「こりゃ、参ったな……」

 太老は仰向けに横たわりながら身体の調子を確かめる。幾ら強力と言っても、あの程度の攻撃は受け慣れていた。
 ダメージは見た目ほどには受けていないが、問題は零式とのリンクを部分的とはいえ遮断されたところにあった。
 完全にリンクが切れたと言う訳ではないが、船からのエネルギーの供給は受けられそうにない。ヴォバンが何かをしたことは間違いなかった。

「生きておるか?」
「まあ、なんとか。これって結界かな?」
「そうであろうな。あの狼の正体はアポロン――『輝く者(ポイボス)』または『狼殺し(リュケイオス)』の名を持つ闇を起源とする太陽神だ」

 アテナの口にした名は、地球出身者ならよく知る神の名だった。
 オリンポス十二神の一柱。女神アルテミスの双子の兄にして、大地の女神を母に持つ太陽神。

「闇なのに太陽?」

 矛盾する話の内容に太老は首を傾げる。そんな太老の反応を楽しみながら、ついでだとばかりに智慧の女神らしくアテナは神の知識を披露する。
 医術の神でありながら疫病を振りまき、太陽の神でありながら『狼』の名を持つ。アポロンは相反する二つの顔を併せ持つ矛盾した神だ。
 狼とは大地の獣だ。大地とは即ち、冥府と結びつくもの――古くから闇の象徴として語られてきた。
 春に息吹を与え、秋に実りを潤し、冬に死をもたらす。死と生命の循環(サイクル)、それこそ地母神の証。大地が闇と結びつけられている理由だ。
 故に大地と繋がりの深い神は、闇と結びつく者が多い。蛇と結びつきの強いアテナも嘗ては地母神であった存在だ。アポロンの母レトもまた、古くは豊穣の女神だった。
 また、アポロンの最も古き名は『スミンテウス』とも言う。これが意味する言葉は『鼠』だ。
 鼠と狼、大地の獣でありながら光を内に秘めし者。それはアポロンが大地から生まれた太陽神であることを意味していた。

「光を呑む狼――それが奴の本質だ。その力を街に仕掛けた魔術で増幅し、この結界を作りだしておるのだろう。ようするにここは、奴の腹の中と言ったところだ」

 光を呑むということは、さっきハリセンの力を持っていかれたのも、それが原因かと太老は考える。まさにオカルトの世界だ。
 結界というからには、それが船とのリンクを阻害しているのだろう。アテナの話から、大体どういう仕組みかを太老は理解した。

「街全体が別空間になっているのか……」

 このために準備をしていたというのなら、四年前に戦ったあの時に太老の力の原理を見抜いていたということだ。
 まさか月の裏側に停泊させている船とのリンクを遮断する手段を、この世界の人間が考えつくとは太老も予測していなかった。
 船のことをヴォバンが知っているはずもない。だとすれば、太老の力がどこか別の場所から引き出しているものだと当たりを付け、この結界を用意したということだ。
 直感だけでそこに気付いたのだとしたら、カンピオーネとはつくづく非常識な生き物だと太老は思う。

「船のバックアップがないと少しきついんだけどな……」

 生体強化をしているとはいえ、地力でアテナのような高次元生命体を相手にするのは厳しい。実力的に樹雷でもトップクラスの桜花ならやれそうな気はするが、自分には無理だと太老は客観的に自身の力を把握していた。
 武術や剣術の心得のないカンピオーネが相手なら健闘できるかもしれないが、魔術や権能を使われれば形勢は逆転する。船のバックアップなしに護堂の神速にスピードでついていけるとは思えないし、巨狼に化身したヴォバンに腕力で敵うとも思えない。だからこそ、彼等に『権能』があるように太老は『科学』でその力に対抗してきた。
 その手段の一つを封じられたのだ。厳しくないと言えば嘘になる。しかし、

「いけるのか? 妾が代わってやってもよいぞ」
「冗談、幼女を戦わせて寝てられるか」
「妾を子供扱いするなと何度言えば……」

 まだ、船のリンクを阻害されただけだ。手札をすべて封じられたわけじゃない。それに正面から殴り合うだけが戦いじゃない。
 幼女(アテナ)が傷つけられて頭に血が上りガラにもなく正面から殴り合うような真似をしたが、それは本来の自分の戦い方ではなかったことを太老は思い出す。

「ようは相手の土俵に乗らなければいいだけだ。なら、こっちの領分だしな」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる太老。
 腕を正面に掲げ、無数の空間ディスプレイを呼び出すと、何かを始める。
 そのうちの一つに『解析状況・現在八九%』を示す文字が記されていた。





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第20話『魔王の末路』
作者 193






「エリカ、皆と一緒に離れててくれ。ここから太老の援護をする」
「何をする気? まさか、ここで『白馬』を?」
「いや、『白馬』は使わない。でも、わかるんだ。今の俺ならきっと……あの力が使える」

 既に『猪』を使い、さっきも『戦士』の黄金の剣を使ったばかりだ。
 ここから攻撃できそうな権能はエリカの知る限り、条件を満たすのは『白馬』くらいしか残されていない。
 護堂が何をするつもりなのかわからず考えていた、その時。エリカの目の前で護堂の身体が光を纏い始めた。

「これは……」

 エリカは空を見上げ、瞠目する。
 雷雲が護堂の力に呼応するように緩やかに動き、頭上へと集まり始めたからだ。

「あれは『山羊』の化身……人々の心を束ね、雷を操る祭司の能力です」

 エリカの疑問に答えたのは祐理だった。彼女にも聞こえていたのだ。ひかりが耳にした死者の声が――
 そして彼女はその優れた霊視の力で、護堂の背中に宿る『山羊』の姿を視て理解した。
 群衆の意思を束ね、それを力へと変える祭司の姿。それは生者だけでなく死者すら含む。
 恨み、嘆き、哀しみ、無念。ヴォバンに一矢報いて欲しいと願う死者の願いが護堂へと伝わり『山羊』の化身を呼び起こしたのだ。

「ん……?」

 桜花は何かに気付いた様子で、注意深く護堂を見る。
 護堂に力が集まり、急激に呪力が高まっていることは桜花にも見て取れた。問題は、その力の大きさだ。

「祐理、どうしたの!?」
「少し目眩がしただけで大丈夫です。これは恐らく……」

 顔を青くして膝をついた祐理に肩を貸すエリカ。ひかりも少し顔色が悪そうだ。
 そんな彼女達を見て、この力は意思だけでなく生命力まで吸い上げているのだと桜花は気付く。
 エリカやリリアナが平気そうなのは、体力がズバ抜けているからだ。体力のない祐理や身体の小さいひかりに真っ先に影響が出るのは当然と言えた。

(おかしい。それにしたって人間にこんな力が出せるわけ……)

 それでも目の前の膨大な力は説明がつかないと、桜花は神経を研ぎ澄まし力の出所を探る。
 まるで人間以外の強大な何かが力を貸し与えているような――

「まさか、龍皇!? ちょっと、待って!」

 桜花は原因に気付き、護堂を止めに入るが――時は既に遅かった。


   ◆


 護堂に解放された死せる従僕のなかには、魔術の知識に長けた古の魔女も大勢いた。その魔女達に『巨狼の檻』と名付けた結界をヴォバンは用意させたのだ。
 狼とは大地に結び付き、害獣から作物を守る豊穣の獣と祀られる一方で『天災』の象徴とされ、月や太陽を呑む恐ろしい魔物にも例えられている。
 北欧神話に登場する月を呑んだ魔の狼ハティや太陽を呑むスコルなど、日食や月食にまつわる魔物の話は各地に点在する。
 闇と光の相反する属性を併せ持つアポロンもまた、光を――太陽を呑む狼としての特性を備えていた。
 アテナが言ったように、ここは狼の腹の中。狼に呑まれた世界だ。
 四年前の戦いで得た教訓から太老の力を削ぐために、ヴォバンの用意した太老対策がこの結界だった。

(どういうことだ? この感覚……。まだ、あの小僧には何かあるということか)

 事前に仕掛けさせていた結界は上手く起動した。これであの厄介な力も使えないはず。なのにヴォバンは攻めあぐねていた。
 長年の経験とカンピオーネの超感覚が危険を告げていたからだ。
 追い詰めているはずなのに、さっきよりも嫌な気配は寧ろ濃くなっていた。
 何か、とんでもない奥の手を隠しているような――ヴォバンにはそんな予感がしてならない。

「正直、甘く見てたよ。ただのロリコン爺かと思ってたけど驚いた」

 不敵に笑う太老を見て、ヴォバンのなかで予感は確信へと変わっていく。
 このまま不用意に近付けばやられる。そう確信したヴォバンは巨狼から人間の姿へと戻った。

「いいのか? 折角いいところだったのに」
「ふん! 貴様が何かを企んでいることはお見通しだ」

 アポロンの権能を解いても、しばらくの間この闇の結界は持続する。
 その間に片を付ける――と、ヴォバンは新たな権能を発動した。

「これは……天候操作か?」

 太老は空を見上げ、その出鱈目さに驚く。まさか、嵐を自在に操れるとは思ってもいなかったからだ。
 これは四年前に戦った時には目にしなかった力だ。風と雨、そして雷を自在に操る嵐の神――風伯(ふうはく)雨師(うし)雷公(らいこう)
 中国の神より簒奪せし『風雨雷霆(ふううらいてい)』の力を使い、ヴォバンは安全な距離から攻撃する手段に打って出た。
 人間など軽々と吹き飛ばす強風が太老を襲う。

「何をした!?」

 ヴォバンは瞠目する。太老の姿が風に触れたかと思えば、霧のように掻き消えたからだ。

「それも貴様の権能(チカラ)か!」

 消えたはずの太老が、十重二十重となりヴォバンを包囲するように取り囲む。
 すかさず風と雷を飛ばすヴォバン。しかし、どの攻撃も本物の太老に触れることは出来ない。蜃気楼のように消え、また現れると言ったことを繰り返すだけだ。
 本物を探ろうとするが、カンピオーネの超感覚でも太老の居場所を探り当てることが出来なかった。

「ただ消えるだけが貴様の力か! 真面目に戦え!」

 かれこれ五分は経過しただろうか?
 呪力と体力を酷く消耗し、遂には肩で息を始めるヴォバン。
 辺り一帯はヴォバンのやった破壊活動で散々な有様だが、依然として太老の幻はその数を減らしていなかった。
 なのに反撃してくる素振りすら見せない太老に、ヴォバンは苛立ちを募らせる。

「まあ、解析は終わったから、そろそろ反撃してもいいんだが……確か、爺さんは灰からでも復活できるんだったな」
「それがどうした? まさか、もう勝ったつもりか?」
「いや、実はそれが最後の条件でね。ちょっとした確認だ」

 人を小馬鹿にした太老の態度に苛立ちを募らせながらも、ヴォバンは神経を研ぎ澄まし本体の位置を探る。

(とはいえ、どうしたもんか? 空間に姿を投影しているだけだから、これそのものに攻撃力はないんだよな。まあ、目眩ましには丁度いいんだけど……)

 太老も攻めあぐねていた。はっきり言えば、準備不足だ。
 灰から復活するような相手に生半可な攻撃は通用しない。出来れば、一撃で消滅させるほどの攻撃が望ましいが、

(まさか、零式に衛星軌道上から主砲を撃たせるわけにはいかないしな……)

 その気になれば星すら破壊可能な一撃だ。そんなことをすれば、どれだけエネルギーを絞ったとしても東京が地図から消える。
 なら、あとは光鷹翼を使うしかないが、船とのリンクが回復するまではそれも使えない。それに太老としても非常時以外は使いたくなかった。
 いっそ『龍皇』の力を借りるかと考える。結界の外にいる零式の力は使えなくても、結界の内側にいる『龍皇』の力は使えるはずだ。

「私を虚仮にしておるのか? それとも真面目に戦う気がないのか?」
「敢えて言うなら、両方?」
「貴様っ!」
「罠なら爺さんだって仕掛けてただろう? まさか自分は良くて俺が同じことをやったら卑怯だとか言わないよな?」

 戦いに勝利するために策を講じる。ヴォバンもその考えを否定するつもりはなかった。
 しかし、これ以上は時間を稼がせるわけにはいかないとヴォバンは勝負に出る。

「ならば、すべてを蹴散らすだけだ! 貴様の狙いなど読めているぞ!」
「ハハハハ! 爺さんにそれが出来るかな?」

 これでは、どちらが悪役かわからない。傍から見れば、太老の方が魔王のようだ。先程までと立場が逆転していた。

「これは――貴様、一体何を!?」

 ヴォバンを取り囲むように球状の結界が出現する。危険を感じ取り結界からの脱出を試みるが、ヴォバンの手は球体に触れることすら出来ない。
 呪力の反応も感じず、そもそも魔術に疎いヴォバンにはこれがなんなのかすら理解できなかった。
 もっとも魔術ですらないのだから当然だ。

「大体、カンピオーネの権能の仕組みがどういうものかは理解できたからな」
「――何!?」
「ぶっつけ本番だけど、なんとかなるだろう。実験させてもらうぜ」

 身の危険を感じ、ヴォバンは焦る。ニヤリと笑みを浮かべる太老の顔は、いい感じに歪んでいた。
 ヴォバンを利用して何かの実験をしようとしていることは明らかだ。
 幾ら、アポロンが『鼠』の名を持つとはいえ、実験動物(モルモット)にされたのではヴォバンとて堪ったものではない。

(結界の効力は保って、あと数分。奴の思うようにはさせん。これで一気に決める!)

 このままでは相手の思う壺。無作為に攻撃を重ねても呪力と体力を消耗するだけだ。
 そこで体内の呪力を最大限に高め、これまでにない最大規模の雷雲を呼び出す。
 近くにいることはわかっている。なら、広範囲を一気に焼き払うことで結界を破壊し、太老の目論見を打ち破ってやるとヴォバンは考えた。

「そんなもの我が力で食い破ってくれる! 小僧、貴様もこれで終わり――」

 そこでヴォバンは違和感に気付き、

「なんだと……?」

 空を見上げた。
 支配下にあるはずの雷雲が彼の制御を離れ、暴走を始めていた。
 いや、まるで横から誰かに雲の制御を奪われたかのような――その時、雷雲に閃光がほとばしった。

「な――っ!」
「え?」

 驚愕するヴォバン。釣られて空を見上げ、唖然とした表情を太老も浮かべる。

「待て待て! 今、システムを起動してるのにそんなバカでかいのを撃ち込んだらっ!」

 太老は焦った。これまでのヴォバンの戦闘データから予想していた数値を遥かに上回るエネルギーが上空に集まっていたからだ。
 既にヴォバンの権能を封じる≠スめのシステムは起動している。即席で組んだものだが、それなりに自信のあるシステムだ。カンピオーネの権能は高次元生命体の使う特殊な力と言うだけで、基本的にはエスパーの使う超能力の仕組みと然程変わりはない。そこに目を付けた太老は過去に鷲羽がS級エスパーの能力を封印した時に使用した対能力者用のシステムを、ヴォバンの戦闘を解析したデータからカンピオーネ用に書き換え利用することを思いついた。
 こうした力に依存しているタイプの手合いは、能力を失えば自滅するのも早いだろうと考えてのことだったのだが……。
 轟音――大気を揺るがし、大地を振動させるほどの衝撃が走る。極大の稲妻が雷雲よりほとばしり、大地へと降った。

「ぐおおおおおっ!」
「ちょっ!」

 一瞬のことで避ける余裕もなく、稲妻の直撃を受けるヴォバン。
 慌てて、太老はその場から離れようとするが間に合わない。
 辺り一帯を吹き飛ばす巨大な稲妻と暴風が、ヴォバンを中心に吹き荒れた。


   ◆


「これはまた……」

 甘粕は、どう処理したものかと頭を掻く。
 文京区根津、不忍池(しのばずのいけ)から流れ込んだ水が滝のように底の見えない大穴へと注がれる。
 街の一部を分断するように出来た大穴。それは自然のものとは思えない極大の雷によって生み出された大地の裂け目だった。

「幾らなんでも、これはやり過ぎです! 前回のことといい今回のことといい。あなたは周囲への配慮が足りなすぎます!」
「はい、反省しています……」

 シュンと正座をして猛省する護堂を、烈火の如く叱りつける祐理。
 ヴォバンが最後に放った雷――本人は自分が集めたものと思い込んでいたようだが、実はその雷を収束・増幅させた人物が別にいた。
 ヴォバンが集めた雷雲を横から掻っ攫い、偶然にも目覚めた『山羊』の能力を使って護堂が太老の援護を試みたのだ。
 あのままでも十分どうにかなったと考える太老からすれば、余計なお世話とも言うが……。
 ただ、それだけならここまでの被害にはならなかっただろう。その戦いを見守っていた群衆のなかに『龍皇』がいたことが問題を大きくした。

 ひかりは祈った『太老の勝利と無事を』――
 ひかりの想いに『龍皇』は応えた。太老の言葉を忠実に守って。

 ひかりと『龍皇』の心が一つとなって、力の一部を『山羊』へと供与したのだ。
 その点を考えれば、この程度で済んでよかったと喜ぶべきかもしれない。

「お兄ちゃん……まさか、こうなることがわかっていたの?」
「いや、最後のはさすがに予想外だったんだけど……」

 雷の余波を受けボロボロに焼け焦げた太老は、護堂と同じく地面に正座をさせられていた。
 ――護堂の奴、余計なことをしやがって!
 と心のなかで愚痴を溢す太老だったが、桜花の迫力に気圧され何も言えなかった。

「じゃあ、あの後どうするつもりだったの?」
「あの爺さんの権能(チカラ)って迷惑なのばかりだろう? 封印しようと考えてたんだよ」
「……封印? そんなことが出来るの?」

 仮にも神の力だ。そんなことが可能なのかと疑問に思う桜花だったが、

「解析は完了してたしな。弱らせてからなら、なんとかなると思ったんだ。まあ、最後の詰めで零式の主砲を撃つか『樹』の力を借りるかで悩んでたんだけど」

 物騒な単語を耳にして、桜花は眉をひそめる。

「お兄ちゃん、このことは水穂お姉ちゃん達に報告するから覚悟しておいた方がいいよ?」
「ちょっ!?」

 太老が何かを言っているが、疲れきった表情で桜花は無視した。
 しかし言われてみれば、納得の行く話ではあった。過去に白眉鷲羽はS級エスパーの能力を船のバックアップもなしに、完璧に封じてみせたことがある。同じようなことが弟子の太老に出来ない道理はない。特にデータの解析や改竄などは太老の得意とすることだ。時間を掛ければ、確かにそのくらいのことは出来そうだと桜花は考えた。
 それに――実際、目の前にその証拠があるのだから疑う余地はない。

「折角、真面目にやって仕事も終わりかけていたってのに……」

 夏は目の前だって言うのに、また何日も書類に埋もれるのかと思うと気が重くなる太老だった。
 ――これというのも全部、爺さんの所為だ!
 と、八つ当たり気味に気絶しているヴォバンの頭を右手で鷲掴みにする太老。

「タフな爺さんだな。おい、起きろ」
「うっ……」

 太老にペシペシと頬を叩かれて、ゆっくりと目を覚ますヴォバン。

「一体、何がどうなって……小僧! まだ勝負は――」

 途中まで言いかけて、ヴォバンは何かがおかしいことに気付いた。
 太老が……いや、周りにいる人間すべてが異常に大きく見える。恐る恐る自分の身体を確認するヴォバン。
 顔を触り、頬をつねり、髭を引っ張り、ヴォバンの表情が段々と青くなっていく。

「よく似合ってると思うぞ、爺さん。うん、前よりプリチーだ」

 恐怖の象徴とされ、人々に恐れられた嘗ての姿はそこになく、全長四十センチの灰色狼(グレーウルフ)のぬいぐるみへと姿を変えた古き王の姿がそこにあった。
 サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン――またの名を『ぬいぐるみ侯爵』と言う。




 ……TO BE CONTINUDE



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.