【Side:太老】

 えんやこらほっさ、えんやこらほっさ。
 視察五日目。工場視察も取り止めになって視察らしい事は何もしてなかった四日間だったが、五日目にしてようやく視察らしくなってきた。
 一面見渡す限りの畑。地平線が見えるほど広大な農耕地が、俺の目の前には広がっている。
 優しい草と土の香りに、サンサンと輝く太陽。額に滴る汗をタオルで拭いながら、これぞ農作業といえる瞬間を満喫していた。
 まあ、原始的にクワを持って土を耕すとか、そう言うのではなく以前と同じく聖機人に乗っての開墾作業の手伝いなのだが、そこはそれ。気分の問題だ。

「これで一段落かな」
「お疲れ様です。お兄様」

 目標の区画まで耕し終えた俺は聖機人を降り、駆け寄ってきたマリアから替えのタオルと冷たい飲み物を受け取った。
 以前のような失敗を繰り返すつもりはない。あの時は作業に夢中になりすぎて聖機人の耐久限界を超える稼働をさせてしまい、貴重な聖機人を聖地に修理にださなくてはならない羽目になってしまった。
 回復亜法が使える聖衛師であれば修復する事も可能だが、単純に壊れたと言う訳では無く、動かす事も困難なほど組織を劣化させた場合、やはり聖衛師の力だけでは修復は難しいとの話だった。

 そうなった場合、修復のためには聖機人を一度教会に返却する必要がある。
 聖機人を教会に送る手間と時間。そして返却されるまでに掛かる期間などを考えると、これがまた色々と面倒な事が多いのだ。
 そうならないように、これまでの経験からどの程度の時間で組織の劣化が始まるのかを推測し、機体を休ませるように心掛けていた。
 全力の戦闘であれば、状況によっては数分と耐えられない事もあるが、軽い戦闘や開墾作業程度であれば三十分くらいは余裕で動かせる。
 使い潰すつもりであれば、その倍の時間を稼働させる事も可能だが、それは緊急時以外を除いて出来るだけ取りたくはない方法だった。

 それと言うのも、タダで修復してくれるほど教会は甘い組織ではないからだ。
 寄付というカタチの多額の修復代金を請求されるので、聖機人の輸送料金と合わせるとかなり痛い出費と言える。
 黄金の船『カリバーン』に乗せてある俺の聖機人は、ハヴォニワから貸し与えられている物とはいえ、俺の手元にある限りは俺に責任が生じる約束となっている。当然、何かあった時の修理費用も俺持ちと言う訳だ。
 出来る限り無駄な出費を抑えるためにも、そうした修復が必要な事態を避けたいというのが俺の本音だった。

「しかし、何度見てもこの光景は壮観だな」
「工作機やタチコマの活躍もありますが、やはり駐屯している聖機師の方々が協力してくださっているのも大きな要因かと思いますわ」

 マリアの言うように聖機師達の活躍が、やはりこの広大な農地の大きな要因を占めているのは間違い無い。
 では何故、彼等が率先して農地開拓などと言った仕事に従事しているか、そうなった原因は過去に遡る。

 タツミ、ユキノ、ミナギの三人から構成される『ハヴォニワの三連星』の名は、今では知らぬ者は居ないとされるほど有名な物となっている。
 特にハヴォニワの正規軍に所属する聖機師達の間では、尊敬と羨望を集めるほどに彼女達の活躍は広く知られているそうだ。
 そんな中、彼女達がここマサキ辺境伯領の農地開拓に深く関わっていたという話は有名だった。

 ――農地開拓から始まり、山賊討伐まで

 それらは全て、どう言う訳か俺の指示で行われた修行の一貫だった、という話になっていたのだ。

 情報源は、平日のお昼に放送されている『ピョン子の部屋』というテレビ番組に、『ハヴォニワの三連星』の三人がゲストとして招かれた時の事だ。
 彼女達が自分の口で、『ハヴォニワの三連星』と呼ばれるまでに至った軌跡を告白したらしい。
 その中で、ここでの農地開拓や山賊討伐の話が語られ、天の御遣いことマサキ辺境伯の指導を受けたと語ったそうだ。
 その話を聞かされて、『いや、全く身に覚えがないんですけど』と思ったのは言うまでもない。

 この番組は、著名人を招いて色々と質問しながら対談をするというもので、司会を最近売り出し中の脚本作家の『大豪院ピョン子』が担当しているお昼の人気番組だった。
 大豪院ピョン子と言えば、どこぞで聞いた事のある名前で語尾に『ピョン』を付けて話す変わった女性だ。
 俺もゲストとして一度番組に招かれた事があるが、あのウサミミと独特の話し方が非常に印象的だった記憶が今も残っている。

 ――閑話休題

 そういう事情があって、ここでの駐屯中に行う農地開拓と山賊討伐は、新人聖機師達の登竜門として正規兵の間で使われていた。
 ハヴォニワで一人前の聖機師として認められるには、この試練を乗り越える必要があるらしく新人の彼等、彼女達は必死だ。
 今更『それ勘違いですよ』などと言えるはずもなく、農地開拓を手伝ってくれるのであれば大助かりなので敢えて黙っていた。
 何にせよ、聖機師達の意識改革にも一役買っているそうなので、結果オーライという奴だ。
 この際、細かい事は言いっこ無しだ。真実が、いつも正しいとは限らない。時には必要な嘘もあるという事だ。

「ところで、お兄様」
「ん?」
「基地に駐屯中の聖機師、兵士の方々が握手をして欲しいと……」
「…………」

 黄金の聖機人を見て集まって来たらしい人達が、大勢集まって列を作って並んでいた。
 今となっては定番とも懐かしいとも言える握手会の行列が、そこには出来上がっていた。





異世界の伝道師 第163話『平凡と美男』
作者 193






「ふう……大変な目に遭った」
「大人しく視察だけしてればよろしいのに、開墾作業まで手伝うような事を仰るからですわ」

 マリアの辛口な言葉に、返す言葉もなかった。まさに自業自得だ。
 とはいえ、ここ最近ストレスと言うほどの事でも無いが、色々とあった所為で少し身体を動かしたかったのだ。
 聖機人に乗っての土いじりは、これが意外とストレス解消に良い。

 搭乗者である聖機師によって色や外観が異なる聖機人だが、俺が乗ると黄金に輝くゴツイ聖機人が姿を現す。
 今や、黄金の聖機人と言えば知らない人は居ない。
 近い色で言えば、黄色や黄土色などは他にもあるが、キラキラと眩しく輝く聖機人はこれを置いて他に無い。
 不本意ながら、黄金と言えば『正木太老』と連想されるほどに有名な代物だった。

 見た目の派手さをどうにか我慢すれば、あらゆる攻撃を弾き返すほど高い防御能力を持ち、果てには難攻不落とまで言われる要塞メテオフォールを一撃の下に撃沈するほどの優れた攻撃力を有しているのだが、それ故に使いどころが難しい。
 重装甲と重火力を併せ持つ、『何処の冥王様だ』と言いたくなるような悪魔の機動兵器。それが、俺の黄金の聖機人だ。

 防御能力だけならまだいいが、この攻撃力が原因となって普通の武器は使い物にならない上に、聖機人戦をしようものなら搭乗者ごと相手の聖機人を粉々に破壊してしかねない程の大火力を持っているため、使い勝手が悪いなんて次元の話ではない。
 特に尻尾。これが恐るべき破壊力を持った悪魔の兵器で、この一撃を食らえば受け止める事も出来ずに聖機人など粉々に砕け散ってしまう。
 一言でいえば、手加減など一切出来ない厄介な代物だった。

 まだ戦時中であれば、それでもいいかもしれない。だが平時で、全く手加減できない機体は扱いやすいとは正直言えない。
 模擬戦などとても出来ない上に、そういう機体だから実際に戦う時にも、かなり気を遣って戦う事になる。
 相手を殺してしまわないように気遣って、精神を磨り減らしながら戦わなくてはいけない機体なんて精神衛生上、最悪極まり無い。
 そんな訳で余り好きになれない黄金の聖機人なのだが、この農地開拓だけは別だった。

 相手は大地。つまり、星その物だ。
 思いっきり動かそうが、尻尾を全力で叩き付けようが、ちょっと地面に穴が空き、土砂が舞うだけで誰かが死んだりする心配もない。
 寧ろ、そうした方が固い岩盤や大きな岩なども取り除けて、後の開墾作業がやり易いという利点があった。

 普段ストレスの対象となっている機体だけに、手加減せずに動かせるだけでも良いストレス解消となる。
 自分の屋敷の庭先や、首都でこれをやれば後始末だけで大騒ぎになること間違い無しだが、ここであれば思いっきり暴れられると言う訳だ。
 抑圧された破壊衝動を解放、などというと危ない奴に思われるかもしれないが、これがやってみると癖になる。
 ストレス社会とも言われる現代社会で働いている現代人ほど、オススメしたいストレス解消法の一つだった。

「さあ、皆! 畑を耕してストレスを解消しよう! ハヴォニワで待ってるぞ!」
「……お兄様?」

 いや、ちょっと電波が届いただけだから、変な目で見ないで欲しい。俺は大丈夫だから、ね。

 かなりドン引きだったマリアに適当な言い訳をして、歓迎のために用意してくれた野菜料理に舌鼓を打つ事にした。
 勿論、全てこの農場で取れた野菜ばかりだ。
 特にベジタリアンと言う訳では無いが、採れたての野菜は新鮮で瑞々しくて普通に美味い。
 生でもかぶりつける美味しい野菜だけに、その野菜で作られた料理が美味しくないはずがなかった。

 個人的には味噌と塩だけでも十分にオヤツとして食せそうだ。実際、地球の柾木家に居る時はよくやっていた。
 今でも、偶に屋敷でこっそりとやってるんだけどな。水穂が漬けた自家製の漬け物がまた美味いんだ。
 水穂の母親であるアイリの味は、謂わば正木家の味の源流とも言える味なので、とても懐かしく美味しい。まさにお袋の味だ。

「お兄様、少しよろしいですか?」
「ん? 何だ? 好き嫌いは良くないぞ。ちゃんとニンジンも残さず――」
「そうではありません! ちゃ、ちゃんとニンジンだって食べられます!」

 嘘は良くない。マリアの皿の隅に寄せられたニンジンの欠片を見て、俺は心の中でそう呟いた。
 好き嫌いを無くせ、とまで強要するつもりはないが、食わず嫌いは良くないというのが俺の考え方だ。
 ニンジンは甘くて美味しくて彩りも良い、栄養価が抜群の優れた野菜だ。どうにも好みが分かれる野菜の一つのようだが、最初から毛嫌いをせずに一度食べてみて欲しい。
 何も魎皇鬼みたいに生でかじりつけと言っている訳ではない。それはそれで美味しい野菜も沢山あるのだが、調理一つで素材の持ち味など幾らでも変わる。一度食べてみれば、好みが変わるという事が結構あったりする。
 俺も昔は発酵食品が苦手だったのだが、今では好物の一つになっているくらいだ。
 年齢を重ねる事に味覚が変わっていくなんて事もあるくらいだから、無理だと言わずに試して見る事をオススメしたい。

「こ、これでよろしいですわよね!」
「偉いぞ、マリア。頑張ったな」
「うっ……」

 皿の端に集めたニンジンを、目を瞑って一気に口の中に流し込むマリア。
 食べ方はあれだが、ちゃんと食べられたのだから褒めてやるのも大人の務めだ。
 子供は褒めて伸ばすというが、最近の大人は叱るところ、褒めるところを間違えている事が多い。
 俺も他人の家の事をとやかく言えるほど偉くはないが、そこは個性豊かな大家族に囲まれて育った身だ。

 ――幼女をこよなく愛する紳士として一言申したい!

 ああ、違った。子供好きだ。そこ、勘違いしないように。
 何度もしつこく念を押しているが、俺は単に小さくて可愛い物が好きというだけの話で、決して幼女趣味(ロリコン)と言う訳では無い。

「お兄様はそうやって、私の事を子供扱いばかり……いえ、話が脱線しましたわ」

 実際、十二なんて子供だろう?
 それに、マリアは俺にとって妹のような存在だ。好き嫌いがあれば、心配するのは当然の事だ。
 背伸びしたい年頃だしな。マリアの言いたい事は分からなくもないが、そこだけは譲れない。
 甘やかすのと褒めるのとでは、意味が大きく違うからな。

「話と言うのはユライト先生の事です」
「ユライトさんの事?」
「はい。お兄様のご判断ですから間違っているとは思えませんが、あの方はその……」

 ユライトの話をマリアに突然持ち出され、俺はどういう事かと首を傾げた。
 ユライトを屋敷に招いた事を言っているのだろうか?
 もしくは職員の派遣の件か?

「率直に言います。あの方を信用できるとお思いですか?」

 信用できるか、と俺に話すマリア。
 そう俺に訊くという事は、マリアはユライトの事を信じ切れていないという事だ。
 少なくとも何か不安を抱えているからこそ、俺にそんな事を訊いてきたのだと考えた。

(あっ、そうか。考えたら、うちって女所帯だもんな)

 商会ならまだしも、うちの屋敷に至っては俺を除いて働いている使用人全てが女性だ。
 これまで男は俺だけなので気にした事が無かったが、その点を考えると面識の薄い男性が家の中に入ってくるのだから、年頃の女性が不安を感じるのも無理はない。
 恐らくはそうした不安を抱えている女性達を代表して、こうしてマリアが俺に訊いてきているのだろう。

 それにユライトはあの見た目だ。イケメンは眺めている分には確かに良いかもしれないが、同時に女性の扱いに慣れてそうとか、女性関係が色々とありそうとか、警戒心を抱くに十分過ぎる懸念材料が頭の中に思い浮かぶ。
 しかも、あの人当たりの良さに気遣い出来る大人の余裕。歌舞伎町あたりでホストをすれば、あっと言う間に指名一番を取れそうな逸材だ。
 俺みたいに平凡な顔付きに生まれたのなら、そこまで警戒されなかっただろうが、哀れユライト。
 マリアにここまで警戒されるくらいだから、かなり問題は根深い。

(確かに不安材料一杯だな……)

 ユライト本人は決して悪くないのだが、そこは女性の言い分も尤もだと感じた。
 でも、マリアが心配するような悪い人物には見えない。あれが演技だとしたらかなりの役者だと思うが、ミツキの後輩だと言うしあのババルンの弟だ。
 俺としては身内の知り合いで、数少ない男友達の弟として友好的に接していきたいと考えていた。

「今は俺を信じて、様子を見てくれないかな?」
「様子を……ですか?」

 最初から疑っていては友好など築けない。ましてや、人を見た目だけで判断するような真似だけはしたくなかった。
 それを言うなら、ババルンの方がずっと怪しい。あれは知らない人なら、間違い無く第一印象でドン引きする強面だ。
 マリア達の不安も分かるが、ユライトの件は今直ぐにどうこうする事はやはり出来ない。
 本人は何も悪い事をしていないのに、見た目が不安と言うだけで『出て行ってください』では余りに不憫というものだ。

 こういった問題は時間が解決してくれる。
 何か問題があれば追い出せばいいだけの話で、彼女達の不安も時間の経過と共に少しずつ解消されていくだろうと考えていた。
 ユライトが侍従達にちょっかいを掛けなければ、何も問題は無いという事だ。

「俺の方でも注意して置くから、よろしく頼むよ」
「分かりました。お兄様がそこまで仰るのであれば……」

 マリアの心配は尤もなので、俺も年頃の娘を預かる身として注意だけはして置こうと心に決めた。
 多分大丈夫だとは思うが、うちの侍従達は美女揃いなので魔が差して、という事もあるかもしれない。
 男として、それは仕方の無い事だと俺は思うが、それでは彼女達の信用を得る事は出来ない。
 俺だって、そんな事でミツキの後輩を屋敷から追い出すような真似はしたくはない。ユライトが軟派な行為に走らないように、俺も目を光らせて置く必要はあると考えた。

(……イケメンってのも大変なんだな)

 平凡な顔に生まれた事を、今日ほど楽だと思った事は正直なかった。
 ただ、ユライトは警戒されて俺は警戒されていないという点に関して、喜んで良いのか悲しむべきなのか、男として微妙な葛藤を強いられる事になったのは語るまでもない。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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