※本編・最終話の少し前の話になります。
番外編/第206.5話『子供の武器』
国防軍解体に伴う警備隊再編計画の会議に、リィンは〈暁の旅団〉の代表として出席していた。
暁の旅団がクロスベルに雇われている最大の理由は、帝国や共和国に対する抑止力としての意味が強い。
帝国がクロスベルの自治を認め、アルフィンを通して間接的な支配に留めているのも――
共和国がクロスベルへ軍を侵攻させず黙って経緯を見守っているのも、すべては〈暁の旅団〉の存在があってこそだ。
だからこそ、クロスベルの防衛に関わることで相談したいと頼まれれば、正式に雇われている以上は断ることは難しい。
そんな会議の帰り、リィンは中央通りにあるレストランで二人の美少女と食事を共にしていた。
(俺はなんで睨まれてるんだ?)
(さあ……)
今日の御礼にとエリィに連れて来られたレストランで、リィンはどう言う訳かティオに睨まれていた。
ティオを怒らせるようなことをした記憶がまったくないリィンは、隣の席に座るエリィにこっそりと耳打ちをして尋ねる。
しかし、リィンに身に覚えのないようなことを、エリィが知っているはずもない。
そもそも本当は二人で食事をするつもりだったところに、相談があると話を持ち掛けてきたのはティオの方だった。
どうしてこんなことになっているのか、理由を尋ねたいのは自分の方だとエリィは嘆息する。
しかし、
(あ……)
(その顔、何か心当たりがあるのか?)
(いえ、ティオちゃんって『みっしぃ』の大ファンだから……)
ミシュラムを壊滅させたことを怒っているのではないか?
と、エリィはリィンの問いに答える。
ミシュラムには、みっしぃをマスコットにした『ミシュラム・ワンダーランド』というテーマパークが存在する。
しかし先の騎神と巨神の戦いでミシュラムは壊滅状態にあり、被害を受けたテーマパークも無期限の休業状態にあった。
(そんなこと言われてもな……)
不可抗力だと言うしかない。それにミシュラムが壊滅的な被害を受けた一番の原因は〈緋の騎神〉と巨神だ。
自分に責任がないとは言わないが、そのことで責められても反応に困ると言うのがリィンの本音だった。
とはいえ、好きなものを傷つけられて怒る気持ちは分からなくもない。
それに今後はクロスベルを拠点にすることを考えると、特務支援課のメンバーとは可能な限り良好な関係を築いておきたい。
特にティオの能力にはアリサも技師として一目を置いており、これまでの活躍を聞いたリィンも高く評価していた。
ここは大人の自分が先に折れるべきかと考え、リィンは珍しく気遣う様子でティオに尋ねる。
「あ〜、そのなんだ。みっしぃが好きなんだって?」
「……? それがどうかしたんですか?」
「いや、ミシュラムの件を気にしてるのかなと思ってな……」
「そのことなら怒ってませんよ? 子供ではありませんから、仕方のないことだと理解してます」
「そ、そうか。それはよかっ――」
「事件が解決したらロイドさんとまた一緒にいく約束をしていましたけど、まったく気にしてません。前に行った時は、ゆっくりと見て回る時間が取れなかったから、凄く楽しみにしてたとかありませんし。粉々に破壊されたみっしぃの銅像を見て、悲しくなったり怒りを覚えたとか、まったく全然ありませんから……気にしないでください」
凄い気にしてるじゃないかとは口が裂けても言えないリィンは、エリィに目で助けを求める。
しかし「諦めて頂戴」とばかりに無言で首を横に振るエリィ。
リィンが悪いわけではないのはわかっているが、子供の夢を壊したことに違いはない。
このくらいの愚痴は許してあげてという遠回しな意思表示でもあった。
そうして――
(しかし、どこかで聞いたような話だな……)
つい最近、同じような愚痴をアリサに溢されたことをリィンは思い出しながら、ティオの愚痴を黙って聞くのだった。
◆
あれから一時間余り。
みっしぃの素晴らしさを延々と聞かされたリィンは、げっそりとした表情を浮かべていた。
観光ガイドにも紹介される有名店の料理も、何を食べたのか、さっぱり味が思い出せない。
一方でティオの方はと言うと、溜まっていたものを吐き出してすっきりしたのか?
晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「それで……ティオちゃん。そろそろ本題に入りたいのだけど」
食後の紅茶を頂きながら、エリィはティオに尋ねる。
話が少し脱線したが、元々ティオに相談があるとエリィは声を掛けられたのだ。
リィンに対する愚痴が相談の内容でないことは、さすがに察することが出来る。
相談の内容を聞かれると、ティオは姿勢を正して真剣な表情を浮かべ、
「では、単刀直入に。お二人は……男女の仲になったんですよね?」
「付き合ってるのかってことか?」
「はい。具体的には、一つのベッドで一緒に寝たのか? という質問です」
「――ブッ!」
そう尋ねた。
ティオの余りに直球な質問に目を剥き、口に含んでいた紅茶を噴き出すエリィ。
「ティ、ティオちゃん!? それを誰から!?」
「皆さん噂してますよ? エリィさんの仕掛けたハニートラップに〈暁の旅団〉の団長が嵌まったって……」
「ち、ちが……」
「では、リィンさんから?」
「手をだしたことは認めるけど、酔った俺を部屋まで運んでくれたのはエリィだって話だしな……」
「リィン!?」
顔を真っ赤にしてリィンを睨み付けるエリィだが、リィンはどこ吹く風と受け流す。
しかし客観的に見れば、エリィの方から誘ったとも取れるシチュエーションだ。
その気がないのであれば、その場に寝かせておくか、男連中に運ばせればいい。
そうしなかったのはシャーリィに唆されたことも理由にあるが、エリィ自身がそうなることを望んでいたからに他ならない。
実際あの時は自分でも少し大胆だったかもと思うところがあるわけで、エリィも余り強く反論することが出来なかった。
「お酒ですか……」
「えっとね。何を考えてるのか想像は付くけど、絶対に真似しちゃダメよ?」
ティオがどういう意図があって、あんな質問をしたのか察したエリィは釘を刺す。
相談の内容もロイドに関することだと、話の流れから察することが出来たからだ。
オルキスタワー攻略作戦の前日の夜に、ノエルがロイドに告白をしたと言う話を聞いているし――
ティオが半年以上もの間、ロイドと生活を共にし、陰ながら支えていたこともエリィは知っている。
どちらか一方を応援すると言う訳にはいかないが、ティオの気持ちも分かるのだ。
「ですが……」
「ロイドはともかく、ティオちゃんはまだお酒が飲める年齢じゃないでしょ?」
だからと言って、酒の力を借りて男女の関係を持つのは、余り勧められたやり方ではない。
いま幸せなのは間違いないが、そんなやり方でリィンと関係を持ったことに、エリィは若干の負い目を感じていた。
リィンに好意を寄せる女性たちに対して、抜け駆けをしたという感情が少なからずあったからだ。
「なら、視点を変えてみたらどうだ?」
「……どういうことですか?」
こんな質問をされれば、ティオがどういうことで悩んでいるか、男のリィンでも察することが出来る。
しかしエリィが心配するように、ティオにはまだ早い≠フは確かだ。
話に聞くロイドの性格や警察官という立場から言って、エリィの話を参考にするのは逆効果だろう。
だからと言って、子供だからと言う理由で止めたのでは、ティオも納得はしないはずだ。
そこでリィンは、
「一見すると不利に思えるようなことでも、見方を変えれば強力な武器になることもある」
子供であることは、何もデメリットばかりではないとティオを諭す。
実際フィーは自分の立場を利用して、アルフィンやエリゼを出し抜き、上手くリィンに甘えていた。
そうとわかっていても、妹のように大切に思っている少女に甘えられれば嬉しいものだ。
「素直に甘えてみたらどうだ?」
「でも……子供っぽいと思われませんか?」
「家族のように大切に思ってる子に甘えられて嫌な男はいないさ」
変に背伸びをするよりは、その方がロイドの気を引ける可能性は高いと考えての助言だった。
「なるほど……参考になります」
この後、リィンの助言を参考にしたティオは自分の立場を最大限に利用して、クロスベルに残るために両親の説得に協力して欲しいという名目で、ロイドを両親に合わせることに成功する。
そのことでティオに一歩先を行かれたノエルは妹に心配されることになるのだが、それはリィンの知るところではなかった。
「やっぱり……リィンって女誑しよね」
ああいった的確なアドバイスが出来るということは、フィーの気持ちを察していると言うことだ、
その上で気付かない振りをしているのだから、エリィがリィンのことを女誑しと揶揄するのも仕方がなかった。
◆
それから数日後。
「――と言う訳で、今日は一日、わたくしのことを妹≠セと思って甘えさせてください」
「意味が分からないんだが……」
リィンは艦長室に押し掛けてきたアルフィンに迫られていた。
何がと言う訳≠ネのかさっぱり事情が呑み込めず、リィンは困惑気味に尋ねる。
「エリィさんに伺いました。なんでもティオさんの相談に的確なアドバイスをしたとか」
胸を張るアルフィンを見て、そのことかと合点が行った表情を見せるリィン。
とはいえ、
「それと、さっきの話がどう繋がるんだ?」
「わたくしもティオさんに倣って、偶には年相応に甘えて見るのもいいかと思いまして」
自信満々に何を言いだすのかと思えば、よく分からない持論を語るアルフィン。
こういうところは兄妹よく似ているな、とリィンはアルフィンがオリヴァルトの妹であることを再確認する。
実際アルフィンはクロスベルの総督という立場にありながら、三日と空けずにカレイジャスを訪ねてきていた。
護衛の目を盗んでは要領よく仕事をサボるところなんかも、放蕩皇子の異名を持つ兄とそっくりだ。
そうこうしていると、大体決まって――
「迎えがきたみたいだぞ」
「姫様!」
勢いよく扉を開け、部屋に飛び込んできたのはエリゼだった。
「今日もご苦労さん。さっさと連れて帰ってくれるか?」
「はい、兄様。姫様がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
丁寧に頭を下げて、謝罪をするエリゼ。随分と対応に慣れている様子だ。
オリヴァルトで言うところのミュラーのポジションがすっかりと板についてきた彼女の姿に同情し、リィンは哀れみの視線を向ける。
「姫様、帰りますよ」
「今日は一日、リィンさんの妹になると決めたんです! 邪魔しないでください!」
「我が儘を言わないでください。まだ政務が残っているんですから」
「リィンさ……いえ、リィンお兄様! 可愛い妹を見捨てたりはしませんよね?」
エリゼに無理矢理連れて行かれそうになり、リィンに助けを求めるアルフィン。
涙を浮かべ上目遣いで同情を誘う作戦にでたようだが、アルフィンの魂胆などエリゼにはお見通しだった。
「姫様。今更、本性を隠しても兄様には知られてますし。大体、妹キャラは私の専売特許です」
「エリゼ……あなた、最近わたくしに厳しくありません?」
「姫様が兄様を困らせるような真似をするからです」
そうしてズルズルと引き摺られて連れて行かれるアルフィンを、リィンは無言で見送りながら、
「はあ……」
今日一番の深い溜め息を漏らすのだった。
◆
「あんなので総督が務まるのかね」
「ん……」
「悪い。痛かったか?」
「ううん。リィンの手……凄く気持ちいい」
もっとやって、と甘い声で催促するフィーの髪を、リィンはブラシで優しく梳かしていく。
毎日と言う訳ではないが、昔からリィンは時折こうしてフィーの髪をブラシで梳かしてやっていた。
放って置くと、風呂上がりに髪を乾かさないで横になっていることが以前はよくあったからだ。
最近はスカーレットやアリサに注意をされて、少しはマシになってきているのだが――
いまでも充電が切れたように寂しげな表情を浮かべ、昔のようにやって欲しいとリィンに強請ることがある。
「ほら、終わったぞ」
「ん……ありがとう」
そう言ってリィンの胸に背中を預けると、フィーは幸せそうな笑みを浮かべ、まどろみに身を任せる。
これは義妹の特権だ。
だからアルフィンの話を聞かされても同情をすることはない。勿論エリゼにも譲るつもりはなかった。
「おい、そんなに頭を擦りつけると、折角綺麗に梳いた髪がくしゃくしゃになるぞ」
「いい……そしたら、また……リィンにやってもらう……か……ら…」
ここは自分の場所だとばかりにリィンの胸もとに顔を埋め、フィーは暖かな温もりに包まれて寝息を立て始める。
「……フィー? 寝たみたいだな」
フィーが眠ってしまったのを確認すると、リィンは起こさないように抱き上げて、そっとベッドに寝かせる。
そして、
「おやすみ、フィー」
フィーの額に唇を当て、戦場では見せたことのない優しい笑みを浮かべるのだった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m