「それ特注品で二本しかないんだから、ちゃんと返せよ」

 リィンの視線の先には、先程サラに貸した愛用の片手銃剣(ブレードライフル)があった。
 サラに釘を刺しながら、リィンはエリオットを救出するため司令室のある棟を目指していた。
 人質がどこに囚われているか分からない以上、頭を押さえるのが一番手っ取り早い。それに第四機甲師団に降伏を促すにせよ、見せしめに処刑するにせよ、人間心理として切り札は手元に置いておきたくなるものだ。運がよければ、そこにエリオットがいるかもしれない。そう考えての行動だった。

「わかってるわよ。貯め込んでるくせにケチ臭いわね」

 不満げに愚痴を漏らすサラ。〈西風〉クラスの猟兵団の部隊長ともなれば、かなりの報酬を得ていたはずだ。そこに加えて帝都に構えていた喫茶店も、かなりの繁盛を見せていた。年中金欠のサラからすれば、リィンは十分に金持ちと言えた。
 実際にリィンは日本人だった頃の節約癖が抜けないようで、金遣いの荒い人間が多い猟兵にしては珍しく、かなり貯め込んでいた。

「なんで、お前……そんなに金がないんだよ。有名な士官学院の教官ともなれば、そこそこ給料もらってるはずだろ?」
「ぐっ……それは……」
「まあ、大体は予想が付くけど。なあ、フィー」
「ん、サラ。お酒は程々にね」
「余計なお世話よ!」

 息の合った二人のツッコミに思わず声を上げるサラ。
 どちらが大人と子供か分からないやり取りをしながら長い廊下を抜け、角を曲がろうとした――その直後だった。
 武装した領邦軍の兵士と鉢合わせになるリィンたち。サラが咄嗟に身構えた瞬間――
 相手が驚いている隙に、リィンの拳とフィーの膝蹴りが兵士の鳩尾に決まり、一瞬で相手の意識を刈り取った。

「アンタたち容赦ないわね……」
「声を上げられても面倒だ。先を急ぐぞ」

 慣れた動きで兵士を処理し、先を急ぐ二人の後をサラも追い掛ける。
 遊撃士時代に何度かやり合ったことがあるとはいえ、その手際の良さと戦闘力の高さにはサラも驚きを隠せない。
 サラも最年少でA級遊撃士となったことで、天才などともてはやされたこともあったが、リィンやフィーと同じ歳の頃にここまで出来たかと言われると疑問が残る。
 遊撃士になる前――猟兵時代の自分と比べても、二人の実力は飛び抜けているとサラは考えていた。

(クラウゼルの名を冠する者か……)

 一部の遊撃士や猟兵の間で、リィンとフィーはそう呼ばれていた。リィンに至っては〈猟兵王〉の後継者として名を挙げる者たちがいるほどだ。
 しかし、実際にこうして実力を見せられれば、その話にも納得が行く。実力もさることながら年齢の割に完成度が高すぎるのだ。
 歳が若いうちは切り替えが難しく、仕事とプライベートを上手く両立できる若者は少ない。仕事と割り切れればいいが、人間のやることだ。そこには当然、感情が入る。それを顔にださないのがプロというものだが、サラにだって調子の良い時、悪い時はある。大人になるにつれて、そうした割り切りを覚え、感情をコントロールする術を身に付けていくものだが、プロ意識が高いというべきか? サラも驚くほど高いレベルで二人は実践してみせていた。
 軽口を叩きながらも、サラ以上に周囲への警戒を怠っていない。それどころか、敵と遭遇した時の咄嗟の判断力や思い切りの良さは、目を瞠るものがある。正直、年齢を偽っていると言われた方が、サラとしては納得が行くくらいの異常さだった。
 特にリィンに至っては、年齢以上の何かを感じずにはいられない。歳は十八歳と、まだ二十にもなっていないはずなのに――
 ナイスミドルが好みのサラにして、たまにドキリとさせられる風格のようなものが、リィンには備わっているように思えてならなかった。

「ん……?」

 そんなことを考えながら走っている時だった。サラは周囲を見渡し、〝一人〟足りないことに気付く。

「そういえば、あの子はどうしたの?」
「ん? アルティナのことなら、他にやってもらうことがあるから別行動だ。それより、そろそろ格納庫にでるぞ。声を抑えろ」

 格納庫へでる扉を抜けた瞬間、サッと身を隠す三人。物陰から様子を窺いながら、フィーは気配を探る。

「機甲兵が二に、見張りの兵士が六。ほとんど出払っているみたい。どうする?」

 兵士だけならまだしも機甲兵が残っていると聞いて、リィンは警戒の色を強める。

「機甲兵が面倒だな。サラ、いざとなったら任せていいか?」
「一体くらいならなんとかなるけど……さすがに二体同時は厳しいわよ。それよりアンタは武器なしで大丈夫なの?」
「まあ、いざとなったらなんとでも……」

 生身で機甲兵に勝てると言い切れるあたり、サラも常人離れしている。
 しかし、武器を持った兵士をあっさりと無効化したとはいえ、いまのリィンは無手だ。
 人間相手ならまだしも、さすがに機甲兵が相手では分が悪い。そのことはリィンもわかっていた。
 とはいえ、奪われた武器を回収しているような時間はない。何か武器になりそうなものはないかと格納庫を見渡すリィン。
 そして――

「丁度良いのがあった」

 格納庫を見下ろしながら、ニヤリと笑みを浮かべるリィン。
 その視線の先には、列車の荷台に仰向けに固定された機甲兵の姿があった。


  ◆


「くっ、第四機甲師団め! 人質がどうなってもいいと言うのか!」

 基地を揺るがす爆音。それは第四機甲師団が主力としている戦車の砲撃音だ。
 まだ約束の期日まで五日以上ある。一週間以内に回答がない場合は人質を殺すとは言ってあったが、降伏勧告から僅か二日で仕掛けてくるなど、降伏を促した司令官からしても完全に予想外のことだった。

「こうなったら……人質をここに連れて来い!」
「は、はい!」

 部下に人質を連れて来るように指示を飛ばす司令官。兵士が部屋を出て行き、しばらく経った時だった。
 無数の爆音と銃声が響き、兵士の悲鳴のような声が廊下を伝って司令室まで響いてくる。

「な、なんだ! 何が起こっている!」

 しかし、その質問に答えてくれる部下は一人もいない。
 第四機甲師団の奇襲か? まさか敵に侵入された? いや、幾らなんでも早すぎる。橋を突破されたという報告は、まだ入っていない。なら、何が起こっている――
 様々な憶測が頭の中を巡り、不安と恐怖が司令官の心を支配していく。
 そんな時、ようやく指示を飛ばした兵士が、人質を連れて戻ってきた。

「司令! 人質を連行しました!」
「遅い! 早くこちらへ連れて来い! それと、基地内で何が起こっているのか、すぐに確認しろ!」
「は、はい。直ちに!」

 司令官に人質を引き渡すと、慌てて部屋を飛びしていく兵士。それから、僅か数分後のことだった。
 音が止み、静まり返った基地内にバタバタと兵士の足音が響く。
 ――バンッ! と勢いよく扉を開け放ち、随分と慌てた様子で司令室へ飛び込んで来る一人の兵士。
 呼吸を整え、兵士が報告を口にしようとした――

「報告しま――」

 その時だった。
 突然の爆発。入り口の扉が粉々に砕け散り、背中に強い衝撃を受けた兵士は転がるように壁に叩き付けられる。

「ビンゴ――ここで当たりみたいね」
「サラ……。さすがに、やり過ぎ……」
「ぐっ! それは、この武器に言って頂戴! 調整がピーキーすぎるのよ!」

 白い煙の向こうから現れたのは、片手銃剣(ブレードライフル)を手にした紫色の髪の女と、双銃剣(ダブル・ガンソード)を装備した銀髪の少女だった。
 突然のことに頭がついていかない司令官を無視して、言い争いを続ける二人。

「リィンのそれは特別製だから仕方ない。予備の武器を用意しなかったサラが悪い」
「ちゃんと、あの子のことを教えてくれてたら、予備の武器くらい用意したわよ」
「……予備の武器を用意するミラあるの?」
「ありません。ごめんなさい。あたしが悪うございました!」

 コントのようなやり取りを目の前で見せられ、ようやく状況を把握した司令官は顔を真っ赤にして声を上げる。

「な、なんだ貴様たちは!?」

 腰の剣を抜き、悲鳴にも似た声を上げる司令官。
 威勢は良いがどこか腰の引けた男を前に、二人の侵入者は堂々と名乗りを挙げる。

「フィー・クラウゼル」
「サラ・バレスタインよ」

 ポカンとした表情で、二人の名前を聞く司令官。どちらも耳にしたことのある名前だった。
 そして、ようやく何が起こっているのかを理解した司令官は怒声を上げる。

「そうか、貴様たち報告にあった猟兵か! やはり革新派の回し者だったか!」
「正確には違うんだけど、まあ……この状況だと、そう思われても仕方ないわよね」

 司令官の的外れとも言える勘違いに、肩をすくめる仕草を見せるサラ。
 とはいえ、正規軍の襲撃に合わせて登場すれば、勘違いされても仕方のないことと言える。

「くそっ! だが、こちらには人質がいる!」
「きょ、教官……」

 激昂して人質に剣を突きつける司令官。
 先程まで一言も声を発さなかった人質――エリオットが、サラの名前を呼ぶ。
 エリオットの視界は布で覆われ、手には鋼鉄の手錠が嵌められていた。

「武器を捨てろ! 人質の命がどうなってもいいのか!?」
「諦めなさい……って言っても無駄か」

 目が血走った男を見て、下手に刺激するのはまずいと、サラは判断する。
 ここまでは作戦通りと言えるが、人質を盾に取られては迂闊に手を出せない。
 そう考え、フィーへ小声で話しかけるサラ。

(どうするつもりなの?)
(大丈夫。そろそろ――)

 フィーが何かを言おうとした、その時だった。
 爆発音と共に大きな揺れが建物を襲う。その揺れで体勢を崩し、足を取られる司令官。

「ぬあっ! なんだ、この振動音は――ぐはっ!」

 その隙を突いて、どこからともなく現れた黒い傀儡が、司令官とエリオットの間に素早く割り込む。
 司令官をはね除け、エリオットを奪い取ると、フワリと浮かんで空中に逃げる傀儡。
 そんな傀儡の片腕には、フィーより更に幼い少女の姿があった。

「任務完了。対象を確保しました」
「おのれえっ!」
「させない――」

 最後の悪足掻きとばかりに胸もとから導力銃を取りだし、傀儡の少女――アルティナへと銃口を向ける司令官。
 しかし、アルティナが動くと同時に飛び出していたフィーが司令官へと距離を詰め、双銃剣(ダブル・ガンソード)を振り抜いた。
 白眼を剥いて、その場に倒れ込む司令官の男。
 一瞬の出来事に出遅れたサラが、ようやく理解の行った様子で溜め息を吐いた。

「なるほどね。あたしたちの方が囮だったってわけか……。そういうことは作戦の前にちゃんと言っておきなさいよ」
「サラは顔に出やすいから伏せておいた方が上手くいくってリィンが」
「あのクソガキ!」

 リィンに上手く利用されたのだと知り、悔しそうに地団駄を踏みながらサラは叫ぶ。

「出来たら……目隠しと手錠を外してくれないかな?」

 〈クラウ=ソラス〉の腕に抱かれたエリオットの呟きが、そんなサラの耳に届くことはなかった。


  ◆


「これ、どういうこと?」

 エリオットを救出し、基地の外にでたサラたちが目にしたのは――
 橋の中央で機甲兵に乗ったリィンと、正規軍の戦車が睨み合いをしている光景だった。

機甲兵(こいつ)で派手に暴れてたら勘違いされちゃったみたいでな……』
「アンタねえ……ちょっとは加減ってものを考えなさいよ」
「サラは他人(リィン)のこと言えないと思う」

 自分のことを棚に上げたサラの発言に、フィーの冷静なツッコミが入る。

(しかし、どうしたものか……)

 モニタ越しに正規軍の戦車を眺めながら、操縦席で腕を組んでリィンは唸る。
 機甲兵を降りたところで、事情を説明する前に拘束されるのがオチだ。

(いっそ、このままアルフィンとエリゼを回収して逃げるか)

 面倒になったリィンが逃走を考え始めていた、その時だった。
 ぞろぞろと無数の人影が双龍橋の方から現れ、リィンと正規軍の間に割って入る。
 そのなかに、よく見知った人物の姿を見つけ、リィンは驚きの声を上げた。

『ア、アルフィン!?』
「はい。やはり、その機甲兵を操縦しているのは、リィンさんでしたか」
『まあ……成り行き上な。それで、その人たちは?』
「鉄道憲兵隊の皆さんです。リィンさんたちが行った後、彼女と合流しまして……」

 アルフィンの紹介で鉄道憲兵隊の制服に身を包んだサイドテールの女性は、リィンの乗った機甲兵に頭を下げる。
 まさか――と思うも、その特徴に合致する人物は、リィンの記憶に一人しかいなかった。

「帝国軍・鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。皇女殿下から大凡の事情は伺っています。後のことは我々にお任せを」

 クレア・リーヴェルト。帝国軍・鉄道憲兵隊に所属する指揮官で、ルーファスと同じ〈鉄血の子供たち〉の一人だ。
 クレアの指示で正規軍との間に立ち、直ぐ様、事態の収拾を始める鉄道憲兵隊の精鋭たち。
 リィンがこの睨み合いから解放されたのは、それから十分後のことだった。


  ◆


「すまなかった!」

 オレンジ色の髪をした髭面の男に、リィンは頭を下げられていた。
 エリオットの父親――〈紅毛のクレイグ〉の名を持つ第四機甲師団の総指揮官だ。

「息子を救ってくれた恩人に武器を向けるなど……知らなかったこととはいえ、本当に申し訳なかった!」
「いや、もういいですから……」
「ゆ、許してくれるのか?」
「些細な行き違いですし……」

 この情けない姿を見れば、勇猛果敢で知られる将軍と同一人物には、とても見えない。

(この世界の親父どもは、なんでこう親バカばっかりなんだ……)

 〈結社〉の計画や〈赤い星座〉の目的などよりも、ずっと謎だとリィンは呆れながら溜め息を吐いた。
 あれから双龍橋はクレイグ中将とクレア大尉の指揮の下、正規軍が制圧し、現在は第四機甲師団の占領下に置かれていた。
 帝国正規軍――その名前から革新派の勢力と思われているが、正確には皇帝が統帥権を持つ国の軍隊だ。領邦軍の総指揮権は彼等を雇用している貴族にあるが、正規軍の総指揮権は皇帝にある。正規軍は国軍、領邦軍は貴族の私設軍と考えれば、大体のところは間違っていない。このことからも分かる通り、彼等は皇帝ひいては皇族に忠誠を誓う軍隊だ。そのため、貴族連合の主張と真っ向から対立する構造が生まれていた。
 皇帝の言葉ならまだしも、貴族の主張には従えない。それが正規軍の言い分だ。
 彼等の言い分も間違ってはいないのだが、その皇帝は貴族連合の手中にある。それが正規軍の立場を危うくする理由ともなっていた。

 戦争に必要なのは、人や金、物だけではない。重要なのは、その目的――大義だ。
 貴族連合は皇帝を手中に収めることで自分たちの行動の正当性を声高々に叫び、帝国各地で抵抗を続ける正規軍の非難を強めている。その所為で、いまでは正規軍も逆賊扱いだ。新聞やラジオでは、連日のように反政府組織(革新派)に協力的な正規軍を非難する記事が飛び交っている。貴族連合が自分たちの都合の良いように流した偏向記事ではあるが、帝都と皇帝の二つを領邦軍に押さえられている現状では、どれだけ声を上げて反論しようと正規軍の主張は空回りするばかりだ。

 そこで重要となってくるのが、まだ貴族連合の手に落ちていない皇族の動きだ。
 オリヴァルトはカレイジャスを使って帝国全土に睨みをきかせることで、皇帝家が貴族連合の主張を認めているわけでも内戦を望んでいるわけでもないことを内外に示し、彼等の正当性を崩そうとしている。そうすることで、正規軍が動きやすい状況を作り出そうとしているわけだ。
 しかし、オリヴァルトは革新派の人間ではない。あくまで中立派の人間だ。正規軍に味方しているのは、領邦軍に対抗するために正規軍の力が必要だと考えているからに過ぎない。そうした行為は内戦を長期化させる要因ともなりかねないが、だからと言って放置すれば、貴族派にとって都合が良いように国は造り変えられてしまう。
 そうなってからでは、すべてが遅い。事実、その兆候がケルディックを始め、帝国各地で現れ始めている。
 革新派のやってきたことがすべて正しいとは言わないが、いまの帝国に改革が必要なことはオリヴァルトも認めていた。
 だからこそ、こうして内戦が起こってしまった以上、その状況を利用してオリヴァルトは帝国の膿を出し切るつもりでいるのだろう。その結果、生じるであろうリスクを承知の上で――
 同じ中立でも、一日も早く内戦を終わらせたいと考えているアルフィンとは、違った考え方だ。

 リィンがオリヴァルトを信用できないと感じるのは、そういうところだった。
 帝国の未来を切実に憂慮しているという意味では、オリヴァルトの行動も間違っているとは言えない。それに、猟兵として様々なことに手を染めてきたリィンには、オリヴァルトの行為を非難する資格はない。しかし同時に、帝国やオリヴァルトの理念のために身を粉にして働く理由も、リィンにはなかった。
 確かに猟兵は報酬を得て仕事をする。しかし、依頼を受けるかどうかを決めるのは猟兵であって、依頼をする側ではない。自分の意思と関係のないところで利用されることを、リィンは嫌っていた。
 その理由は、フィーにある。トヴァルの時に拒絶したのも一番の理由はそこだ。
 だからこそ、クレイグ中将に一人呼び出されたリィンは、正規軍に対しても警戒を募らせていた。

「それで? 息子の恩人に頭を下げるためだけに、俺をここに呼んだわけじゃないですよね?」
「うむ……皇女殿下のことだ。キミは皇女殿下に雇われているという話だが……」
「ええ、確かに皇女殿下に雇われています。それが〝何〟か?」

 アルフィンの保護を主張してきたり、無理矢理協力させられそうになれば、第四機甲師団を敵に回しても逃げ出すつもりで、リィンは中将に真意を尋ねる。
 そんなリィンの鋭い視線を感じ取って、クレイグは直ぐ様、謝罪を口にする。

「不快にさせたのなら謝罪する。ただ、礼を言わせて欲しいだけだ。息子ばかりでなく皇女殿下を救って頂いたこと、軍に身を置くものとして深く御礼を申し上げる」

 深々と頭を下げるクレイグ。さすがは年の功と言ったところか?
 こんな風に謝罪と感謝を述べられては、リィンとしてもトヴァルに見せたような態度は取れない。

「警戒をされているようなので正直に話すが、大凡の経緯は皇女殿下から伺っている。皇女殿下がセドリック殿下を救出するため、〈紅き翼〉と同じく独自に動かれていること。そして〝いま〟はまだ、我々の〝保護〟を求めていないということも……」

 アルフィンやリィンの立場を尊重しながらも、〝いま〟はと可能性を残すあたり抜け目がない。
 実際、エリオットのことでは感謝しているのだろう。しかし、軍人としての立場が彼にもある。
 これが中将に出来る精一杯の譲歩なのだと、リィンは察した。その上で、リィンは中将に尋ねる。

「それを承知の上で、協力関係を結びたいと?」
「うむ……もっとも、皇女殿下からも言われている通り、最大限キミたちの意見を尊重するつもりだ。強制するつもりはない」

 アルフィンの意思を尊重したことにして、いざという時には協力を得られるように関係を築いておきたいと考えているのだろう。
 逆に言えば、リィンたちも可能な範囲で第四機甲師団の協力を得られるということだ。
 一方的に利用されることを考えれば、悪くない提案だった。

(このおっさん、なかなか食わせ物だな。とはいえ、ここが落としどころか。問題は……)

 部屋の隅に居る、もう〝一人〟の人物に視線を移すリィン。
 中将との会話をずっと黙って聞いていた鉄道憲兵隊の指揮官――クレアに、リィンは先程と同じ質問をした。

「鉄道憲兵隊も、第四機甲師団と同じ考えと思っていいですか? クレア大尉」
「はい。それに、あくまで双龍橋の奪還と第四機甲師団との合流が我々の目的でしたから」
「ああ……あのタイミングで現れたのは、ようするに機会を窺っていたと」

 否定も肯定もしないクレアを見て、大体の事情を察するリィン。
 人質の救出ではなく、敢えて「双龍橋の奪還」とクレアが口にしたのは、そういうことだ。
 第四機甲師団の攻撃に合わせ、警備の手薄になった背後から挟撃を仕掛ける計画だったのだろう。
 学生一人の命と双龍橋の奪還。どちらの方が優先度が高いかは誰にでも分かる。軍人らしい合理的な考え方だ。
 作戦を指示した本人とはいえ、思うところがないわけではなかったのだろう。クレアの表情には陰りが見えた。

「感謝はしています。あなた方がいなければ、中将のご子息を助けることは出来なかったでしょうから……」

 そう言って、頭を下げるクレア。謝罪のつもりなのだろうが、クレアに頭を下げられる理由がリィンにはなかった。
 うんざりした表情でリィンは、クレアの誤りを指摘する。

「頭を下げる相手が違うでしょ……。そういうのは鉄道憲兵隊(あなたがた)が見捨てようとした学生にしてください」

 こんなことを言うつもりはなかったが、罪悪感を抱いてますといったクレアの顔を見ると、リィンは言わずにはいられなかった。
 悪人ではないが、面倒な女だとクレアを評価するリィン。職務に忠実なのだろうが、軍人にしておくには優しすぎる。
 貴族派に〈氷の乙女(アイス・メイデン)〉と恐れられる彼女だが、リィンにはとても――そんな風に見えなかった。



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