異世界の伝道師を読んでいた方が楽しめますし、読んでないと理解できない箇所があります。
一応知らなくても読めるように心掛けてはいますが、あらかじめ御了承の上ご覧ください。
尚、主人公はあくまで織斑一夏くん。主人公視点と三人称で物語は進行します。
――守るって言葉は、守れる強さのある奴が言う台詞だよ
彼女は、俺にそう言った。
自他共に認める『稀代の天才』ウサミミの科学者に、自称『宇宙一の天才』カニ頭の科学者。
コスプレが流行っているのか? 変な頭がトレードマークなのか?
科学者という人種は変人揃いらしい。偉い人は言った。変人と天才は紙一重だと。
先程の台詞は三年前、突然俺の前に現れたカニ頭の科学者が俺に言った台詞だ。
第一声が「実験動物にならない?」だぜ? 冗談はヘアースタイルだけにして欲しいと心の底から思ったくらいだ。結局半ば無理矢理拉致され、選択肢はなかったわけだが……今となってはそれほど後悔していない。冷静に考えると、あれでよかったとさえ、今となっては思っていた。
少なくとも、あの時あの人に言われたように、俺は弱かった。
家族どころか、自分の身さえ守る事が出来ないほどに弱く、半人前だった。
「何故ですの!? 何故当たりませんの!? あなたは、あなたは一体!」
それから三年。俺も十五になり、少しは逞しくなった。
青い光が雨のように頭上に降り注ぐ。三百六十度、様々な方位から正確に撃ち込まれる弾幕の嵐。俺はその光をかいくぐり、射撃の主に向かって最短のルート≠ナ距離を詰める。
以前の俺なら、こんなことは出来なかった。
でも、今なら見える。理解出来る。初めての実戦と思えないほど身体が動く。馴染む。俺の世界が広がっていく。
「おおおおっ!」
「くっ……!」
青と白、ふたつの光が交錯する。
白光と爆風により照らし出された眩い装甲が、光に溶け込むように世界を白く染め上げた。
インフィニット・ストラトス――通称IS。
宇宙空間での活動を想定して、日本で開発されたマルチフォーム・スーツ。所謂、飛行パワードスーツ。強化外骨格などと呼ばれるアレだ。
ただ、その性能は従来の物と一線を画す。戦闘機や戦車と言った現代兵器を遥かに凌駕する圧倒的なスペックと高い汎用性能。ミサイルと言った質量兵器を無効化する強力なバリア。それらの機能すら、ISの性能を表現する一部にしか過ぎない。
ISに対抗できるのはISだけ。現代兵器では対抗できない。
そのことを人々はある事件を切っ掛けに嫌と言うほど知らしめられ……世界は激変した。
諸外国はISの性能に危機感を募らせ、即座に条約を制定。軍事利用の禁止や情報開示と共有が条約に盛り込まれ、日本を中心に急速なISの普及へと時代は動き出した。
現在では本来の目的であった宇宙進出からは遠のいた物へと変化を遂げ、各国の思惑によりスポーツへと落ち着いている。一時期ずっとテレビや新聞で騒がれていたニュースだ。子供から年寄りまで皆知っている一般常識。ISがもたらした衝撃と影響はそれほどに大きかった。
だが、この絶対兵器とも言えるISにも欠点があった。
男には使えない。ISの中心に使われているコアは女にしか反応しない。女性専用の兵器。
そう、男には使えないはずだった。
だが、俺が今身に纏っている白い鎧≠ヘ間違い無くISだ。
三年前ある事件に巻き込まれた俺は、その事件を切っ掛けに世界で唯一ISに乗れる男として有名になった。
――どうして俺がISに乗れるのか?
女にしか反応しないはずのISが何故、俺に反応したのかはわからない。
ただあの日、俺織斑一夏≠フ運命が大きく変わったことだけは間違いなかった。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第1話『織斑一夏』
作者 193
――話は一ヶ月ほど前に遡る。
三年前より、ずっとお世話になっている研究所――正木工房。
その工房の持ち主でありスポンサーでもある正木グループは、六年前に開かれたISの世界大会、第一回『モンド・グロッソ』を境に、その独創性と他の追従を許さない技術力で世界を驚かせ、誰もが知るトップメーカーへと躍り出た世界最大のISメーカーだ。
ISの開発者にして世界で最も有名な科学者。現在消息不明で、世界中の国や組織から指名手配中のウサミミマッドサイエンティスト。昔からの付き合いで、俺も顔見知りの変な人。その変人こと篠ノ之束に匹敵する天才とまで言われている人が、この会社の代表にして工房の責任者――正木太老さんだ。
もっとも、俺も彼には数えるほどしかあったことがない。何かと忙しい人らしく、この会社や工房も殆ど人任せで余り顔を見ない。文字通り、世界中を飛び回っている≠ニ周囲からは聞かされていた。
一つだけ言えることは、束さん以上の変態……いや、変人ということだ。
「はあはあ……」
「お疲れ様。今日はこのくらいにしとこうか?」
「あ、ありがとうございました」
スーハーとゆっくり深呼吸して息を整える。
先程まで森のなかだった場所は、一瞬にして真っ白な部屋へと変わる。この訓練室の光景は見慣れたものではあるが、仕組みがどうなっているかとか、専門的なことはさっぱりわからなかった。
これも太老さんが開発した最先端技術らしい。正式名称は『虎の穴』とか言うそうだが、正直な話、訓練シミュレーターと言うよりは拷問設備と言った方が正しい気がする。
この三年間、毎日のようにここで訓練をさせられてきた。
目の前の鬼教官。いや、そんな表現すら生温い最凶最悪の幼女にいたぶられる毎日は、冗談抜きで地獄のような日々だった。
「……今、失礼なことを考えてなかった?」
「いえ! 微塵も考えてません!」
ここで下手なことを言ったら確実に殺される。彼女の座右の銘は『有言実行』。それに冗談が大嫌いだとか。胸や身長など、身体的特徴を指摘した瞬間、俺の身体は木っ端微塵だ。『汚い花火だ』と言わんばかりに跡形もなく、粉々に身体が吹き飛ぶことは間違い無い。
パッと見た感じ、年の頃は八歳ほど。少し癖のある膝下まで届く長い栗色の髪。猫のように左右が釣り上がった大きな瞳。アンティーク人形のように整った顔立ちと小さな身体。美少女と言っても過言では無い。
平田桜花、それが彼女の名前。太老さんの関係者にして、婚約者だと言うのだから驚きだ。
更に驚く事に、こんなに小さくても俺よりずっと年上らしい。とてもじゃないが信じられない話だ。
だけど嘘を言っているようにも思えない。それに確かめる術がないのも事実だった。
実年齢は知らないけど、年齢を尋ねた瞬間に俺はきっとこの世にいないだろう。確かめようとするのも危険だ。火薬庫に火種を持って飛び込むより危険かもしれない。さすがにこの歳で、自殺行為をするつもりはなかった。
「来週からIS学園だったわね」
「はい」
そう、来週から俺は特殊国立高等学校――IS学園に通うことが決まっていた。
IS運用協定――通称アラスカ条約に基づいて日本に作られた世界唯一のIS操縦者育成機関。
言ってみればその条約は、軍事転用が可能なISの取り引きを規制し、運用を厳しく取り締まるためのもので、開発当初ISの技術を独占的に保有していた日本への情報開示と、その技術の共有を求めた協定のことだ。
ようは、日本に技術を独占させておくのは危険過ぎるとして各国が声を上げ、日本に技術の公開を迫り、その混乱によって生じた事態を収拾させるために人材管理と育成のための専門機関を日本に作れと言ってきたのがはじまり。IS学園の成り立ちと言う訳だ。
勿論、それに掛かる諸経費や学園の運営費は日本持ち。更には条約で技術の共有と開示が義務付けられているため、日本は条約加盟国が不利にならないように配慮し、全ての参加国に対し学ぶ機会を与え、平等に対応しなければいけない。
来るモノ拒まずと言うよりは、拒めないと言った方が正しい条約だった。
外交が弱い弱いとは昔から言われていたが、『これでいいのか? 日本』と心配になるくらい無茶苦茶な要求を呑まされたものだと今になっても思う。
某A国がヤクザなのか? 日本の立場が弱すぎるのか?
何れにしても日本の未来を危ぶみ悲しくなる話だった。
当然そんな主旨で作られた学園だから、世界中からIS操縦者を目指す若者が集まる。
そのため学園は全寮制。ISが女にしか使えないということもあって、学園に通う生徒・教職員の全てが女性という所謂女子校状態。それを差し引いても、ISの影響で女尊男卑と言われる社会風潮の中、女の園に男がひとりと言う状況は想像するに辛い。
しかし、この地獄のような訓練から逃れられると思うと、俺にとってはそれだけで飛びつきたくなるような話でもあった。
IS操縦者になるための厳しい訓練が待っている学校という話だが、ここでの訓練に比べたら遥かにマシなはずだ。ここ以上に厳しい生活など全く想像が出来ない。
それに何れにしても、俺が置かれている立場では普通の高校に通えるはずもなく、選択肢など最初からないに等しかった。
それに今の生活も、それほど悪く無い。訓練は厳しいし、定期的なデータ取りなんかはあるが、一応企業所属ということで給料がでるだけマシだ。
IS学園は国立。学費は全て国がだしてくれるので無料。顔も知らない両親の代わりに、女手一つでここまで育ててくれた姉を楽させてやれると思えば悪い話ではない。
中学を卒業後は働きにでるくらいの気持ちでいたので、それを考えれば学園在籍中も給料を出してくれると言う話だし、これほどの好条件は他に無い。就職先が決まっているというだけでも幸せと思うべきだ。
「嬉しそうね。まあ、いいけど……」
顔に出ていたようだ。気を付けよう。
「教えられることは全部この三年間で叩き込んだわ。ここに来た当初に比べれば、随分と強くなってる。自信を持っていいわよ」
「今一つ実感がないんだけど……結局、一撃も入れられないままだし」
「それは無理よ。私に一撃を入れるなんて百年早いわ。そんなことが出来る普通の人間≠ェいたら、そっちの方が驚きよ。まあ、ひとり例外がいたか……」
例外というのは織斑千冬――俺の姉のことだ。
あの当時は千冬姉よりも強い人が居たというのに驚いたが、今となってはISを生身で圧倒する力を持つ彼女に一撃を入れられた千冬姉が、どれだけ人間離れしているかよくわかる。
はっきり言って、天地がひっくり返っても俺には無理だ。男としては情けない話だが、無理なモノは無理。見栄を張っても仕方が無い。少なくともまだ人間をやめたつもりは全く無いしな。俺は出来ない事は出来ないと、はっきり言える男だ。
とはいえ、そんなわけだから強くなったと言われても実感が湧かなかった。
彼女以外にも何人か訓練に付き合ってくれた人はいたけど、ここに居る人達はその殆どが千冬姉を魔改造したような無茶苦茶な人達ばかりだ。
自慢じゃないが一度として勝てた事はない。それどころか一撃すら入れられず、生き残ることで精一杯の毎日だった。
(俺……よく生きてたな)
生きてるって喜びを、命の大切さを学んだ気がする。ほんと、生きててよかった。
◆
人気の無い薄暗いコンピューター室。無数の機械が並び、空間モニターが浮かび上がる。
『来週から学園か。悪いな。全部そっちに任せちゃって』
「鷲羽お姉ちゃんの言い付けだし……自業自得だしね。お兄ちゃん、そっちはどう?」
『こっちは相変わらずかな? 書類に埋もれたり、海賊に襲われたり……あと、味方に寝込みを襲われそうになったり……』
「……それって天女お姉ちゃん?」
『いや、女官達。逃げても人海戦術を駆使して追い詰めてくるから質が悪くて……』
桜花と会話しているモニターの向こうの男こそ、正木グループ総帥にして篠ノ之束に匹敵する天才と言われている科学者、正木太老。ぼさぼさとした黒髪に冴えない感じの男ではあるが、こう見えて噂に恥じない……いや、それ以上に有名かつ有能な男だった。
彼にとって大企業の総帥≠ニいう顔は、幾つも持つ顔の一つに過ぎない。これほどの大会社すら、彼にとっては副業のようなものだった。
滅多に会社に顔を出さず、その殆どを代理人に任せているのも、本業が多忙であるが故。大企業の総帥という椅子すら霞んで見える別の顔≠持っているのだから当然だ。
もっとも、その事を知っているのは、ここに居る桜花や企業でも中核を担う一部の人間だけだった。
「ううっ……。もう、さっさと片付けて帰りたい。いっそ、龍皇を使っちゃダメ?」
『……世界征服でもする気か? それに例の物≠フ所在もわかってないのに』
「でも、みんなばかり狡い! お兄ちゃんも全然こっちに顔をだしてくれないし!」
『はあ……わかった。今度暇を作ってそっちに行くから、今は我慢してくれ』
駄々を捏ねる姿は年相応ではあるが、こうみえて彼女は見た目の何倍もの歳月を生きていた。
これでも実年齢で言えば、太老より年上。『お兄ちゃん』と呼んでおきながら実際はお姉さんなのだから、この世界は何があるかわからない。
太老とデートの約束をして、どうにか機嫌を持ち直す桜花。最近太老に会えないことで、そのストレスを訓練で発散しているなどと、被害者の一夏は知る由もなかった。
まあ、その分鍛えられてはいるのだが、一夏にしてみればこれほど迷惑な話はないだろう。
そもそも一夏が正木グループに保護されたのも、三年前にISに乗れることが発覚したことを発端とする。先程桜花が『自業自得』と言ったように、一夏は彼等から『身内のしでかした不始末の責任を取るため』と保護された説明を受けていた。
その理由までは知らされていなかったが、正木グループの後ろ盾がなければ、どこかの国や組織の実験動物として研究所に軟禁される生活が待っていたかもしれないので、少なくとも無事に中学を卒業できたのは、彼等の後ろ盾があったからだと一夏は感謝していた。
今回、IS学園に入学が決まったのも、外部からの干渉を防げる適当な高校が、そこ以外になかったからというところが要因として大きかった。
IS学園は、あらゆる国家機関に属さず干渉されない一種の治外法権地帯だ。
勿論、様々な国からIS操縦者になるべく生徒が送り込まれ、それぞれの国の思惑が左右する以上、全く干渉されないということはないのだが、それでも普通の高校に通わせるよりはずっと安全な場所だった。
一夏を保護し鍛えたのも、そうした理由から来るところが大きい。
勿論、一夏自身がそれを望んだからというのもあるが、これから彼の前に待ち受ける苦難や障害を考えれば、力が必要となるのは必至。それに『大切な人を、家族を守る』と言った彼の理想を現実にするには、困難に打ち勝つ強い力が必要不可欠だった。
「でも、なんでこんな面倒臭いことをするの?」
『その世界のことは出来る限り、その世界の住人に頑張ってもらおうってことらしいけど、本音はあの人達の楽しみかな?』
「ああ……そう言えば、『一夏くん観察日記』って映像記録の鑑賞会に誘われた記憶が」
『一応RPGで言えば、強くてニューゲーム状態まで叩き込んだわけだし、俺の時に比べたら難易度もかなり楽な方だと思うし大丈夫だろう。多分』
「お兄ちゃんと比べるのはどうかと思うけど……」
全宇宙。いや、全ての世界で一番非常識な人と比べるのはどうかと桜花は思った。
それでは幾ら何でも一夏が可哀想だ。男で唯一ISを動かせる特殊な才能があると言うだけで、それ以外は平均的な普通の男子に過ぎない一夏と、片やあらゆるフラグの起点となり世界を改変するほどの力を持つ『確率の天才』とでは、比べるべきところが違う。
もっとも一夏も、ある一点に限って言えば、太老とよく似たところを持っていた。
『でも、女の園に男子生徒がひとりか。彼も苦労するな』
感傷に浸り、しみじみと語る太老。人生の先輩として似た境遇を持つ同志として、太老は一夏のこれからの生活を思うと同情せずにはいられなかった。
ここを出て学園に行ったら解放されるのではない。本当の地獄がこれからはじまるのだ。
何の説明もなく異世界に飛ばされることに比べたら、女生徒ばかりの学園に通うことくらいなんでもないように思えるかもしれないが、実際はそれが一番大変なことだ。
捕まったら最後。逃げることなど出来ない。
最大の難敵は乙女≠ナあることを、太老はよく理解していた。これも経験の賜だ。
『陰ながら助けてやってくれ。心の友を』
だからこそ、彼の道行く先に幸運があることを切に願う。
先人として一夏の未来を憂う太老だった。
……TO BE CONTINUED
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