【Side:雪蓮】

「袁術の方はどうだった?」
「前と一緒よ。ちょっと煽ってやったら、簡単にその気になってくれたわ。全く張り合いが無いっていうか……」
「贅沢を言うな。相手が愚かな方がやり易いというものだ」
「それはそうなんだけどさ……」

 冥琳の言うように相手が馬鹿な方が色々とやり易いと言うモノだが、余りに簡単すぎて張り合いが無いのも事実だった。
 まあ、相手が曹操とかなら、こうは上手く行かないだろう。
 私達が正木商会の協力を得て密かに力を蓄える事が出来ているのも、あの袁術が馬鹿でいてくれるお陰だ。

「だが、これで筋は通せる」
「あんな書簡が送られてきたら、協力しない訳にはいかないものね」

 元々、私達の土地は漁業はそれなりに盛んではあるが、北の肥沃な大地と違ってやせ細った土地が多く作物が育ち難い傾向にある。この辺り一帯の土地が抱える大きな問題の一つだ。
 だがそれも正木商会から提供された大量の食糧、それに肥料と農薬、新しい農作法のお陰でなんとか持ち直しを見せていた。
 当面の間、城の備蓄と行軍用の糧食を分けても、十分に民に食糧を供給出来るだけの余裕があるのも全てはそのお陰だ。
 曹操の策に乗るのは少し癪ではあるが、独立に向けて自陣の力を蓄え、袁術の力を削ぎ落とすをいう目的には適っている。
 それに、これだけの恩を受けて置いて、彼――正木太老に何も返さないというのは私の矜持が許さなかった。

 元々、彼に期待したのは食糧支援だけだった。
 黄巾の乱で見せた知識、そして技術提供をして欲しいという思惑は確かにあったが、それほど期待していなかったのだ。

 ――そんなに甘い話では無いと

 小蓮と明命を商会にやったとはいえ、知識や技術は財産にも等しい物。本来は秘匿されて当然の代物だ。
 すんなりと何の対価も無しに教えてもらえるなどと、私も冥琳も甘い考えは抱いていなかった。
 だけど、それらを隠すつもりなど彼等には微塵も無かった。

 明命の報告にもあった天の知識と技術を学びたい者達に惜しむ事なく教示しているという『学校』の存在。民に学など何を馬鹿な話を、と思ったが現実にその効果を見せられれば、一概に馬鹿な事と笑う事が出来ない。ましてや曹操に協力している以上、いつかは敵に成るかも知れない私達に余計な知識と技術を与えるなど、何も考えていない馬鹿か、余程の大物かのどちらかしかない。
 そして、あの男と曹操に限って、その前者は無いと私は確信していた。
 商会の掲げる理念。平和のため、民のために、という想いに嘘は無いのだろうがそれだけとは到底思えない。
 私達はきっと試されているのだ。曹操、いや天の御遣い『正木太老』に――

「戦力は、地方に散った呉の忠臣を呼び戻していいという話だし、なんとかなるでしょう」
「……そこまで許可したか。呆れて物も言えんな」
「それだけ追い詰められてるんでしょう? でも、私達にとっては好機でもあるわ」

 これまで河南で蜂蜜栽培を営んでいた農家の殆どが北へと逃げてしまったため、袁術は商会から蜂蜜を購入せざるを得なくなった。
 今回、私がした事はその話を持ち出し、袁術を煽ってほんの少し背中を押しただけだ。
 商会の代表である天の御遣いが中央に不当に捕らえられた事。そうなれば商会は下手をすれば取り潰し、そうでなくても中央の宦官達に商会をいいようにされ、美味い汁を全て吸われる事になる。最悪の場合、商会との取り引き自体が無くなり、蜂蜜が手に入らないようになる事を袁術に教えてやった。
 当然、袁術は激昂した。『蜂蜜水が飲めないのは嫌なのじゃ!』と駄々をこねた。そこで駄目押しとばかりに、袁術にある策を提案した。
 それこそが曹操の狙いであり私達の思惑とは知らず、何の疑問も持たずに乗ってくるのだから、やはり袁術は馬鹿としか例えようがない大馬鹿だ。

 ――反董卓連合

 袁家の名の下、諸侯に檄文を飛ばし、その連合を持って洛陽で悪政を敷く董卓を討たんとするものだ。
 表向きは董卓の傀儡と化した皇帝を助け出し、朝廷の威信を取り戻すための戦いという話だが、実際のところは違う。混乱のどさくさに紛れて中央の主権を握ってしまった董卓が気に入らない者達。そして自身が董卓に成り代わり、朝廷の権力を思いのままにしたいと考える者達。そうした者達を集めて、一緒に洛陽を制圧してしまおうという集まりだった。

 民の信頼を失い、威厳を失い、力の弱った漢王朝ではあるが、その兵力は未だに馬鹿に出来ないほど強大だ。
 董卓の軍は総勢十万を超すとも言われている。その上、シ水関と虎牢関という鉄壁の関所を持ち、その護りは非常に堅い。並大抵の戦力では歯が立たない事は目に見えていた。
 そのための諸侯への協力要請。そのための連合と言う訳だ。

「この時をどれだけ待ったか。正念場だな」
「ええ、でも目的を達したからと言って、そこで終わりじゃない。ここから始まるのよ」
「そうだな。我等の悲願である呉の再興、そして私達の夢のためにも――」
「行きましょう、冥琳。新たな時代のはじまりを、この眼で見届けるために――」

 どちらにせよ、この戦いが終われば朝廷は完全にその力と信用を失い、もはやカタチばかりの物へと成り下がる。
 欲に目が眩んだ者達の他にも、機を見るに敏な者は必ずやこの連合に参加するはずだ。
 この先に待ち受ける動乱の始まりを見届け、名声を得るために――

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第50話『反董卓連合』
作者 193






【Side:華琳】

「孫策は上手くやってくれたようね」
「はい。こちらの思惑通り事は進んでいます」

 桂花からの報告を受け、予定通りに計画が進んでいる事を知って一先ずほっと胸を撫で下ろす。
 ここまでは、こちらの思惑通り上手く行っている。私一人の力ではこれほど簡単にはいかなかっただろうが、そこにはやはり太老がこれまで培ってきた信用と影響力の大きさが物を言っていた。
 孫策の狙いを考えれば策に乗ってくる自信はあった。しかしそれも、私にではなく太老に向けられた信用があってこそだ。
 反董卓連合の表向きの目的は董卓の傀儡と化した皇帝を救い出す事にあるが、諸侯の思惑は別のところにあるのは目に見えていた。
 大多数の諸侯の考えは大体読める。太老が大陸に投じた一石は、波紋と呼ぶには遥かに大きな波であったという事だ。
 全ての物事の中心には、天の御遣い――正木太老が居る事だけは間違いなかった。

「桂花。商会の方はどうなっているの?」
「劉備を中心に太老救出のための義勇軍が召集されていますが……如何致しますか?」
「放って置きなさい。どちらにせよ、彼等の怒りを止める事は出来ないわ。劉備には精々役に立ってもらいましょう」
「御意」

 太老が朝廷に連れて行かれた事は既に噂に成っている。表向きは張三姉妹の出張公演という話に成っているが、それで長く誤魔化せるほど甘くはない。
 正木商会は、太老あってこその組織だ。ここに集まって来ている人達は何も私の治政を聞き、私の名だけで集まって来ている訳ではない。
 少なくともその半数。商会によって助けられた民の多くは、天の御遣いを慕って集まって来た人達ばかりだ。
 彼等にとって太老は、まさに救世主その物。天の代行者とも言うべき存在。そんな彼が不当な扱いを受け、洛陽へと連れて行かれた。
 そんな話を聞かされて、天の御遣いを崇拝する彼等が黙っていられるはずもない。今、街に漂っている緊張した雰囲気は、太老が居ないがためにもたらされたものだ。
 劉備が立たずとも、彼等は立ち上がったはず。それならば彼等の暴走を抑える意味でも、劉備には精々励んでもらった方が事を進めやすいと私は判断した。

 それにこれは劉備にとっても独立の好機と言える。そこには打算的な考え、思惑はあるのかもしれないが、私は敢えてその行いを止めるつもりは無かった。
 後の障害に成るならばそれでよし。劉備が何を想い、何を為すかは彼女次第。私の道に立ち塞がるというのなら、その時はねじ伏せるまでだ。
 それに太老であれば、劉備の行動を止めないと確信していた。太老は私に協力的に見えて、どこまでも中立的だ。

 ――孫策に対しても、劉備に対しても、私に対しても

 私に憂慮してくれているのは確かだが、太老は自身の理想と在り方を貫くために私に力を貸してくれているに過ぎない。それが、私が太老を『盟友』と呼ぶ一番の理由でもあった。
 誰に対しても、あの男は対等なのだ。
 それは誰の部下にも成らないという事。誰も、あの男を従える事は出来ないという証明。

(そして、私の行く末を決める戦いでもある)

 私の中で揺れ動く一つの感情。

 ――覇王として誇りと意志を貫き、女である事を捨て、王として生きる道を選ぶか
 ――覇王の衣を脱ぎ捨て、曹操ではなく華琳として、別の道を選択するのか

 大陸の平定。この国を、一人の強い王の下に統一するという理想は、私の長年の悲願でもある。
 今までの自分の生き方を否定し、何も為さない内から決める事は出来ない。だからこそ、その答えを今直ぐに出せなかった。
 ただ、この戦いが終われば何かが見える、そんな予感が私の中にはあった。

 理想に至る道は一つではない。
 その事を教えてくれたのは、他の誰でもない。太老なのだから――

 この戦いは覇業を歩むため?
 それとも、愛する人を救い出すため?

 出口の見えない森の中、晴れる事の無い靄の中で、私はその答えを探し求めていた。

【Side out】





【Side:一刀】

 商会の一室に案内された俺は、そこで予想外の持て成しを受けていた。

「あら? 変わった料理ね」
「……美味い。でも、これって明らかにハンバーグだよな?」
「それって、前に話してくれたご主人様の故郷の料理よねん? それじゃあ、ここの商会の主はご主人様のご同郷って事かしらん?」
「やっぱり、それしか考えられないよな……」

 侍女さん達が運んできてくれた料理は確かにどれも美味かったのだが、明らかにこの時代の中国にあるような物では無かった。
 肉まんやラーメンは中華風と考えればまだ割り切れるが、ハンバーグやオムライスに温野菜サラダとか洋食はどう考えてもおかしい。
 しかもここに来るまでに見かけた市場で売っている物の数々も、明らかに時代背景がおかしな物ばかりだった。

「でも、どんな完璧超人なんだ? その人……」

 こんな物を知っている時点で、明らかに俺と同じ世界の住人だ。尤も、俺よりも遥かに知識豊富な人物のようだが……。
 料理くらいならまだ理解できるが、街の至る所で見かけた時計や風車、あれは明らかに行き過ぎだ。
 それに街灯や電気を発明したのもその人だというのだから、科学知識にまで深く精通している時点で普通の人って事は無い。
 ましてや、こんな商会をゼロから立ち上げてしまうような人だ。科学者か、はたまた高名な企業家か、どちらにしても俺のようなただの学生とは全く違う、凄い人だというのは理解できた。

「失礼します。えっと……」
「失礼しま――はわわ!」
「だ、大丈夫!? 朱里ちゃん!」
「大丈夫でしゅ……すみません。桃香様」

 食事を済ませ、御茶を飲みながら一息ついているところに、二人の女の子が姿を見せた。
 片方は赤茶色の長い艶やかな髪の毛をした物腰柔らかな、一言でいえば久しく見ていない女の子らしい女の子と言った感じの女性。年の頃は俺とそれほど変わらないと思う。
 もう片方は部屋に入ってくるなり何も無いところで転び、言葉も噛み噛みでどこか頼り無い感じの小さな女の子。こっちは俺よりも随分と下で、見た目からして子供といった感じだ。

「お騒がせしてすみません。えっと、私、劉備って言います。字は玄徳です」
「失礼しました。わ、私は諸葛亮と言います。字は孔明です」
「あ、俺は北郷一刀って言います」
「貂蝉よん」

 関羽の名前が出て来た時から、薄々は劉備とかにも会えるんじゃないかと思っていたけど、まさか本当に会えるとは……。
 劉備と諸葛亮といえば、関羽に負けず劣らず有名な三国志を代表する人物達だ。
 だけど、俺の想像していた印象と目の前の少女達では、大きくイメージが異なっていた。

「あはは……。随分と個性的なお友達ですね」
「あら、そんなに恥ずかしがらなくていいのよん」
「……ひぃっ!」

 貂蝉を見て、渇いた笑みを浮かべる劉備さん。さすがに初対面ではインパクトが強すぎたようだ。
 諸葛亮ちゃんなんて脅えて、劉備さんの背中に隠れてしまっていた。

(ううん。でも、やっぱり女の子なんだな)

 貂蝉のような変態じゃ無かっただけ遥かに良かったが、まさか三国志に名を残す偉人がこんな女の子だなんて想定外も良いところだ。
 水鏡先生の私塾が女子校だった事もあって諸葛亮が女の子なのは予想がついていたが、やはり俺の知っている歴史とは随分と違うようだった。
 少なくとも劉備や関羽、それに諸葛亮が女性だったという話は聞いた事が無い。
 単純なタイムスリップという話ではなく、所謂、SF小説なんかによくある設定の平行世界(パラレルワールド)という奴だろうか?
 それならば、ここが中国ではなく中華風な理由にも納得は行く。現実なのに夢を見ているようとは、まさにこの事だ。

「あの、御遣い様を訪ねて来られたって聞いたんですけど……」
「あっ、はい。その人に色々と聞きたい事があって、よかったら会わせてもらえると助かるんですけど」
「ごめんなさい。会わせてあげたいんだけど、太老様は今ここに居なくて……」

 太老様というのが、その天の御遣いの事だろうか? 劉備さんは申し訳なさそうに俺に頭を下げてそう言った。
 こんな可愛い子に『様』付けで呼ばれているその太老って人が少し羨ましかった。
 何というモテ属性。これが脇役と主人公の格の違いという奴か、などとしょうもない事を考えてしまう。その人をギャルゲーの主人公とするなら、俺は精々クラスメイトAとかその辺りの脇役的ポジションに違いない。正直、羨ましいを通り超して妬ましいくらいだ。
 しかしここに居ないとなると、今すぐに会わせてもらうのは無理そうだ。色々と話を聞きたかったけど、さすがにそこまで無理を言う訳にもいかないし、どうしたものかと迷った。
 一先ず、解毒剤の材料があるかどうかだけでも訊いておくか。

「あの……それじゃあ、ここに書いてある薬の材料がもしあれば分けて欲しいんですけど……」
「薬の材料ですか? えっと朱里ちゃん。見てあげてくれるかな?」
「はい。拝見させて頂きますね」

 水鏡さんに持たせてもらった薬の材料と解毒剤の作り方などが書いた紙を、諸葛亮ちゃんに渡した。
 駄目元で訊いてみて、材料があればそれに越した事は無い。

「あの、北郷さん。これを書かれたのって……もしかして水鏡先生ではありませんか?」
「あ、やっぱり分かる? 水鏡さんにはちょっとお世話になってて」
「はい。水鏡先生とお知り合いだったんですね。よかったら、事情を聞かせてはもらえませんか?」

 さすがは諸葛亮といったところだろうか? 水鏡さんの字だと直ぐに見破られてしまった。
 とはいえ、特に隠さなければならないような話でもない。
 言ってみれば、諸葛亮は俺の兄弟子だ。水鏡塾で同じように学んだ仲間であれば信用できるし、それに協力してもらうのだから、そのくらいの事情説明はするべきだと考えた。

「――と言う訳で、解毒剤の材料を求めて旅をしてるんだ」
「なるほど……。事情は分かりました」

 何進さんの事は正直話そうかどうか悩んだが、あの諸葛亮を相手に隠し事が通じるとは思えない。
 そこも踏まえて正直に説明する事にした。そうした方が相手の信頼を得られると考えたからだ。
 それに例え薬の材料がここにあったとしても、かなり高額な代物である事は間違いない。俺も貂蝉も余り持ち合わせは無いし、そこは働いて返すなり分割払いとかを交渉しないと非常に難しい。
 そんなお願いをしようというのに隠し事をしていては、これから交渉しようという相手に失礼だ。

「ですが、多分難しいと思います。どれも貴重な物ばかりですし、滅多に市場にでない物ですから……」
「ううん。でも困ってる人がいるなら……。朱里ちゃん、どうにかならないかな?」
「一応、色々と心当たりをあたってみます。数日、時間を頂きますがよろしいですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします!」

 劉備さんの口添えもあって、探してもらえる事になっただけでも助かった。

「桃香様。そろそろ、お時間の方が……」
「ごめんね、少しバタバタしてて。本当はもっとゆっくり話をしたいんだけど……」
「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません。凄く助かりました」
「せめて、ゆっくりしていってね。この部屋は自由に使ってくれて構わないから」

 諸葛亮ちゃんに急かされて、時間を確認して慌ただしく部屋を飛び出していく劉備さん。
 結局、彼女達の厚意に甘えて暫くは商会でお世話になる事が決まった。何から何までお世話に成りっ放しで頭が上がらない。
 困った時はお互い様、と当たり前のように言える劉備さんは本当に皆から慕われているようだ。

(そういえば、(いくさ)がどうとか言ってたっけ? 劉備さん達も参加するのかな?)

 その答えを俺が知るのは、もう少し後の事だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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