「準備万端です!」
「おおー、凄いですねー」
程イクが感心した様子で声を上げる。多麻が取り出したのは、カプセルベッドのような大きな機械だった。
太老に提案した強化計画。その要となるのが、この装置だ。
以前、曹操に無断でナノマシンを注入し太老に叱られたことを教訓に、多麻が導き出した答えがこれだった。
「調べてわかったことですけど、この世界の人って資質があるんですよね」
この世界は『星の箱庭』と呼ばれる大先史文明の超科学が作り出した仮想世界だ。
そこに住む住民達は、世界と言う名のシステムが構築したプログラムの一部。ただ、仮想世界とはいっても、その再現度は実在する世界と遜色なく、この世界は何者かの介入によりシステムから独立した世界として変化を始めていた。
ここではっきりと言えることは、彼女達はただの人間というよりは人造生命体に近い存在だということだ。
それは生体強化のベースが、既に完成している証明でもあった。
「それは風にもあるのですか?」
「風さんはかなり使いこなせてますよ。一般人との違いはそこですね」
武将や軍師といった頭角を現してる人物達は先天的な才能や努力で、その力を効率的に使いこなす方法を自然と身につけていた。
そのことから個人差は当然あるが、誰もがある程度の能力を発現することが可能な潜在能力を秘めていると多麻は考えた。
そこで考えたのが、誰もが持っている潜在能力を引き出す強化プランだ。
「これは生体強化の調整や最適化をするための装置です。ベースが出来ていると言っても、ほとんどの人はその力に気付かないままですからね」
生体強化は強化したからといって、すぐに強くなったり頭がよくなるものではない。
この世界の人達が『虎の穴』の特訓で短期間で急激に強くなれたのも、元を辿れば太老達に性質が近い存在だった点が大きい。
華琳がナノマシン強化された際、すぐに再構築された身体に馴染めたのも、その能力を効率的に運用するだけの土台と器が出来上がっていたからだ。
そこから多麻が考えたのは、ベースが出来ているのなら外部から切っ掛けを与え、力に目覚めてもらおうという試みだった。
「それをすると、どのくらい能力があがるのですか?」
「個人差はありますけど、最低でも今の倍以上は働けると思いますよ?」
多麻の話に、ふむと考え込む程イク。
「それを受けたら、風もお兄さんみたいになれますか?」
「マスターみたいにですか?」
ううん、と腕を組んで考える多麻。この装置で出来るのは、あくまで最適化だ。
調整を受けた人達は多少長生きになる可能性はあるが、それも普通の人間の範囲。特殊な生体強化を受けた曹操のように、寿命を超越した不老に近い存在になれるわけではない。
なかにはそうした能力に目覚める者もいるかもしれないが、必ずしも生体強化と延命調整がセットなわけではなかった。
本来は、生体強化と延命調整は別個のものだ。太老はそのなかでも、かなり特殊なケースと言えた。
――本人の承諾なしに勝手にナノマシン改造するなよ。
(本人が望んでるなら別にいいですよね?)
以前に太老が言っていた言葉を思い出し、多麻は程イクの言葉に頷いた。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第106話『トラップマスター』
作者 193
【Side:太老】
人懐っこい仕草で、後ろから背中におぶさるように抱きついてくるシャオ。
「太老、何してるの?」
「ああ、ちょっと仕掛けの準備をね」
「仕掛け?」
必要な物を商会で仕入れ、足りないパーツは多麻に加工してもらった物を順に組み立てていた。
今までは設備や機材の不足の問題で、こちらの世界では作りたくても再現の出来ないものが数多くあった。
それが今では限定的ではあるが、多麻の協力と林檎の持ってきてくれた七つ道具のお陰で開発の幅が広がったと言う訳だ。
その最たる例として、多麻の分身体ネットワークを利用した通信機能と、各商会支部を繋ぐゲートの準備も順調に進んでいた。
「まあ、一種の結界みたいなものかな」
今組み立てているこの装置を使えば、『虎の穴』ほど高性能じゃないが、幻覚を見せる程度の効果はある。ようは使い方次第だ。
「よし」
「出来たの?」
「ああ、効果範囲は最大で二里ってところか。でも――」
小型のプラネタリウムのような球体状の機械のスイッチを入れると、部屋が密林に変化した。
鳥のさえずりや虫の声さえ聞こえてきそうな再現度。我ながら良い出来だ。
「な、なにこれ!?」
「あっ、そっちにいくと」
「きゃっ!」
ガンと見えない壁に頭を打ち付け、額を両手で押さえ地面にうずくまるシャオ。一定範囲の空間に幻を投影するだけの装置なので、『虎の穴』のように触れられる仮想現実空間を作り出すような機能はない。部屋の空間が広がるなんて特別な機能もなかった。
今、俺に再現できる機械というのは、こうした限定的な機能を持った道具だけだ。空間を圧縮したり固定するなどの膨大なエネルギーを必要とする技術は、現状ではどうやったって再現は出来ない。はっきり言ってこのくらいの道具は、俺達の世界なら子供用の玩具で売っている程度のものだった。
「ううっ……頭が痛い。これも天の道具?」
「まあ、こけおどしの玩具みたいなもんかな。侵略者用の」
だが、こんなものでも科学の発達していないこの世界では使い方次第で強力な武器になる。
この装置を国境沿いの砦に設置することで、自警団の訓練に使用している罠と併用し、鮮卑や烏桓といった異民族の迎撃に使えないかと考えたのだ。
「でも、こんなので異民族を撃退できるの?」
「シャオ、これを見てどう思った?」
「道術や妖術みたいって……あっ!」
この世界の住人に、俺達の世界の科学技術を理解することは不可能だ。
ほとんどの人は、シャオのように道術や妖術みたいな不思議な力と区別がつかないはずだ。
高度に発達した科学は魔法と変わらないというが、まさにこれがその一つだった。
「得体の知れない力を人は畏怖する傾向にあるからな」
相手は同じ人間だ。北の民族すべてが、こちらの敵だとは俺も思っていない。
だとすれば、話は簡単だ。無理に相手を倒す必要は無い。
不思議な力を持っている。侵略するのが困難と相手に思わせるだけで十分だった。
「そこに天の御使いの噂を流せば、どうなると思う?」
ついでに今回の旅の目的である――天の御使いの威光を大陸中に響かせるための引き立て役になってもらおうと悪知恵を働かせていた。
相手が交渉に応じなくても、これなら俺が損をすることはない。
「……太老って、あくどいよね」
失敬な。頭が良いと言ってくれ。
ちなみにこのやり方、今までの経験を参考にさせてもらった。
参考になりそうな人物には、事欠かなかったからな。悪巧みは得意だった。
「ねえ、太老。これ一つ貰ってもいい?」
「まあ、一個くらいなら別にいいけど……悪戯に使うなよ?」
「ぶー! シャオはそんなことに使わないもん!」
可愛く言っても、全然説得力がなかった。
◆
「あちちっ! ほふほふ」
作業を一段落終え、休憩に立ち寄った調理場でふかしたての桃まんを紙袋一杯に貰った。
白蓮のところで世話になり始めて今日で三日目。思いの外、ここは居心地が良い。
陳留のように設備が充実しているわけでも、特出して珍しいものがあるわけでもないのだが、北の防衛線と言われている割には、街も城館もほのぼのしてるというか、素朴で平穏なところだった。
確かに文官が足りてない所為か仕事は忙しそうだが、それでも華琳のところほど張り詰めた雰囲気じゃない。まあ、あれは単純に仕事をしすぎな気もするけどな。
統治している領地の規模が違うのだから、それは当然のことなのだが、華琳はあの性格だ。完璧主義者というか一切の妥協を許さないし、率先して自分が動くことで周りを引っ張っていくタイプだ。魏の急成長の理由は、やはりそこにあると言っていいだろう。
あれは文武両道・完璧超人の華琳だから上手くいってるようなもので、はっきり言って白蓮にそんなことは出来ない。だからか、ここは程々の能力の人達が足りないところを補い合うカタチで、少しずつ可能な範囲で物事を解決していく協力体制が上手く築かれていた。
魏のようにトップがいなくても、程々にやっていける体制が自然と出来上がっている感じだ。俺の口からは、どっちが良いとは言えない。ただ白蓮の意外な才能を見つけた気がした。
平凡、影が薄いっていうのは、それだけで才能と言えるのかもしれない。たぶん白蓮がいなくても、幽州の治政はそれなりに機能するだろうから……。
「はあっ! やあっ、せいっ!」
中庭を通ると、威勢の良い声が聞こえてきた。――蒲公英だ。
鍛錬をしているようで、真剣な顔でブンブンと重い鉄の槍を振り回していた。
幼い頃から鍛錬を続けているのだろう。動きに無駄がないとまでは言わないが、何千、何万回と繰り返してきた技のキレが見て取れる。自警団の訓練に付き合っているから言えることだが、そこらの大人が束になっても敵わないほどの実力を蒲公英は有していた。
「ふう……って、ご主人様!? いつから、そこに!?」
鍛錬を終えた蒲公英が、やっとこっちに気付いたみたいで驚きの声を上げた。
口一杯に頬張った桃まんを、ゴクリと呑み込む。
「お疲れ様。腹減ってるだろ? 頑張ってる良い子に、お裾分けだ」
「あ、いただきます……」
いつもと違い、珍しく殊勝な態度で手渡された桃まんを受け取る蒲公英を見て、意外に思った。
「悪いものでも食ったのか?」
「なんでそうなるの!?」
「いや、いつもとなんか雰囲気が違うから……いつもの蒲公英なら袋ごと奪っていきそうだし」
「蒲公英はそんなに食えないから! ううっ……ご主人様酷いよ」
ああ、袋ごと持って行くのは季衣か。アイツはよく食べるからな。
鈴々もそうだが、あの小さい身体のどこに入るのか、大陸七不思議の一つだ。
あの二人と一緒にされて、蒲公英はかなり不満そうだった。
「で、どうしたんだ?」
「えっと……こっそり鍛錬してるところを見られちゃったから……」
「こっそりって……」
かなり堂々とやってたような。
確かに、この辺りは人通りが少ないかもしれないが、廊下から丸見えだ。
特にあんな大声をだしていれば、尚更目立って仕方がない。
「見られると恥ずかしいものなのか?」
「そういうわけじゃないけど……ご主人様に見られるのは初めてだったから……」
「そんなもんかな?」
まあ確かに、努力しているところを誰かに見られるのは、恥ずかしいって気持ちはわからないでもない。
「普段は翠とやってるのか?」
「うん。ご主人様からみて、どうだった?」
「なかなか様になってたと思うぞ」
蒲公英の歳であれだけ動ければ十分だろう。はっきり言って、春蘭とかと比べるのはどうかと思うしな。
強さを競うなら、ちびっ子のなかでは鈴々がダントツだが、あれはぶっちゃけるとバグだ。
俺が言うのもなんだが、あの辺りの連中は軽く人間をやめちゃってるしな。
「ご主人様って強いんだよね?」
「ううん……強いのかな?」
「なんで疑問系?」
「俺の場合は、ある意味で反則だしな」
「反則? 天の御遣いだから?」
「まあ、そんな感じだ」
戦闘になれば、恋にだって負ける気はしない。だが、俺の場合は林檎と違って、能力に任せて相手を圧倒しているだけだ。剣術や体術の単純な技術一点でいえば、蒲公英はともかく最強格の実力を持つ名の知れた武将には歯が立たない。そこそこ剣術は使えるが、それも一流には届かない二流の腕前だしな。悪く言えば、へっぽこだ。
「どうして、そんなことを?」
「姉様が『川の流れを変えて、湖を作っちゃうくらい凄かった』って言ってたから、コツみたいな物があるなら教えてもらおうと思って」
「……それをやったのは林檎さんだな。俺じゃない」
「ご主人様は出来ないの?」
「林檎さんみたいには無理だな」
手段を選ばなければ出来ないことはないが、はっきり言ってあんなのは無理だ。
そもそも、男は魔法少女になれないしな。
「でも、その質問は林檎さんにしない方がいいぞ」
「え? どうして?」
「命が惜しかったらやめとけ」
後になって恥ずかしくなったらしく、かなり気にしてたみたいだしな。
迂闊にそのことを尋ねれば、身の安全は保証出来ない。
「じゃあ、ご主人様が教えてくれる?」
「地形を変えるコツを?」
「いや、そこまでじゃなくていいんだけど……」
まあ、あれは真似したって出来るものじゃないしな。
「簡単に強くなれる方法なんてないぞ」
「えー。姉様に勝てると思ったのに……」
生体強化だって、訓練もなしに力を発揮することは出来ない。
徐々に慣らしていく必要があるし、肉体を強化しても経験と技術が伴わなければ宝の持ち腐れだ。
結局、地道な努力に勝るものはなかった。
「でも、勝つだけなら方法はなくもない」
「ほんと!?」
身体能力に差がない以上、経験や技量が上の相手に真っ向から挑むのはバカのすることだ。
足りない部分は、どこからか補ってくるしかない。逃げるが勝ちって手もあるが……。
俺の場合は相手が格上ばかりだったので、その手の小細工が自然と得意になっていた。
「勝てないなら、負けない状況を作り出すだけだ」
「具体的にどうやるの?」
「そうだな。よし、蒲公英には俺の考案したトラップを伝授してやる」
「とらっぷ?」
罠に嵌められ、罠を仕掛け、試行錯誤を繰り返して身につけた生き残るための技術。
俺の本領は、どちらかというと真っ向からの勝負よりも、こちらにあった。
……TO BE CONTINUED
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