウラ、私達の勝ちね」
「うん」

 自分達の前か後か分からないぺったんこの胸を見て、何だか自信満々に語るラウラとリリア。
 何度説明しても分かってもらえない誤解の連鎖に、俺は挫けそうになっていた。

 この一ヶ月後。俺は鬼姫の許可を得て、地球へと久し振りに帰郷する事になる。
 そこで更なる災難が待ち受けているとは、この時の俺は知る由も無かった。

【Side out】





「はあ……お兄ちゃんの唐変木さは何処に居ても&マわりないか」

 混沌とした太老の逃走劇を、テレビを鑑賞するように別の世界から眺めている平田桜花そっくり≠フ少女が居た。
 後で二本に束ねた癖のある茶髪。見た目、九歳前後にしか見えない小さな身体。ただ一つ桜花と違うのは、不思議な輝きを放つ黄金の瞳をしている事だ。
 逃げ惑う太老の姿を見て大きく溜め息を漏らしながらも、その表情はどこか嬉しそうに見えた。

「完全に目覚めるのには、まだ時間が掛かる。その間に、もう一つの鍵を見つけておく必要があるわね」

 鍵の意味は分からないが、少女の言葉からも何か大切な物である事は窺い知れた。
 少女の居るこの空間は、普通の人間では立ち入る事の出来ない高次元空間。
 それだけでも、この桜花に似た黄金の瞳を持つ少女が普通の人間で無い事は確実だった。

「必ず見つけ出してみせるわ」

 少女の背に広がる六枚の光鷹翼。

「だから、待っててね。お兄ちゃん」

 その言葉は、少女の願い。想い。そして大切な人との約束。
 光り輝く六枚の翼を広げた少女は、次元の狭間へと消えていった。



 場面は変わって――
 ブルッ、と背筋を震わせる太老。度々アクシデントに見舞われながら過ごしてきた彼は、変なところで勘が鋭い。
 個性の強い女性達に追い回せれながら、嫌な予感を感じていた。

(うみゅ……お父様に相応しい……真のヒロインは……私なのですよ……)

 と、怪しい寝言が聞こえたような聞こえなかったような。
 正木太老(フラグメイカー)。彼の受難の日々は、まだまだ始まったばかりだ。





 ……TO BE CONTINUED



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