アリーナの空を埋め尽くす光。それはすべて、ラファール・レーヌが展開した装備。
 無数の重火器が火を噴き、次の瞬間――耳を突き抜ける爆音と共に、弾丸・砲弾の雨が地表に降り注ぐ。

「くっ――これじゃあ、避けるだけで精一杯だ」

 しかし、それでもやるしかない。シャルルを助けると決めたのだから――。
 これが終わったら打ち明けると言ったシャルルの秘密を、まだ俺は聞いていない。
 秘密を打ち明けたいと話した時のシャルルの表情が、今もはっきりと目に焼き付いて頭を離れなかった。
 時々、学園でも見せていた寂しげな表情。どこか不安と悲しみに満ちた瞳。シャルルはずっと何かを隠し、ひとりで苦しんでいた。
 それに気付いていながら、俺はシャルルに何もしてやれなかった。そんな自分が凄く情けなくて……悔しい。
 友達だなんだ言っていたくせに、俺はその友達の悩みすら聞いてやれなかった。
 こうなった原因の一端は俺にもある。もっと俺が早く、気付いてやれていれば――。

「こんなところで、シャルルを死なせてたまるか!」

 時間が無い。一か八かで俺は銃弾の雨に飛び込み、光の中心点に向かって加速する。そこにシャルルがいる。
 零落白夜は残り一回しか使えない。瞬時加速は使用不可。いや、防御に回す分のエネルギーをそちらに割けば、あと一回くらいは使えるはずだ。
 全エネルギーを使い果たした後のことなんて考えている余裕はない。どちらにせよ、今の状態なら一発でも食らえば即リタイア。背水の陣だ。
 ――シャルルを助ける。そのことだけに意識を集中しろ。

(白式――お願いだ。シャルルを助けるために、俺に力を貸してくれ)

 空に向かって加速する白式に無数の弾丸が迫る。刹那――その時だった。

「これは……」

 白式に迫る無数の弾が、まるで時が静止したかのようにピタリと動きを止めた。
 シュヴァルツェア・レーゲンの慣性停止結界――AICだ。

 白式の視覚ディスプレイの向こうには、肩で息をし苦しげな表情を浮かべながらも、弾丸の雨に意識を集中するラウラの姿があった。
 眼帯を外した左眼には金色の瞳が見える。赤と金のオッドアイ。ディスプレイ越しに見たラウラの眼は、思わず吸い込まれそうになるくらい――綺麗だった。

 次の瞬間、俺はラウラの意図を感じ取り、考えるよりも先に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を起動していた。

 既にシールドエネルギーの残量は尽き、機体が限界に達しているのはラウラも同じ。
 それを承知の上で、彼女が命懸けで作ってくれた時間を無駄にするわけにはいかない。
 これが最初で最後のチャンス。これで決められなかったら、男じゃない。

「おおおおっ!」

 異形な姿に変貌を遂げたラファール・レーヌへと、雪片弐型を構え突撃する。
 AICで止めきれなかった弾丸が白式へと迫り、その真っ白な装甲を貫く。白い破片が地表へと弾き飛ばされた。
 だが、止まれない。止まらない。
 この一撃――これがシャルルを救える唯一の希望だからだ。

「シャルル――ッ!」

 間合いを詰めた瞬間、横一閃――雪片弐型を力一杯に振るう。
 零落白夜の光が、ラファール・レーヌのバリアを切り裂いた。しかし――
 オレンジ色の膜が破れ、シャルルの左腕と思しき白い肌が露出する。だが浅い――本体はまだ残っていた。

「まだだああっ――」

 すぐに刀を返し、俺は残りのエネルギーすべてを雪片弐型に籠め、落下の重力に身を任せるままに刀を振り下ろす。
 エネルギーは既に限界。蓄積されたダメージと無理な機動の影響で機体は空中分解寸前。
 状態を告げる警報(アラート)操縦者生命危険域(デッドゾーン)へと到達していた。

「帰って来い、シャルル!」

 だが、そんな状況でも敵は遠慮なんてしてくれない。刃を向け、俺の動きに反応していた。
 最後の悪あがきとばかりに、右腕に展開したブレードを横凪に振るうラファール・レーヌ。
 相手の方が早い。プラズマの熱を帯びた刃は、真っ直ぐに俺の胸へと向けられていた。
 今の状態であの一撃を食らえば俺もただではすまない。下手をすれば一撃であの世行きだ。
 だからと言って、ここまできて諦めるつもりはない。シャルルを絶対に助ける。そう心に決めたんだ。
 だから――

「あたれえええっ!」

 俺は相打ちを覚悟に、そのまま刀を振り下ろした。
 額から腰に掛け、縦に一筋の光が入る。二つに切り裂かれるラファール・レーヌの装甲。
 一方――敵の攻撃が、俺の身体を捉えることはなかった。

「なんで――」

 破片を撒き散らし、空中で分解する白式。同時にオレンジ色の膜が破れるように弾け飛ぶ。
 そこから覗くシャルルの顔。その視線と左手は、空を舞う銀色のブレスレット≠ヨと向けられていた。

(あれは……はは、そういうことか)

 あれは俺が買って、シャルルにプレゼントしたブレスレットだった。
 あのブレスレットがラファール・レーヌの――シャルルの判断を僅かに鈍らせたのだと俺は気付く。

(今度は、もっと良い物をプレゼントしてやらないとな……)

 あんな安物をこんな時まで大切に持っていてくれたシャルルに、俺は感謝した。
 結果、最後の最後でシャルルに命を助けられたわけだ。

「でも……さすがに、きついな……」

 遠のいていく意識のなか、重力に身を任せるままに、地表へ向けて落下していく。
 さすがに今の状態で地面に叩き付けられれば、俺もただでは済まないだろう。下手をすれば白式と一緒に挽肉(ミンチ)だ。
 だからと言って、もうどうすることも出来ない。指一本、(まぶた)を開く力も残ってない。白式もスラスター翼は折れ、装甲はひび割れ、何一つ状態のいいところはない。エネルギーが限界に達しているというのに量子化していないのは、操縦者の生命維持を優先して保護機能が働いているからだろう。機能停止寸前と言ったところだ。
 さっきからずっとエラーを告げる警報(アラート)が耳元で鳴り響いていた。

 ――シャルル大丈夫かな。

 同じように落下しているであろうシャルルのことが心配になる。
 でも、多分大丈夫だ。俺には、俺達には仲間が居る。頼りになる仲間が――。
 きっと箒かラウラが拾ってくれる。そう、俺は確信して闇の中に意識を溶かしていく。

「全く……いつも、お前は無茶をする」

 ドサ! 誰かに受け止められた。その感触を最後に、俺は意識を閉ざす。
 最後に聞こえてきたのは、俺のよく知る幼馴染みの声だった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第23話『オリジナル』
作者 193






「関係者全員、怪我を治療して保健室に運んでおいたよ。一夏はまだお休み中。シャルロットお姉ちゃんは一夏に付き添ってる。箒お姉ちゃんとラウラお姉ちゃんは今頃、千冬お姉ちゃんのところじゃないかな? 調書を取りたいって呼び出されてたみたいだから」
「お疲れ様。それじゃあ、帰るか。面倒事に巻き込まれる前に」

 正門へと続く街路樹を並んで歩く太老と桜花。
 心なしか学園にきた時よりも、その足取りは軽くなっていた。
 胸の奥につかえていた問題が一つではあったが、取り除く事が出来たからだ。

「千冬さんも大変だな」
「元凶のお兄ちゃんが言うと、きっと千冬お姉ちゃん怒ると思うけどね」
「いや、あれは俺が悪い訳じゃ……」
「でも、トーナメントが中止になった事実は変わりないよね?」
「そこはなあ……」

 すべて太老の責任とは桜花も思ってない。デュノア社の一件など、実際にやるべきことはやっている。それは桜花も理解しているが、学園に降りかかった災難の方は別問題だった。
 事情を知らない、知らされていないIS学園の末端にいる教員が、その最たる例だ。
 トーナメントの中止や、その原因となった事件の書類作成に委員会への報告。今頃は学園の教員が総出で、関係各所への対応に追われているはずだ。
 折角準備を進めてきた行事が徒労に終わり、予定にない仕事が大量に降ってわいた当事者達にとっては、これほど災難な話はない。
 生徒達も、特に三年生は将来が掛かった大事な行事だっただけに、トーナメントの中止は大きな波紋を呼んでいた。

「代表候補生はまだいいけど、一般生徒はなあ……」
「何も知らない教員も可哀想かな。でも、仕方のないことだけどね」

 一回戦だけは、一学期の評価試験のために後日行われるそうだが、トーナメントが中止になった事実に変わりは無い。その点に関しては、太老も悪かったという自覚はあった。
 ただまあ桜花の言うように、どうしようもなかったというのは事実だ。
 デュノア社の問題に関しては、太老達だけの責任とは言えない。他に方法がなかったわけではないが、太老達にも優先すべき目的がある以上、学園の事情に配慮出来ないこともある。今回の件がその一つということだ。

「お詫びくらいは考えておくか」

 正木が関与していた事実には、殆どの教員や生徒は気付いていない。
 黙っていればわからないというのに、そうしたところは律儀な男だった。

「あれ? そう言えば、蘭ちゃんは?」
「今日は、こっちに泊まるって。楯無お姉ちゃんに捕まったみたい。今頃は大会の憂さ晴らしとばかりに、悪巧みにでも付き合わされてるんじゃないかな?」
「ああ、トーナメント中止になったしな。彼女、本気で一夏の本妻を狙ってたんだ」
「大人気ないよね。一夏には不幸中の幸いだったかな?」
「早いか遅いかの違いでしかないと思うけどな……」

 一夏の将来を考えると、結局は同じところに落ち着くのが目に見えている。
 太老には、その未来が手に取るように理解出来た。自身が経験者だから尚更だ。
 それだけに、若干その言葉には同情の色が混じっていた。
 桜花もそれを知ってか知らずか、太老のため息を見て苦笑を漏らす。

「でも、一夏が失敗した時はどうするつもりだったの?」
「そのために蘭ちゃんを連れてきたんだし、最悪の場合は俺が飛び出すつもりだったしな。その辺りは抜かりないよ」
「お兄ちゃんがでると後始末が大変なんだけど……」

 一番最悪の事態が回避出来たことに、桜花はほっと胸を撫で下ろした。
 太老が直接介入することを考えると、まだ一夏の方が遥かにマシとわかっているからだ。
 ずっと再訓練のことを考えていた桜花だったが、それもあって取りやめることにした。
 辛勝ではあったが太老の出番を阻止した功績を考慮して、今回だけは見逃してあげようと思ったからだ。
 一夏にとっては二重の意味で、まさしく『不幸中の幸い』となっていた。

「それに白式なら暴走を止められることはわかってたし、一夏ならやれると信じてたさ」

 暴走により形状が変化したラファール・レーヌの外郭は、エネルギーの塊のようなもの。
 それを零落白夜のエネルギー無効化攻撃で破壊することで、外郭に蓄積された余剰エネルギーを消滅させ、爆発を食い止めることが出来ることまで太老は計算に入れていた。
 白式と一夏の力なら、操縦者を傷つけずに助け出せると考えての判断だ。
 勿論、蘭を向かわせたり、最悪の場合は自ら打って出るつもりで保険は整えてあったが、一夏に任せたのは彼を信用してのことだった。

「シュヴァルツェア・レーゲンに隠されてたVTシステムがあらかじめ解除してあったのも、お兄ちゃんの仕業だよね?」

 VTシステム――正式名称『ヴァルキリー・トレース・システム』とは、その名が示す通りモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムのことだ。
 だがこのシステムには、起動すると同時に操縦者のコントロールから離れ、必ず暴走するといった重大な欠陥があった。
 そのため現在では、アラスカ条約により、ありとあらゆる国家・組織・企業において研究・開発・使用のすべてが禁止されている危険な技術だ。
 そうした事情から太老は、以前ラウラが正木ビルを訪れた際、シュヴァルツェア・レーゲンのシステムをクラッキングして、VTシステムのプログラムを別のモノ≠ヨと書き換え、ある仕掛けを施していた。
 その密かに仕掛けられたトラップとは、絶対に回避も防御も不可能な史上最悪のウイルスプログラム。VTシステムなんてものを用いた愚か者達を、手っ取り早く粛正する太老最大の切り札。その名も『青いZZZ(トリプルゼット)』――今から三日ほど前、ドイツのとある研究所が正体不明のクラッキング攻撃により、この世界からひっそりと姿を消した。

  ――その原因となったものだ。

 研究所消滅の動きに連動するかのように、一昨日からドイツの政府高官や軍の情報部が、顔を真っ青にして慌てる情報が、次々にネットを介して世界中に流出。IS学園の騒ぎの裏で、後に『青い悪夢』と歴史に記されることになる大事件が起こっていた。
 ドイツはこの事態を重く見て、情報機関総出で事態の収拾にあたったが、その効果は全く無し。事態は悪化の一途を辿るばかりだった。
 最悪、条約加盟国からの除名に権利剥奪。コアの没収などと言う事態に発展すれば、国防に関わる重大な問題となる。それだけに、これだけの騒ぎに発展し証拠が揃っている以上、ドイツもIS委員会の要求を呑まざるを得ない苦しい内情があった。
 フランスにしても今回の騒ぎは、IS学園で起こった事件やデュノア社の問題から世論の眼を遠ざける絶好の機会となる。結果、条約で禁止された違法研究や開発に携わった関係者を守る者は、誰一人いなかった。
 そうした各国の思惑と事情が絡み合うなか昨日、ドイツに委員会の査察が入り、今回の件に関わっていた政治家・軍人・科学者の多くが逮捕される結果に――。
 ネットで情報が出回っている以上、世論を抑えることは不可能。マスコミを通してテレビや新聞で取り上げられるのも、時間の問題となっていた。

 この状況を作りあげたのは、今更言うまでも無く、この男――正木太老だ。
 それも、美少女を守るため――とかいう理由で国防の危機に直面させられているのだから、これほど当事者達にとってふざけた話はない。だが、太老は大真面目だった。
 敵には一切の容赦がないが、身内には甘い。特に幼女や美少女には特に甘い。
 どこかの国のバカな連中がどうなろうと、太老にとってはどうでもいいこと。天秤にかけるまでもない、極当たり前の回答だった。

「ラファール・レーヌに搭載されてた方は、どうにもならなかったけどな。相手に動きを悟られるわけにはいかなかったし……」

 そっちも同じように片付けられれば楽だったのに、と太老は愚痴を漏らす。
 ラファール・レーヌには、VTシステムのプログラムを改変して作った『自壊プログラム』が搭載されていた。
 暴走(オーバーロード)させることで操縦者と機体を処分するだけでなく、目撃者全員の口を封じようというものだ。あのまま放置していれば、遮蔽シールドを貫通し、アリーナを半壊させるほどの爆発が起こっていた。
 これも書庫機能(アーカイバ・システム)と同様に、工房から流出したオリジナルから転用された技術を用いたものだ。
 だが、それを事前に解除すればシャルルの正体に気付いていると言うことが、相手に気付かれてしまう。フランス政府との交渉や、支部設立に必要な関係各所への根回しが済むまでは、相手にそのことを悟られるわけにはいかなかった。
 それも、デュノア社が手に入れた『オリジナル』の一つを回収するという目的があったからだ。
 そしてそれは今回の件で、一つだけではあるが無事に回収することに成功した。
 空間圧縮技術を用いた正木工房の流出品。太老があちらの世界≠ナ過去に作った工房のアイテムだ。

「一夏の見せ場を奪うわけにもいかなかったんで、どちらにしても何も出来なかったんだけど」

 一夏の見せ場を奪うわけにはいかないと言うのも、太老の本音だった。
 ただその本音とは、色々な事情と思惑が隠れている言葉でもあった。
 建て前と本音のふたつを察し、桜花はフウとため息を漏らす。手段を選ばないのであれば、太老の能力ならもっと色々とやり方はあったはず。それをこんな面倒臭い方法を取ったのは、やはり一夏達の存在が大きいからだと桜花は考えていた。
 身内に甘いのは、昔も今も変わらない。しかしそこが太老らしいところとも言えた。

「まあ、そこはお兄ちゃんらしいと思うけどね」
「褒めてる?」
「うん。ちょっとだけ」

 黄昏に染まる街に、スッと溶け込むように消えていく二人。
 手を繋いで帰路につくその姿は、恋人と言うよりは仲の良い兄妹のようだった。





 ……TO BE CONTINUED



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