「どういうつもりですの?」
「何が?」
「箒さんのことです。いつもの鈴さんらしくありませんわよ?」
「誕生日くらい大目にみてあげてもいいでしょ?」
「……本当にそれだけですか?」

 目を逸らす鈴を見て、じとーっと訝しげな視線を送るセシリア。
 いつもの鈴なら、箒と一夏が同時にいなくなって、黙ってなどいないはずだ。
 誕生日だからという理由だけでは、セシリアも納得が行かなかった。

「はあ……わかったわよ。納得の行く理由があればいいわけね」
「やっぱり何かあるんですわね?」

 セシリアにそう言って立ち上がる鈴。
 そして、モグモグと女生徒に貢がせたお菓子を堪能している桜花に話しかけた。

「桜花さん。少し訊きたいことがあるんですけど」
「ん? 何?」

 何やら真剣な表情で尋ねてくる鈴を見て、首を傾げる桜花。

「一夏のことなんですけど。あの噂、本当なんですか?」
「ブッ!」
「ちょっ! 蘭、汚い!」
「だ、だって……桜花さん。鈴さん、なんでその話を……」
「ルームメイトがアメリカ出身で、操縦者の間で噂になってるって聞かせてもらったのよ。その様子だと……やっぱり本当なんだ」

 蘭の挙動不審な態度を見て、半信半疑ではあったが鈴は確信する。

「なんのことですの?」
「噂が広がってるのよ。一夏に自由国籍権が与えられるって」
「「「自由国籍権!?」」」

 各国、委員会に認められた有能なIS操縦者にのみ与えられる権利。それが自由国籍権。
 世界でもトップクラスの実力を持つ、国家代表クラスのIS操縦者にのみ与えられている権利で、その名の通り所属する国や企業を周りの思惑に左右されることなく、本人の意思で自由に選択することが出来る権利だ。

「ですが、一夏さんは既に『正木』に所属されているのでは?」
「事実よ。各国も諦めきれてないって感じで未だにしつこく勧誘を続けようとしているみたいだから、こっちから『条件』を付けたのよ」

 桜花の『条件』という言葉に、セシリアは怪訝な表情を浮かべる。
 幾ら一夏が稀少な存在といっても学生の身分で、しかも三年生ならともかく一年生で自由国籍権が認められるなど、どう考えても異常だ。それほどの条件と聞けば、気にならないはずがなかった。

「その条件というのは?」

 恐る恐る桜花に尋ねるセシリア。

「強引な勧誘はなし。ただし一夏が自分で決めたことなら、『正木』は干渉しない」

 それは言ってみれば、国や企業の勧誘は認めないが、個人的に一夏と付き合うことまでは制限しないと言っているのと同じだった。
 その上で、一夏がどこか別の国や企業に所属したいと言えば、それに『正木』は関知しないと言っているのだ。これは三年前の契約のことを考えれば破格の条件と言えた。
 一夏を籠絡さえしてしまえば、後は本人の意思次第。自国に引き入れることも難しい話ではない。それにそれが叶わないまでも、誰かが一夏と恋仲になってくれれば、その人物を通して個人的な繋がりを得ることも出来る。
 この条件なら『正木』を敵に回す心配もなく、一夏との接触が持てる。三年前の契約がある以上、本来であれば『正木』はこんな話に応じる必要がなく、一夏を自国に引き入れたいと考えている国に取っては願ってもない話だった。

「もしかして、それは……」
「セシリアお姉ちゃんの考えている通りだよ。どうせ一夏が誰かとくっついたところで、みんな諦め切れないでしょ? だから特例として一夏には、『自由国籍権』と『一夫多妻』が認められることになったの。全会一致で採決されたみたいよ」
「一夫多妻!?」
「各国のお墨付き!」
「「「私達にもチャンスがある!?」」」

 桜花の話で盛り上がる女子達。学年別トーナメントの中止でうやむやになった本人公認ハーレムの話がここにきて浮上したことで、自分達にもまだまだチャンスはあると考えた女子達の熱が再燃するのは当然のことだった。

「鈴さん、このことを知って……」
「そういうこと……。今慌てたところで、どうにもならないでしょ?」

 ハアとため息を吐く鈴。背中には暗い影を落とす。
 そのため息の意味を知り、同じようにため息を漏らすセシリアだった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第54話『自由と裏切り』
作者 193






 ――ざざーん。
 旅館から程近い岬の一角に、エプロンドレスにウサミミの女性の姿があった。
 篠ノ之束――世界一の天才科学者と呼ばれる少女は柵に腰掛け、ぷらぷらと足を揺らす。

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めて六十パーセントか。おおっ、予想以上に高い数値だね」

 空中投影ディスプレイに表示された各種パラメーターを眺めながら、うんうんと束は満足そうに頷く。
 箒のIS適性なら個人調整をしても、現段階では五十にも満たないと考えていただけに、これは束にとって嬉しい誤算だった。

「いっくんが箒ちゃんにいい刺激を与えてるみたいだね。問題はこっちかな?」

 別のディスプレイに表示された映像データには、白式の戦闘記録が映し出されていた。
 第二形態に発展することで出現した白式の新装備『雪羅』。そして紅椿と交わることで、左手に突如出現した白い光。前者はともかく後者に関しては、束ですら全く理解の出来ないものだった。

「うむむ……。この光、もしかして……」

 束は珍しく真剣な目をして、何かに気付いた様子で口にしかけた言葉を呑み込んだ。

「それにしても操縦者の生体再生なんて、まるで――」
「――『白騎士』のようだな。コアナンバー〇〇一にして初の実戦投入機。お前が心血を注いだ一番目の機体に、な」
「やあ、ちーちゃん」
「おう」

 後ろから音も気配も無く現れた千冬に特別驚いた様子もなく、束は挨拶を返す。
 古い付き合いの幼馴染みだ。千冬がこの広い敷地の中で苦もなく束を探し当てたように、千冬がここに来ることはなんとなく束もわかっていた。
 今日は満月の夜。旅館の近くでは、この岬が一番のお月見スポットだった。

「ここで問題です。白騎士はどこにいったんでしょうか?」
「白式を『しろしき』と呼べば、それが答えなんだろう?」
「ぴんぽーん。さすがはちーちゃん。白騎士を乗りこなしただけのことはあるね」

 白騎士と呼ばれた世界初の実戦投入機は、そのコアを残して解体され、第一世代機の開発に大きく貢献した。
 その後、とある研究所襲撃事件を境に行方がわからなくなり、そのコアはいつしか『白式』と呼ばれる機体に組み込まれた。

 ――とある天才科学者の手によって。

 お前の仕業だろ、と千冬に指摘されても束は動じない。

「例えばの話、コア・ネットワークで情報をやりとりしていたとするよね。ちーちゃんの一番最初の機体『白騎士』と二番目の機体『暮桜(くれざくら)』が。そうすると、同じワンオフ・アビリティーを開発しても不思議じゃないよね?」

 そう言って逆に問いかけてくる束の言葉に、千冬は答えない。
 そんな千冬を前にしても、まだ束の話は続いた。

「不思議だよね。あの機体のコアは分析前に初期化したのに、なんでなんだろうねー。私がしたから、確実にあのコアは初期化されたはずなんだけどね」
「不思議なこともあるものだな」

 コアはISの開発者とされる束でさえ、その全容を把握出来ていなかった。
 故に、束は首を傾げる。白式に関しては、特に不可解なことばかりだ。
 天才の頭脳を持ってしても結論にまでは至らない。

「まあ、今はそれでもいいけどね」

 だが、それは些細な問題に過ぎない。少なくとも束は気にしていなかった。
 重要なのは何故そうなったかではなく、これからのことだ。

「私からも質問……というか忠告だ」
「ちーちゃんが珍しいね?」
「福音の件は、どうするつもりだ?」
「特に何も? この束さんが利用されたっていうのは気になるけどねー」

 束ならそういうであろうことは、千冬もわかっていた。
 一応の忠告はした。ナターシャがどう行動しようと、後は千冬の関知するところではない。
 問題は束を利用した人物の方だが、それこそ千冬があれこれと考えたところで、どうにかなるような相手ではなかった。

「妹には会っていかないのか? 探していたぞ」
「箒ちゃんが? それこそ、珍しいねー」

 妹が探していると聞いて嬉しい反面、珍しいことがあるものだと束は思った。
 箒に避けられていることは自覚していたからだ。

「それも、いっくんの影響かな?」
「……かもな」

 箒の変化に戸惑いながらも、束は嬉しそうに微笑む。

「でも、今はダメかな」
「今は……か?」
「うん、今は……」

 なら、いつになったらいいのか、とは千冬は訊かなかった。
 後は当事者達の問題だ。束にだって踏み込まれたくない一線がある。
 それが箒のことだということは、彼女の親友である千冬が一番よく理解していた。

「ねえ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」
「そこそこにな」
「そうなんだ」

 海から吹き上げる風が、大きな唸りを上げる。
 ――――。
 束は小さく何かを呟き、風と共に忽然と姿を消した。

「ふう……」

 束が姿を消した柵に腰掛け、千冬を息を吐く。
 見上げた空、千冬の瞳に満月が映る。月の影、そこには白いウサギの姿があった。


   ◆


「あれ? パーティー会場はここよね?」
「ナタルお姉ちゃん? どうしたの?」
「桜花ちゃん一人? 一夏に話があって顔を出したんだけど……」
「一夏なら外に出て行ったよ。その後を追って皆も消えちゃったけど」
「ああ……相変わらずってことね。一夏は……」
「そういうこと」

 桜花の話に納得した様子で、その隣に腰掛けるナターシャ。
 新品の紙コップにジュースを注ぐと、桜花の前にあるお菓子を一摘みする。

「あっ、私のお菓子!」
「こんなにあるんだから、少しくらい分けてくれてもいいじゃない」
「他にも一杯あるでしょ!?」
「私はこれが食べたいの」

 一応、他のテーブルにそれらしい食べ物は残ってはいるが、女生徒に貢がせることでめぼしい菓子は、桜花がすべて独り占めしていた。
 目の肥えたナターシャが、それに気付かないはずがない。「ああっ!」と悲鳴を上げる桜花から、容赦なく高級な物や珍しい物ばかりを奪っていく。

「酷い……あんまりな仕打ちだよ」
「これは当然の報酬よ。あの子≠フ件、忘れたわけじゃないから」
「うっ……。それは……」
「別に、責めているわけじゃないわ。私が同じ立場なら、きっと同じことをしてた。組織のために行動したのだから、それ自体は間違っていないわ。でも、だからと言って納得出来るかといえば、そうじゃないのよ……」

 あらかじめ情報として掴んでいながら、自分達の都合で桜花達が今回の件を利用したことは、ナターシャにもわかっていた。
 アメリカは今回の件で、『正木』に大きな弱みを握られた。亡国機業との繋がりが露見した今、軍用ISの開発を推進していた勢力は行動を制限され、一方で同じ第三世代機である『ファング・クエイク』の開発が一層強化されていくことは明らかだった。
 結果的に、『正木』は幾つかの利を得た。組織のために行動した結果であれば、それは当然のことだ。被害に遭ったアメリカに籍を置く身としては複雑な心境だが、それを理解出来ないナターシャではない。だが理解は出来ても福音の件に関しては、納得出来るかどうかは別の問題だった。

「はあ……それで、何が望みなの?」
「さすが、察しがいいわね」
「お菓子を全部食べられたらたまらないもの」

 自分にも分け前を寄越せ、とナターシャが要求しているのだと桜花は察した。
 それでナターシャの怒りが自分達に向かないなら、悪い話ではないと桜花は考える。
 それに要求の内容も、ここまでの経緯から大体は察しが付いていた。

「一夏を頂戴と言いたいところだけど……」
「それはダメ。公平さを欠くから」
「それじゃあ、情報をくれる? 『正木』の情報収集能力を貸りたいの」
「情報ね……。でも、いいの? それを聞くってことは、共犯になるってことよ?」

 組織を裏切っていいのか、と桜花はナターシャに問いかけていた。
 ナターシャが求めているレベルの情報を渡す以上、誓約が必要だ。アメリカに所属しながら『正木』の共犯者になる。それは祖国に対する明確な裏切り行為だ。
 ましてや、福音の専属操縦者に選ばれたナターシャは軍の人間。軍用ISの開発推進派と少なからず繋がりがある。計画の全容を知らされていなかったとはいえ、周りがどう思うかは別問題。今更、『無関係です』とは言えない場所に彼女は居る。裏切りが露呈すれば、アメリカに彼女の居場所は無くなるだろう。

「彼等と心中するつもりはないわ。どちらにせよ、潰すつもりなんでしょう?」
「まあ、目的の障害になりそうだしね」

 組織である以上、上からの命令に従うのは当たり前だ。しかし軍人も人の子だ。祖国のために戦えと言われればアメリカに籍を置く一人の軍人として、ナターシャは戦う覚悟を決めているが、一部の人間の思惑と欲望に振り回され、道具のように扱われるのだけは納得が行かなかった。
 ましてやその結果、大切なパートナーを奪われ、黙っていられるはずもない。このまま今の組織についたところで、未来はないことをナターシャは理解していた。
 それに沈むとわかっている船にしがみつくつもりは、少なくとも彼女にはなかった。

「どんな事情があるにせよ、組織を裏切ることに変わりはないわよ?」
「覚悟は出来ているわ。心に誓ったの。あの子をもう一度、大空に羽ばたかせてあげると」
「それが本音? 報復じゃなく?」
「……そうね。そこは否定しないわ」

 凍結処理の決まった福音を助けたい。その原因を作った連中に報復したい。どちらもナターシャの本音だった。
 桜花にしてみれば、どっちでもいいことではあるが、そこをはっきりとナターシャの口から聞いておきたかった。
 彼女がやろうとしていることは、それほどに危険が伴うことだったからだ。

「一夏のこともあるし信用はしているけど、ナタルお姉ちゃんのためを思って忠告はしておくわ。目的のために私達を利用するのは構わない。でも、絶対にお兄ちゃんを裏切らないで」

 ナターシャを招き入れて、スパイのスパイでしたでは話にならない。そんなことになれば痛い目に遭うのは彼女自身だ。福音のためにナターシャは『正木』を利用しようしている。だがそれは別に構わないと桜花は考えていた。
 明確な目的がある以上、何をするのも本人の自由だ。覚悟が出来ているのなら、桜花はナターシャの生き方に口をだすつもりはない。ただ、絶対にやってはいけないことが一つある。先程言った危険が伴う行為――太老に敵意や悪意を向けることだ。

「裏切れば、百パーセント報いを受けることになる。それだけは忘れないで」
「……肝に銘じておくわ」

 太老の能力――『フラグメイカー』。悪意には悪意を善意には善意を返す、事象の起点としての力。
 因果律にまで影響を及ぼし、確率定数に大きな偏りを生む『確率の天才』に対抗出来るのは、同じ『確率の天才』のみ。
 ナターシャが太老個人≠ノ対して敵意や悪意を向けるようなことがあれば、例外なく彼女もフラグメイカーの餌食になる。そうなったら、自業自得と諦めてもらうしかない。桜花がナターシャの要求を受け入れたのも、その辺りの事情を考慮してのことだった。
 今回の件には、裏で太老が関与している可能性がある。その時の保険を兼ねての言葉でもあった。
 この忠告を破ればナターシャの自己責任。そこまでは桜花も責任を持てなかった。

「それ以外なら喜んで協力するわ。よろしくね、ナタルお姉ちゃん」
「ええ……。こちらこそ、よろしく。桜花ちゃん」

 若干、引き攣った笑顔で、桜花の手を握り返すナターシャ。
 その手は冷や汗で滲んでいた。





 ……TO BE CONTINUED



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