「ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

 …………。
 どうやら俺は部屋を間違えたらしい。
 無言でドアを閉め――ようとしたが、あちら側から力一杯ドアを押さえられた。

「くっ……それはないんじゃないかな? 一夏」
「ぐぐっ……こっちの台詞だ! サーシャがなんで俺の部屋にいる!?」

 なんて馬鹿力だ。これでも結構鍛えてる自信があったんだが、ピクリともドアが動かない。

「勿論、一夏を待っていたに決まってるじゃない」
「だからって、なんで裸エプロンなんだよ!?」

 そう、サーシャの格好は俗に言う『裸エプロン』だった。
 白いフリルをあしらった可愛い系のエプロン。
 一応、大事なところは隠れているが、サーシャが着ると妙にエロイ。

「日本では旦那様を迎えるのに、こうするのが常識なんでしょ?」
「それ、間違った常識だからっ!」

 確かに男の夢ではあるが、二次元と現実を一緒くたにしないでくれ!
 というか、このノリ……ラウラが二人になったみたいで頭が痛かった。

(そういや、あれから三週間だもんな……)

 今は八月頭。罰の課題をこなしている内に、あっという間に夏休みに入っていた。
 夏休みに入ると生徒の半分以上は国に帰省してしまうため、いつもは五月蠅いくらいに賑やかなこの寮もガランと静かになる。あの騒がしさに慣れてしまうと物足りないというか、少し寂しいくらいだった。

「でも、ここで押し問答してる方が危ないと思うな」
「ぐっ……わかった。部屋に入るから服を着てくれ……」
「もう、ノリが悪いわよ」

 幾ら人が少ないからと言って、誰もいないと言う訳では無い。こんなところを誰かに見つかったら、また一悶着あるに決まっている。俺はちゃんと服を着ることを条件に、サーシャの案を受け入れた。

「桜花ちゃんは、こうすると一夏が喜ぶって言ってたんだけどな……」
「やっぱりあの人か!?」

 犯人の名前を聞いて、これ以上ないくらいに納得した。
 明らかに狙ってやってるとしか思えない。サーシャはサーシャでノリノリみたいだし……。
 俺を困らせて、そんなに楽しいんだろうか?
 まあ、楽しいんだろうな。俺の反応を見て楽しんでいるとしか思えない。はあ……。

「そんな格好をしてると襲われても文句言えないと思うぞ……」
「いいわよ。一夏になら」
「え……?」
「襲ってみる?」

 と言ってチラッと胸元をアピールしてくるサーシャに、俺は頭を下げ謝った。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第56話『強化訓練』
作者 193






「最初から、その格好でいてくれれば、ややこしくなかったのに……」
「それじゃあ、面白くないじゃない」

 ブルーのカジュアルなサマースーツに着替えたサーシャを見て、ため息を漏らす。
 アドバイスをしたのは幼女かもしれないが、やっぱりサーシャも狙ってたんだと確信した。

「で、サーシャがなんでここに?」
「観光と下見を兼ねてね。一夏に案内してもらおうと思って」
「観光はわかるけど下見? それに、査問委員会は?」
「終わったわよ。一週間も前に」

 サーシャの所属はアメリカ軍。そして銀の福音はアメリカの機体だ。サーシャは本国に強制送還され、査問委員会にかけられることになっていた。
 普通に考えれば、こんなに早く終わるはずも無い。査問とは言っても事情聴取と言うよりは、責任の有無の追求に他ならない。サーシャは微妙な立場で、事件の当事者として責任を押しつけられる危険すらあった。
 さっきはあんなことを言ったが、これでも心配していたくらいだ。

「一夏のお陰よ」
「俺の?」
「『正木』の口添えがあったのは確かだけど、私がここに来られたのは一夏の影響が大きいわ」

 サーシャの話によると『正木』が裏で色々と手を回した結果、福音事件は『事故』ということで処理され、査問委員会も事情聴取だけの略式的なもので終わり、サーシャに対する責任を追求する声も上がらなかったそうだ。
 理由さえわかってしまえば簡単な話だ。アメリカにしても、そうした方がダメージが少ないと判断した結果なのだろう。ここでサーシャに責任を押しつけるような真似をすれば、事故ではなく事件として扱わなくてはならなくなる。
 そうなって一番困るのはアメリカであり、軍上層部の幹部や政治家達だ。今回の件に対する他国や『正木』からの追求を避ける意味でも、アメリカはテスト中の不幸な事故として処理する以外に方法はなかった。

「あれ? 俺って関係ないんじゃ?」
「あるわよ。私がここにいるのが、その証拠」
「えっと……それって、どういう……」
「自由国籍権、一夫多妻」
「ぐっ! それって……」
「一夏を籠絡してこい、って命令が下りてるの」

 おおい、責任者出てこい! やっぱり、こうなるのか……。
 自由国籍権と一夫多妻。俺の知らないところで決まっていた謎オプション。自由国籍権はまだわかるが、『なんで一夫多妻?』と合法幼女に質問すると、『代案があるなら聞くけど?』と返されてしまった。

(代案も何も選択肢がないじゃないか……)

 三年前から現在に至るまで、『世界で唯一ISを操縦できる男』を狙っている国や企業は後を絶たない。今は『正木』に所属しているということで一線を引いているところはあるが、IS学園に通い始めたことで俺を引き込もうという動きが活発化してきているらしい。

 ――うちに来てくれれば色々と優遇しますよ。

 みたいな勧誘ならまだマシな方。最悪の場合、拉致・監禁なんてのも想像され、俺が誰か一人を選んだところで、その誰かまで『正木』の護衛・監視対象になる可能性が高いほど危険なのが、俺が今おかれている状況だった。
 ならいっそのこと、単純なルールを敷いてしまおうというのが、今回の決定。
 三年前の契約を前面に押し出して、『契約違反ですよ』と各国の行動を抑制することは簡単だが、やはり周りが納得していないのなら上手くいくはずもなく、そうした問題はいつまで経っても解決しない。
 それなら全員平等にチャンスをということで、『自由国籍権』と一緒に『一夫多妻』なんて無茶苦茶な話が持ち上がったそうだ。
 このノリと発想は『正木』らしいアイデアだと俺は思った。

「一夏の子供なら、男でもISを動かせるかもしれない。そんな思惑もあるみたいよ」
「そんな無茶苦茶な……」

 サーシャが言っているのは、『織斑一夏がISを動かせる理由』を細胞や遺伝子レベルで研究するとか言う奴だ。でも、結果は何もわからず終い。ISのコア同様に、研究は全く進んでいない。精子を提供してくれなんて話もあったが、そういうのは一切断っているしな。
 俺の子供なら男でもISを動かせるんじゃないかと、希望を抱くのもわからない話ではないが、そんなことに大人しく協力する気にはなれない。

「……それで、さっきみたいな格好を?」
「まさか。上に命令されたからって身体を許すほど、私は安くはないわよ?」
「じゃあ、なんで……」
「勿論、一夏だからに決まってるじゃない」
「うっ……」

 上からの命令や子種目的と言われれば、はっきりと拒絶出来るが、こんな風にストレートに迫られると反応に困る。まるで愛の告白だ。
 自由の国の人らしいというか、好意を少しも隠そうとしないサーシャのこういうところは素直に感心すると共に、少し苦手とする部分でもあった。

「あっ、私のこと苦手だなーって思ったでしょ」

 うっ、鋭い……。そんなに顔に出やすいかな?
 こんな感じだから、本気なのか、冗談なのか、サーシャの考えは読み難い。

「まあ、いいわ。一夏に、そんな勇気がないことくらいわかってるもの」

 何気に酷い言われ方だった。
 それにわかってるなら、そんな格好で迫るのはやめて欲しい。これでも健全な十代男子なのだから――と言おうとしたところで俺は言葉を呑み込んだ。
 また、からかわれるのがオチだと予想がついたからだ。

「あれ? そう言えば、下見って?」
「二学期から、私もここの教師をすることになったからね。その下見」
「ああ、そうなんだ」
「ええ」

 なるほど、サーシャもIS学園の教師になったのか。それなら納得――

「って、はあっ!? 教師! サーシャが!?」

 今日一番の爆弾を投下し、にこやかに笑うサーシャだった。


   ◆


 臨海学校から帰ってきた俺達を待っていたのは告知されていた通り、大量のレポートと千冬姉の特別訓練だった。
 ISの基本動作の復習。それが俺に課せられた訓練の内容。
 実習で教わったIS動作の反復練習を放課後に毎日六時間。地味だが辛い訓練だった。
 その訓練の理由が今こうして、はっきりとわかったわけだが――

「それじゃあ、千冬姉が俺に課した訓練って……」
「一夏に足りないのは経験もそうだけど操縦技術よ。桜花ちゃんとの訓練で身体能力と生身での戦闘技術はかなりの物になってるけど、それをIS戦闘に生かしきれていない。自分でもわかってるでしょ?」
「うっ、それは……」
「だから、千冬には徹底的にIS動作の基本をたたき込んでくれるようにお願いしたの。武器一つで『最強』にまで上り詰めただけあって、機動や姿勢制御に関しては彼女の右に出る人はいないから」
「じゃあ、サーシャは……」
「私が教えるのは、その応用。射撃戦闘を含めた総合技術。千冬はそっちは苦手みたいだしね」

 反論の余地すらない完璧な正論だった。
 これは俺自身が一番よくわかっていることだ。今以上に強くなるためには、避けては通れない道だと自覚していた。

「ぐっ……まさか、これを毎日?」
「当然。そのために、私はここにきたのよ」

 サーシャから渡された訓練メニューの内容を見て、その密度の濃さに驚いた。
 毎日続けている剣の鍛錬に加え、ISの操縦訓練と今まで苦手としてきた理論の実践。
 そこに射撃戦闘を含めた総合訓練も加わる。思った以上にハードな内容だった。
 夏休みの間、これを毎日続けるというのだから、普通に授業を受けるよりも大変だ。

「座学もあるのか……」
「当然よ。感覚だけで上達するほど甘くないわよ。大丈夫、私が手取り足取り見てあげるから」
「うっ……」

 実は、それが一番不安だとは言えなかった。


   ◆


 ――正木ビル、地下施設。

「うっ……『虎の穴』を使った特訓ですか?」
「うん。表にだせない技術だから、誓約はしてもらったけどね」

 蘭と桜花の視線の先、空間投影ディスプレイには、訓練に励む少女達の姿が映し出されていた。凰鈴音、それにシャルロット・デュノアの二人だ。
 身体能力や反射速度の向上など、ISの操縦訓練だけでは身につけることの出来ない人間の限界に、彼女達は挑んでいるところだ。

「でも、シャルロットさんはわかりますけど……何故、鈴さんまで?」
「本人の希望だし、前に一度鍛えてあげたこともあるしね」
「え……鈴さんを鍛えたって」
「むっ……なんなら蘭も鍛え直してあげようか? 今度はスペシャルハードなメニューで」
「え、遠慮しておきます!」

 桜花の訓練は冗談抜きで厳しい。それこそ、気を抜けば命の危険すらありえる訓練だ。
 しかも『スペシャルハード』なんて怪しげな名前のメニュー。
 桜花の訓練の厳しさを知っている蘭からすれば、拷問や罰ゲームに等しい内容だった。

「お兄ちゃんに言ったら、張り切って甲龍用の強化装備も準備するって言ってたしね。そのためにも鍛えないと、今の鈴じゃ使いこなせないだろうから」
「太老さんが? 大丈夫なんですか、それって……」
「ちゃんとした取引だから、そこは大丈夫。どちらにせよ、リヴァイヴ以外の実証データも欲しかったところだしね。そう言う意味では、アメリカのファングと同じ安定性を重視した甲龍はテストに最適なのよ」
「そういえば、ファング・クエイクの装備開発に正木も絡んでいましたね」
「そういうこと」

 銀の福音が凍結処理されたことで、アメリカの第三世代開発はファング一本に絞られた。
 その結果、開発予算の多くがファングに集中することになり、装備開発に協力している『正木』の影響力も高まる結果に繋がったと言う訳だ。ナターシャがIS学園に派遣されてきたのも、その辺りの事情が大きく影響していた。
 アメリカにしてみれば、ナターシャは一夏に繋がる数少ない接点の一つだ。
 そう言う意味では『正木』を監視する役目を負わせるにしても、ナターシャが最も適任な人材だ。それにナターシャが『正木』と個人的な繋がりを持っている危険性を考慮すれば、国内に置くよりは日本に派遣して様子を見る方がリスクも少ない。

「ナタルお姉ちゃんを福音から引き離すのが狙いでもあったんだろうけど」
「それって、どういう意味ですか?」
「福音という楔があれば、ナタルお姉ちゃんが裏切ることはない。そう考えてるんじゃないかな?」
「そんなのって……」

 ナターシャにしてみれば、パートナーを人質に取られたようなものだ。
 これには蘭も不快感を示す。ナターシャの心境を考えれば、当然の怒りだった。

「まあ、そんな思惑は、とっくに破綻してるんだけどね」
「え……? まさか、まだ何か企んでいるんですか?」
「今は内緒。福音の件は、ナタルお姉ちゃんとの約束でもあるからね」

 アメリカの最大の失敗は軍用ISの開発が頓挫したことでも、国防の問題から国際的な信用を傷つけたことでも、福音にかけた多額の資金と人材、時間を無駄にし、経済的な損失を被ったことでもない。

 ――『正木』を敵に回したこと。

 これが一番の失敗だったと彼等が気付く日は遠くなかった。





 ……TO BE CONTINUED



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