【Side:太老】
「初めまして。聖地で教師をしております、ユライト・メストです」
「ご丁寧にどうも、正木太老です」
「マリア・ナナダンです。お久し振りです。ユライト先生」
「ご無沙汰しております。このようなところで、正木卿とマリア様にお会い出来るとは思ってもいませんでした」
ミツキの家に着くと、ミツキ達の他に長い金髪をなびかせた長身の優男が待っていた。
マリアと何やら親しげに話をする金髪の男性。
どうやら知り合いのようだが、マリアにこんなにも親しげに話が出来る男の知り合いが居るなんて今まで知りもしなかった。
(……イケメンだ。これがイケメンって言う生き物なのか)
まず、この言葉が頭を過ぎったのは言うまでもない。街を歩けば百人中百人全員が振り返るであろう美形の男性だった。
別に美形に恨みがある訳ではない。しかし、百人に聞いて百人が『平凡』と答えるであろう顔付きの俺からしてみれば、目の前の男性は全く別世界の住人だ。
前に出会ったダグマイアも美形と言えば美形の持ち主だが、あんな表面ばかりを着飾った軟派男とは違う。
大人の余裕と言うべきか、落ち着いた物腰に上品な物言い。言葉の節々に相手を気遣う思い遣りのような物が感じられる。
多少、男らしくないというか、儚げで線が細いところが見受けられるが、そこがまた女性の心をくすぐる要素の一つのようにも思える。
一言で片付けると、とても女装がよく似合いそうな<Cケメンだ。腐女子に大ウケする要素を兼ね備えた男だった。
(ん? 待てよ。メストって、もしかして)
男は自分の事をユライト・メストと名乗った。それはあのシトレイユ皇国の宰相、ババルン・メストと同じファミリーネームだ。
ババルン・メスト、それにダグマイア・メスト。そしてマリアの知り合いとなれば、偶然とは考え難い。
二人の血縁者かと思った俺は、その事をユライトに尋ねてみた。
「もしかして、シトレイユ皇国宰相のババルン卿を知ってたりします?」
「はい。ババルン・メストは私の兄です」
「……お兄さんとは随分と違うみたいですね」
それは衝撃の一言だった。
失礼に当たらないように出来るだけ驚きを顔に出さず、やんわりと返事をする。
(何て、何て世の中は不平等に出来ているんだ)
容姿だけなら間違い無く美形の分類に入る息子と、文字通りイケメンとしか例えようのない弟を持ちながら、本人は見た目悪の組織の大ボス≠ノしか見えない強面のババルン・メスト。
ダグマイアは母親似だと思っていたが、これではダグマイアの本当の父親はユライトだと言われた方が説得力があるくらいだ。
自分の顔を平凡だなんて言ったが、俺などまだ恵まれた方だった。余りにも残酷な現実に、俺は深くババルンに同情を禁じ得なかった。
「お兄さんに、よろしくお伝えください」
「え? はい……分かりました」
ユライトと固く握手を交わしながら、ババルンに伝言を頼む。
歳は離れているものの、こちらで出来た俺の数少ない友人の一人だ。
例え容姿で息子や弟に負けていようとも、ババルンには強い個性がある。あれは誰にも真似できないババルンの持ち味だ。
せめて俺くらいはババルンの良き理解者でいてやりたい。そう思わずにはいられなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第160話『兄と弟、個性と美形』
作者 193
【Side:ユライト】
まさか、このようなところで噂の人物と巡り逢うとは思いもしなかった。
ミツキ先輩を教師に誘おうと考えたのは、彼女が商会に所属する人間だと突き止めたからだ。
それは本当に偶然だった。新入生の名簿を確認していた際、シンシアとグレースの名前を見つけた時は正直驚かされた。
聖地学院は聖機師の卵や王侯貴族など特権階級にある方々が通う場所という性質上、入学の際には身辺調査を含めた綿密な調査が行われる。
そして双子の少女の推薦人にはハヴォニワ女王フローラ・ナナダン様の名前が記されており、血縁関係を記す保護者の欄にミツキ先輩の名前が載っていた。
そこにミツキ先輩の名前を見つけなければ、噂の天才児が彼女の娘だとは気がつかなかっただろう。
現在休学中のワウアンリー・シュメと同様、ハヴォニワ王立学院の双子の名前は有名だ。
歴代の在学生の中でもトップクラスの成績と強い後ろ盾を持ち、入学当時から強い注目を浴びた双子の天才児。
正木商会管轄の研究室を持ち、あのタチコマの開発にも関わったという、正木卿ほどでは無いにしても有名な二人だ。
現在、私達の計画の一番の障害、もしくは鍵となり得るのが正木商会であり、正木太老――彼の存在だ。
その人物がこんなにも早く私の前に姿を見せてくれる事になるとは思いもしなかった。
本来であれば、ミツキ先輩を通じて少しずつ商会との接触を図っていくつもりでいたからだ。
「初めまして。聖地で教師をしております、ユライト・メストです」
「ご丁寧にどうも、正木太老です」
「マリア・ナナダンです。お久し振りです。ユライト先生」
「ご無沙汰しております。このようなところで、正木卿とマリア様にお会い出来るとは思ってもいませんでした」
マリア様もいらっしゃっているとは更に想定外の事態だったが、この状況は利用できると考えた。
ミツキ先輩の娘があの双子だと知った時から、正木卿と直接の繋がりを持つ位置に彼女が居る事を想定して私は動いていた。
そしてそれは予想通り。こんなにも早く正木卿と顔を合わせる事になるとは思ってもいなかったが、これはある意味でチャンスだ。
正木卿との接点さえ出来れば、今後の計画に彼が障害となるのか、それとも逆か、有益な判断材料ともなる。
予定通り、ミツキ先輩を聖地の教職員に誘う方向で動きつつ、それを利用して正木卿との個人的な繋がりを築くのを優先する事にした。
「もしかして、シトレイユ皇国宰相のババルン卿を知ってたりします?」
「はい。ババルン・メストは私の兄です」
「……お兄さんとは随分と違うみたいですね」
兄はあの見た目で、あの通りの性格だ。持って生まれた才と卓越した政治力で宰相にまで上り詰めたのは事実だが、その分、敵も多い。
彼も兄に会った事があるはずだが、ラシャラ姫と良好な関係にありシトレイユの皇族派と深い繋がりを持つ彼からしてみれば、宰相派の筆頭である兄は謂わば敵対関係にある人物だ。その弟を名乗る人物を警戒しない方がどうかしている。
だが、ここで下手に隠せば彼の不信感を煽る結果となる。それだけは何としても避けなくてはならなかった。
兄との関係を幾ら否定したところで、完全に信じてもらう事は難しいだろう。
今は、私に敵対する意思がない事を知らせ、聖地学院で働く一教師である事を印象づける事の方が重要だ。
彼の目的が何であるか定かでは無い以上、警戒を解けないまでも最初から敵愾心を抱かれるのは得策ではない。
まずは彼との個人的な繋がりを持ち、その真意を探る。私達の敵と成るか、味方と成るかはそれから判断すれば良い事だ。
「お兄さんに、よろしくお伝えください」
「え? はい……分かりました」
だが、予想していた反応と違った答えが返ってきた事で、私は戸惑いを覚えた。
ここで、兄によろしくとはどう言う意味か?
兄が彼の事を警戒していたように、彼もまた兄の事を警戒しているはずだ。
その上で弟の私に『よろしく』と伝言を頼む真意を考えさせられた。
(まさか、彼は気付いている?)
私と兄の目的が別のところにある事を、彼は気付いている?
ならば、先程言った『お兄さんとは随分と違うみたいですね』という発言の真意は、見た目の事を言っているのではない?
「正木卿は随分と兄と親しいご様子ですが……」
「ああ、大切な友人だと思ってますよ。固く握手を交わした仲ですからね」
笑顔ではっきりとそう告げる正木卿の言葉を私は計りかねていた。
友人などと信じられるはずもない。兄があれほど警戒していた人物だ。どちらかと言えば、彼と兄は敵対関係にある。
彼が兄の計画の全容を知っているはずもなく、それを知っていて支持しているとは思えない。
いや、もしかしたら全容とまでは行かないまでも、かなりのところにまで勘付いている可能性はあるが――
(ワウアンリー。まさか、彼女が……)
考えて見れば、彼はハヴォニワの女王とあの結界工房のワウアンリーと深い繋がりを持っている。
そしてワウアンリーは、あのナウア卿の弟子という話だ。その彼女から、何らかの話を聞かされていても不思議ではない。
だとすれば『よろしく』というのは、やはり忠告のつもりなのだろう。
「あっ、俺の事は『太老』で構いませんよ。出来る事なら、あなたとも仲良くしたいですし」
「……こちらこそ、よろしくお願いします。正木卿、いえ太老さん」
正木太老――想像以上に侮れない人物だった。
【Side out】
【Side:太老】
ババルンの弟なら仲良くしないとな。
色々とあってダグマイアには嫌われてしまっているようだが、ユライトとは友達になれるような気がしていた。
その後、聖地学院で教師をしているという話を聞かせてもらい、彼がここに居るのもミツキを聖地の教職員にスカウトに来たためだと知った。
どうにも聖地学院は深刻な人材不足に悩まされているらしく、ハヴォニワに来たのも正木商会と人材派遣の件で相談するのが本来の目的だったらしい。
「どうかな? 俺としては、ユライトさんの話を受けてあげてもいいと思うんだけど」
「お兄様がそこまで仰るのでしたら……。前向きに検討するように商会に話を通しておきますわ」
「助かります。太老さん、マリア様」
ユライトがミツキの後輩だったというのも驚きだったが、それを聞かされたら黙ってなどいられない。
それに武術大会では、武舞台を破壊して大会を中止に追い込むといった多大な迷惑を掛けた経緯もある。
そうした事からも、職員補充の件も含めて前向きに検討する方向で考える事にした。
「ところで、ミツキ先輩の件なのですが……」
「それは本人次第だけど、ミツキさんはどうしたい?」
「……え? 太老様は、私が聖地で教師をしてもよろしいのですか?」
「ミツキさんならピッタリだと思うけど? 俺としてはオススメかな?」
ミツキなら能力的にも申し分ないし面倒見も良く、子育ての経験もあるので教師がよく似合うと思う。これは冗談ではなく、俺の本音だ。
それにどちらにしても、シンシアとグレースが聖地学院に通う事になるのだ。
二人の歳を考えて、最初から親子離れ離れに暮らさせるつもりはなかったし、その事を考えたら聖地で教師をするという選択肢も悪くないはずだ。
「……分かりました。前向きに考えてみます。返事は後日で構いませんか?」
「はい。商会と条件面での交渉もありますし、まだ半月ほどはこちらに滞在する予定でいますから」
最終的にはミツキの気持ち次第だ。俺やユライトが決める事ではない。
考える時間が欲しいと返事を待ってもらい、商会との交渉もあるのでユライトには俺の屋敷に滞在してもらう事にした。
こちらにはマリアとマリエルが居るので、条件面での交渉はこの二人としておけば大丈夫だ。細かい調整と契約は、首都に帰ってからでも十分間に合うだろう。
「ユライト先生、その後は真っ直ぐ聖地にお帰りになるのですか?」
「いえ、ラシャラ様の戴冠式に出席する予定です。これでも、メスト家の人間ですからね。それに教会から、聖機神の受け取りを指示されていますし」
マリアの質問に、そのままラシャラの戴冠式に出席する事を伝えるユライト。確かに聖地に帰っていては、ラシャラの戴冠式には間に合わなくなってしまう。交渉役にユライトが派遣されたのも、恐らくはその辺りの事情が関係しているのだろう。
(聖機神か……)
確か、聖機人の原型となった機体という話だが、武術大会があんな事になってしまったので、俺も実物を見た事が一度もなかった。
ラシャラの戴冠式に必要という話で、教会から儀式のためにシトレイユに貸し出されているという話だったはずだ。
前に水穂が、ラシャラの戴冠式が遅れた理由がその聖機神の借り受けに時間が掛かったためだと愚痴を溢していたのを思い出した。
「それなら、シトレイユまでは一緒だな。あっ、戴冠式が終わったらそのまま聖地に向かうつもりだから、聖地まで一緒なのかな?」
「よろしいのですか? そこまでして頂く訳には……」
「袖振り合うも多生の縁ってね。遠慮なんて無しですよ」
この言葉に嘘は無い。ババルンの弟でミツキの後輩なら、俺にとっても赤の他人ではない。
知り合って間もないが、こうして名前を呼び合う仲になったくらいだ。
旅は道連れ世は情け、と言う言葉もある。どうせ目的地が同じなら、一緒に向かった方が無駄がない。
学院の経費で出張費くらいは落ちるだろうが、ハヴォニワに寄って次はシトレイユって、旅費だって馬鹿にならないしな。
「では、御言葉に甘えてお世話になります」
こうして、ユライトと暫く行動を共にする事になった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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