「すみません、女将さん。無理を言って」
「フフ、構いませんよ。でも、蘭ちゃんも大変ね」
「え、あの……」
「一夏くんのこと、好きなんでしょう?」
女将の不意打ちに、蘭は顔を真っ赤にして俯いた。
花月荘の女将――清洲景子。彼女もまた、正木の秘密を知る数少ない現地協力者の一人だ。
真っ白なテーブルクロスが敷かれた机。中央には花が添えられ、宴会用の飾り付けを少し分けてもらい用意したリンコルーンバルーンが、部屋の中央を斜めに横切るように天井に吊されていた。
「なのに他の女性のことで相談に乗って、パーティーの準備まで」
「えっと、それは……一夏さんに喜んでもらいたくて」
箒にどうやって誕生日プレゼントを渡せばいいか、という一夏からの相談に、蘭がだした答えがこれだった。
今日は七月七日、箒の誕生日。ただ、このパーティーの準備のことは一夏もまだ知らない。
というのも、『私に良い案があります』とは言ったが、蘭も方法までは一夏に伝えていなかった。昨日は色々とあって、相談する時間も無かったからだ。
一夏達は今日一日、IS装備の運用テストで夜まで時間が取れない。そのため、蘭はこうして景子に相談をし、宴会用の飾り付けを分けて貰ったり、ケーキや料理を都合して貰えるように手配したりとパーティーの準備に追われていた。
「はあ……本当に健気ね」
箒のためと言うよりは、一夏のため。でも、幾ら好きな男のためとはいえ、恋敵のために頑張る蘭を見て、景子も若干呆れた様子でため息を吐く。
しかしそんな蘭だからこそ、景子は協力してあげたいと考えた。
「でも、だからと言って納得してちゃダメよ」
「うっ……そうでしょうか?」
「蘭ちゃんは一夏くんのためを思ってやってるのでしょうけど、それだけじゃダメ。その分、たっぷりと一夏くんに甘えて返してもらわないと」
「あ、甘えて……!?」
一夏に甘える自分を想像して、更に顔を赤くする蘭。景子の言うように、蘭もそうした期待が全く無かったわけではなかった。
でも改めて言われると恥ずかしい。それに見返りよりも、困っている一夏を見ていられなくて、喜んで欲しくて企画したことだけに、それを理由に一夏に何かを求めるのは心情的に難しいものがあった。
「本当に不器用ね……あら?」
「すみません、通信みたいです。――受諾、内容をオープンに」
蘭の右手首にある銀色の腕輪が輝きを放ち、景子にも見えるように空間投影ディスプレイが開く。
ISに搭載されているプライベート・チャネルの通信内容は、本来であればISを身につけている本人にしか聞こえないが、蘭のISはオープン設定にすることで第三者を交えて話すことも可能な便利な機能が搭載されていた。
アリーナの管制室に設置されている設備と、ほぼ同様の機能を持った物だ。
『はろー、蘭ちゃん。あら、女将さん。ご無沙汰してます』
パッと開いたディスプレイには、IS学園に居るはずの更識楯無の姿が映し出されていた。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第40話『紅と銀』
作者 193
「あ、相変わらず容赦が無いね。ちーちゃんは……」
「飛びかかってくるお前が悪い」
「もしかして……機嫌が悪い? うっ」
頭をさすりながら不満を口にする束さんだったが、千冬姉に睨まれてすぐに黙ってしまった。
俺も頭を叩かれたが、何故か朝から機嫌が悪いんだよな。だから逆らわない方が身のためだ。
そこは、さすが束さんだ。伊達に千冬姉と付き合いが長くない。これでも幼馴染みだしな。
こうした時の千冬姉には逆らわない方がいいということを、実によくわかっていた。
「やあ! いっくんも久し振りだね」
「どうも。お久し振りです」
「しばらく見ない間に大きくなったねー。そうだ、折角だから成長を確かめる意味で色々と私が検査してあげよっか? 男でISを動かせるってだけでも不思議だからね。いっそ、ナノ単位まで分解すれば色々とわかる気がするんだけど――していい?」
そう言って眼をキラキラと輝かせ、上目遣いで可愛くお願いしてくる束さん。可愛くお願いされてもダメなものはダメだ。
「いいです」
「いいです! それじゃあ、早速――」
「だあっ! 態と意味を間違えないでください! 洒落になってないですから! ノーです、却下です、いいえです!」
「ちえっ、いっくんのけちんぼ」
この人に検査なんて任せたら、冗談抜きで分解される。白式ではなく俺がだ。
これだからマッドは信用ならない。自分の身を守れるのは自分だけだ。下手に頷けば、どんな目に遭わされることか。
でも相変わらずだな、この人。寧ろ、磨きがかかっている気がする。主にマッド方面に。
「姉さん……」
「おおっ、箒ちゃん! 久し振りだね。こうして会うのは何年ぶりかな? 大きくなったね。特におっぱいが」
――ガンッ!
懲りない人だな。思いっきり頭を殴られた。しかも日本刀の鞘で。
それにしても、箒も実の姉に容赦が無い。まあ、刀を抜いてないだけ手加減してるのか? 俺の時は遠慮無く抜くしな。
それよりも、刀をずっと携帯していたことの方が驚きだ。
あの刀の名は『緋宵』――かの名匠・明動陽晩年の作だ、と以前に自慢されたことをよく覚えていた。
明動陽とは女剣士を伴侶としたことから、刀匠としての生涯をかけて柔よく剛を制す『女のための刀』を作り続けたと言われる人物。攻撃を受け流すこと、一太刀を持って必殺とする早さ≠ノ重点をおいた刀に拘った刀匠として知られているそうだ。全部、箒からの受け売りではあるが……。
とはいえ、問題はそこではない。現代の日本で女子高生が帯刀していることだ。
IS学園は、どこの国にも属さない治外法権ではあるが、でも今は課外学習中だしな……。ううん、ダメだ。余り考え過ぎるのはやめておこう。こういうのは深く突っ込んだ方が負けな気がする。
「殴りますよ」
「殴ってから言ったよね、ねっ?」
うん、俺もそう思いますよ。そこは束さんに激しく同意したい。
叩かれた頭を手でさすりながら、涙目で訴える束さん。確かにアレは痛そうだ。
俺の周りの女って千冬姉といい、箒といい、なんでこうも先に手が出るのか……。
「えっと、この合宿では関係者以外――」
「んん? 珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、この束さんをおいて他に誰がいるって言うんだい?」
「束……って、まさか!?」
「自己紹介くらいまともに出来んのか、お前は……。ああ、山田先生。想像通り、こいつが篠ノ之束だ」
千冬姉の言葉に、驚きの表情を浮かべる山田先生。周囲で様子を窺っていた女子達も『篠ノ之束』の名前を耳にして、にわかに騒がしくなる。
そりゃ、驚くよな。色々な国や企業が血眼になって探している指名手配中の人物が、こうして目の前にいるんだから……。
「ちーちゃんが優しい……。束さんは激しくじぇらしぃ! このおっぱい魔神め、そのおっぱいで私のちーちゃんをたぶらかしたな〜!」
「おっぱ……。ううっ……私、最近こんなのばっかりです」
あっ、束さんに言葉で捲し立てられて、落ち込んでしまった。
大変だな、山田先生も……。うおっ、束さんが山田先生の胸を揉み出した。束さんは箒と姉妹というだけあって、童顔・巨乳・眼鏡と反則装備を合わせ持つ山田先生と、甲乙付けがたい大きな胸の持ち主だ。
そんな大きな胸の持ち主であるふたりが組んずほぐれつしている姿は、なかなかに刺激的な光景だった。
「よいではないか、よいではないか」
でも、そんな男心を全て台無しにするくらい、束さんはオヤジ臭かった。
「やめろ、バカ」
「ぐへ!」
ドカッと、背後から千冬姉の蹴りを食らい、前のめりに砂に顔から突っ込む束さん。
砂でよかったというべきか、ツッコミが厳しすぎる。あっ、起き上がった。
「ううっ、砂がジャリジャリするよ〜」
思った以上に元気だった。
千冬姉と付き合いが長いだけあって、束さんもタフだよな。
「それで姉さん、頼んでおいたものは……」
「ん? うっふっふ、この束さんに抜かりはない。勿論、用意してあるよ」
――大空をご覧あれ。
とビシッと右手を挙げ、空を指さす束さん。全員の視線が自然と空に集まる。
すると、先程の束さんと同じように、
ズドーンッ!
轟音と共に、何かが空から降ってきた。
砂を巻き上げ、降ってきた何≠ゥ。それは銀色をした金属の塊だった。
エンジンやら変な物がくっついているが、どうやら輸送用の大型コンテナのようだ。
プシューという音を上げ、バタバタとその四角い箱が展開され、広がっていく。
「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』――全スペックが現行ISを上回る束さんのお手製ISだよ!」
銀色の箱の中から、太陽の光に反射してキラキラと輝く何かが姿を現す。
それは真紅の装甲に身を包んだ機体。――紅椿。
束さんの用意した箒専用のISだった。
◆
ハワイ沿岸沖――空母の甲板に佇む一機のISの姿があった。
第三世代型IS『銀の福音』を装着したナターシャ・ファイルスだ。
二日に分けて行われる予定となっていた試験運用も、今日で最終日を迎えようとしていた。
「これが終わったら、休暇を利用して一夏に会いに行くのよ」
一夏の驚く顔を想像して、クスッと笑みを浮かべるナターシャ。この試験運用が終われば、三ヶ月ぶりとなる休暇が受理される予定となっていた。
日本に寄港する予定となっている艦に乗船させてもらい、そのまま日本での休暇を満喫しようとナターシャは計画していた。
上に連絡を取ってみたところ一夏の名前もあって、すぐにナターシャの申請は許可された。ここ最近は落ち着きを見せていた一夏への勧誘行為が、水面下で活発化していると言う話もある。その影響もあるのだろうと、ナターシャは思った。
ただ、上の思惑に乗るのは面白くないが、二年ぶりに一夏に会えるのは素直に嬉しい。IS学園もすぐに夏休みだ。そのため日本の観光案内を一夏にしてもらおうとナターシャは企み、微笑みを浮かべる。
「あなたも一夏に会いたいの?」
自身のパートナーともいうべきISに優しく語りかけるナターシャ。太陽の下、銀色に輝く装甲が、そんなナターシャの声に反応するかのように光を放ち答える。
軍用として、アメリカ・イスラエルで共同開発された最新鋭機。アメリカには既にファング・クエイクという第三世代機があるが、これは大会を意識して作られた物ではなく、最初から軍事利用目的で設計された別コンセプトの機体だった。
IS条約で軍事利用が禁止されているは言っても、ISが強力な兵器であること各国の軍事力の要であることに変わりはない。表向きはスポーツなどという体裁を整えてはいるが、各国の目的はあくまで兵器としての開発と研究にあった。
そうでなければ女性優遇制度の施行や、ISなどというものに巨額の資金が投入されるはずもない。このシルバリオ・ゴスペル――通称『福音』もそうだ。
ファング・クエイクという『モンド・グロッソ』に向けた表向きの機体を開発する一方で、アメリカは更に一歩進んだ強力な抑止力として、軍事利用に焦点を絞ったISの開発を秘密裏に推し進めていた。
イスラエルとの共同開発というカタチを取っているのは、謂わばアメリカへの集中的な非難を避けるためだ。ISのコアは国力や経済力に応じて分配数が決められていることもあり、イスラエルにしても貴重なコアを多く保有するアメリカの協力が得られるのなら、という思惑があった。
それにISの開発には巨額の資金がかかる。それこそ国家規模の予算を注ぎ込んだ大きなプロジェクトとなるのが実情だ。二国の思惑が一致した結果、この機体の開発が決定した。
「残念だけど、あなたを日本に連れて行けないのよ」
そんな曰く付きの機体の専属操縦者として選ばれたのが彼女――ナターシャだった。
アメリカの国家代表イーリス・コーリングと並び、国内トップクラスのIS操縦者として知られる彼女。優秀な軍人であり、有能なIS操縦者である彼女に機密性の高い専用機が委ねられるのは自然な流れだった。
「でも、今度たくさん話を聞かせてあげるわ」
子供と約束するように、優しく福音を言い聞かせるナターシャ。
ISは一機で小国くらいなら滅ぼせるほどの力を持つ強力な兵器だ。それ故に他国への持ち出しには厳しい制限と、相手国の了承が必要不可欠となる。アメリカが開発中の機体のなかでも特に機密度の高い福音を、作戦行動以外で海外に持ち出すことは難しかった。
「それじゃあ、お仕事をはじめましょうか」
大切なパートナーに、はじまりの合図を告げるナターシャ。――その時だ。
「何……!?」
ナターシャの視界に現れる数と文字の羅列。警告音が鳴り響き、福音の状態が通常形態から戦闘形態へと移行していく。操縦者の顔や肌を覆い隠す銀の装甲。ナターシャの意思は奪われ、闇の中へと意識は沈んでいく。
(い、ち……か……)
頭部から生えた二対の巨大な翼が、バッと大きく左右に広がりを見せたかと思うと、次の瞬間――福音は大空に飛び立ち、その姿を消した。
……TO BE CONTINUED
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