空を舞う一匹の紅い蝶。太陽の下で輝く真紅の装甲は目映い光を放ち、縦横無尽に空を駆け、青いキャンパスに紅い軌跡を描いていく。
 その動きを目で追っていた束さんが手元のキーボードを操作すると、光の粒子が集まり空中に十六連装ミサイルポッドが現れる。次の瞬間、ポッドから放たれたミサイルの群れが、一匹の蝶――紅椿(あかつばき)へと吸い寄せられるように向かう。

「――やれる! この紅椿なら!」

 全身を回転させ、左に手にした空裂(からわれ)を横凪に振るう箒。太刀筋から出現した赤い光が、レーザーとなって帯状に広がっていく。その光に呑み込まれ、一瞬にして爆散するミサイル群。爆煙の収まっていくなか、姿を現したのは変わらぬ真紅の輝きを纏った無傷の紅椿だった。

「凄いですね。あの機体……」

 束さんの説明によると紅椿の装備はあの刀、雨月(あまつき)と空裂の二本。先に挙げた雨月は対単一仕様の武器で、打突に合わせて刃の部分からエネルギー刃を放出することが可能な近・中距離型武装。もう一本の空裂は対集団仕様の武器で、先程ミサイルの群れを迎撃してみせたように斬撃から帯状のエネルギー波を放ち、刀を振った範囲の対象にダメージを与える範囲攻撃型の武装だ。
 武器が刀しかないとは言っても、白式と違って近接から中距離戦闘までをそつなくこなすことが出来る上、紅椿自体もかなりのスペックを持った機体とあって、欠点らしい欠点が見当たらないバランスの取れたいい機体だった。
 何より、箒専用に調整がされているとあって、初めての操縦とは思えないほどに機体がよく箒に馴染んでいる。刀を武器にしているのも、箒専用に開発した結果なのだろう。

「フフン、当然だよ。赤は通常の三倍ってのが常識だからね!」

 どこの常識だ。マッドの間の常識をこっちに持ってこられても困る。
 まさか、そんな理由で色を赤にしたとかじゃないよな?
 なんとなく束さんなら、やりかねないと思った。このことは箒には黙っておこう。

(千冬姉……? なんで、あんな顔をしてるんだ?)

 厳しい表情を浮かべ、じっと束さんを見詰める千冬姉の姿が視界に入った。
 幼馴染みに向けるような目じゃない。どうしたのか、と考えていたところで慌ただしい声が聞こえてきた。山田先生の声だ。

「た、大変です! お、おお、織斑先生!」
「どうした?」
「こ、これを!」

 山田先生の声に反応して、すぐに教師の顔に戻る千冬姉。
 旅館から走ってきたのだろう。山田先生は随分と慌てた様子で息を切らせ、汗だくといった姿で千冬姉に小さな端末を手渡していた。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第42話『緊急事態』
作者 193






「特務任務レベルA、現時刻より対策をはじめられたし……」
「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていた――」
「しっ、機密事項を口にするな。生徒達に聞こえる」
「す、すみません」

 特務任務レベルA――ここからでは内容まではわからなかったが、緊急事態であることだけは千冬姉の表情からも読み取れた。
 しかし山田先生は、相変わらずそそっかしいな。まあ、緊急事態なんて滅多にあることじゃないが、よく考えてみるとその滅多に起こらないはずの事態が、ここ最近は頻発していた。
 俺の方はというと、合法幼女がここにいる時点でなんとなく何かが起こるんじゃないかと予想していたので、それほど大きな驚きは無かった。
 アリーナ襲撃事件は結局よくわからないままだったが、シャルロットの件に俺が絡んでいたのはなんとなくわかる。この手のトラブルを経験してきた勘からくるものだが、今回の件にも『正木』や俺が関係していることは察しが付いていた。

「専用機持ちは?」
「ひとり欠席していますが、それ以外は全員揃っています」
「そうか」

 専用機持ち。そう言えば、四組にも一人専用機持ちがいたって話だったな。
 鈴とセシリア、ラウラにシャルロット、そして俺に――今日から専用機持ちになった箒。それ以外にも、四組の生徒を合わせた合計七人の専用機持ちが一年生にはいる。これは例年に比べて多すぎるくらいで――原因はおそらく俺なのだろうと思う。
 全世界にISは四六七機。そのなかで実戦配備されている機体は三二二機。残りの一四五は研究開発用として各国研究機関あるいは企業が所有し、そこから幾つかの実験機がIS学園に専用機持ちとして送られてくる。
 元々、第三世代機の開発用に専用機は多く用意されていたのだとは思うが、それにしたって学園で教員用・訓練用、そこに専用機を加えて三十機余りしかないISが、一年生に七機も集中するというのは少し異常な事態と思わざるを得ない。
 どんなに多くても専用機持ちは一学年に三人くらいが普通らしく、今年はその倍以上の数が一年生に集中しているということだ。

(軍の暗号手話か。ああ、嫌な予感しかしない……)

 生徒達に聞かれないようにするためか、軍の暗号手話のようなもので教師同士密談を始めていた。方策を練っているようだ。
 束さんは余り興味がないと言った様子。合法幼女も、全く動揺すらしていない様子だ。
 もしかしたら、何か知っているのかもしれない。でも、俺にそれを知る術はない。結局は問題が起こるのを待つしかないわけだが、誰にだって出来ることと出来ないことがある。俺は自分がなんでも出来る凄い奴だとは思ってないし、強いとも自惚れていないつもりだ。精々、俺に出来ることと言えば、目の前に立ちふさがる災難や問題を振り払うことくらい。ただ、それすらもかなり難しいことだということはよくわかっていた。
 だから、俺はもっと強くならないといけない。自分だけじゃなく皆を、仲間を守れるくらい強く――。

(でも、幼女の再訓練だけは……)

 幾ら強くなりたくても、命を失ったらそこまでだ。
 シャルロットの一件で、本気で自分を鍛え直すべきか考えさせられたが、あの訓練の日々を思い起こすと幼女に頼るのだけは躊躇われた。
 千冬姉に教わるという手もあるんだが、幼女よりマシと言うだけで、あれで千冬姉も厳しい。正直手加減というものを知らないから困る。教師をやれているのが不思議なくらいだ。
 取り敢えず、俺が出来るだけ早く身につけなくてはいけないのは、ISでの戦闘技術だ。生身での技術や経験を生かしきれていないことを、これまでの戦いで嫌と言うほどに思い知らされた。
 必要最低限のISの基礎知識は習得済み。操縦時間も代表候補生以上に訓練しているつもりだ。伊達に三年前からISに関わっていない。足りないのは戦闘経験、IS方面は研究や開発協力などデータ取りが主な仕事だったこともあって、そうした部分での経験不足が浮き彫りになっていた。
 今は白式の性能と鍛錬で培った能力で、経験不足を補っているに過ぎない。

(やっぱり、ISの操縦を見てくれる師匠が必要か。でも、そんな知り合い……)

 この場合、幼女はやはり却下だ。あの人は生身であれだから、ISが必要かも怪しい。
 俺の戦闘スタイルからすると千冬姉は理想の教官ではあるが、教師という立場がある以上、俺の訓練にばかり付き合ってはいられないだろうし、色々な意味で出来れば身内から教わるのは避けたい。
 だとすると、思い当たる人物といえば、かなり範囲が限られてくる。
 パッと頭に思い浮かんだのは、二年前に知り合ったサーシャだったが、彼女は今アメリカにいるはずだ。
 あとは――

(楯無さんか……。あの人ってどうなんだろう?)

 噂ではIS学園の生徒会長は、学園最強のIS操縦者という話だ。
 なら、かなりの強さだと思うんだが、あの人も俺が苦手とするタイプだ。
 それに情報が余りに少なすぎて、どの程度強いのか、戦闘スタイルなんかもさっぱりわからない。

(この件は一先ず保留だな)

 もう直ぐ夏休みだ。急いだってすぐに解決するような問題でもないし、まずは目の前の問題を解決しないことには話にならない。
 丁度、千冬姉達の相談も終わったみたいだった。

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内で待機すること――以上だ!」

 テストの準備を進めていた生徒達に指示を飛ばす千冬姉。
 その指示の内容に生徒達の間で動揺が広がり、ざらざわと騒がしくなっていく。

「とっとと戻れ! 以後、許可無く室外に出た者は我々で身柄を拘束する! いいなっ!」

 千冬姉のいつもと違う怒気の籠もった厳しい声に、動揺していた生徒達もすぐに落ち着きを取り戻し、「はい!」という返事と共に慌てて動きはじめた。
 千冬姉のこの様子、本当に緊急事態のようだ。それもかなり状況は切羽詰まっていると考えていいだろう。

「専用機持ちは全員集合しろ! ――篠ノ之、お前も来い!」

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。今回の件、どうにも嫌な胸騒ぎがしてならなかった。


   ◆


 昨晩、皆で食事を取った宴会用の大座敷『風花(かざばな)の間』――そこに作戦に参加する専用機持ち六人と、千冬姉をはじめとしたIS学園の教員が集まっていた。
 薄暗い部屋に映画館のスクリーンのような巨大な空中投影ディスプレイが浮かび上がる。そこに映し出されたのは一体のISの姿だった。
 中世の騎士を彷彿とさせる頭から足の先まで、全身に鎧を纏った銀色の機体。以前にアリーナを襲撃した全身装甲(フルスキン)の機体に比べると、胸や間接の部分が露出してはいるが、すっぽりと被さった顔のバイザーは鉄仮面のように操縦者の顔を完全に覆い隠していた。
 何より異様なのは、その頭から左右二対に広がった大きな銀色の翼だった。
 恐らくは白式と同じスラスター翼のようなものだと思うが、青い空を舞う銀色に輝くその姿は、さながら天使のようにも見える。

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 千冬姉の説明に周囲に動揺が走る。しかしそこは、さすが代表候補生に選ばれた少女達とIS学園の教員だ。一瞬にして厳しい顔つきに変わる。その目は真剣そのものだった。
 シルバリオ・ゴスペル――通称『福音』は、試験稼働中に突然の暴走。ハワイ沖から飛びだった後、時速二四五〇キロという超音速飛行でこちらに向かっているそうだ。
 衛星による追跡の結果、時間にして約五十分後。ここから二キロの海域を通過する見込みとの報告が入り、学園上層部からの通達により、偶然近くにいた俺達に事態に対処するようにと正式な命令が下されたらしい。
 偶然……ということはないだろう。明らかに裏がありそうな命令内容だ。
 そもそも、このタイミングで開発中の軍用ISが暴走をするなんて、幾らなんでも話が出来すぎている。それに相手が本当に軍用ISなら、訓練生――それもまだ一年生の俺達に命令が下るというのはどこかおかしい。

(やっぱり、何か裏があるってことか……)

 俺はこういった周囲の思惑を読むのは余り得意じゃないが、この三年間で物事に表と裏があることは学んできたつもりだ。
 千冬姉や『正木』の人達が、その裏を担当してくれていることも理解している。事実そうして俺は守られ、助けられてきた。
 学園上層部からの直接の命令ということは、恐らくは委員会や国の思惑も動いているはずだ。
 作戦の内容や福音のスペックの説明を受けながら、かなり面倒な話であることは容易に想像が出来た。

「一回きりのチャンス。やはり一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 山田先生の言葉に全員の視線が俺に集まる。
 超音速で飛行する機体。一度その姿を見失ってしまえば、俺達の装備では福音の速度に追いつくことは不可能だ。だとすれば、アプローチの機会は一回しかない。
 その一回で勝負を決めるためには、より可能性の高い方法として周辺空域の封鎖と敵の足止め。逃亡を図られる前に勝負を決めることが重要となる。福音との戦いは必然的に短期決戦になると言うことだ。
 そして、その作戦に一番適した機体、一撃で福音を墜とすことが可能な武器を持っているのは、俺の白式しかなかった。
 零落白夜――その最大攻撃なら確かにシールドを切り裂き、一撃で福音を墜とすことも可能だろう。だが、それには問題もある。

「超音速飛行なんて、俺の白式は出来ませんよ?」

 幾ら白式でも標準でそんな速度をだすことは出来ない。一応スピード特化の大型スラスターがあるにはあるが、例えスラスター翼にエネルギーをすべて割り振ったとしても、そんな状態で零落白夜を全開で使用することは不可能だ。
 普通のISなら『パッケージ』と呼ばれる装備一式を換装することで、作戦内容や状況に応じた機体の仕様変更が可能だが、後付け装備の出来ない俺の白式ではパッケージによる換装なんて真似も出来ない。

「ふははははっ、こんなこともあろうかと――」

 ――その時だった。
 大座敷に反響する声。パッとディスプレイが切り替わり、そこに束さんの顔が映し出される。
 でかい、でかすぎる。というか、何してるんだ? この人……。

「……それでは作戦の内容だが」
「ちょっ、無視!?」

 千冬姉にスルーされて、慌てる束さん。
 天井がガラッと開いたかと思うと、そこから「んしょんしょ」と何かが姿を見せる。

「とうっ!」

 掛け声と共に、くるりと一回転をして床に着地するウサミミこと束さん。『十点十点十点』と審査員の声が聞こえてきそうなほど、見事な身のこなしだった。
 引き籠もりっぽいのに、何気にこの人も運動神経がいいよな。色々とでたらめな人だ。

「みんなのアイドル、篠ノ之束ここに推参!」

 ついでに言うと、先程までのシリアスな雰囲気がすべて台無しだった。





 ……TO BE CONTINUED



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