アルティナの話を要約するとこうだ。領邦軍がレグラムにやってきたのはカイエン公の差し金で、助っ人がデュバリィなのはクロスベルとの行き来で元々留守にしがちな彼女が、貴族連合との接点も少なく一番目立たずに行動できるからというものだった。
そう聞けば納得は行くが、さすがに助っ人がデュバリィ一人というのはどうなんだ、とリィンはアルティナに尋ねた。
「クロチルダ様たちには現在、監視がついていますので」
ヴィータや他の〈結社〉のメンバーにも動けない理由があった。それがカイエン公だ。
セドリックを〈赤い星座〉に拉致されてから、いつも自信ありげだったカイエン公の表情から余裕が消えた。
一時期はルーファスがそんなカイエン公を宥めていたが、一向にセドリックの救出は疎かアルフィンの確保もままならず、更には正規軍に双龍橋を奪還された報を受けた時は、随分と荒れていたそうだ。そのことで、なかなか成果を出せずにいる〈結社〉はカイエン公から疑惑の目を向けられるようになった。
カイエン公が〈黄金の羅刹〉や〈黒旋風〉を動かした背景には、そうした事情があった。
「大体事情は分かったが、カイエン公が〈赤い星座〉の潜伏場所を知っていたのは何故だ? ルーファスが話したのか?」
「信じてはもらえないかもしれませんが、〈赤い星座〉の情報に関して私はルーファス郷に報告していません。リィンさんがクロチルダ様と取り引きをしたケルディックでの夜が最後で、それからは一度も連絡を取っていない状況です」
「連絡を取っていない? どういうことだ?」
「正確には連絡が取れない――が、正しいかと」
ずっとルーファスと連絡を取り合っていたものと思っていたリィンは、アルティナの説明に驚く。
しかし、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
「その件については、わたくしが説明しますわ」
「何か知ってるのか?」
「はい、それは勿論。クロチルダ様からの伝言も預かっていますし」
そういうことは、もっと早く言えよ――という視線を全員から向けられ、デュバリィは顔を背ける。
「と、とにかく……ルーファス卿ならスパイ容疑を掛けられて軟禁されていますわ。連絡が取れないのは、その所為でしょう」
「……スパイ容疑で軟禁だと? どういうことだ?」
一瞬、例の取り引きのことを疑われたのかと思ったが、カイエン公に知られるようなヘマをルーファスがするとは思えない。
それに〈鉄血の子供たち〉の筆頭であることがバレたという線も普通に考えて薄いだろう。
ルーファスはアルバレア公爵の息子だ。貴族連合の総参謀にして公爵家次期当主の座が約束された立場でもある。
ギリアスとルーファス本人しか彼が革新派の人間であることを知らない以上、そのことがバレることはありえない。
なら、どういうことなのか? と、リィンはデュバリィの話に疑問を持つ。
「その件でクロチルダ様から、あなた宛に伝言を預かっています。『仕掛けを知る者が舞台の外にいる可能性あり。記憶を頼りに動くのは危険』と、意味はさっぱりわかりませんが……」
デュバリィに託された伝言。
その意味を瞬時に理解したリィンは目を瞠り、険しい表情を浮かべた。
◆
その後、休憩を挟むことになり、リィンたちはマイルズの手配した宿で身体を休めていた。
そんなリィンの元へ、アルフィン、エリゼ、フィーの三人が訪ねてきた。リィンから話を聞くためだ。
アルフィンが代表してリィンに尋ねる。
「ずっと、おかしいと思っていました。例の取り引き≠フこと――前世の知識について、話をされていたのですね?」
「すべてじゃないがな。信用してもらうためには必要だった。だから、アルティナには少し細工をさせてもらったんだ。ルーファスに知られるわけにはいかなかったからな」
ホットミルクを勧めてアルティナをリラックスさせ、警戒が解けたところでヴィータに暗示の魔術≠掛けてもらった。
あの時、アルティナの記憶が曖昧だったのは、その魔術の副作用のようなものだ。
アルティナには表向きの理由を如何にも真実であるかのように思わせ、その裏でリィンはヴィータと密約を交していた。
「どうして、そのようなことを?」
「――クロウ・アームブラスト。ヴィータが見出した〈騎神〉の起動者だ。そして俺の知る歴史では、彼は物語の最後に死ぬことになっている。ヴィータを取り引き¢且閧ノ指名したのは、そのためだ」
「協力者≠フ話や魔女の願い≠聞くという話は、それを隠すための表向きの理由ですか……」
「協力者が欲しかったのは嘘じゃないけどな。最初はすぐに信じてはもらえなかったけど、幾つか情報を確かめあって……お互い、大切なものを守るために協力を約束した。それが〈魔女〉と交した取り引き≠フ真相だ」
リィンの説明に納得の表情を浮かべるアルフィンたち。
とはいえ、秘密にしていた理由には納得は行くが、一言の相談もなかったことには寂しさがあった。
もっと頼って欲しいと思うのは我が儘なのだろうか?
そんな風にアルフィンは思う。そしてそれは、エリゼやフィーも同じ気持ちだった。
「バカです。兄様は……」
「ん……少しは変わったと思ってたのに学習能力がない」
「ぐっ……黙っていたことは悪いと思うが、必要なことでだな」
エリゼとフィーに呆れられ、分が悪いと思いつつも反論するリィン。しかし――
「リィンが頑張っているのは知ってる。でも、それは一人でやることじゃない。私たちの問題でもある」
「フィーさんの言うとおりですわ。リィンさんはなんでも一人で抱え込みすぎです」
「頼りないとは思いますが、もう少し……私たちにも支えさせてください」
こんな風に三人に言われては、リィンも返す言葉が見つからなかった。
「……すまなかった」
素直に頭を下げるリィン。ルーファスを欺くためとはいえ、こういう事態を招いてしまったことは素直に認めざるを得ない。
とはいえ、今回の一件に関しては、リィンの予想は勿論のこと魔女の思惑をも越えた出来事だった。
空回りした原因は――デュバリィが持ってきたヴィータの伝言。そこに真実があった。
あの一言で、アルフィンたちも気付いたのだ。自分たち以外に前世の知識≠持つ何者かがいると――
「リィンさんと同じ前世の記憶を持つ方が、どこかにいるということでしょうか?」
「その可能性は高いと思う。そいつが黒幕なのか、利用されているだけなのか、そこは分からないけどな」
アルフィンの言うように、その可能性が高いとリィンは考えていた。
――内戦の外からシナリオを描いている何者かがいる。そして、その何者かは恐らく原作≠フことを知っている。
同じ転生者なのか、なんらかの方法でそれを知ったということなのか、そこまでのことは分からない。しかしそう考えると、これまでのことにも納得が行く点が多い。〈赤い星座〉を雇い、セドリックを誘拐したのも――その何者かが関与している可能性が高いということだ。
「……どうするの?」
「前世の知識というアドバンテージは失ったと思っていい。それどころか、後手に回ってる今の状況では……正直、出来ることは少ない」
これからどうするのか、というフィーの質問にリィンは苦々しげに答える。
相手の正体が分からないこともそうだが、相手は原作知識を武器に率先して歴史に干渉しているというのに、リィンの方はこれまで内戦に深く関わることを避け、後手に回っている状況だ。
セドリックの件といい、随分と前から計画を練っていたことは間違いない。ヴィータがデュバリィに伝言を託した理由にも納得が行く。それだけ彼女も正体の知れない相手に危機感を抱いているということだ。
しかし、このまま終わるつもりはなかった。相手の思惑が分からない以上、放置することはリィンにとってもリスクが大きい。最悪、アルフィンやエリゼ、フィーにまで害が及ぶ危険すらある。それを見過ごせるはずがなかった。
「だが、このまま好きにさせるつもりはない。まずは予定通りに、セドリック殿下を救出する。可能であれば〈赤い星座〉からも知っていることを聞き出す必要があるだろうな。その先は――」
今後の方針を三人に語って聞かせるリィン。
当初の目的に変更はないが、これまでよりも積極的に動く必要があると感じての話だった。
「アルフィン。少し早いが、例の計画を実行に移す」
「……よろしいのですか?」
「相手が未来の知識を元に動いているのなら、その裏をかけるのは、そのことを知っている俺たちだけだ。だからヴィータもデュバリィに伝言を託した。そして――その鍵は恐らく、アルフィン。キミが握っている」
「わたくしが……」
アルフィンが以前、口にした目的。それは、内戦を終わらせる道筋を示した計画だった。
いや、計画と呼べるほど大層なものではなく、あくまで理想として語ったものだ。
現状ではアルフィンの目的を叶えるには、かなりの困難を極める。それだけにアルフィン自身、それはまだ先のことだと考えていた。
「かなりの危険を伴うことになる。それでも協力してくれるか?」
「あれは、わたくしが自分から言いだしたことです。リィンさんが気に病むことではありません。それに――リィンさんが守ってくださるのでしょう?」
じっとリィンの目を見ながら、そう話すアルフィン。
切っ掛けはどうあれ、そうすると決めたのはアルフィン自身だ。遅かれ早かれ、こういう日がくることは覚悟していた。そして恐らくは、いまがその時なのだろう。
そんなアルフィンの覚悟に、リィンは応える。
「……ああ、必ず守る。俺たちの手で、この内戦を終わらせるぞ」
◆
軍を動かすには時間が掛かる。特に〈赤い星座〉のような高ランクの猟兵団を相手にするからには、領邦軍も相応の準備を整える必要があるはずだ。動くとすれば、早くて明朝だろう。そう考えたリィンは全員を集め、ある作戦を提案した。
領邦軍と〈赤い星座〉をぶつけ、彼等が争っている隙にセドリックを救出する。同時に、領邦軍の主力部隊が〈赤い星座〉との戦闘でレグラムを離れている隙に、領主の屋敷に監禁されている学生たちを解放するという作戦をリィンは提案した。
しかしそれには、ローエングリン城へ向かいセドリックを救出する部隊と、学生たちを解放する部隊の二つに分ける必要がある。
ただでさえ人手が不足している状況では、厳しい作戦となることは間違いなかった。
「本来であれば、少ない戦力を分散するのは得策とは言えない。しかし、今回はあくまでセドリックの救出と学生の解放が目的だ。そう考えると全員で動くよりは、少数の方が動きやすい。問題は、部隊をどう分けるかだが……」
「あたしは生徒の方を優先させてもらうわ。元々、そのつもりでついてきたわけだし」
「僕もラウラたちを……同じ士官学院の仲間を放っては置けません」
「では、私もその救出作戦、協力させて頂きます」
「……いいのか?」
サラやエリオットは分かる。しかし、アルティナはあくまでルーファスとの連絡役だ。エリオットが人質となっていた時でも彼女は、貴族連合に義理立てして戦闘に加わることはなかった。
なのに、彼女の方から作戦に加わりたいと言ってくるとは、リィンも思ってはいなかった。
「ルーファス卿のことは気になりますが、いま戻っても同じように警戒されるだけでしょう。それどころか、ルーファス卿が疑われている今、革新派との関与を疑われて私まで捕らえられる可能性があります」
アルティナの言うように、その可能性は確かにあった。
アルティナはルーファスが〈黒の工房〉から連れてきて少女だ。ルーファスが疑われている以上、彼女にも嫌疑は掛かっているはずだ。
「連絡が取れない以上、ルーファス卿から与えられた依頼は継続中です。そして任務に支障がでない範囲であれば、出来る限りの協力をするように言われています」
ルーファスが囚われていると知って尚、任務は継続中だと話すアルティナ。
「……分かった。あてにさせてもらう」
彼女にとって、ここが落としどころなのだろうとリィンは察する。
ルーファスに疑いが掛かっている今、貴族連合に戻れない彼女はリィンたちと行動を共にするしかない。
それに今回の一件、彼女にも思うところがあるのだろう。
「ローエングリン城への潜入は、俺とフィー。それにデュバリィで行う。大尉はギルドに残って、アルフィンとエリゼの護衛――それに後方支援を頼む」
「後方支援ですか?」
「〈紅き翼〉には近くで待機してもらっている。オリヴァルトに連絡すれば、すぐにでも救援にきてくれるはずだ」
「帰りのあてがあると言っていたのは、それですか」
「ああ、サラたちが学生を解放したら、〈紅き翼〉に協力してもらってレグラムを脱出してくれ」
リィンの言うようにアルフィンやエリゼ。それに学生たちの安全を考えれば、それが一番作戦の成功確率が高いように思える。
しかし、そうするとクレアには一つ気掛かりなことがあった。リィンたちのことだ。
「あなた方はどうするのですか? セドリック殿下を連れて脱出する策が?」
「ある。デュバリィ、あれを――」
リィンに促され、デュバリィは蒼い石の嵌まったペンダントを胸もとから取り出す。
「クロチルダ様が用意された転位用の魔導具です。一度に転位させられる人数に限度はありますけど……まあ、四人程度ならどうにかなるでしょう」
「〈蒼の深淵〉の魔導具……」
確かにそれなら、とリィンの提案に同意するクレア。
多少危険ではあるが、現状取れる作戦のなかでは、最も成功の確率が高い作戦だ。そのことはクレアも認めた。
しかし、この作戦――リィンたちの負担が特に大きい。敵に気付かれないためにも少数でなければいけないことや、実力的にもリィンたちが適任であることは理解できるが、最悪の場合〈赤い星座〉だけでなく、あの領邦軍の主力部隊を相手にすることになる。幾らリィンたちが強くても、かなりの危険を伴う任務だ。
「兄様……」
「大丈夫だ。こうした仕事は、猟兵時代に何度も潜り抜けてきたからな」
「ん……問題ない。私≠ニリィン≠フコンビは最強」
「いえ、あの……わたくしも……」
エリゼや皆に心配をかけまいと、リィンとフィーは胸を張って応える。
不安や恐怖がまったくないわけではない。しかし、これまでに何度も危機的状況を潜り抜けてきた二人だ。どんなに不利な状況でも、絶対に作戦を成功させるという決意と自信を持っていた。
そして――
「……わたくしを忘れないでもらえますか?」
ハブられたデュバリィは寂しげな表情で、声を上げて自分の存在を主張した。
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