【Side:太老】

「ギャアアアアアッ!」

 広大な密林に龍の咆哮がこだます。
 山を覆うかのような巨大な悪龍(ヴリトラ)。その鱗は鉄の刃を通さず、その力は岩を砕き、灼熱の息は森を焼くとさえ言われている。まさに天災と呼ばれる存在。人の力では、抗うことすら不可能な怪物――

「くぅ〜ん」

 ――のはずなんだが、今は子犬のように情けない鳴き声を上げ震えていた。

「多麻。その辺りで勘弁してやってくれ……」
「ふみゅ? マスターがそういうなら」

 この辺りで止めておかないと、これ以上は動物虐待で某団体から訴えられそうだ。
 自慢の鱗も無数に分身した多麻の攻撃の前には、ほとんど役に立たなかったようだ。
 素手でフルボッコにされ、プライドもズタズタと言ったところだろう。不憫でならない。

(面倒でも、俺がやればよかった。不用意に多麻をけしかけるのはやめとこう)

 幾ら伝説に名高い龍と言えど、今回ばかりは相手が悪かったとしか言いようがない。
 災厄を撒き散らす悪龍と言われている存在でも、さすがに可哀想になる。

「余り脅えないでくれ。別に、お前をどうこうしようってわけじゃないんだ」

 龍の威厳はどこにやら、多麻に脅え、縮こまっているヴリトラを宥めようとするが、

「マスター。肝を持って帰らないんですか? 薬の材料として高値で取り引きされてるらしいですよ?」
「――ッ!?」

 多麻の余計な一言の所為で、更に脅えさせてしまった。
 確かに龍の肝は稀少な薬の材料として知られ、肉も滋養強壮の妙薬として高値で取り引きされていると聞く。だからと言って、今の俺達には必要のないものだ。話をややこしくしないで欲しい。

「あのな。多麻、余計なことは……」
「それに龍の皮は伸縮性に優れた丈夫な素材ですから――」
「伸縮性に優れた? それは水着とかも……」
「勿論、作れると思いますよ?」
「ぎゃうっ!?」

 心が揺れたことがヴリトラにも伝わったのか、顔を真っ青にして涙目になっている。

「だ、大丈夫。そんなことしないから……」
「今晩は焼き肉です!」
「多麻、いい加減にしろ!」

 干ばつを引き起こす悪しき龍という話だが、俺が被害を受けた訳じゃ無い。所詮は噂だ。
 このへっぽこ龍に天候を左右するほどの力があるとは、とても思えない。
 それを水着のために殺して皮を剥いだとなれば、明らかにこっちの方が悪人だ。

「結局、ヴリトラはハズレか」

 本当に天候を左右するほどの力があれば、世界(システム)に干渉するほどの鍵になるかと思ったが、この程度では期待はずれもいいところだ。鍵は他を当たるしかなさそうだ。とはいえ、他にあてがあるわけでもないんだが……。
 取り敢えず、もう一つの目的の方を片付けておくか。そう、大陸南部に張り巡らされた結界。林檎が失踪した原因の調査だ。

「ちょっと巣の中を探させてくれ」

 龍の巣へと足を向ける。
 益州中部から南蛮にまで伸びる南部一帯の地域を覆っている巨大な結界。
 その中心が、龍の巣の近くであることはわかっていた。

「この辺りだと思うんだが……」
「マスター。これじゃないですか?」

 森を一望できる一際険しい山。龍が巣とする山頂の洞窟。
 巣の奥に鎮座する巨大な鉄の塊。
 それは――

「守蛇怪!?」

 ――守蛇怪・零式。
 この世界に実在するはずもない……俺の船だった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第142話『残念な真相』
作者 193






 ――で、今に至ると言う訳だ。

「お父様が見つけてくれるのを心待ちにしてました!」
「お父様……ね」

 俺のことをお父様と呼ぶこの青い髪の幼女……見た目は朱里や雛里と大差ない。
 何を隠そう彼女は、この船『守蛇怪・零式』の生体コンピューターユニットとのことだ。
 魎皇鬼のようなものと思ってくれて間違い無い。魎皇鬼も擬人化出来るしな。
 樹雷の鬼姫の下で働いてた頃、俺専用の船として与えられたのが、この零式だった。

「お父様に相応しい(オンナ)になるために成長したんですよ!」

 成長というか、見ない間に何があったと訊きたい超進化だ。
 人工知能が搭載されていることは知っていたが、実体化する機能があったなど初耳だった。
 まあ、魎皇鬼だって後付けで人型に変化できるようになったくらいだし、そんなこともあるのか?
 それよりも今の問題は――

「なんで林檎さんが俺の部屋に縛られてるんだ?」

 あの頃と、ここだけは何も変わらない。金ピカな艦長室(おれのへや)
 その部屋のベッドに行方不明のはずの林檎がロープで縛られ、横たわっていた。
 亀甲縛りとは、またマニアックな……。

「まさか、林檎さんにそんな趣味が……」
「――ッ!」

 猿ぐつわをしていて何を言っているのかわからないが、違うと抗議しているようだ。
 だとすると、やっぱりこれは零式の仕業か。
 地力で拘束を解けないところをみると、船のバックアップも制限されているのだろう。

「ってことは、この結界も零式が?」
「はい。私のことは『零ちゃん』とお呼びください。お父様!」
「…………」

 なんか、同じようなことを前にも言われたような。
 周囲の影響を受けているのか? よく知ってる誰かと話しているようだ。
 結界の原因についてもわかったところで、気になっていたことを質問してみる。

「それじゃあ、多麻の分身を消したのも……」
「美味しく頂きました!」
「多麻は食べても美味しくないですよ!?」

 さすがに、この多麻(本体)を消したりは出来ないようだが、

「寝起きでお腹が減ってたので」

 ――手頃なところに大きなエネルギーがあったので分けてもらいました
 と話を続ける零式に悪気はないのだろう。弱肉強食という言葉が頭を過ぎった。

「じゃあ、なんで林檎さんを?」
「邪魔をされたくなかったのと、お父様に(わたし)を見つけて頂くためです。彼女が消息を絶てば、お父様は必ず自分の足で探しに来られるでしょうから」
「……邪魔?」
「はい。実は――」

 箱庭のシステムに介入することで、成長の促進に必要なエネルギーは確保出来たらしいのだが、予期せぬ事故(虎の穴の暴走)と外部からの介入により、活動に必要なエネルギーが足りなくなったそうだ。
 ここに船があるのも『虎の穴』の暴走が原因と聞き、複雑な気持ちに駆られる。

「まあ、次元震を引き起こしたのは私ですけどね」

 こんなところに元凶がいるとは……少しでも悪いと思った俺の気持ちを返せ!
 簡易版の虎の穴にそれほどの力があるとは思っていなかったが、袁術達を飛ばしたのが零式だと言われれば納得が行く。
 まあ、原因の一端が俺にあるのは間違いないので、そのことで文句を言える立場にないことは理解しているつもりだが……あれ?

「箱庭のシステムに介入してって……原因は美星さんなんじゃ?」
「ああ、それは切っ掛けですね。その事故を利用して、私がシステムをクラッキングしたんです」
「えっと……」

 美星がいつものドジをする。俺や皆が飛ばされる。
 零式がそのタイミングを利用して箱庭をクラッキング。
 システムに予期せぬ障害が起こり外部との連絡途絶。この世界に閉じ込められる。
 林檎が助けに来るが、以前として問題は残ったまま。現在、帰還のために悪戦苦闘中。

「……ってことは、お前が元凶か!」

 ――驚愕の真相ここに発覚!

 そんな見出しが頭に浮かんだ。


   ◆


「世界を支配? そんなことに興味はありませんよ?」

 解放された林檎と俺の質問に、零式は悪びれた様子もなく極自然にそう答えた。
 この世界が外と隔離されている原因。そして、星の箱庭のシステムに介入し、現在の状況を作った張本人の言葉だけに鵜呑みには出来ないが、どうも世界を支配するとか、滅ぼすつもりだとか、そういった物騒な目的ではなさそうだ。

「さっきも言いましたが、私の目的は一つ。お父様に相応しい(オンナ)になることです!」

 そう言って腰に手を当て、起伏の乏しい胸を主張する零式。

「二センチ成長しました!」

 ――ズコッ!
 俺と林檎は一斉にこける。

「そんなことのために、こんな騒動を起こしたんですか!?」

 林檎が声を荒げるのもわからなくはない。
 というか、怒って当然なんだが、

「太老様も黙ってないで、何か仰ってください!」
「いや、うん……気持ちはわからないでもないけど落ち着いて」
「ですが!」

 俺が落ち着いていられるのは、この程度のことには慣れているからだ。
 確かに斜め上に突き抜けた理由だが、零式の気持ちもわからないではない。

「林檎さんも慣れてるでしょ? この手の理不尽は……」
「うっ! それを言われると……」

 納得はしてないようだが、思い当たる節が嫌と言うほどある顔だ。

「……でも、それを太老様に言われると少し複雑です」

 ――え? なんで?
 それを言うなら、相手は鬼姫じゃないの?

「ようするに胸≠成長させるために『星の箱庭(システム)』を乗っ取って、栄養を吸い取っていたと」
「本当はもう数年、寝て力を蓄える予定だったんですけどね。変質者に邪魔されて……」

 変質者? 誰のことだ?
 余程、恨みがあるのか、その変質者のことを話す零式の言葉にはトゲがあった。

「それに、私は正しく道具を使っただけです」

 道具を正しく利用しただけだと主張する零式。
 元々この『星の箱庭』は、とある人物の成長を促すために構築されたシステムだ。
 神を創るシステムと呼称された道具(システム)の本質を捉え、彼女は使える道具を使ったに過ぎない。
 自分本位な言い分ではあるが、その主張もまた間違っているとは言えなかった。

「それじゃあ、俺達の邪魔をするつもりはないんだな?」
「私がお父様の邪魔をするなんてありえません!」

 林檎はまだ何か言いたそうだが、敵にならないと言うのなら俺としては言うことはない。
 それよりも問題は、これからのことだ。

「今までのことはいい。で、これからどうするつもりだったんだ?」
「そのことなんですが、外部からの干渉で『星の箱庭』本体から、この世界は切り離されています。謂わば独立した世界」
「鷲羽様の仕業ですね」
「マッドの仕業だな」

 俺達の意見は一致していた。そんなことが外側から可能な人物と言えば一人しかいない。
 白眉鷲羽――あのマッドサイエンティストだ。

「その所為で、今までのようにネットワークを通じてエネルギーを集められません」

 箱庭の本体とネットワークを介して繋がることで零式は連なる無数の世界に根を張り、少しずつ必要なエネルギーを吸収していたらしい。
 それが本体から切り離されたことでエネルギーを集めることが不可能になり、更には利用していたシステムに自身も囚われてしまったということだ。
 まだ、何か隠していそうだが、嘘は言ってないようなので取り敢えず信用しておく。

「ですから、船を動かすのに必要なエネルギーを確保したら、お父様を乗せて脱出するつもりです。こんな世界に、もう用はありませんから」
「えっと一応聞くけど、どうやってエネルギーを集めるつもりだったんだ? これまでの話から察するに、ここから動けないんだよな?」

 零式がここから動けないことは、これまでの話からもはっきりとしている。
 恐らくは、この船を中心とした結界のなかでしか、自由な行動が出来ないのだろう。
 林檎を捕らえ、俺を誘い出そうとしたことからも、それは明白だ。

「それなら大丈夫です! いいパシリを見つけましたから、そいつらに集めさせてます!」
「……パシリ?」
「太老様。それって、もしかして……」

 嫌な予感しかしない。

「死にかけていたところを拾ったんですけど、お父様のお知り合いですか?」

 まさかとは思うが、嘘だと言ってくれ。ほら、林檎も頭を抱えてるし。

「エネルギーを蓄積出来る便利な本を持ってたので、それで集めてくるように命令しておきました!」

 それって、太平要術の書だよね?

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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