【Side:一刀】
「この人達が……助っ人?」
「ああ、腕≠ヘ確かだからな。心配は要らないぞ」
「なんか、強調しなかったか?」
「気の所為だ」
今日は旅立ちの日。
益州解放のために組織された劉備軍が、遥か遠く南は蜀の地に出発する記念すべき日だ。
朝から快晴。まさに俺達の出発を祝福してくれているかのような天気の良い日だった。
ただ、心は若干曇り気味。旅立ちの見送りにきてくれたんだろうが、今日の今日まで記憶の彼方にスルーしてきた一件が、はっきりとする日でもあったからだ。
太老に連れられてやってきた一行。
それが前に言ってた助っ人だと理解するのに、然程の時間はかからなかった。
「馬超だ。字は孟起。よろしく頼むよ」
「華雄だ。私がきたからには、泥舟に乗ったつもりで安心しろ。ははは」
馬超、正史では劉備の五虎将軍に名を連ねる一角。反董卓連合でも少し顔を見たが、こんなところで一緒になるとは……太老が気を利かせてくれたのか、歴史の修正力か、いずれにしても頼りになる助っ人なのは間違い無い。
もう一人は華雄。董卓傘下の武将ってことしか知らない。
武に優れた猛将って噂は聞いているが、『泥舟』って……。うん、本当に沈没しそうで不安になるな。タイプ的には、春蘭みたいな感じだと思っていいのか?
パッと頭に過ぎったのは『猪武者』という言葉。腕は確か≠フ言葉の意味が少しだけわかった気がした。
「で、サポート兼、連絡役に多麻(三号)も同行するから」
「多麻(三号)?」
そういう太老の横には、メイド服姿の例の少女が居た。
「えっと……遠慮しても?」
「あ、バカにしましたね! これでも多麻は高性能且つ色々と万能なお得ロボなんですよ! メイドさんプレイからマニアックにナースや義妹プレイまで、お望みならちょっとアダルティな要望にもお応えする――」
「わあああっ! バカやめろ!」
多麻(三号)もとい面倒なんで多麻が変なことを口走った途端、周囲からヒソヒソと声が聞こえてきた。
やっぱりとか、幼女趣味とか、さすが隊長とか、何が『さすが』なんだ……。
とにかくこのままでは旅に出る前から変な噂が広まってしまう。
そうなったら、隊長としての威厳が……。
「ああ、大丈夫です。最初から威厳なんてありませんし」
目の前のメイド服姿の幼女に、何故か心の声にツッコミを入れられた。
しかも、見事なほど的を射たツッコミだ。的を射ているってのが余計にむかつくが。
自分でも威厳がないのは自覚している。だから、そんなにはっきりと言わないで欲しい。
「変な噂が広まるって心配してるなら気にするな。お互い様だ」
「アンタと一緒にしないでくれ!?」
こっちはこっちで全然フォローになってなかった。
主従揃って似た者同士――そんな言葉が頭を過ぎる。この助っ人で本当に大丈夫なのか?
物凄く不安だ。明らかに人選ミスだろう。特に、多麻。この少女は色々と危険だ。
手に余る面倒な人材を、敢えて俺に押しつけてきたとしか思えない。
「まあ、そう言うな。多麻もそうだが頼りになる…………助っ人だから」
「今の間を、凄く問い質したい気分なんだが……」
チェンジの出来ない助っ人を押しつけられ、北郷変隊あらため北郷隊のメンバーが確定した。
そして――長い、長い、俺達の旅がこうしてはじまった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第104話『旅立ち』
作者 193
ザッザッ、パカパカと、兵の行進と馬の蹄の音が街道に響く。
エン州を出発して一刻。俺達は南に進路を取り、先に呉の首都『建業』へと向かっていた。
遠征に必要な物資の補給と兵の補充、それに益州に関する情報を得るためだ。
エン州で集められた兵は全部で一万ほど。これを十分と見るか、少ないと見るかは敵の戦力次第だが、現状ではかなり厳しいとの話だった。
なんでも呉の密偵が、現在の益州の様子を探ってくれているらしいのだが、各地の反抗勢力が益州に集まっているとの情報があり、少なくとも十万近い兵が動員されている可能性があるとの情報があがっていたからだ。
一万対十万では、確かに勝負にならない。
しかもこちらは攻める方。攻める方は、より多くの兵を用意するのが常識だ。策を講じるにしても絶望的な戦力差だった。
そこで連合国が、益州解放のために必要な兵と物資を用立ててくれることになった。
呉には、そのための人員の補充と物資の補給に向かっているわけだ。
あと、さっきあった益州に関する情報をより詳しく入手するためでもある。
長期遠征になる可能性が高い分、補給線や拠点の確保など念入りな準備と、呉の集めた情報を基に作戦会議をしようと言うことらしいのだが――
『策は我にありです。周瑜さんと相談をして、既に準備は整えてあります』
と、朱里ちゃんからは頼もしい言葉があった。
あの周公謹と諸葛孔明が手を結び、考えた策だ。これは、かなり期待出来ると考えていい。
出だしとしては申し分ないのだが、問題は俺の助っ人の方だ。
実力的には確かに申し分ないのだろう。だが、それ以外の部分が少し気になっていた。
華雄は少しオツムが弱そうだし、なんとなくネタキャラ的な空気がしている。『猪武者』という俺の予想が当たっていれば、はっきり言って扱いが難しい。俺に御しきれるかどうか、そこが問題だ。
一方、馬孟起と言えば三国志でも有名な武将だ。普通に強力な助っ人のように思えるが、なんとなく俺の勘が裏があると言っているような気がしてならなかった。
「華雄は、なんでこの戦いに?」
「借金だ……くっ、賈駆め! 修繕費などと言って、あんな法外な額を請求しおって!」
彼女には借金があるらしかった。それも、かなり深い事情があるようだ。
軍から支給されている給金だけでは、最低限食べていくのがやっとの苦しい状況に陥っていたそうで、特別出張費が出る上に働き次第では報奨金も期待出来る今回の遠征任務に飛びついたのだとか。
なんだか、世知辛い話を聞いてしまった。
「それじゃあ、馬超は?」
「あ、あたしか!? あたしは……」
何やら顔を真っ赤にして、話し難そうに言葉を詰まらせる馬超。
もしかして、聞いてはいけない類の話だったか?
ううんと唸りながら、頭を抱えて葛藤している様が、明らかに聞いてはいけない類の話だと俺に告げていた。
しかし、よくあんなポーズでバランスを保てるもんだ。さすがは騎馬民族。西涼の人達が馬の扱いに長けているというのは、どうやら本当のことのようだ。
そう言えば、馬超が連れてきた百人余りの涼州兵も全員馬に乗っていた。
ちなみに華雄は一人。身一つ、巨大な戦斧一本を持っての参戦だ。私兵を連れてこれるほどの金銭的余裕が無かったらしい。
でも一応、董卓軍の将軍なんだよな……。普通はそう言うのって軍の方でなんとかするもんなんじゃ? なんとなく扱いが酷い気がするんだが、気の所為か?
まあ、董卓軍にも色々と事情があるに違いない。借金返済のために遠征軍に参加ってのも、思いっきり個人的事情が絡んでいるしな。
「ああ、もしかしてアレですか? お漏ら――」
「わあああっ! なんで、お前がそのことを知ってるんだ!? アイツか、やっぱりアイツから聞いたのか!? くそっ、やっぱり気付いてて黙ってたんだな。母様も今回の件に随分と乗り気だったし、蒲公英はこんな時に限っていないし!」
多麻に何かを言われて、凄く取り乱す馬超。やっぱり聞くのはよそう。なんだか凄く可哀想に思えてきた。
それぞれ色々と事情があるのだと、それがわかっただけでも十分だ。
ちょっと変な人達だけど、悪い人達ではなさそうだしな。貂蝉に比べたら、そんなに変ってわけでもない。そう考えると、助っ人のなかで一番の問題は多麻ってことか……。
百を超す分身の一体。彼女は三号って話だけど、その時点で色々とツッコミどころ満載だ。
普通は分身なんて出来ないしな。しかも分身の術とかじゃなく、分身体。実体のある分身だ。
物理法則とか完全に無視。一体どうなってるんだよ、と聞きたいけど聞きたく無い秘密が満載の少女。
「なんですか?」
「いや、別に……」
「あ、もしかしてこの服装好みにあってませんか? 北郷さんはメイド服が大好きだって聞いてたんですけど……じゃあ、ナース服にしますか? もっとマニアックなのでも――」
「そのままでいいから、お願いだからやめてください!」
これ以上、俺を貶めないでくれ。ただでさえ、変な噂をされてるんだ。
もう色々と手後れな気がしなくもないが、隊のなかで更に変な噂が広まってたまるか。
そこだけは断固阻止しなくてはいけないと、俺は固く心に誓った。だが――
(このメンバーで、本当に大丈夫なのか?)
その問いに答えてくる人は、どこにもいなかった。
【Side out】
【Side:太老】
「一刀は行ったな。で、蒲公英ちゃんは一緒に行かなくてよかったのか?」
「え〜、だって〜、こっちの方が、ずっと面白そうだし」
「やっぱり、俺の旅に付いてくる気なのか……」
「それに母様から、ご主人様を案内してくるようにって頼まれてるしね」
そう言って小さな身体の割に意外とある胸を、前に突き出す馬岱もとい蒲公英。
本当は姉の馬超について行くものとばかりに思ってたんだが、何故か彼女はここに残った。
どうにも、俺の旅についてくる気……満々らしい。
「でもな。急ぎの旅になるし、子供の足じゃついて――」
「そこでうちの出番や! こんなこともあろうかと――」
いや、真桜。お前どこから……。俺は周囲をキョロキョロと見渡す。すると――
酒家の屋根の上で白衣をなびかせ、腕を組んでポーズを決めている真桜の姿を見つけた。
うん、無視して帰ろう。きっと碌なことじゃない。
「ちょっ、無視は酷いで局長!?」
「いや、でもな。こういう時って大抵、碌でもないことを考えてるだろう?」
「人を見かけで判断するやなんて……」
「いや、見かけ通りだしな……」
こういう時にタイミング良く登場して、『こんなこともあろうかと』なんてお決まりの台詞を吐く白衣姿の人物は、基本的にマッドだと相場が決まってるんだ。
イコール厄介事ということだ。誰が好きこのんで、そんなのに首を突っ込みたがる。
でも、そんな俺の言葉を無視して、真桜はポーズを決めて話を続ける。最後まで付き合うのは決定事項のようだ。
「多麻の協力で実現したうちの新作――」
「ちょっと待て、多麻の協力だと!?」
嫌な予感と危険度が、グンと跳ね上がった。
多麻と真桜がタッグを組んで完成した発明品……絶対に碌なものじゃない。
――というか、多麻! また俺の知らないところで何をやったんだ!?
「金色に輝く天の御遣い専用車、その名も――」
車って、おい。なんで、そんなものがこの世界にあるんだ?
奇妙な音と共に現れたのは――以前に張三姉妹の移動用ステージに使った人力車によく似た金色の車(?)だった。
オフロードタイヤに、キャンピングカーのような大きな外観。タイヤの側面に装備されたドリルが異彩を放つ。
いや、問題はそこじゃない。何故――
「ごーるど御遣いカーや!」
俺の顔や姿が、車の左右・正面・背面・屋根の至る所にプリントされているんだ?
所謂『痛車』――ここまで痛い車は今までに見た事が無い。
真桜の趣味をどうこう言うつもりはないが、さすがにこれはないだろう。
「うわ……」
ほら、蒲公英も引いてるじゃないか。
こんなのに乗りたがる奴なんて居るわけ――
「凄い! これに乗って旅をするの!?」
「え……?」
蒲公英の目が、新しい玩具を買って貰った子供のように輝いていた。
いや、確かに子供だけど、いいのかこれで?
この時代、車は珍しいかもしれないが……俺だぞ? 金色だぞ?
「何これ……うわっ! 大きな太老の顔?」
「ううん……凄いけど、ちょっと色が悪趣味じゃない?」
「そうかな? 私は格好良いと思うよ」
最初から順にシャオ、小喬、大喬の三人だ。
気付けば子供達が集まって、ちょっとした騒ぎになっていた。
◆
結論から言っておこう。あの車で旅をすることが決まってしまった。
なんの罰ゲームだと言いたいが、そこに俺の意思が介入する余地など全く無かった。
林檎くらいは反対してくれると思ってたんだが――
『素晴らしい車ですね。あの……よかったら、私にこれを一台――』
量産化だけは踏みとどまってもらったが、普段あんなに経費に五月蠅い林檎まで賛成派に回るとは思わなかった。
誰もあれに違和感を抱かないなんて、俺の方がおかしいのか? そうじゃないと思いたい。
まさか、自分の姿がプリントされた痛車に乗る日がやってこようとは……。
こんな体験をしたことがある奴は、なかなか居ないはずだ。いや、普通は居る方がおかしい。
多麻は多麻で、『なんで、こんなことしたんだ?』と聞いてみたら、
『え? 宣伝カーは基本ですよね?』
と、全く悪気の無い様子で言ってきた。
まあ、そうだな。これ以上ないくらいの宣伝効果は見込めるはずだ。
この旅の目的が天の御遣いの威光を民に知らしめ、その功績を喧伝することにあるのだとすれば、これほど顔を覚えてもらうのに効果的な方法は他にないだろう。
だが……何かが違う気がしてならなかった。
「はあ……一刀の旅についていった方がマシだったかもしれん」
これからのことを考えて、俺は暗い影を背中に落とす。
腐敗の一途を辿っていた古い時代を終わらせ、新しい時代を始めるための第一歩。
それは深く重いため息からはじまる――憂鬱な一歩だった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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