「なんだってんだ……」
土埃に塗れながら、ヴァルカンは周囲を確認する。
突然の地響きと轟音。爆風によって木々は倒れ、森を埋め尽くすほどに溢れていた魔獣の姿もなくなっていた。
ヴァルカンが仲間と共にロイドたちと別行動を取ったのは、彼等が逃げるための時間を稼ぐためでもあった。
元よりクロスベルに迫っているという魔獣の群れを、ここで食い止めることがヴァルカンに与えられた任務だったのだ。
そんな戦いの最中に起きた爆発。いや、爆発と言うよりは眩い閃光と共に何かが空から降ってきたことを覚えている。
「全員、無事か」
ヴァルカンの声に反応して、団員たちの声が森に響く。
多少の怪我は負っているようだが、全員の無事を確認すると安堵の表情を浮かべるヴァルカン。
その時だった。空から地上の様子を窺っていたアルティナが、何かを見つけた様子でヴァルカンに声を掛ける。
「恐らく爆心地だと思われますが、この先に大きなクレーターがあります」
アルティナの話を聞き、その場所へ団員たちを引き連れてヴァルカンは向かう。
すると、確かにアルティナの言う場所に大きなクレーターがあった。
直径、百アージュを超える穴からは、もくもくと白い煙が上がっている。
一体、何が……と、穴の中を覗き込むヴァルカン。そして――
「緋の騎神だと……シャーリィ、無事か!?」
穴の中心に見慣れた騎神の姿を見つけ、ヴァルカンはクレーターのなかへ飛び込んだ。
珍しく焦った様子で、騎神に向かってシャーリィの名前を叫ぶヴァルカン。団長のリィンを始め、〈暁の旅団〉には最強の猟兵団の名に恥じない実力者が揃っている。しかし幾ら実力があるとは言っても、その中核を担うのはヴァルカンから見れば大人と子供ほどの年齢差がある少年少女たちだ。実力はあっても経験不足は否めない。
特に若い頃の自分のように、無鉄砲なところがあるシャーリィのことをヴァルカンは以前から気に掛けていたのだ。
「あ、ヴァルカン。こんなところで何してんの?」
「……大丈夫そうだな。まったく、お前は……」
しかし、そんなヴァルカンの心配にまったく気付いた様子はなく、けろりとした顔で仰向けに横たわる騎神の上に立つシャーリィの姿があった。
無事な姿を確認してほっとするも、能天気なシャーリィの言葉にヴァルカンは疲れた表情で肩を落とす。
後から追いついてきた団員たちも何があったかを察して、全員同じように苦笑を浮かべていた。
そして、まったく意味が分からないと言った様子で首を傾げながら、シャーリィはヴァルカンに声を掛ける。
「マナが切れて動かなくなっちゃったんだよね。悪いんだけど回収してくれるように、船に連絡お願い」
「ああ、それは構わないんだが……何があった? 団長はどうした?」
「リィンなら巨神と一緒に消えちゃった。たぶん、どこかに転位したんだと思うけど」
「転位だと? なるほどな。あの光は、そういうことか……」
シャーリィの説明で、ある程度の事情を察するヴァルカン。
リィンのことだ。周りを戦闘に巻き込まないために、巨神と共に転位したのだろうということは、すぐに察しが付いた。
とはいえ、
「たくっ……この二人は……」
ガシガシと頭を掻きながら、ヴァルカンは呆れた様子で大きな溜め息を漏らす。
自分たちが頼りないことは理解している。巨神との戦いに割っては入れるとは、さすがのヴァルカンも思ってはいない。
しかし、もう少し頼って欲しいというのが、彼の――大人たちの本音でもあった。
「あれ? ガレスじゃん。皆も、久し振りー」
そんなヴァルカンの悩みに気付いた様子もなく、何かを見つけた様子で手を振るシャーリィ。
その視線の先には〈赤い星座〉のメンバー。武装したガレスたちの姿があった。
ヴァルカンたちと同様に、爆風の正体を探りに来たのだろう。
「ご無沙汰しています。お嬢は相変わらずみたいですね」
仲間を引き連れ、クレーターを駆け下りると、ガレスは〈暁の旅団〉のメンバーを一瞥してシャーリィと挨拶を交わす。
敵対しているわけではないとはいえ、ここは前線だ。緊迫した空気が両者の間に漂う中、ヴァルカンは懐かしい顔を見つけて声を上げた。
「……キリングベア」
「見たことのある顔だと思ったら、テメエ……まさか〈アルンガルム〉の……」
アルンガルムと言うのは、以前ヴァルカンが団長を務めていた猟兵団の名だ。
キリングベア――ガルシアとは、彼が〈西風〉にまだ所属していた頃に戦場で顔を合わせたことがあった。
あれから十年以上の歳月が流れているとは言っても、互いに命を奪い合った関係だ。忘れるはずもない。
「なになに? 殺るならシャーリィも混ぜて欲しいんだけど……」
「まだ暴れ足りねーのかよ! もう十分だろ!?」
二人の間に漂う不穏な気配を察してか、期待に満ちた目を向けてくるシャーリィにヴァルカンは悲鳴を上げる。そして――
いつの間にか、〈暁の旅団〉と〈赤い星座〉の間にあった緊迫した空気も薄れていた。
シャーリィが狙ってやったのではないことは確かだが、
「〈赤の戦鬼〉の娘か。相変わらずみたいだな。テメェのところは……」
「…………」
ガルシアの言葉に、ガレスは無言で返す。
確かに世界は新たな時代を迎えようとしているのかもしれない。だが時は移れど、変わらないものはある。
ワイワイと騒ぐシャーリィとヴァルカン。それを宥める団員たち。
古強者だけが知る懐かしき日の光景が、そこにはあった。
◆
「別働隊からの連絡です。ミシュラムから、こちらへ向かっていた魔獣の掃討に成功したと」
フランの報告に、明るい表情を浮かべるエリィ。街で魔獣の襲撃に備えるエリィたちにとって、朗報と言っていい報せだった。
国防軍も暴走した魔獣の掃討に動いているとは言っても、カバーしきれる範囲には限界がある。それにミシュラムには強力な魔獣や幻獣も多く生息しており、防衛戦ならともかくクロスベルの兵士では打って出たところで対応しきれない可能性が高い。クロスベルの兵士の練度が低いと言う訳ではないが、装備面の不安や魔獣との戦闘経験の不足など課題も多く、失敗が許されない任務だけに実戦慣れした猟兵たちに頼ることを決断したのも、その辺りの事情が大きく関係していた。
「あと、もう一つ。〈緋の騎神〉の回収を頼みたいとのことです」
しかし、明るいニュースから一転、「はあ……」と溜め息が一斉に漏れる。
シャーリィが勝手に飛び出した時から、なんとなくこうなるのではないかと言った予想はあったのだ。
となると、気になることが一つあった。
「リィンさんのことは……何か言っていませんでしたか?」
「いえ、何も……詳しいことは帰ってから報告すると」
その言い方からして、恐らくリィンは一緒ではないのだろうとエリィは察する。
だとすると、巨神が消えたのはリィンが何かをしたのだろうということは容易に想像が出来た。
しかし、そのことから分かるのは〈灰の騎神〉が巨神と共に何処かへ姿を消したと言うことのみ。
これもあくまで想像でしかなく、それ以上のことは分からない。
「こんな時にエマさんがいてくれたら……」
何か分かったかもしれないのに、とエリィは肩を落としながら溜め息を漏らす。
姿を消したのはシャーリィだけではなかった。ヴァルカンたちの出撃を見送った後、エマも忽然と船から姿を消していたのだ。
マリアベルと話をしている時から、少しエマの様子がおかしかったことにエリィは気付いていた。
エマが船から姿を消したのは、恐らくは何らかの事情があるのだろうと察することは出来る。
しかし、マリアベルの次に事情に詳しいであろうエマの行方は分からないのは痛い。とはいえ――
「まずは混乱を収めるのが先よね」
脅威が去ったとはいえ、まだ混乱が収まった訳ではない。
(ここからは私の戦い。彼等ばかりに頼ってはいられない)
まだ、やるべきことはたくさんある。クロスベルを取り巻く問題が完全に解決したわけではない。
リィンたちの戦いが戦場にあるように、自分の為すべきことをエリィは再び見つめ直すと、フランに指示をだす。
「オルキスタワーに向かいます。関係各所に連絡を。まずは彼等が作ってくれた時間を有効に利用しないと……」
リィンたち〈暁の旅団〉の活躍を無駄にしないため、クロスベルの未来を守るために――
後世に語り継がれるエリィの政治家としての一歩が始まろうとしていた。
◆
「ここはノルド高原……これも何かの因縁か」
暗黒の地の最果て。嘗て、二体の巨神が降り立ち、雌雄を決した大地。
そんな場所へ飛ばされたきたことに、ギリアスは深い因縁のようなものを感じる。
「しかし……まさか、このような手段にでるとは……」
「政治家としては超一流なのかもしれないが、戦士としては二流だったみたいだな」
巨神の前に姿を見せる灰色の騎神。その手には炎を纏った黄金に輝く剣が握られていた。
リィンの策を読めなかったことに、ギリアスは苛立ちを募らせる。だが、リィンの考えは違っていた。
「巨神の力を過信して、人間の力を甘く見たな」
シャーリィがあそこまで巨神を追い込むとはギリアスも思ってはいなかったのだろう。故に計算が狂った。
巨神に対抗できるのは〈灰の騎神〉――リィンだけだと過信したのが、ギリアスの間違いだ。
アリアンロードと同じ領域に立ったとはいえ、リィンは自身が神になったとも最強に至ったとも思ってはいない。
確かに以前とは比較にならないくらい強くはなっただろうが、戦いのセンスではシャーリィの方が上だ。
剣の技量では〈光の剣匠〉に遠く及ばないし、部隊の扱いや指揮ではヴァルカンに劣る。
戦いに絶対はない。敵わないとわかっているのなら、勝てるもので勝負をすればいいだけだ。
ギリアスは自分の思うが儘、すべてを計算尽くで動かしていたつもりなのだろうが、その点で一つだけ大きな失敗を犯した。
「自ら、戦場に立ったことが、お前の敗因だ」
プレイヤーはプレイヤーに徹するべきだった。
自身すらも駒の一つとして見立て、盤上に立った時点でギリアスの計算は破綻することが決まっていた。
もしギリアスがプレイヤーに徹し、戦場に出て来ることがなければ、リィンに打つ手はなかっただろう。
だが、そうはならなかった。それはギリアスが自分以外の人間を、誰一人として信用していなかったからだ。
故に最後の詰めは、自分自身の手で行うしかなかった。結果を見届け、計画を完璧なものとするために――
だが、それこそが最大の誤算だったとリィンは考える。
「……もう勝ったつもりか? お前の方こそ、限界が近いのではないか?」
リィンの話の意図を察した上で、ギリアスは挑発めいた言葉を返す。
ギリアスも自らの失敗を認めてはいるのだろう。ただの強がりと捉えることも出来る。
しかし、
「確かにな。アリアンロードとの連戦で俺の力も残り少ない上、ヴァリマールも限界が近い」
リィンも隠す様子はなく、限界が近いことは認めていた。
余力と言う意味では、ギリアスや巨神の方があるだろう。普通に考えれば、勝ち目が薄いのはリィンの方かもしれない。
「だが、俺たちは勝つ」
確信を持って、リィンはそう答える。
確かにチェスでは敵わない。長く政治の世界で魑魅魍魎を相手にしてきたギリアスに、謀略で勝てる道理はないだろう。
しかし元軍人とはいえ、ギリアスは戦場から退いた身だ。こと戦場においては、自身の方に分があるとリィンは考えていた。
いや、負けられない。猟兵王の名を継いだからには、敗走は認められない。
「それは俺が猟兵≠セからだ」
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