グランセル城を訪れたリィンは、通された部屋でクローディアと面会をしていた。
「昨日は失礼をしました」
「それを言うなら、こっちも迷惑を掛けたからな。気にするな」
もう何度目か分からない謝罪を口にするクローディア。それだけエリカの一件を気にしてのことだった。少し頼りないところはあるが、こうしたクローディアの真摯な姿勢は好ましいとリィンは思っていた。
とはいえ、アルフィンに手玉に取られているところを見ると、余り政治に向いている性格とは思えないが、彼女の場合はエステルと同様に人望に恵まれている。その人脈を上手く活用できれば、これからの成長次第では大きく化ける可能性がある。こういう相手が敵に回すと一番厄介なことをリィンはよく知っていた。
実際、王国の兵士は帝国と比べて士気が高い。それだけ愛国心が高く、忠誠の厚い人材が揃っているということだ。先日まで内戦をしていて、未だに貴族派と革新派にわかれて争っている帝国とでは比べるまでもない。百日戦役で帝国が攻めきれなかった理由の一つに、こうしたリベールの底力が理由にあるとリィンは読んでいた。
「それで今日は一体……お祖母様との会見は明日の予定でしたよね?」
「エリカ・ラッセルに会わせて欲しい。この城にいるんだろ?」
「……博士にですか?」
アルフィンではなくリィンが自分を訪ねてきた理由を聞いて、クローディアはどうしたものかと逡巡する。確かにエリカは現在、城に軟禁されている。帝国ほど深刻ではないが、王国も政治の腐敗と無縁なわけではない。ZCFと関係の深い官僚や軍関係者も多く、他の誰かに任せると外からの圧力に屈して釈放してしまう可能性があるため、クローディアが彼女の身柄を預かっていた。
それに一番の理由は、エリカがまた暴走して〈暁の旅団〉に接触するのを避けるためでもあった。
次に問題を起こせば、制裁金くらいの話では済まなくなる。だからと言ってZCFはリベールにとって重要な位置付けを占める企業だ。解体を命じるわけにもいかず、技術者の流出などは絶対に避けなくてはならないことを考えれば、これ以上の罰則を与えることも出来ない。謂わば、エリカの軟禁は苦肉の策だった。
なのに、リィンの方からエリカに会いに来るとは思っていなかっただけに、クローディアは二人を会わせていいものかと迷う。
とはいえ、ここで断れば、リベールがエリカを庇っていると捉えられかねない。それでは謝罪した意味も、ZCFに制裁金を科した意味もなくなってしまう。
「わかりました。こちらへ、どうぞ」
そう考えたクローディアは悩んだ末、リィンの要求に応えることにした。
女官長のヒルダ夫人に声を掛け、リィンと共にエリカの軟禁されている部屋へと向かうクローディア。目的の部屋の前には、王室親衛隊の兵士が立っていた。誰にもエリカと会わせないための処置だ。
兵士に声を掛けると、クローディアは扉を軽くノックして部屋の中に入る。目に入ったのは、ベッドの上で背を向けて横になるエリカの姿だった。
「エリカ博士」
クローディアが声を掛けるも反応がない。寝ているわけではないのだろうが、明らかに不貞腐れいるのが分かる態度だった。
「オーバルギアの制御システムに回収された〈パテル=マテル〉の残骸を利用したな」
そんなエリカに呆れながらリィンが質問を飛ばすと、ぎこちない動きでエリカは振り返った。
その表情を見れば、心当たりがあることは一目瞭然だった。
「……な、なんのことを言ってるのか分からないわね」
「しらばっくれも無駄だ。すべてエステルが白状した。〈パテル=マテル〉の残骸の解析をZCFに依頼したってな」
ぐぐっと観念した様子で唸り声を上げるエリカ。しかし、ここにもう一人、驚いている人物がいた。クローディアだ。
「オーバルギアに〈パテル=マテル〉の部品が? では昨日のは……」
「ああ、テスタ・ロッサが動いたのは、レンの願いに応えたからだ。オーバルギアからレンの記憶にある〈パテル=マテル〉の波長を感じ取ったんだろ」
騎神の暴走の原因を聞いて、クローディアは顔を青くする。
事と場合によっては、丸く収めようとしてきた努力が無駄になる可能性がでてきたと考えたからだ。
「そんなはずはないわ! ツァイスに持ち込まれた時には、完全にメモリが破壊されていた!」
「らしいな。だが、記憶を失っても〈パテル=マテル〉の魂は完全に失われていなかった。ただ、それだけの話だろ」
幾ら〈パテル=マテル〉の人工知能が優れていると言っても、所詮は機械に過ぎない。記憶を司るメモリが破壊されれば修復は不可能だ。実際、エリカもエステルとヨシュアに依頼されてメモリの解析を試みたが、完全な復元には至らなかった。勝手にパーツを流用したことは事実だが、もう壊れて動かなくなったものを再利用しただけに過ぎない。ましてや〈パテル=マテル〉の意志がオーバルギアに組み込んだシステムに残っていたなんて話、科学者として到底信じられるような話ではなかった。
エリカが困惑するのも無理はない。リィンも説明を求められたところで答えられるような話ではないのだから――
機械に魂が宿るのかどうかという話はリィンにも分からない。しかしレンがオーバルギアから〈パテル=マテル〉の反応を感じ取り、テスタ・ロッサがそれに応えたという事実だけは曲げようがなかった。
「クローゼ。このことを王国は知っていたのか?」
「……いえ、私は初耳です。ですが、ZCFにそのようなものが持ち込まれていれば、お祖母様が知らないはずは……」
「なら、答えは一つだ。こうなることがわかっていて、王国が黙認したという認識でいいんだな?」
「それは……」
エリカの性格を考えれば、解析だけで話が済むはずもない。となれば、王国はZCFの行動を黙認したと言うことだ。
意地の悪い質問だったかと思うが、ZCFだけでなくリベールにも問題があることをリィンは指摘しておきたかった。
この件、筋書きを用意した黒幕が他にいると考えていたからだ。この驚きから察するに、クローディアは本当に何も知らされていなかったのだろう。
「孫娘を虐めるのは、そのくらいにしてはくれませんか?」
ふと後ろから掛けられた声に、クローディアは振り返る。
そこには彼女の祖母。リベールの女王、アリシア・フォン・アウスレーゼがいた。
◆
「……リィンさん。何をしたんですか?」
「少し挑発しただけだ。いろいろと裏で暗躍してる奴がいるみたいなんでな」
本来であれば、二回目の会談は明日だったはずだ。それが一日前倒しで、こうして謁見の前に呼び出された理由を尋ねてくるアルフィンに、リィンは肩をすくめながら答える。そのすぐ隣には問題の当事者と言うことで、リィンに連れて来られたエリカが不満げな表情で腕を組んでいた。そんなエリカの態度を見て、自国の女王の前だと言うのにブレない奴だとリィンは苦笑する。
玉座にはアリシア二世が、その隣にはカシウスと困惑の表情浮かべたクローディアが立っていた。
「あの……状況が呑み込めないのですが、レンさんのことで怒っていたわけでは?」
「……本気で言ってるのか? そこまで親しいわけでもないし、回収した〈パテル=マテル〉をどう扱おうが俺の知ったことじゃない。俺が怒っているのはリベールの都合に巻き込まれ、利用されたことの方だ」
クローディアの疑問に呆れた様子で答えるリィン。確かにレンとはそれなりに打ち解けてはいるが、だからと言って彼女のために怒る理由がリィンにはない。むしろリィンが納得していないのは、この筋書きを書いた黒幕の方にだった。
「恐らく〈パテル=マテル〉には、騎神と同じ技術が用いられている。いや、もしかすると騎神が元になっているのかもしれないな。だから騎神を求めたんだろ? オーバルギアをより完璧なものに近付けるために――」
「うっ……」
隣で不機嫌そうな表情を浮かべるエリカに、リィンは確信めいた質問を飛ばす。
騎神が参考にされているというのは想像に過ぎないが、偶然と考えるには騎神と〈パテル=マテル〉には似通った部分が多いとリィンは感じていた。ずっと以前から騎神の存在を結社は把握していたはずだ。実際、機甲兵の開発にも結社の関与が疑われている。騎神のデータが、結社に渡っていたとしても不思議な話ではなかった。
そしてオーバルギアは、そんな結社の人形兵器に対抗するために開発された兵器だ。
エリカが騎神を欲していた理由についても、そのことを考えれば察しが付くと言うものだった。
「女王、アンタもだ。平和主義を謳っている割りには、なかなかの狸じゃないか。ZCFの行動を黙認したのは、あわよくば結社の〈神機〉や帝国の〈機甲兵〉に対抗する兵器を確保できればと考えてのことなんだろ?」
「お祖母様……」
アリシア二世がそんな思惑で動いていたとは知らず、クローディアは複雑な表情を見せる。しかし考えてみれば、確かに納得の行く話だった。
リベールの技術力は他国と比べても高い水準にあるが、兵器の開発という側面を見れば、軍事力の増強に積極的な帝国と比べて大きく出遅れているのが現状だ。結社の人形兵器どころか、帝国の機甲兵に対抗する術すら、いまのリベールにはない。それどころか百日戦役の頃と違い、帝国にも充実した航空戦力があることを考えれば、一昔前のアドバンテージなど既に失われていると考えていいだろう。戦争になれば、今度こそリベールは滅びる。そうならないための手段の一つとして、オーバルギアの存在に目を付けたのだろうと想像は付く。
「で? 今回の筋書きを書いたのは、アンタでいいのか?」
アリシア二世の隣に立つ男、カシウス・ブライトに視線をやりながらリィンは尋ねる。
女王にそうした思惑があったことは確かだろうが、国防という側面に立った場合、軍の指揮を執っているカシウスが計画の立案者と考えた方が自然だった。
「過分に評価してくれるのは光栄だが、俺はそこまでたいした人間ではないぞ?」
「しらばっくれるなら、それでもいいさ。だが、俺はまだアンタの手の平の上で踊らされてるんじゃないかと警戒してる。いや、踊らされているのは教会も同じか」
僅かにカシウスの表情が動くのを、リィンは見逃さなかった。こんな話をしたのは、メルカバがツァイスで修復を受けているという話を耳にしたからだ。その件にも、カシウスが関わっているのではないかとリィンは考えていた。少なくともツァイスで修理を受けるからには、リベールに話が通っているはずだと考えたからだ。カシウスのことだ。教会の狙いを読んだ上で、敢えて利用された振りをして話に乗ったのだろうとリィンは読んでいた。
(やっぱりか。念のため、釘を刺しておいて正解だったな)
そしてカシウスの反応を見るに、その想像は当たっていたと言うことになる。このまま白を切られるのであれば、それでもよかった。
――こっちはそっちの思惑を理解している。だから、こっちも好きにやらせてもらう。
謂わば、これは警告だ。ロジーヌに釘を刺したのに、カシウスに余計な横槍を入れられては堪ったものではないと考えたが故の警告だった。
「……何が望みですか?」
「簡単な話だ。取り引きをしないか?」
だからと言ってリィンの挑発に乗るような真似をアリシア二世はしない。いや、出来ないと言った方が正しかった。
このような搦め手を取らざるを得なかったのは、正面からやり合えば敵わない相手だと理解しているからだ。
カシウスは〈暁の旅団〉を結社や教会に対抗し得る第三の勢力として考えていた。そしてアリシア二世も同じ考えだった。
だからこそ、危険を冒してまで〈暁の旅団〉をリベールに招き入れたのだ。教会の思惑に乗ったのは、リベールにもまた思惑があってのことだ。
そんなアリシア二世の考えを知ってか知らずか、リィンは取り引きを持ち掛ける。
「今更、あの男と和解できるとは思っていないが、リベールが仲裁に入ってくれると言うのなら話くらいは受けてやってもいい。それにオーバルギアには個人的に興味もあるからな。条件次第では、開発に協力してもいいと思っている」
悪くない話だった。いや、むしろリベールにとって都合が良すぎると言ってもいい。それだけにアリシア二世は訝しむ。
リィンが何を企んでいるのか、聡明な女王の頭を持ってしても読み切ることは出来なかった。
以前、ギリアス・オズボーンと対峙した時のような底知れぬ何かをリィンからアリシア二世は感じ取る。
特にリィンとギリアスを親子だと意識したことはなかった。それでも怪物と称される男の血が、目の前の青年にも流れているのだと理解する。
「……その条件とは?」
「ZCFの協力が欲しい。謂わば、ラインフォルトとの技術提携の話だ。平和のため≠ノ、ここは互いに協力しないか?」
エリカをこの場に連れて来させたのは、それが理由かとアリシア二世はリィンの思惑を察した。
チラリとアリシア二世はエリカを一瞥する。ラインフォルトの名前を聞いて昨日のアリサとのやり取りを思いだし、なんとも言えない複雑な表情を浮かべながらも、当初の目的であった騎神を研究できるチャンスとあってか、既に半分乗り気になっていることは、そのソワソワとした態度からも察することが出来た。ZCFに制裁金を科した上で共同開発の提案を断るような真似をすれば、エリカだけでなくオーバルギアの開発に携わっている技術者の反発を招きかねない。その結果、技術だけでなく人材の流出を招くようなことになれば、リベールの損失は計り知れないものとなるだろう。
(ここまでのようですね)
どちらにせよ、オーバルギアの開発に行き詰まっていることは確かだ。
ならば、帝国から技術を得るチャンスだと考え、アリシア二世はリィンの提案に頷くのだった。
あとがき(という名の近況報告)
今回の話は少し長いので前編と後編に分けさせて頂きました。なお、リベール編はもう少しで終わります。その後は、最終章『クロスベル編』に突入していくので、もうしばらくお付き合いください。なお、次回の更新は日曜日(3/13)を予定しています。
風邪の方は熱も下がって随分と良くなりましたが、ずっと寝込んでいた分やることが溜まっている状態でして、リハビリを兼ねて少し遅れ遅れの更新になりますが御了承を。無理をすると、また寝込んで更新が途切れるという事態になりかねないので……。物語自体はほぼ書き終わっているんですが、推敲をしながら少しずつ足りない部分を書き足す作業をしているので、そこに少し手間取っています。
二月くらいから推敲済みのストックが徐々に減り始めているので焦っていたり……。三月一杯で落ち着くと思うので、そこを乗りきるまでどうにか頑張るつもりです。
インフルエンザも流行っているみたいですしね。皆さんも気を付けてください。
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