「なんだ! この揺れは――」

 まるで戦場にいるかのような断続的な揺れに、人質たちの見張りをしていた兵士たちに動揺が走る。
 その直後――裏口の扉が開き、そこからオレンジ色の髪をした青年が魔導杖を手に階段脇をすり抜け、人質のいる玄関ロビーへと飛び込んできた。
 一瞬、驚いた顔を見せる兵士たちだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、手に持った銃剣を侵入者へと向けて叫ぶ。

「何者だ! 貴様っ!」

 銃を向けられ、この場から逃げ出したいほどに手足が震えるのを青年――エリオットは感じていた。
 どれだけ仲間たちに助けられていたのか、いまなら分かる。そして今度は自分が仲間たちを助ける番だ、とエリオットは気持ちを奮い立たせた。
 じっと兵士の出方を窺いながら、人質の方へ視線を向けるエリオット。そして一人の少女と目が合う。
 何も言わず一瞬だけ視線を交した後、すぐに魔導杖を手に兵士と向き合い、エリオットは何かを呟いた。

「大人しくしろ! 余計な真似をすれば――」

 二人いる兵士の一人が、エリオットに投降を呼びかけようとした、その時だった。
 再び、今度は更に大きな振動が屋敷を襲い、天井に設置されていたシャンデリアが床目掛けて真っ直ぐに落下してきた。
 これには、さすがの兵士も驚き、慌てた様子で横に飛び退くことで回避する。
 その一瞬の隙をついて〈ARCUS〉を駆動するエリオット。

「――ハイドロカノン!」

 エリオットがアーツを口にした瞬間、魔導杖から放たれた水の柱が兵士の一人へ襲いかかる。
 為す術なく水流に呑まれ、壁に叩き付けられる兵士。それを見た、もう一人の兵士が銃口をエリオットへと向ける。

「貴様っ!」

 アーツ発動直後の無防備なエリオットを、兵士の放った銃弾が襲いかかる。しかし――

「なにっ!」

 何もない空間から突然姿を現した黒い傀儡――〈クラウ=ソラス〉がエリオットを庇うように正面に立ち、兵士の放った銃弾をその太い腕で弾いた。
 突然の増援。これに驚き、形勢を不利と悟ったのか、兵士は人質に向かって銃口を向けようとする。

「動くな! 動けば、人質が――」
「遅いっ! ――洸円牙!」
「なにっ!?」

 兵士が銃口を向けるより早く、人質の輪の中から飛び出してきた青髪の少女が、手にした巨大な剣の腹で兵士の胴を薙ぎ払い、玄関の扉をぶち破って屋敷の外へと弾き飛ばした。
 フウと息を吐く少女。頭の後ろで一本にまとめられた長い髪が、風に煽られて上下に揺れる。
 ラウラ・S・アルゼイド。エリオットが捜していたVII組の仲間だ。

「助かったよ。ありがとう、ラウラ」
「礼を言うのは私の方だ。そなたの合図と、彼女が武器を探してきてくれたお陰で助かった」

 エリオットと人質の中から姿を見せたアルティナに礼を言うラウラ。
 作戦が上手くいったことで緊張が解けたのか、「はあ……」と息を吐きながらエリオットは床に膝をつく。

「安心するのは、まだ早いかと。敵の増援が来ないとも限りません」
「そ、そうだね。じゃあ、早速――」

 アルティナに指摘されて立ち上がろうとするエリオットだったが、思うように足に力が入らずフラフラと倒れかける。
 そんなエリオットの身体を支えたのは、ラウラの腕だった。

「ラウラ……ありがとう」
「気にするな。それより彼女の言うとおりだ。避難を急ごう」
「あ、うん……」

 ラウラに肩を貸してもらいながらエリオットは監禁されていた人々を誘導し、屋敷を後にした。


  ◆


「はあはあ……」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫ですわ。このくらい……」

 デュバリィは息を切らせながら、フィーに返事をする。
 無理もない。甲冑を身に纏っているばかりか腰には大きな剣を下げ、背中に鋼鉄製の盾を背負って城へと通じる険しい崖を素手で登ってきたのだ。むしろ、よく登れたと感心するくらいだった。

「どうにか城の裏手に回れたな」
「こ、これからどうするのですか?」
「また登る」
「……へ?」

 今度は城壁を見上げるリィンを見て、デュバリィは目を丸くして固まる。
 そんなデュバリィを放置して、器用に手足を使ってリィンとフィーは城壁を登り始める。

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 慌てて追い掛けるデュバリィ。額から汗を流しながら必死に二人の後をついていく。
 今更ながら、この仕事を引き受けたことを後悔する彼女だった。


  ◆


「はあはあ……も、もう登れませんわ……」

 まだ一度も戦闘になっていないというのに、突入前から息絶え絶えのデュバリィを見て、リィンは溜め息を漏らす。
 作戦前にこうなることはわかっていたので、リィンは軽装で来るようにと忠告はしたのだ。しかし、頑なに『騎士の命である鎧を脱ぐことは出来ない』と言って、完全装備でついてきたのはデュバリィだった。
 自業自得とも言えるが、ここまで文句一つ言わずについてきた、その根性は感心させられるものがあった。
 とはいえ、のんびりと休憩を取っている時間はない。デュバリィの息が整うのを待って、リィンは一枚の地図を床に広げた。

「えっと……これはなんですの?」
「ローエングリン城の見取り図だ」
「そんなものをどこで……」
「ギルドの資料室にあったのを拝借してきた。これだけの城なら、過去にギルドの調査が入っていると思ってたからな。案の定だ」

 堂々とギルドから盗んできたと話すリィンを、ジト目で睨み付けるデュバリィ。
 そんなデュバリィの視線に気付き、リィンは言い訳がましい反論をする。

「ちょっと借りただけだぞ? マイルズに説明してるような時間もなかったしな」

 まったく悪びれた様子もなく、そう話すリィン。デュバリィも呆れた様子で溜め息を吐く。

「地図を見ると分かるんだが、この城……構造上おかしなところが多いんだよな」
「ん……こことか、ここも変だね。たぶん隠し部屋とか、かな?」

 パッと見ただけで、隠し部屋の存在まで言い当てる二人の観察眼にデュバリィは素直に感心する。クロスベルの一件もあって、猟兵というものに余り良い感情を持っていなかったデュバリィではあるが、リィンとフィーの二人に対しては少し違った感想を抱いていた。
 デュバリィは剣の腕に絶対の自信がある。崇拝するマスターには及ばないものの戦闘力だけで言えば、結社の執行者と比べても見劣りするものではなく、仮にも鉄機隊の筆頭を任せられるほどの実力が彼女にはあった。
 しかし、同じ隊の仲間からも度々指摘されるように、頭が固いことは本人も自覚していた。実力はあるのに、それを生かしきれていない。良くも悪くも真っ直ぐすぎることが、彼女の長所であり欠点とも言えた。
 しかしリィンたちは、そんなデュバリィにはない発想力と柔軟な思考を持っていた。
 戦争を仕事と割り切り、金のためならどんなことでもする――それが猟兵というものだと、デュバリィは思っていた。
 しかしそんな考えは、この二人を見ていると忘れそうになってしまう。騎士とは違う型に嵌まらない考え方。それを生かす柔軟な思考と発想力。合理的なように見えて歪みがないのは、二人が自分なりのルール。確固たる信念を持っているからなのだとデュバリィは思う。

「デュバリィ……何、ぼーっとしてるんだ?」
「うっ……別に、ぼーっとなんてしてませんわ」
「そろそろ行くぞ。人質が捕らえられている場所の目星は大体ついた」
「え? もうですの? あ、待ってください」

 慌てて二人の後を追い掛けるデュバリィ。
 飄々としてどこか掴み所のないリィンと、いつもマイペースなフィー。
 そんな二人を見て、デュバリィのなかの猟兵に対する見方は少しずつ変化を見せていた。


  ◆


「ポイントC2――これで八箇所目だね」
「見つかりませんわね……本当に、その目星は当たっていますの?」
「ん……闇雲に探索するよりはマシ。それにまだ半分しか回ってない」

 疑いの眼差しを向けるデュバリィに、目を細めて反論するフィー。
 人質が囚われている可能性の高い場所を、一つずつ潰して回る地道な作業をフィーたちは行っていた。それも、ようやく半ばを過ぎたところだ。
 ふと、真剣な表情で思考に耽っているリィンを見て、フィーは不思議に思いながらリィンに声をかける。

「どうかしたの? リィン」
「おかしいと思わないか? 幾ら、外の防衛に戦力を割いているとはいえ、城の中に見回りが一人もいないっていうのは……」
「ん……確かに……」

 そう言われて奇妙な点に気付くフィー。
 身を隠しながら注意して進んでいるとはいえ、これまで誰とも遭遇していない。
 敵に見つからないにこしたことはないとはいえ、見回りが一人もいないというのは確かに不自然だ。

「……罠?」
「その可能性はあると考えて、慎重に進んだ方が良さそうだな」

 罠の可能性に気付き、表情を強張らせるフィー。
 リィンも最悪、この潜入自体気付かれている可能性を考慮していた。
 そんな時だ。首筋をちりちりと刺す嫌な気配を感じ取り、リィンが上体を反らした瞬間――三人の足下に一発の導力弾が着弾した。

「狙撃だ――散開しろ!」

 リィンの声を合図に、フィーとデュバリィは走る。
 二発、三発と立て続けに三人を狙って銃弾が放たれるが、どうにか柱の陰に身を潜めることでリィンたちは狙撃を回避する。
 そっと柱の陰から広間の様子を窺うと、上階へと通じる渡り廊下の手すりに赤毛の少女が座っていた。

「アハハ、さすがリィン。あれに気付くなんて、やるね」
「シャーリィか……それに、いまの一撃はガレスだな」

 予想通りの人物の登場に溜め息を吐きながら リィンは狙撃手の正体も言い当てる。
 ガレス――〈閃撃〉の名で知られる〈赤い星座〉随一の狙撃手だ。嘗ては〈闘神〉の片腕を務めていたことから、まだ経験が浅く直情的なシャーリィのお目付役を任されており、リィンも一目置く古参の猟兵の一人だった。

「当たり〜。うん、やっぱりリィンは凄いよね。一撃で見抜いちゃうんだから」
「昔、あのおっさんには仕事を邪魔された苦い思い出があるからな……。ザックスはきてないのか?」
「ザックスならパパと一緒にお仕事中。そういえば、ザックスのこと苦手なんだっけ?」
「お前の所為で目の敵にされてるんだよ!」

 敵とは思えないほどフレンドリーに接してくるシャーリィに対し、リィンも普通に返事をする。
 とはいえ、どれだけ会話が弾もうと、ここが戦場で――いまは敵であることに変わりはなかった。

「……どうするの?」
「シャーリィだけならまだしも、あの〈閃撃〉が一緒となると厄介だな。迂闊に飛び出せば、良い標的だ」
「だよね……取り敢えず、どっちかが囮をする? その間に――」
「それしかないか……って、おい! デュバリィ!?」

 片方が囮となって、その間に狙撃手の位置を割り出す。リィンとフィーが作戦を話し合っていた、その最中だった。
 デュバリィが何を思ったのか? 柱の陰から飛び出し、その姿を敵に晒したのだ。

「こそこそと隠れてないで出て来なさい!」

 剣を掲げ、ガレスを挑発するデュバリィ。何をバカなことを――とリィンが思った、その矢先だった。
 案の定、デュバリィの頭を狙って一筋の光が放たれる。しかし、デュバリィは盾を動かすことで自分に向けて放たれた弾丸を防ぐ。
 立て続けにデュバリィ目掛けて放たれる弾丸。それも正確に軌道を読んで弾き返していく。

「やるね」
「ああ、正直驚いた。あの盾とスピードは厄介だな」

 デュバリィが動く度に、残像のようなものが見える。フィーと同等――いや、それ以上のスピードだった。
 〈神速〉を名乗るだけのことはあるとデュバリィの動きに感心しながらも、リィンは好機を逃すまいと動きを見せる。

「チャンスだ。行くぞ、フィー」
「ん……任せて」

 柱の陰から飛び出し、床を蹴ってシャーリィへ迫るリィンを、目標を変えたガレスの銃弾が襲う。しかし――

「させませんわ!」

 姿が掻き消えたかと思うと高速で飛来する弾丸に追いつき、リィンを庇うように鋼鉄の盾でガレスの弾丸を弾き飛ばすデュバリィ。そして――

「見つけた――」

 弾の軌道からガレスの位置を推測し、壁を蹴ってフィーは上階へと駆け上がる。
 双銃剣を手に、真っ直ぐに自分を狙ってくる弾丸を弾きながら、フィーはガレスへと迫った。

「くっ――さすがは〈西風の妖精(シルフィード)〉!」
「リィンの邪魔はさせない」

 逃げるように距離を取りながら、正確な射撃で応戦してくるガレスを徐々に追い詰めていくフィー。
 二人の姿が遠ざかっていくのを確認して、リィンは右手に持った片手銃剣(ブレードライフル)の銃口をシャーリィへと向けた。

「ここまでだ。セドリック殿下はどこだ?」

 銃口を向けられながらも、まったく動揺した姿を見せないシャーリィ。
 リィンとシャーリィの距離は三アージュほど。この至近距離で撃たれれば、シャーリィと言えど無事ではすまない。
 なのに、彼女は武器を手にしていなかった。あるのは腰に下げた軍用ナイフだけだ。
 それを不審に思ったリィンは警戒を強めながら、シャーリィに尋ねる。

「お前……〈赤い頭(テスタ・ロッサ)〉はどうした?」
「酷いなあ。リィンが壊したんじゃない。いまは修理中。だから、シャーリィは戦えません」

 そう言って、降参のつもりなのか? 両手を上げるシャーリィ。

「なに? 攻撃を仕掛けたことを怒ってるの? あんなの挨拶じゃない」
「お前な……まあ、そのことはいい。降参する気なら、さっさと人質を解放しろ」
「これで仕事も終わりだし、それでもいいんだけど……無理なのよね」
「……どういうことだ?」

 シャーリィの言葉を訝しみ、リィンが眉をひそめた、その時だった。
 リィン、シャーリィ、そしてデュバリィ。三人に覆い重なる巨大な影。
 急に空が暗くなったことで、太陽の光を取り込んでいたドーム状の窓ガラスにリィンは目を向けた。

「あれはまさか――貴族連合の軍用艇!?」

 目を瞠るリィン。その直後、天井を割って物凄い勢いで、リィンとシャーリィの間に何か≠ェ落下した。
 その衝撃は渡り廊下を粉々に破壊し、辺り一帯に粉塵を巻き起こす。

「くっ、なんだ!?」

 咄嗟に飛び退くことで巻き込まれることを回避したリィンだったが、その表情は困惑に染まっていた。
 そんなリィンの隣に、シャーリィは猫のように軽やかに着地する。

「もう一人のゲストが到着したみたい」
「おい、なんのことを言って――」

 リィンがシャーリィに説明を求めた、その時――
 先程までリィンたちのいた場所を中心に突風が巻き起こり、瓦礫を吹き飛ばした。

「ふむ……三人だけか?」

 土煙の向こうから現れた人影を見て、リィンは目を瞠る。
 白と紫を基調とした領邦軍の軍服に身を包んだ銀髪の女性。それはラマール領邦軍の総司令――
 オーレリア・ルグィン。〈黄金の羅刹〉の異名を持つ貴族連合の英雄だった。



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