【Side:太老】
舞台が終わってすぐ麗羽に呼ばれた俺と月は、差し入れの茶菓子を持って楽屋にお邪魔することになった。
差し入れといえば勿論、『美味い美味すぎる』がキャッチコピーの十万斤饅頭だ。実はこれ張三姉妹の好物で、公演がある日はよく差し入れをさせられていた。
彼女達は今、大陸横断公演の真っ最中だ。一年旅を続けたとしても十分過ぎる予算は与えてあるが、中央から離れると格差は一気に広がる傾向にあるからな。僻地に行けば行くほど、饅頭など食べられなくなっていく。
天和や地和のことだ。『甘いものが食べたい!』とか我が儘を言って人和を困らせてそうだ。
「おーっほほほほっ! どうでしたか? わたくしの華麗な舞台は?」
こっちはこっちで、天和や地和以上に扱いが面倒だった。
高笑いを上げる麗羽。あのヒーローショーもどきの感想を訊かれると返答に正直困るのだが、一言でいうなら――
「色々と凄かった。あれは麗羽にしか出来ないと思うぞ」
人気があるのも頷ける。麗羽の意外な才能を発見したと言ってもいい。
袁紹軍のトレードマークともなっている金色の鎧を身に纏い、悪趣味で派手な色合いの仮面を付け、舞台上で高笑いを上げる『むねむね団総帥』こと麗羽の演技(?)は、なかなか堂に入った様子でピタリと役に嵌っていた。
ただ……役は嵌っているし、演出は素晴らしいのだが、シナリオの方は色々とツッコミどころ満載の内容だった。
麗羽脚本ということで察してくれ。華琳には絶対に見せられない内容だったとだけ言っておく。
正直、連れてきたのが月だけでよかったと心から思っているくらいだ。
「当然ですわね。ああ、自分の才能が怖いですわ」
うん、色々と怖いよ。怖い者知らずというか、バカって凄いよなと思った。
だがまあ、これで斗詩の苦労の一端を知ることが出来た。
大変なんだな……。今度からは、もうちょっと優しくしてやろう。
「あの……太老様」
「心配しなくても、華琳や皆には黙っておくから」
「ううっ……ありがとうございます」
「……二人で何をこそこそと話してますの?」
斗詩に同情したというのもあるが、面倒な騒ぎはごめんだ。
まあ、いつかはバレると思うが、その時は諦めてもらおう……。
俺だって、怒った華琳は怖い。追いかけ回されるのは、もう勘弁だ。
「まあ、いいですわ。折角ですから、太老さんも昼食をご一緒しませんこと?」
「……金ならないぞ」
麗羽のことだから、高級料理屋とかに連れて行かれそうだ。しかも、俺の金で。
だから、最初のうちに釘を刺しておこうかと思ったのだが、返ってきた答えは予想していたものと違っていた。
「それなら、もう用意出来ていますわ」
「準備がいいな。……って、まさか麗羽が作ったのか?」
「えっと、ほとんどは私が作りましたけど……」
「麗羽様も頑張ってましたよね。あの……ブツブツウネウネした奴とか」
ブツブツ? ウネウネ? なんだそれ、本当に料理なのか?
麗羽の料理の腕を知っているわけではないが、華琳と違って料理が出来そうなタイプじゃない。全部、他人任せってイメージが強いしな。
なんの気まぐれで料理に手を出したのか……。
猪々子の反応を見るに、食べられるものが出てくるかどうかも怪しかった。
「今からでも、外に食べに行かないか? 俺の奢りでいいから」
「あら、あなたにしては気が利きますわね。ですが、今日はこちらが招待したのですから、そんな気を回さなくていいんですのよ」
こんな時だけ常識的な反応をしないでくれ!
誰か、俺の味方はいないのか!?
「ご主人様」
「月……っ!」
「ちゃんと胃薬は持ってきました」
そんな気の遣われ方は嫌だった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第114話『あにまるらんど』
作者 193
九死に一生を得るとはこのことだ。命拾いした。
死を覚悟してたんだが、何故か準備してあったという料理が無くなっていた。
「助か……いや、誰がこんな酷いことを」
「きぃぃっ! あそこの動物に決まってますわ!」
「動物?」
麗羽は犯人に心当たりがあるようだ。でも、動物ってなんのことだ?
「『あにまるらんど』の動物のことです。前に麗羽様、あそこの動物にオヤツを取られたことがあって……」
「ああ、それで……でも、動物がやったにしては……」
食い散らかした感じではない。皿から料理だけを盗んでいった感じだ。
「それにここ最近、食料庫を荒らされる事件が多発してて……」
「食料庫を?」
斗詩の話から察するに泥棒がいるってことか。
「警備には連絡したのか?」
「はい。被害届はだしてますが、犯人はまだ捕まってないみたいです」
「あたい、犯人の姿なら見たぜ。昨日、市場に行った時に、ちらっとだけど」
「本当か? それ、どんな奴だった?」
「えっと……後ろ姿だったんで、よくわからないんだけど……」
猪々子に詳しい話を聞いてみると、市場でも同様の事件が多発しているらしい。
猪々子が見たという人影は『子供くらいの大きさのサルのようにすばしっこい奴』だったらしく、建物の屋根の上を伝って芝居小屋やアニマルランドのある街の外れの方へ逃げて行ったそうだ。
その後、駆けつけた警備兵が目撃情報を元に追跡を行ったそうなのだが、犯人はまだ捕まっていないという話だった。
「ううん、治安はよくなってきてると思ってたんだけどな……」
思い余っての犯行とも考えられるが、以前のように働く場所がなかったり、食べ物の奪い合いが起きるほど困っているという話は聞かない。
ニンジン畑からはじまった作物の大量生産は順調に拡大を続け、今ではエン州や青州地方だけでなく他の地方でも同様の近代農法が取り入れはじめている。
各地を繋ぐ交易に関しても、蜀地方を除いて上手く機能していると報告を受けている。実際それを裏付ける数字は出ているし、生活には困らないほど十分な量の物が市場には溢れていた。
仕事だって選ばなければ、食べて行くには十分な働き口が用意されている。事実、目に見えるカタチで治安はよくなってきているし、山賊や盗賊の発生率も以前に比べて格段に落ち着いてきていた。
「……こうなったら致し方ありませんわ」
「麗羽? 何をするつもりだ?」
「勿論、犯人を捕まえるのですわ!」
◆
――と、言う訳でやってきたアニマルランド。
俺には動物の仕業とはとても思えないのだが、麗羽は『証拠を掴む』と息巻いていた。
「きゃっ、そこはダメ……あっ、う……っ!」
子犬と戯れる月を見てると癒される。ちょっとエッチぽく聞こえるのは気の所為だ。ただ単に犬に色々なところを、ぺろぺろとされているだけだ。
ここはアニマルランドの一角に設けられた触れ合いスペース。犬や猫といった比較的大人しい動物達と触れ合える憩いの場だ。休日ともなると家族連れの客や、恋人同士で訪れる客が多いそうだ。
子供から大人まで楽しめるように幾つかの区画にわけられていて、涼州兵指導の乗馬体験とかもあった。
週に一回、競馬大会も開催されていると言う話だ。余談ではあるが、これを考案したのは一刀らしい。
「随分と本格的な装備をしてきたな」
「森にはクマや虎がでるって話ですし……」
「あたいもクマならともかく虎は厳しいからな」
完全武装した斗詩と猪々子の格好を見て、俺は眉間にしわを寄せる。
ここには恋が遠征の度に拾ってきた様々な種類の動物達が集められている。
最初は犬や猫といった小さな生き物がほとんどだったらしいのだが、怪我をしたクマや虎といった危険な動物も保護しているうちに、外れの森は『魔の森』と言われる魔境エリアと化してしまったらしい。
二人の装備は、そこに足を踏み入れるための準備とのことだった。
「魔境って……ほんとにここ動物園か? 中国といえば、熊猫もいそうだが……」
「いますよ。森の番人と言われている凄いのが……」
「森の番人?」
「森のヌシらしいです。華雄さんが戦って引き分けたとか……」
パンダ無茶苦茶強いな。華雄と引き分けるとか、どんだけ強いんだよ。
あれ? この場合、逆なのか?
パンダと引き分ける華雄が凄いのかわからなくなってきた。
まあ、俺もクマや虎くらいなら余裕で倒せると思うが、パンダが最強というこの世界の基準がよくわからん。
「まあ、頑張ってきてくれ」
「ええ!? 一緒にきてくれないんですか!?」
「いや、危険な森なんだろ? 月も一緒だしな」
虎やクマが怖いわけじゃない。本物の鬼に比べれば遥かにマシだ。パンダにだって、きっと勝てるだろう。
ただ、今日は月が一緒だ。彼女を連れて森のなかを散策する気にはなれなかった。
幼い頃からサバイバル訓練を受けてきた俺だからこそ、森の危険性はよく理解しているつもりだ。
「ご主人様……。私なら大丈夫です」
「でもな、森は危険だぞ? せめて、ここに残って――」
「恋ちゃんの動物達が、そんなことをするとは思えません。この目で確かめたいんです……」
それを言われると断り辛かった。こうなると月は強情だからな。動物達の濡れ衣を晴らすまで引き下がるつもりはないのだろう。
まあ、俺も動物達がやったとは思っていない。ただ、この森は怪しいと考えていた。
(月もそうだが、麗羽も引き下がりそうにないしな。放って置けないか)
警備兵が総出で街を捜索しているのに、犯人の足取りを全く掴めていないのは妙だ。
その点でいえば、このアニマルランドは犯行の起きた市場や芝居小屋から近く、森は街の外にも通じている。
犯人が身を隠す場所としては打って付けの場所だった。
「わかった。でも、俺の指示には従ってもらう。危険な場所には違いないからな」
「はい。無理を言ってすみません……」
「大丈夫。きっと動物達は無実だよ」
月の頭を撫でながら、そう言って励ました。
【Side out】
アニマルランドの一角、魔の森に通じる入り口に怪しい人影があった。尚香、小喬、大喬の三人だ。
太老が董卓と二人で芝居を観に出掛けたと、偶然女官達の話を耳にした尚香達は、すぐに太老の後を追いかけた。
だが、時既に遅し。舞台はもう終わっていて、太老の姿はそこになかった。
「太老ったら、シャオをおいていくなんて……」
そして、現在――。
芝居小屋周辺で聞き込みをした結果、太老と袁紹と思しき一団がアニマルランドへ入ったという話を聞いた三人は、その情報を頼りにここにやってきた。
「小蓮様。森に入って行くのを見たって人が……」
「……森?」
大喬の話を聞いて、眉をひそめる尚香。
魔の森――その森の噂は、三人も耳にしていた。それだけに森を前に足がすくむ。
小喬と大喬は戦力外。尚香にしても、一般兵よりは戦えるといった程度で実力は下から数えた方が早い。当然、森にでると噂されているヌシは疎か、クマや虎と戦えるほど強くはなかった。
「小蓮様。さすがに、やめた方が……」
「お姉ちゃんの言うとおりですよ。ここは危険ですって」
大喬と小喬の二人も噂の森を前に怖じ気づく。
それに尚香の従者という役目もある。太老のことは気に掛かるが、尚香を危険な目に遭わせるわけにはいかなかった。
だからといって、尚香も素直に頷けるわけがない。彼女には気がかりなことがあった。
(人気のない森でふたりきりなんて……)
実際には袁紹達も一緒なのだが、恋する乙女にそんなことは関係ない。董卓と太老が二人という事実が、尚香にとって一番の問題だった。
その他の女の一人なら、いつものことと警戒しなかったかもしれないが、董卓といえば太老が態と掴まり、芝居を打ってまで助けようとした女の子だ。しかも天の御遣いの専属メイドとして、太老に近い位置で仕事を補佐する立場にいる。
そんな董卓と、太老が人気のない森のなかでふたりきりという状況は、尚香にとって面白い話ではなかった。
(そんなの絶対にダメ!)
それにここ最近、思うように太老との仲が縮められず、尚香は少し焦りを感じていた。
呉までの案内役を買って出たのも、旅に同行することで太老とのスキンシップを図ろうとしたからだ。
なのに、太老は仕事のことばかり。そして仕事の話になると、尚香は必然的に話しに入っていけなくなる。子供だから――仕方のないことと理解しつつも、気持ちの上では納得の出来ない状況が続いていた。
多麻の新しい学習法に食いついたのも、元を辿ればそのためだ。
もっと勉強が出来れば、太老の役に立てるかもしれない。子供ながらに、太老の仕事の助けになりたいと考えた末の行動でもあった。
「シャオだって、太老の役に立って見せるんだから!」
「小蓮様! ああっ、待ってください!」
「小蓮様、お姉ちゃん!? もうっ、どうなっても知らないわよ!」
森の中に走っていく尚香の後を追いかける大喬と小喬。
魔の森――後に一般兵の卒業試験に用いられるようになり、洛陽の裏名物として有名になる試練場。
こうして少女達の人捜しがはじまった。
……TO BE CONTINUED
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