危険な前線での活躍が期待されることが多い猟兵には即戦力が求められる。しかし猟兵とは国家に所属しているわけではなく、金で雇われ依頼をこなす集団だ。契約で縛っている間はいいが、いつ敵となるかもしれない以上、信用は出来ても信頼は出来ない相手と言える。それ故に警戒を招くのも必然だった。
 しかしそれでも各国が猟兵を雇うのは、人間同士の争いがなくならないからだ。ましてや帝国や共和国のように広大な領土を持つ国は治安を維持するために、より多くの兵士が必要となる。それだけの兵士を育成する手間と金を考えれば、可能な限り正規軍の損耗を抑えることが好ましいというのが猟兵を重用する各国の見解だった。
 それだけに猟兵には敢えて危険な任務が与えられ、使い捨てのように扱われることが多い。だが、それは彼等も承知の上だ。
 命を対価にミラを得る。そのことを彼等は承知しているし、国民の犠牲を減らすために国も彼等を都合の良い駒として扱っていることを理解している。
 だから彼等も仕事の内容に文句を言わないし、国も必要以上に彼等に干渉しようとはしない。そうした不文律が猟兵との間にはあった。
 なのに――

 心の中で溜め息を吐きながら、リィンは会議に耳を傾けていた。話し合われているのはリィンにとっても他人事ではない。ルーレの記者会見以降、ずっと棚上げになってきた〈暁の旅団〉の扱いに関してだ。このような話し合いが持たれるのは前例がないことだ。一介の猟兵団に対する扱いではなかった。
 しかし、それも当然のことと言える。どれだけ強い猟兵団であっても一国を脅かすほどの戦力というものは本来持ち合わせていない。〈北の猟兵〉や〈赤い星座〉と言った名だたる猟兵団なら、相手が百や五百ならどうにかなるかもしれない。しかし数千、一万と言った数になれば、彼等だけでは対処することは難しいだろう。だが、リィンとシャーリィは騎神を使い、その不可能とも思えることを成し遂げてしまった。
 やり過ぎてしまったと言っていい。共和国軍を撤退に追い込んだ力は味方ならば頼もしいが、その力が自国に向く可能性があるなら話は別だ。何処の国にも属さない猟兵団が、大国の軍隊に匹敵する力を持つというのは脅威でしかない。
 アルフィンとの契約があるとは言っても、その契約もいつまで続くか分からない。クロスベルとの一件を考えても、帝国が彼等の手綱を握り切れていないことは明らかだ。そのことから〈暁の旅団〉の解体――それが出来なくとも騎神を彼等から取り上げるべきではないかという提案がなされるのも無理からぬ話だった。
 この提案をしたのはディーター・クロイスだ。騎神抜きでも厄介なことには変わりないが、それでも騎神があるから共和国軍が敗退したと考える国が多い。それにクロスベルからすれば、ギリアスの件もあってリィンから宣戦布告を受けている身でもある。少しでも脅威を取り除いておきたいと考えるのは自然なことだ。

「私はクロイス大統領の提案を前向きに検討すべきだと考えます」

 そんなディーターの提案に真っ先に同調したのは、オリヴァルトの隣に座るカール・レーグニッツだった。
 カールがクロスベルと裏で繋がっている可能性は予想していたこととはいえ、まさかこうも堂々と結託してくるとはオリヴァルトも思ってはいなかった。
 場合によっては帝国への裏切りとも取られない行為だ。それだけにオリヴァルトは険しい表情でカールに尋ねる。

「あの騎神は契約で彼等へ譲渡されたものだ。それを反故にしろと?」
「確かに……一度約束したものを反故にするというのは外聞が悪いでしょう。しかし彼等はその騎神を使って共和国と一戦を交え、クロスベルに対しても宣戦布告を行っている。これでは彼等に騎神を与えた帝国が非難をされても文句を言えません」

 痛いところを突かれたとばかりにオリヴァルトは顔をしかめる。
 カールの言うように〈暁の旅団〉が勝手にやったことだと言ったところで、それを証明する術がない。
 アルフィンとリィンの繋がりを考えれば、無関係を装ったところで信用はされないだろう。
 下手をすれば、それを口実に共和国が攻めてこないとも限らない。

「……だから彼等から騎神を取り上げると?」
「はい。一介の猟兵団に与えるには過ぎた力かと。軍で管理すべきだと考えます」

 何食わぬ顔でそう答えるカールに、オリヴァルトは渋い顔を浮かべる。国政に関わる者として間違った判断とは言えない。実際、騎神の件に関しては、カールのように主張する者たちがいないわけではなかったからだ。
 しかしリィンとの契約を考えれば、当然認められるような話ではない。ここで帝国がそのような行動にでれば、間違いなく〈暁の旅団〉との関係は悪化する。
 どう切り返したものかと悩むオリヴァルトに、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。

「確かに〈暁の旅団〉の持つ戦力は脅威だ。だが騎神とは契約者にしか動かせず、自由に召喚が可能という話ではなかったかね? キリカくん」
「はい。ヴェルヌ社からの報告でも、そのように聞いています」
「ならば、彼等の意思を無視して接収したところで意味はないのでは? ましてや帝国と〈暁の旅団〉の関係に疑惑を持っている国からすれば、帝国軍が騎神を接収したところで不安を払拭することは出来ないでしょうな」

 ニコニコとした表情でそう話すのは、カルバード共和国のロックスミス大統領だった。
 カールの主張は帝国軍が騎神を管理することだ。しかし、それでは帝国を仮想敵国とする周辺諸国からすれば、脅威が完全に取り除かれたとは言えない。むしろ帝国に領土を脅かされている国からすれば、帝国の手に渡ることこそ避けなければならないと考えるだろう。それは共和国にとっても同じだった。
 ヴェルヌ社がオーバルギア計画に参加したことで、機甲兵に対抗するための兵器の研究と開発は進められているが、それでもZCFやラインフォルトに比べて技術の蓄積が乏しく、人型機動兵器の開発で後れを取っていることに変わりはない。そんななかで更に帝国の戦力を増強するような真似を見過ごせるはずもなかった。

「では、どうすれば納得して頂けると?」
「騎神もアーティファクトに違いない。ならば、その扱いは教会に委ねるのが適当ではありませんか?」

 カールの問いにロックスミスは予め用意してあった答えを口にする。
 そして、チラリと視線で合図を送りながら微笑むロックスミスを見て、リィンは彼の狙いに気付き「そういうことか」と理解する。

(貸しを作ったつもりか? いや、先日の取り引きに対する回答がこれか)

 やはり侮れない人物だと、リィンはロックスミスを評価する。
 だが、リィンにとっても悪い話ではない。その思惑に乗ることを決めると口を開いた。

「なら、何も問題ないな。騎神の件は、既に教会も納得済みだ」
「なッ! バカな! そんなでまかせを――」
「でまかせではありませんよ」

 思いもしなかったリィンの回答に真っ先に反応したのはディーターだった。
 この提案が素直に通るとは思っていなかったが、それでも帝国と〈暁の旅団〉との間に亀裂を入れることが出来れば十分だった。欲を言えば、共和国やそれ以外の国にも〈暁の旅団〉が危険な存在であると認知されれば、協力して〈暁の旅団〉を叩くと言った筋書きも考えていたのだ。
 だが、まさか共和国が〈暁の旅団〉の味方をしたばかりか、そこに七耀教会が絡んでくるとは、さすがのディーターも予想していなかった。教会の在り方を考えれば、まさかリィンと手を組むとは思ってもいなかったからだ。
 そんな戸惑いを見せるディーターの前に、修道服に身を包んだ一人の少女が姿を見せる。

「七耀教会のシスター、ロジーヌと申します。教会は〈灰の騎神〉並びに〈緋の騎神〉の所有権が、それぞれリィン・クラウゼルとシャーリィ・オルランドにあると認めています。このことは、この場にいるアリシア二世陛下とカラント大司教も保証しております。それでもお疑いでしたら、アルテリア法国へ問い合せて頂いても構いません」

 まさか、と振り返るディーターだったが、アリシア二世は静かに頷いて見せる。
 それを見てギリッと歯を食いしばりながら、ディーターはロジーヌを睨み付けた。

「……教会は彼等の肩を持つと?」
「それは誤解です。教会がアーティファクトの回収を行うのは、前提としてアーティファクトの悪用と暴走を未然に防ぐためです。騎神に関して言えば、完全に制御されている以上、その必要性は認められませんので」
「しかし、それを言うなら彼等は明らかに騎神を私的に使い、悪用している!」
「確かに大義名分のないテロ行為なら、それも言えるでしょう。ですが彼等は猟兵です。戦いに騎神を用いることが果たして悪と言えるのでしょうか? ましてや教会は他国の問題には原則的に介入しません」
「他国の問題? 何を言って……」

 他国の問題と言われて、ディーターは戸惑いの声を漏らす。リィンとシャーリィが共和国軍を撤退させたことは事実だが、彼等のやったことは見方を変えればテロとも取れる行為だ。ましてやリィンはクロスベルに対して宣戦布告とも取れる発言をしている。
 ディーターの思惑は〈暁の旅団〉を猟兵ではなく、国際的なテロリストとして扱うことにあった。そうして彼等を孤立させることで嘗ての教団のように各国に連携を呼び掛けて叩こうと考えていたのだ。
 なのに、それが『他国の問題』の一言で片付けられて納得が行くはずもない。しかし、

「〈暁の旅団〉は私たちと契約を結んでいる。そういうことです」

 エリィの言葉で、ディーターは自分が嵌められたことにようやく気付く。
 ロジーヌが『他国の問題』と言ったのは、これが理由だ。リィンが独断で動いていたのなら、それはクロスベルに対するテロ行為と非難することが出来る。仮に帝国の依頼で動いていたとしても、その場合はテロリストを擁護する帝国を非難すれば良いだけの話だ。しかし〈暁の旅団〉の背後にエリィがいるとなると話は変わってくる。

「正式な手続きに則った方法ならいざ知らず、議会の承認も得ずに大統領を自称している小父様を、私たちはクロスベルの代表≠ニして認めることは出来ません。これはヘンリー・マクダエル議長の言葉でもあります」
「そんなバカな話が通用すると本気で思っているのか?」
「通用します。帝国は正式にヘンリー・マクダエル議長をクロスベルの代表と認め、亡命政府の受け入れを承認しました。私はその名代で、この会議に出席しています。そうエレボニア帝国クロスベル特区の代表として」

 エリィの依頼でリィンとシャーリィが共和国軍を撤退させたのであれば、これはクロスベルを守るために取った正当な行為であると言える。
 この場合、逆に非難されるのは街を守る責任がありながら、軍を動かさなかったディーターの方だ。
 それにエリィの言うように彼は議会の承認を得て、大統領に就任したわけではない。だまし討ちのようなカタチで行政府を乗っ取ったようなものだ。クロスベルの政治が市長と議会によって運営されていることを考えれば、議長であるヘンリー・マクダエルが彼の大統領就任は無効であると宣言することで、当然ディーターの主張は揺らぐことになる。
 言ってみれば、これは内戦だ。帝国で起きた内戦のように、二つの勢力による権力闘争と考えても間違いではない。
 ようはクロスベルの問題。そこに教会が干渉しないと言うのは、至極当然のことと言えた。

「それがどういうことか、わかっていて言っているのかね?」
「はい。むしろ、現実が見えていないのは小父様ではありませんか?」

 怯むことなくそう答えるエリィに、ディーターは低い唸り声を漏らす。
 決してエリィが退くことはないと理解したのだろう。確認の意味を込めて、その矛先をロックスミスへと向けた。

「……クロスベルの帝国への併合を共和国も認めると?」
「ふむ。それはあくまでそちらの都合でしょう。我が国の答えは変わりませんぞ」
「それは……独立も認めるつもりはないと?」
「我が国の答えは変わらない。そう言ったはずです」

 どのような裏取引があったのか、ディーターには分からない。しかし、それは事実上の黙認をすると言うことに他ならなかった。
 味方はいない。最初から、こうなるように仕組まれていたのだとディーターは察する。
 そして、この筋書きを書いたと思われる人物へと、ディーターは視線を向けた。

「なるほど。既に根回しは終わっていると……キミの仕業か。リィン・クラウゼル」
「さて、なんのことかな? だが、これで俺たちにクロスベルを攻める大義名分≠ェあることは理解してもらえたはずだ。隣にいる彼女からの依頼でクーデターを引き起こした首謀者とその関係者から、クロスベルを解放しないといけないんでね」

 特に悪びれた様子もなく、そう答えるリィンを見て、ディーターは顔を赤くする。ここで怒りにまかせて声を上げないのは、クロスベルの代表としての自負もあるが、そうすることが自分の不利に繋がるとわかっていてのことだ。そんなディーターを見て、マリアベルは小さな溜め息を漏らす。最初から上手く行くとは思っていなかったため、彼に期待はしていなかった。
 それでも最後の機会を与えるつもりで、ディーターの好きにさせていたのだ。しかし、それもここまでだと見切りを付ける。
 元よりマリアベルにとって、この会議はおまけ≠フようなものだった。

「茶番ですわね。それで、わたくしたちをどうするつもりかしら?」
「この場でどうこうするつもりはないさ。そんな真似をすれば、リベールの顔を潰すことになる。だがまあ、大人しく降参するって言うのなら聞いてやらなくもない。そのための話し合い≠セろ?」
「それこそ、ありえませんわね。それにあなたも、そんな終わり方では納得しないのでしょう?」

 話し合いでどうにかなる段階など、とっくに通り過ぎている。
 そのことがわかっているからこそマリアベルはディーターに任せ、会議に口をださなかったのだ。
 本来であれば会議に出席する必要もなかった。なのに、こうして姿を見せたのは他に思惑≠ェあってのことだ。
 互いに相手の出方を探り、静かに睨み合うリィンとマリアベル。その時だった。

「きゃああああ――ッ!」

 議場の外から女性の悲鳴が聞こえてきた。ガヤガヤと騒がしくなる議場。
 悲鳴を聞き、慌ただしく近衛兵が議場の外へ確認に向かう中で、リィンは周囲を確認するとリーシャに指示を飛ばす。

「リーシャ」
「はい」

 リィンの言葉の意図を察し、リーシャは意識を集中する。その視線は騒ぎに紛れ、近づいてくる一人の兵士に向けられていた。
 腰の剣を抜き、襲い掛かってくる兵士の右腕と頭を押さえ、リーシャは地面に叩き付ける。
 肺から息を吐き、床に叩き付けられたショックで意識を失う兵士。しかし、それで終わりではなかった。

「これは一体……」

 虚な表情で剣を抜き、リィンたちに標的を定め、取り囲むように距離を詰める兵士たちにユリアは困惑の声を漏らす。
 彼等は議場の外で警備に当たっていた王国軍の兵士たちだ。
 彼等が内心ではリィンたちのことを快く思っていないことはユリアも知っていたが、それでもこのような暴挙にでるとは信じられなかった。

「大尉、大変です! 城の外では暴動が――」

 部下の報告を聞き、目を瞠るユリア。その頃、城の外では兵士だけでなく、民間人による暴動も起きていた。
 明らかに異常とも言える事態。困惑するユリアを横目に、リィンは鋭い視線をマリアベルへと向ける。

「何を企んでいる?」
「言い掛かりは止めて欲しいものですわね」
「そんな言い逃れが通用すると本気で思っているのか?」

 確かに証拠はないが、状況から考えてマリアベルが無関係とは考え難い。
 思い出されるのは、帝都で起きた異変。そして昨年、クロスベルで起きた集団催眠事件。
 何れも〈D∴G教団〉と呼ばれる組織が研究をしていたグノーシスと呼ばれる薬が使われていた。
 その組織の背後にいると思われている首謀者が、クロイス家。目の前にいる彼女、マリアベル・クロイスだ。
 今回の件にグノーシスが使われたかどうかは、後でおかしくなった兵士たちを調べれば分かることだ。

「リーシャは兵士たちの方を頼む。俺はマリアベルを捕らえる」

 そう言って床を蹴ると、マリアベルとの距離を詰めるリィン。この場で彼女に手をだすつもりはなかったが、逃がす方が後々面倒なことになると判断した故の行動だった。
 しかしマリアベルを捕らえようと腕を伸ばした瞬間、間に割って入った一人の男に妨害される。
 咄嗟に後ろへ飛び退くことで、自身に振われた剣を回避するリィン。あのまま踏み込んでいれば、確実に斬られていただろう。

「やはり邪魔をするか。ルーファス・アルバレア」
「これでも彼女の護衛なのでね」
「やめておけ。お前じゃ、俺には勝てない」
「そうかもしれない。しかし、いまキミの手元には武器がない。ならば、私にも勝機があるとは思わないかい?」

 そう言って剣を構えると、リィンとの間合いを詰めるルーファス。
 想像していたよりも鋭いルーファスの太刀筋に、リィンは防戦一方になる。

「チッ――思ったよりもやる!」

 護衛以外、武器の持ち込みが禁止されていたため、リィンの手元には武器がなかった。
 パワーとスピードはそれほどでもないが、驚くほどに戦い方が上手い。相手の動きや戦いの流れを読むことに関しては、天才的な才能を持っているとリィンはルーファスの腕を評価する。剣の技量も決して低くなく、オーレリアに迫るほどだ。それほどの達人を相手にするには、いまのままでは分が悪いことをリィンは認める。

(まずいな……)

 鬼の力を使って五分。いや、それでは結局のところ時間を稼がれてマリアベルには逃げられてしまう。
 しかし力を暴走させれば大惨事を引き起こしかねないだけに、愛用の武器がなければ〈王者の法〉を解放することも出来ない。
 予定が狂ってしまうが、騎神を召喚するしかないかと腹を決めた、その時。
 レクターの姿がないことにリィンは気付く。

「まさか――しまっ」

 その直後、眩い光が議場を包み込んだ。



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