【Side:張譲】
奇妙な出来事が起こっていた。
今日は宦官達と天の御遣いの対策会議をする予定だったというのに、約束の時間になっても誰も執務室にやってこない。
それどころか、宮中から全く人気が感じられなかった。さすがに様子がおかしい事に気付き、呼び鈴を慣らすも――
「何故、誰も来ないのだ……」
宦官達はまだしも、補佐官は疎か侍女すら控えていないというのは余りに奇妙だ。
このような事は今までに一度として無かった。何がどうなっているのかさっぱり分からず小首を傾げるばかり。
このままでは埒が明かないと、様子を探るため思いきって部屋の外にでる決意をした。
「人気が無い……。本当に誰も居ないのか?」
宮中に人気が全く感じられなかった。
たった一人、世界に取り残されたかのように錯覚さえさせられる不思議な感覚。侍女は疎か、警備の兵の姿すら見えない。昨日まで慌ただしく廊下を行き来していた文官達の姿も忽然と消えていた。
何かが起こっているのは確かだ。あれだけ大勢いた人が忽然と姿を消すなんて馬鹿げた話、現実にありえるはずもない。
(何が、何が起こっている!)
原因を知るため、人の姿を探して宮中の中を彷徨い歩く。するとどこからか、楽しげな人の声と音楽の旋律が聞こえてきた。
「この方角は皇居の方か……」
出来る事なら、こちらに足を運び入れたくはなかったが、そうも言ってはいられない。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。また、あの幼い皇帝や天の御遣いが何かをやったのか、と内心は思いながらもその方角に足を向けた。
皇居に近付くにつれ、はっきりと聞こえて来る賑やかな声と音楽。先程まで感じられなかった人の気配が全てそこに集まっていた。
「この扉の向こうで一体何が……」
こんな昼間から宴会でもやっているのだろうか?
それにしては仕事を放り出して、全員が集まっているというのが気に掛かる。
言い知れぬ不安と嫌な予感を覚えつつも重厚な佇まいの扉を開け、皇居に足を踏み入れた瞬間だった。
「お帰りなさいませ! 御主人様!」
「……は?」
そこはまさに別世界。最近、宮中で話題となっているメイド服≠ニ言うモノに身を包んだ侍女達が満面の笑顔で出迎えてくれた。
一体、何が起こっているのかさっぱり分からない。来る場所を間違えた? いや、そんなはずはない。
では、これは一体――
「ささ、入り口でぼーっとしてないでお席の方へどうぞ」
「それじゃあ、私がご案内しますね。こちらへどうぞ、御主人様」
「待て、お前達何を――」
「お一人様ご案内しまーす!」
侍女に腕を取られ強引に引っ張られながら、戸惑いと困惑の中で奥の席へと案内される。
案内される中、周囲を見渡せば約束の場に来なかった宦官達の姿も見受けられた。
【Side out】
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第59話『魅惑のメイド喫茶』
作者 193
【Side:太老】
「ほらね。太老に任せたら、絶対にこうなるって言ったじゃない」
「でも、ちぃちゃんも舞台に立ちたいって言ってたじゃない? お姉ちゃんは良いと思うけどな。この衣装も可愛いし」
「それはそうだけどさ……」
「ほら、姉さん達。喧嘩なら後にして。お客さんが待ってるわよ」
「はーい! お姉ちゃん頑張っちゃうよ! そして太老様にご褒美をもらうんだ!」
「仕方ないわね。こうなったら、これを足掛かりに都中の人達をちぃの虜にしてやるわ!」
何はともあれ、やる気をだしてくれているようなので安心した。
舞台を半円に囲むように設置されたテーブルと椅子。忙しい中、それでいて優雅に給仕をしている侍女達は全員メイド服を身に纏っている。
だが、しかし――
これを『メイド喫茶』と言ってもいいのだろうか?
まあ、メイドさんの給仕で御茶や御菓子、軽食を楽しむのがコンセプトなのだから間違ってはいないのだが……。
大長秋に許可を貰って、あれやこれやと侍女達と準備を進めている内に、俺が伝えた天の国のメイド喫茶の話から気がつけばこんな大事になっていた。
何となく想像していた物と違う気がしなくは無いのだが、接客をしている侍女達もお客さんも皆楽しそうなので今更何かが違うとは言えない。
うん。コンセプトは間違っていないのだし、多分あってるだろう。俺もそれほど詳しい訳じゃないしな。
「劉協ちゃん、楽しんでる?」
「うむ。しかしまた、とんでもない事を考えるものじゃ……」
メイド喫茶は俺の世界じゃポピュラーな物だけど、こちらでは当然の事ながら珍しく、最初はみんな劉協のような反応を示す。
それでも慣れてくるとそれなりに楽しいようで、天の国の料理にメイドさんとのゲーム(有料)等々、お客さんの受けも良いようだった。
(結果良ければそれでよし……だよな。多分)
最初は劉協のためにと企画したイベントではあったが、こうなったのは侍女達の口コミネットワークを侮っていた結果でもある。
まさか、こんなにも直ぐに宮中に噂が広がるとは思いもしていなかった。
それに俺の説明の仕方も悪かったのかもしれないが、劉協のためにメイド喫茶→メイドが給仕をするお店→宮中に皇帝公認の料理屋が開店、と言った伝言ゲームのようなコンボは完全に想定外の事だった。
しかもいつの間にやら劉協も計画に加担しているし、もはや誰のために企画したイベントなのか分からない有様だ。
ただ一つ、色々とあって気が紛れたのか、劉協の機嫌が直った事は不幸中の幸いだった。
これで当初の目論見までご破算では、なんのためにこのイベントを企画したのか分からない。何はともあれ結果オーライという奴だろう。
「太老、こっちで一緒に王様ゲームをせぬか?」
正真正銘、漢王朝の皇帝を交えての王様ゲーム。何とも言えない不安が俺を襲った。
◆
油断していた。場の空気に流されたとは言っても、王様ゲームなんて危険な物、あの時に直ぐに止めるべきだったと俺は後悔していた。
王様ゲームとは皆もご存じの通り、クジで王様を決め、その王様が残った人達を番号で指名し命令すると言ったパーティーゲームだ。
クジにはそれぞれ『王様』とその他人数分の番号が振られており、指名された人はそれがどんな理不尽な命令であっても従うのがこのゲームのルール。俺も何度か、柾木家の新年会や宴会で強制参加させられた事があったが、あの時は必ずと言っていいほど美星も混じっていたので大変だった≠ニ言う事と混沌としていた≠ニ言う記憶しか残されていない。
それほどに危険な遊び……いや、真剣勝負と言うべきものがこの王様ゲームだった。下手をすれば命に関わる危険なゲームだ。
(くッ! この勝負負ける訳にはいかない!)
そもそもメイド喫茶のメニューに幾ら定番とは言っても、『王様ゲーム』なんて危険な物があるはずもない。
ここはメイドさんに癒されに来る場所だ。お触り厳禁なのは勿論の事、いかがわしい行為は原則禁止されていた。
これに違反すると罰金の上、皇宮の女官達に代々伝わるという世にも恐ろしい罰が待っている。
先程もそれに違反した勇者が三人ほど連れて行かれたばかりで、今も皇宮の奥で何とも言えない悲鳴が木霊していた。
「本番はこれからよ! さあ、みんな覚悟はいいわね!」
「あの……俺はそろそろ……」
「何を言うておる。夜はこれからじゃぞ?」
御馳走を前に舌なめずりをするかのように唇の周りを舐め回し、意気揚々とした表情で危険な事を口走る地和。そしてそれに同調する劉協。
周囲をガッシリ侍女達に固められて逃げ場が無い。このゲームに参加しないという選択肢は選ばせてもらえそうになかった。
王様ゲームとは言っても最初の内は可愛い物で、いかがわしい行為は禁止という店のルールに則った比較的まともな物だった。
だがしかし本番は店が閉店してから、メイド喫茶成功を祝して俺達だけの打ち上げが始まった席でそれは起こった。
『さあ、ここからは無礼講じゃ!』
劉協の一言で始まった夜会。今までのは前哨戦に過ぎなかったのだ。
敢えて油断を誘い、安心させておいて背後からガブリと行く。これから繰り広げられるのは問答無用、何でもアリの生き残りを懸けた勝負。
運の無い者、力の無い者は地べたを這いずり、死よりも恐ろしい醜態を晒す事になる。
(最初から、ここに居る皆がグルだったって事か。劉協に入れ知恵したのは地和だな……)
状況から地和が黒幕と考えて良い。普通に誘っても俺なら絶対に断るだろうし、逃げるであろう事は分かっていたのだろう。
だから、このイベントを利用した。メイドや幼女皇帝すらも罠に嵌めるための餌に利用するとは、策士孔明も真っ青の侮れない狡猾さだった。
「それじゃあ、みんな準備は良い? 一人ずつクジを引くのよ」
「待って姉さん。クジはこちらのを使って頂戴」
「なっ、人和!? ちぃの用意したクジに文句を付けようっていうの!」
「参加者がクジを用意するのは公平とは言えないでしょう?」
恐らくは人和の読み通り、地和の用意した割り箸のクジには本人にしか分からないような目印が付けてあったのだろう。
苦々しげな表情を浮かべながらも、これ以上反論しては怪しまれると思ったのか、侍女が用意したというクジと素直に交換する地和。心理戦と言う名の勝負は既に始まっていた。
◆
「あ、また俺が王様だ……」
これで連続十回目の王様。これも日頃の行いが良い所為か、自分でも驚くようなツキ具合だ。神は俺を見放さなかったらしい。
これまでに王様になった俺は、なんとか無事にこの状況を乗り切ろうと自分には一切被害が及ばないように無難な命令ばかりを行っていた。
普通であれば場を白けさせる最悪の行為であるが、背に腹は代えられない。だがそうした状況が周囲の思惑と外れ、徐々に場の空気を重くしていた。
そして、遂に地和がキレた。
「こ、こんなのインチキよ!」
「でも、姉さん……。そう言ってクジを変えたけど、結果は同じだったじゃない」
「うぐっ……それはそうだけど」
人和の尤もな言い分に口を閉ざす地和。
不正の証拠でもあれば別だが、それが見つからない以上は地和の言葉はただの負け惜しみにしかならない。
それに何もしていないのだから、そんな証拠なんてでてくるはずもない。
(もうちょっとだ。あと数回乗り切れば……)
時間的に何回もしている余裕は無いはずだ。不平不満はあれど、あと僅かな時間を乗り切れば俺の勝ちだ。
俺を巻き込んで地和達が何を企んでいたかは知らないが、その思惑は絶対に阻止させてもらう。
まず間違い無く碌な事じゃ無いだろうしな。
「それじゃあ、番号の指定を――」
「待て! 太老」
「へ?」
適当な命令をしてさっさと終わらせようと思い、番号を指定しようとしたところで劉協から待ったが掛かった。
「夜も更けてきておる。明日も政務があるし、ここらでお開きとしたいのじゃが最後に場を盛り上げるために新たに条件を追加したい。その代わり、このゲームはここで終わり。それで、どうじゃ?」
そう言って、周りに確認するように訊く劉協。しかしクジは既に引き終わっているし、後は番号を指定して命令するだけだ。
これ一回で終わりというのは、確かに俺にとっては願ってもない話だった。
このような危険なゲームは早く終わらせて部屋に戻りたい。しかし劉協のだす条件次第では、自分の身を危険に晒す確率がグッと上がる可能性があった。
この場面でそのような条件を提示してきた時点で、何かあると言っているようなものだが――
「ちぃは良いわよ」
「私も良いよ。このままじゃ、つまんないし」
「姉さん達が良いなら、私も異論はないわ」
地和に続いて天和と人和まで同意し、
「皆さんがそれでよろしければ、私も異論はありません」
侍女達は当然として、月まで承諾した事で決してしまった。
俺一人反対したところで、この決定は覆りそうにない。ましてや、余計に場を白けさせるだけだ。
仕方が無く俺も頷くと、劉協は思いもよらなかった条件を口にした。
「指定された番号の者が命令の内容を決め、それを王が実行する」
劉協が提示した条件とは、王様ゲームのルールのそれと真逆なものだった。所謂、大富豪の革命に似た特殊条件だ。
王が番号を指定するところまでは同じだが、その命令の決定権は番号を指定された側にある。
しかも命令されるのは番号を指定された人物ではなく、番号を指定した王様自身だ。
「王とは人の上に立ち命令する立場にある者じゃが、臣下の忠誠には大度を持って応え、褒美を与えるのも王の務めじゃ。それならば、この道理も間違ってはおるまい。散々、我等に命令してきたのじゃから、最後くらい願いを聞いてくれても良いじゃろう?」
――やられた! 劉協の笑みを見て、俺はまたも自分の選択を後悔した。
これは拙い事になった。参加者は俺、劉協、張三姉妹に月とクジで選ばれた侍女三名の合計九人。この内、番号を指定した相手の願いを俺は叶えなくてはならないと言う事だ。
それがどれだけ理不尽な要求だったとしても、場の雰囲気からも拒否権が認められるとは思えない。
「さあ、太老。番号を指定するのじゃ!」
南無三。こうなったら最後の神頼みだ。運を天に任せるしかない。
「七番!」
最後の選択。安易な選択ではあるが、最後の頼みの綱幸運の七≠俺は選択した。
【Side out】
【Side:劉協】
「ゲームの結果、残念でしたね。陛下」
「まあ、今日はそれなりに楽しめたしの。後悔はしとらん。御主達もご苦労じゃったな。もう下がって良いぞ」
「はい。それでは失礼します」
王様ゲームの結果は侍女の言った通り少し残念ではあったが、後悔はしておらんかった。
今日のように楽しい一日を過ごせたのは随分と久し振りの事じゃ。寧ろ、その事に感謝せねばならぬ。
聞けば、今日の事も我のためにと太老が考えてくれた事じゃという。その気遣いを素直に嬉しく感じていた。
「やはり、太老は凄いの……」
侍女達の言うように確かに我を元気づけるためでもあったのじゃろうが、あの太老がそれだけでこのような大掛かりな仕掛けをするはずもない。我の地盤を更に盤石な物とし、張譲を孤立させるために企てた策の一つだと我は考えていた。
事実、今回の一件で皇宮の一角を解放した事によって、今まで皇居を隔てて距離のあった官吏達との距離も随分と縮まった気がする。
それに張譲に与していた宦官達も、今回の一件で全員とは言わないまでも考えと態度を改める姿勢を示し始めていた。
「……太老になら、安心して任せられそうじゃ」
この国の事。民の事。そして我の将来も――
温かな布団の温もりに包まれて、そっと瞼を閉じる。
太老の作る平穏な未来を夢見て、まどろみに意識を包まれながら、深い眠りの中へと沈んでいった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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