【Side:太老】

「ようこそ、お越しくださいました。太老様」
「ご無沙汰しています。こちらこそ、お世話になります。マーヤさん」

 シトレイユに到着した俺達を出迎えてくれたのは、マーヤとヴァネッサ、それに城の近衛兵達だった。
 近衛兵を大勢連れてきたのはラシャラが一緒にいるからだろう。安全の面から考えれば当然の処置と言える。
 襲撃された報告は既に本国に行っているという話だったし、マーヤとヴァネッサも知っているはずだ。
 ラシャラは嫌がってたけど、さすがにあれだけの大騒ぎで知らせない訳にはいかなかったからな。どちらにせよ、バレるのは時間の問題だ。

「ラシャラ様とアンジェラが何やらご迷惑をお掛けしたようで……」
「お気になさらないでください。困った時はお互い様ですし」

 マーヤの機嫌を伺いながら、無難な返事をする。
 来賓である俺がマーヤに怒られるような事は無いと思うが、俺自身もマリエルに散々怒られてきたばかりだ。
 いつも通りに見えて、何やらプレッシャーのような物が滲み出ているマーヤの相手は出来る事なら勘弁願いたい。
 これは下手をすると、マリエル以上の凄みかもしれん。さすがは年の功。同じメイド長でも経験の差が妙実に現れていた。

「アンジェラ! 御主! 主君を裏切る気か!?」
(あるじ)なら(あるじ)らしくしてください。隠れてないで責任を取るのも上の者の務めですよ」
「主君を身を挺して護るのが臣下の務めであろう!?」
「時と場合によります」

 アンジェラに担がれてやってくるラシャラ。マーヤとヴァネッサの姿を見つけるなり、その抵抗は激しくなる。
 しかし慣れた物だ。そんな激しくジタバタともがくラシャラを逃げられないように確りと捕まえ、揺るぎない足並みでアンジェラは近衛兵へと近づいていく。

「放せ! 放すのじゃ!」

 そのまま近衛兵に引き渡されても、ジタバタと最後の悪あがきをしていたのだが――

「ラシャラ様、元気そうで何よりです。それだけ体力が有り余っていれば休息など必要ありませんね? 後ほど大切な話≠ェございますので、お部屋の方へ伺わせて頂きます」

 マーヤの一声で、『いや、それは……』とか細い声を漏らしながら、ラシャラは顔を真っ青にして大人しくなってしまった。
 国境警備隊との交渉の時は『さすがはシトレイユ皇国の次期国皇』と見直したものだが、マーヤに睨まれたラシャラには皇女としての威厳の欠片も感じられなかった。
 蛇に睨まれた蛙。母親に叱られて小さくなっている子供といった様子だ。
 さすがはラシャラの教育係。先々代の国皇から三代にわたって仕え、ラシャラの親代わりを務めてきただけの事はある。

「アンジェラ、あなたもですよ」
「……はい」

 主従共に陥落した。あのアンジェラも直接の上司で育ての親であるマーヤには敵わないようだ。
 やはりどこでもメイド長が最強の称号なのだと再確認した瞬間でもあった。
 マリエルも経験を更に積み、歳がいったらこうなるのかと思うと少し複雑な心境だったりする。
 樹雷女性もそうだけど、俺の周りってどうにも気の強い女性ばかりのような気がするんだよね。
 そんな強い女性達に振り回される前例である男性陣を数多く見てきているし、俺も例外に漏れない樹雷男子の一人なのかと思うと嫌になる。

(いや、諦めるのは早い! まだシンシアが居るじゃないか!)

 ――あの天使の微笑みがあれば、まだ俺は頑張れる!
 そんな微かな希望を胸に、自分に鞭を打つ。
 うん、きっと大丈夫さ。マリアやラシャラは手後れだけど、シンシアだけはきっと大丈夫なはずだ。きっと……大丈夫だといいな。
 あの天使の微笑みが失われるのは人類の大きな損失だと思うんだ。俺が小さい物や幼女が好きな理由も皆なら分かってくれるはずだ。
 無茶苦茶強くておっかない女性達に囲まれている俺にとって、唯一のオアシス、心の癒しなんだよ。彼女達は――





異世界の伝道師 第181話『気持ちの良いこと』
作者 193






「太老様、ご無沙汰しております。ここからは私がご案内させて頂きますね」
「ああ、うん。ヴァネッサさんも久し振り」

 ラシャラとアンジェラにはマーヤの教育フルコースが待っているので、城に着いた俺達の案内はヴァネッサがしてくれる事になった。
 彼女に会うのも随分と久し振りの事だ。アンジェラと同じくラシャラの従者の一人だが、人当たりが良くお茶目な性格のアンジェラとは対象的にクールで少し逞しいというか、実際護衛としての能力は彼女の方が随分と上だという話を以前にラシャラから聞かされた事があった。
 稼働時間の短さから聖機人にこそ乗れないものの剣や槍などの武器のエキスパートで、無手の格闘戦でもシトレイユトップクラスの実力を有しているそうだ。
 近衛兵は疎か、あのキャイアでさえ、白兵戦ではヴァネッサに手も足も出ないという話だった。
 アンジェラもトラップや毒のエキスパートという話だし、やはりどこでもメイドさんというのは世話係から護衛までなんでもこなす最強の職業のようだ。
 そしてアンジェラとヴァネッサ、どちらにも言える事だが百人男性が居れば百人が振り返ってもおかしくない美人だった。

 二人とも二十歳を過ぎているという話だが、ラシャラには残念ながらない大人の色香もそこはかとなく漂ってくる。俺の周りには余りいないタイプの女性だ。
 マリエルも残念ながら小柄な体型もあって、綺麗や美人と言うよりは可愛いって言った方が正しい感じだしな。
 コノヱやユキネも確かに美人ではあるが、大人の色香というには程遠い。まだ人生経験が足りてないって感じで、本人達に余裕が無い。
 水穂とフローラは除外させてくれ。人生経験も豊富で美人には違いないのだが、下手なコメントをすると俺の命に関わる問題に発展する。
 第一、フローラは未亡人とはいえ子供を持つ身だしな。年齢的にも――

「どうかされましたか?」
「いや、ちょっと悪寒がしただけだから……」

 ――ブルッ、と背筋を凄まじい悪寒が襲う。もはや呪いと言って良いほどのプレッシャーだ。
 ここには居ないはずなのに、そんなプレッシャーを与えてくるフローラの恐ろしさを再確認した気がした。
 絶対にあの人達の前で歳の話だけはしないようにしよう。まだ、人生を終わりにしたくないしな。

「夕食までまだ少し時間がありますが、如何なされますか?」
「うーん。部屋でゆっくりしたいかな?」
「では、先にお部屋の方へご案内差し上げますね」

 荷物の方は、既にうちの侍従達が城に運び入れてくれているそうだ。さすがに仕事が早いな。
 ヴァネッサも、その手際の良さを褒めていた。一流の侍従でもある彼女に褒められるくらいだから、やはりうちの侍従達の実力はかなりの物と思って良いようだ。
 まあ、水穂やマリエルが教育している訳だしな。当然といえば、当然なんだけど。

「ヴァネッサも、よかったら御茶していかない?」
「いえ、私はまだ仕事が残っていますので……。それにお邪魔しても悪いですし」

 部屋に案内してもらった御礼に御茶でも御馳走しようと思ったのだが、やんわりと断られてしまった。
 無理強いは良くないしな。その内、機会があったらまた誘って見ればいいか。
 でも、お邪魔≠チてどういう意味だ?
 マリエルの方を見てたみたいだけど……ああ、マリエルの仕事の邪魔になるかも、って事か。二人とも、真面目だよな。


   ◆


「久し振りだな。ここに来るのも」

 城にあてがわれた客室のベッドに横になりながら、俺はそう言葉を漏らした。
 以前にここに来たのは、シトレイユ皇の容態を確認するためだ。結局、事故で白ぬこのぬいぐるみに憑依したシトレイユ皇は元の身体に戻る事は出来なかった。
 水穂の診断ではアストラルラインに損傷が見られるため、普通に元の身体に戻ろうとすれば千年、第四世代の皇家の樹『(まつり)』の協力を得ても三十年は時間を要するという話だった。
 そのため、シトレイユ皇の身体は厳重にこの城の中で、水穂の用意した時間凍結ポッドに入れられて補完されている。元に戻る時に身体が無いのでは話にならないしな。
 とはいえ、本人はぬいぐるみになっても、いやぬいぐるみになってからの方が活き活きとしているような気がするくらい元気だったりする訳だが――

(心配したり同情する余地がないんだよな。あのおっさん)

 シトレイユの象徴に祭り上げられて、皇でなくなった今も権力を振るっているのだから侮れないオヤジだ。
 転んでもただでは起きない。さすがは大国の皇を務めた人物と言うべきか。その才覚と実力は侮れないものがあった。
 ラシャラ率いる皇族派の助けにはなっているという話なのでシトレイユ皇なりの親心なのかも知れないが、話に聞いている限りではとにかくやりたい放題だった。
 色々と目に余る過去の異世界人の所業と、それほどやっている事が変わらないような気もする。自分をモデルにした関連ぬこグッズも商会に作らせて販売しているそうだしな。

 ちなみに皇位は三日後にラシャラが正式に継承する事が決まっているので、現在の名前である『ケット・シー』もしくは『先代』と呼んだ方が紛らわしくなくて良い。
 普通に名前で呼べばいいじゃないか、って? いや、知らないのだ。
 オヤジの名前なんて気にした事も無かったし、シトレイユ皇で通じてたから不自由しなかったしな。
 周囲も皆、シトレイユ皇としか呼んで無かった訳だし、自己紹介の時もそうだったんじゃなかったっけ?
 それに今更過ぎる。もう『先代』で良いだろう。オヤジの名前を好きこのんで知りたい人なんて、そうはいないと思うしな。これもモブキャラの宿命という奴だ。

「太老様。御茶が入りました」
「ああ、もらうよ。ありがとう、マリエル」

 マリエルに入れてもらった御茶を口にして一息つく。
 うん、相変わらず美味いな。俺が自分で入れるとこうはいかない。ここは本職と素人の違いだ。
 マリアやユキネが入れてくれる御茶も美味しいのだが、マリエルのはまたひと味違うんだよな。でも、いつもの御茶と種類が違っていた。

「これ、シトレイユの?」
「はい。ヴァネッサ様に少し分けて頂いたので。ハヴォニワの御茶の方が宜しかったですか?」
「いや、これはこれで美味しいよ。こっちのクッキーにも良く合うし」
「そちらも、ヴァネッサ様がお作りになられたそうですよ?」
「へえ……」

 マリエルの言う『ハヴォニワの御茶』というのは、俺が普段よく飲んでいる煎茶や番茶、ほうじ茶と言った物だ。
 ハヴォニワにも紅茶はあるが、どちらかというと日本茶に近い物の方が慣れ親しんでいて、紅茶の産地としてはここシトレイユの方が有名だ。
 国によって特色が違うのは、召喚された異世界人の趣味趣向による物かどうかは今のところはっきりとしていない。
 だけど、たまに地球と錯覚するくらい似た文化や風習があるしな、この世界。ここ数百年の間に召喚が再開されるようになる以前も、先史文明時代から異世界人の召喚は行われていたという話が残っているし、どこかでこれらの文化が浸透した可能性も否定できない。異世界人は例外に漏れない有能な聖機師という話だし、権力を行使して色々とやっていても不思議ではないからな。

「そういえば、太老様はハヴォニワ茶の方がお好きでしたね」
「あれと似た物が、俺の故郷にもあるからね。そっちの方が慣れ親しんでるんだ」

 個人的に日本茶の方が好みではあるが、紅茶も嫌いでは無かった。御飯と一緒なら断然日本茶ではあるがな。
 後、ジュースと一緒に御飯を食べる奴とか、個人的には信じられないくらいだ。せめて水にしろ、水に。

「マリエルも疲れてるだろう? ゆっくりしてていいのに」
「いえ、私は大丈夫です。太老様のお世話が、本来の私の仕事ですので」

 ヴァネッサが世話係に城の侍従をつけると言ってくれたのだが、それをマリエルはそう言って断っていた。
 仕事熱心なのも良いが、こんな時くらい楽しても罰は当たらないと思うんだけどな。コノヱに負けず劣らずマリエルも強情だ。
 そういうコノヱもヴァネッサの案内で、戴冠式会場の警備の下見に向かっていた。
 会場周辺はシトレイユ軍が防備を固めている。外からの襲撃は心配する必要性は殆ど皆無なのだが、それだけでは安心できないらしく、『警護を万全な状態にするには事前の下調べが必要不可欠』と言って頑なに譲ろうとしなかった。

 まあ、あれだけ注意しておいたら同じようなヘマは二度としないだろう。そこまでコノヱも馬鹿ではない。
 実際、今も巫女装束を身に纏って任務に当たっている。あれでは忘れたくても忘れられないはずだ。
 マーヤやヴァネッサを含め、誰一人コノヱの格好について言及しようとしなかったのは、コノヱの無言の圧力もあったのだろうが、一番は彼女達の優しさだと俺は考えていた。

 あれは確かに尋ね難いしな。俺でも、彼女達の立場なら『なんでそんな格好をしてるんですか?』なんて尋ね難い。
 ちなみに明日の衣装は婦人警官だ。それでも俺のチョイスはまだマシな方だと思う。酷いのは侍従達の方だ。
 式典当日に女性聖機師の式典用衣装が似たような物だからって理由だけで、ぬこ耳と尻尾、更に旧スクール水着のセットを指定してきた侍従達の容赦の無さには正直感動≠オたくらいだった。
 あれ、絶対に楽しんで選んでたよな。

「無理はしないでくれよ」
「はい」

 とはいえ、マリエルは大丈夫と言ってはいるが、どことなく疲れが溜まっている様子が窺える。
 まともに休みも取っていないみたいだしな。今度、強制的に休みを取らせた方が良さそうだ。
 そこがマリエルの欠点とも言うべき点だ。仕事熱心なのも良いけど、もう少し余裕を持って仕事をしても良いと思うんだけどな。休める時に休む事も仕事の内なのに。
 うん、決めた。時間も余ってて、丁度良い機会だしな。

「マリエル、こっちに来なよ」
「……え?」

 そう言ってベッドをポンポンと二回叩いて、マリエルに横になるように促す。

「こう見えて、結構上手いんだぜ。遠慮しなくていいから」
「い、いえ! そう言う事ではなくて……。こ、ここでですか?」

 何だか歯切れの悪いマリエル。いや、ここだから都合が良いんだけどな。
 さすがにマリエルも城の仕事を勝手に手伝う訳にもいかないだろうし、今なら公務や商会の仕事に追われる事も無い。
 だから、俺の傍でこうして世話を焼ける時間がある訳だ。時間に余裕がある今が一番都合が良かった。

「ヴァネッサも邪魔にならないようにって気を利かせてくれたし、それなら恥ずかしくないだろう?」
「そ、それはそうですが……ううぅ」

 顔を真っ赤にして俯いてしまうマリエル。そんなに恥ずかしい事だろうか?
 ああ、メイド長としての立場を気にしているのかも知れないな。
 でも、ここには他の侍従達も居ないし俺とマリエルだけだ。それは心配し過ぎというものだ。

「大丈夫だよ。俺からは誰にも話さないし、扉も分厚いから少々声をだしても外に音は漏れないと思うぞ」

 それなら安心だろう、とマリエルにベッドに横になるように促す。

「大丈夫。痛くしないから、直ぐに気持ちよくなるよ」
「……はい。その、不束者ですがよろしくお願いします」

 ようやく観念したのか、こちらが畏まってしまうくらい丁寧に頭を下げて、マリエルはベッドに横になった。
 そんなに緊張しなくて良いのにな。たかがマッサージ≠ュらいで。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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