共和国軍を撤退に追い込んだリィンたちは、マインツ鉱山へ続く山間に身を隠していた。シャーリィが〈赤い星座〉にいた頃、クロスベルの仕事で逃走用に使っていた山道のルートだ。
 大きな岩に腰を下ろし、ヴァリマールを見上げながらリィンがこれからのことを考えていると、木々の合間から果物をかじりながら姿を見せたシャーリィが丁度そのことを尋ねてきた。

「リィン。これからどうするの?」
「一先ず、帝国へ戻る。帝都がどうなったのかも気になるしな。状況を把握するためにも、フィーたちと合流するのが先決だ。問題は……どうやって国境を越えるかだな」
「飛んで帰るのはダメなの?」
「それじゃあ、目立ち過ぎる。極力リスクは避けるべきだろう」

 不可解なクロスベルの動きが、リィンは気になっていた。
 どこで網を張っているか分からない以上、迂闊に空を飛んで国境を越えるのはリスクが高いとリィンは考える。

「エマ。転位で一気に帝国へ戻るようなことは出来ないのか?」

 リィンの質問は予想できていたもので、エマは渋い顔を浮かべる。彼女がその方法を口にしなかったのは理由があった。
 転位と言えど万能ではない。移動できる距離には制限があるし、集中力を必要とするために緊急時には上手く使えないと言ったデメリットがある。何よりクロスベルの地にはエマでも分からない不思議な力が満ちていた。
 長距離の転位をするとなると、その力がどういった影響を術に及ぼすか分からないだけに不安が残る。再び並行世界へ飛ばされると言ったことはないだろうが、座標がずれ、別の地域へと飛ばされる可能性は十分に考えられた。

「精霊の道を使えば、もしかして……」

 魔女術による転位が無理ならと、エマは一つの可能性に思い至る。
 精霊の道――キーアが開き、ツァイトが行き来していた道も、ある意味で似たようなものだ。
 本来は世界を行き来するようなものではなく、霊脈の流れを利用して離れた場所へ転位する技術だった。
 そして、この霊脈を渡る力は騎神にも備えられていた。リィンもそのことを思いだし、ヴァリマールへ尋ねる。

「ヴァリマール、出来そうか?」
「残リノ霊力ヲ使イ切ッテシマウガ、ソレデヨケレバ可能ダ」

 ヴァリマールの霊力を使い切るという言葉に、リィンは少し困った様子を見せる。
 また変な場所に転位してしまえば、戦闘に巻き込まれる可能性がゼロとは言えない。そんな状況でヴァリマールを動かせないのは致命的だ。
 ならば、とリィンはヴァリマールの横に鎮座するテスタ・ロッサへと目を向け、シャーリィに尋ねる。

「シャーリィ。テスタ・ロッサはそういうこと出来ないのか?」
「どうだろ? でも、この子。言葉は話せないんだよね。なんとなく意思みたいなのは感じられるんだけど」

 元からそうなのか、まだ呪いの後遺症が残っているのかは分からないが、意思の疎通が出来ないというのは確かに不便だった。
 この場合、ヴァリマールのように気軽に相談や頼みごとが出来ないということになる。なら、精霊の道を開いてくれるように頼むことは難しいだろうとリィンは察した。
 となると、ヴァリマールの霊力が尽きるのを覚悟の上で転位するか、強引に国境を突破するかのどちらかしかない。

「仕方ないか。ヴァリマール、頼む。エマはサポートを――」

 どちらにせよリスクがあるなら、出来るだけ早くフィーたちと合流すべきだと考え、リィンはヴァリマールとエマに声を掛けるが――
 何者かの気配を察知して、リィンは身構える。エマもシャーリィに抱えられて、岩陰に身を潜めた。

「何者だ?」

 木陰から姿を見せる人影を睨み付けながら、リィンは油断なく腰の武器を抜く。それはシャーリィに貸していた一本に、ツァイトのお陰で無事に見つけることが出来た形見のブレードライフルだった。長くなるので詳しい話は省くが、別世界にまで足を運ぶことになり、いろいろとあってようやく取り戻すことが出来たのが、このブレードライフルだった。実のところ一ヶ月もの時差が生じたのは、それが原因だったりする。
 そんな思い入れのある武器を構え、敵の正体を探るリィンの目に見覚えのある装備が映る。
 赤一色に統一された装備に身を包み、男が手に持っているのはシャーリィの〈赤い顎〉に匹敵する巨大なブレードライフルだった。
 嘗て、闘神の血を引く男が使っていた特注のブレードライフル。その名は――

「ベルゼルガーだと? お前、まさか……」

 もう正体を隠す意味はないと言ったところか、リィンの疑問に答えるように男は顔を覆い隠していたマスクを取る。

「ランディ兄!」

 親しげにシャーリィは赤髪の男の名を愛称で呼ぶ。それもそのはずだ。
 現在はランディ・オルランドと名乗っているが、男の本当の名はランドルフ・オルランド。
 リィンの養父である猟兵王と相打ちで亡くなった〈赤い星座〉の団長、バルデル・オルランドの血を引く息子が彼だった。
 親しいのも当然、シャーリィからすれば従兄にあたる人物だ。

「シャーリィか。まさか、本当にいるとはな。それに……」

 シャーリィがこの場にいることに、いや――話には聞いていたが、団を抜けて男と一緒に行動していることにランディは驚く。
 そして件の男に視線を向け、ランディは複雑な表情を浮かべる。
 リィンと顔を合わせるのは、これが初めてのことではなかった。

「リィン・クラウゼル。あの時の坊主が随分と成長したもんだ」
「それはこっちの台詞だよ、ランドルフ・オルランド。その装備、猟兵を辞めたと聞いていたが、どういうつもりだ?」

 二人は戦場で出会っていた。まだランディが『ランドルフ』と名乗っていた頃の話だ。
 西ゼムリア大陸で最強の猟兵団と噂される〈西風の旅団〉と〈赤い星座〉は互いが認めるほどの好敵手で、幾度となく仕事で衝突しては命を奪い合う間柄だった。
 シャーリィとリィンも同じように戦場で出会い、本気の殺し合いもしたことがある仲だ。そんな二人がこうして手を組み、一緒に行動をしているのだから猟兵でない普通の人たちからすれば奇妙な話に思えるだろう。しかし彼等にとってそれは、よくあること。当たり前とまでは言わないまでも、見慣れた光景だった。
 ランディとリィンの出会いも似たようなものだ。戦場で出会ったから戦った。ただ、それだけのことで特に恨みがあるわけでもない。それに、もう何年も前の話だ。その頃のリィンはまだ未熟で仲間に守られるだけの存在だった。ゼノと互角の戦いを演じていたランディの姿が、いまも鮮明にリィンの記憶には残っている。しかし、そんな彼も三年前に〈赤い星座〉を抜け、猟兵を辞めたという話をリィンは聞いていた。
 その後、クロスベルに流れ着いたランディは警備隊へ入り、そこから紆余曲折あって特務支援課に配属されたはずだった。
 特務支援課が現在もあるのかは別として、そんな彼がどうして猟兵に戻っているのかとリィンは気になった。

「……目的のために力が必要だった。ただ、それだけのことだ」

 どこか苦しげな表情でリィンの疑問に答えるランディ。それだけでリィンはなんとなく事情を察する。
 本来の歴史通りなら事件はとっくに解決しているはずだ。その場合、碧の大樹も消滅していなければおかしい。だが、大樹は健在な姿を晒していた。
 リィンが最後にトヴァルから聞いたのは、オルキスタワーの攻略戦が開始されるという報告だった。そこで何かがあったのだろうとリィンは推測する。
 ランディが力を求めていることと猟兵に戻った事実を考えれば、自然と答えはでる。作戦は失敗したのだろう。
 だとすれば、こうしてランディが姿を見せた理由にも想像は付く。

「まさか、俺と一戦やるつもりか?」
「一度は団を抜けた身だ。ケジメはつけないといけないからな。叔父貴に『闘神の名を継ぐ気があるのなら覚悟を証明して見せろ』って言われたよ」
「あっ、パパなら言いそう」

 何故か少し嬉しそうに反応するシャーリィに、リィンは頭痛を覚える。
 そんなことだろうとは思ったが、リィンからすれば迷惑以外のなんでもなかった。

「完全にとばっちりじゃねーか! オルランド一族ってのは、なんでそう他人(ひと)の都合を考えない連中ばっかりなんだよ!?」
「それには同感だが……」
「え? なんで二人してシャーリィを見るの?」

 リィンとランディの視線を感じ、シャーリィは不思議そうに首を傾げる。
 あの親にして、この子供。この様子では意外と闘神は苦労していたのかもしれないとリィンは思った。

「そう言う訳なんで諦めてくれ」
「……上等だ。ブランクを抱えた状態で勝てると思うなよ?」

 戦いを回避することは不可能と諦め、リィンは覚悟を決める。
 以前のランディが相手なら苦戦は免れないが、あれから数年のブランクがあることを考えれば、いまのランディは敵ではないとリィンは考える。
 そしてそれはランディ自身が一番よくわかっていた。

「確かに現在(いま)の俺は弱い。シャーリィにも敵わないだろうな。だが――」

 ランディの全身から炎のように紅い闘気が漏れる。
 ビリビリと肌に感じる力。これにはリィンも少し驚いた様子を見せた。

「無茶をしても守りたい奴等がいる。叶えたい目的がある。だから譲れねえんだよッ!」

 そうして闘気を爆発させ、ベルゼルガーを構えるランディ。
 ――戦場の叫び(ウォークライ)。全身の闘気を爆発させることで、身体能力を引き上げる猟兵の奥の手とも言える技。
 一流の猟兵の証とも言える技を見せられ、腐っても闘神の息子かとリィンは愉しげに口の端を歪める。

「へえ……」
「手を出すなよ、シャーリィ」

 感嘆の声を上げるシャーリィに手を出さないようにリィンは釘を刺す。
 さすがのシャーリィも邪魔をする気はないようで、今回ばかりは大人しく引き下がった。

「お前の都合なんて俺は知らない。だから、あくまで障害として排除させてもらう」

 リィンも武器を構え、そう言い放つ。そして――
 大地を蹴り、衝突する二人。膨大な闘気が嵐のように渦巻き、周囲の草木を薙ぎ倒す。
 猟兵王、闘神の名を継ぐ世代を越えた男たちの戦いが幕を開けた。


  ◆


 森の中を疾走する二つの影。リィンとランディの戦いをシャーリィとエマは崖の上から見下ろしながら観察していた。
 時々、銃声の他に爆音のようなものも聞こえ、エマは呆気に取られた表情を見せる。これでは決闘と言うより戦争だ。

「リィンさんは大丈夫でしょうか?」
「まあ、昔のランディ兄なら、そこそこ良い勝負できたと思うけど……リィンには敵わないと思うよ。前に会った時よりは良い感じになってるけど、やっぱブランクは大きいよね」

 こうして傍から見ていると十分凄いと思えるのだが、それでも昔に比べれば弱いというシャーリィの話に、エマは何とも言えない気持ちになる。

(リィン、もしかして調子が悪い?)

 戦いを観察していて、ふとリィンの様子がおかしいことにシャーリィは気付いた。
 はっきりと言って、いまのランディではリィンの相手にならないとシャーリィは考えていた。
 リィンの実力なら一気に片を付けられるはずなのに、それをしないということは手加減をしているか、それが出来ない理由があるかのどちらかだ。

(ま、それでもリィンの勝ちかな)

 本当に調子が悪いのだとしても、リィンが負けるはずがないとシャーリィは確信していた。
 リィンの方が強いということだけが理由ではない。いまのランディには猟兵として足りないものがあることを、シャーリィは見抜いていた。
 閃光が迸ったかと思うと、大きな爆発音が森に響く。それを見て興味をなくしたかのように、シャーリィは大の字に転がった。



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