美嘉たちの移籍騒動から二週間が経過しようとしていた。
 結論を言えば交渉は上手く纏まり、現在請け負っている仕事がすべて終わり次第、志希、フレデリカ、美嘉の三人はうちの事務所へ移ることが決まった。
 そして、壁に掛けられた掲示板に目をやると、

 ――社内オーディション開催!

 と書かれた社内報が目立つところに貼り出されていた。俺が美城専務に提案した内容の答えがこれだった。
 どうせコラボ企画をやるなら派手にやってみたらどうかと提案したのだ。346と891の合同プロデュース『銀河の歌姫』という謳い文句で、合同コンサートが開催される十二月までの四ヶ月間。両事務所から社内オーディションで選出されたアイドルを出し合うことで、毎月一組ずつ合計三組のコラボユニットをデビューさせる企画だ。
 当然、選ばれたアイドルたちには冬のコンサートにも出演してもらう。チャンスを掴めるかどうかは本人次第だが、じっと活躍の機会を待つよりはずっと良いはずだ。
 それに伴って、うちから譲渡された機材を用い、346でも適性を見るためにARを用いたレッスンが開かれるようになった。
 来月には346プロ恒例の秋の定期ライブが予定されていて、そこでの初披露を考えているらしい。
 冬のコンサートに向けて、少しでも経験を積ませておきたいのだろう。

 元より技術を独占するつもりはないので、良い機会だと俺は考えた。
 今回の企画が上手く行けば、891の寡占状態だった市場にも変化が生まれるはずだ。
 うちとしては競争相手が出来ることは望むところで、346も新たな市場を開拓することはプロデュースに幅を持たせることに繋がる。いままで機会に恵まれなかったアイドルにも仕事が巡ってくる可能性が生まれると言うことだ。
 本来であれば、もっと早くにうちの真似をする企業が出て来ても不思議ではないと考えていたのだ。
 しかし事務所を立ち上げて三年。ARの認知度は高まったが、891に追従する事務所は未だに現れていなかった。
 
 そんな状況が長く続くのは良くない。そこで当初の予定よりも踏み込んだカタチで、老舗の総合芸能プロダクションという肩書きを持つ346に業界をリードしてもらおうと考えたのだ。
 正直、891のキャパでは対応しきれない状態にあったので、346の協力を得られたのは大きかった。
 昨今の仮想現実ブームの影響もあって、年間のイベントの数が需要に追いついていないのは、891に所属しているアイドルの少なさに原因がある。
 だからと言って急に増やせるような話でもないし、うちの事務所はいろいろと秘密が多いこともあって誰でも受け入れる訳にはいかない。
 オーディションでアイドルを募集しようものなら、企業スパイや工作員が殺到して大変なことになるのは目に見えているからだ。
 その所為で、まともに休みを取れないアイドルやスタッフも多く、ちょっとした問題になっていた。
 その点、346は豊富な人材を抱える芸能事務所だ。需要に応えられるだけの人材と、複数の企画を推し進めることが可能な資金力を合わせ持っている。
 そう言う意味で今回の話は、891にとっても346にとっても足りないところを互いに補うという意味で、双方にメリットのある話だったと言う訳だ。
 で、俺が346(ここ)で何をしているかと言うと、長々とした話に繋がる。

「会長さんって、あの正木商会の一番偉い人なんだよね?」
「どうしたんだ? 急に?」
「最近、毎日のようにきてるみたいだから……暇なのかなって」
「失礼な。暇そうにしてるんじゃなくて、暇を作ってるんだよ」

 周子の質問に、俺はムッと顔をしかめながら答える。
 まあ、決裁くらいしか仕事らしい仕事はしてないんだが……。
 むしろ周りが優秀すぎて、他にやることがないんだよな。

「そういうお前は、今日一人なのか?」
「うん。今日は皆、別々に仕事入っててね。で、あたしは特にやることもないから」
「暇潰しに俺に絡んでると……」
「いや、暇じゃないよ? あたしには美嘉ちゃんの代わりに、一人寂しくカフェで黄昏れている会長さんを慰めるという重要な役目があるからね。どう? 感動した?」
「ああ、感動した感動した」
「心が籠もってないなー」

 どこまで本気で言ってるのかわからない周子の言葉に、俺は適当に返す。
 そもそも昼食を俺にたかっている時点で、感動するような要素は微塵もなかった。
 遠慮なく食後のデザートまで注文してるしな……。

「でも、暇じゃないなら、どうしてここにいるの?」
「譲渡した機材の使い方を教えにきてるんだよ」
「そういうのって普通、専門の人がするんじゃないの?」
「作ったのは俺だからな。俺以上の専門家はいないだろ?」

 目を丸くして、驚いた様子で固まる周子。そんなに驚くような話だったか?

「志希ちゃんが言ってたのって本当だったんだ」
「……なんて言ってたんだ?」
「自分以上の天才とか。尊敬できる先生だとか」

 え? マジでそんなこと言ってたのか?
 普段は人の話を聞かず、何考えてるかわからないような態度ばっかり取ってるのに、俺のことをそんな風に思ってたなんて……。
 今度からは少し真面目に相手してやるかな。

「――で、フレちゃんよりも変な人で面白いって言ってた」

 前言撤回。やっぱり志希は志希だ。
 あいつとフレデリカにだけは、変な人とか絶対に言われたくなかった。


  ◆


 翌日、俺は東京都内にある891の事務所で、ツアーライブから帰ってきたばかりの一人のアイドルを出迎えていた。

「それで……私ですか?」
「ああ、同じアイドル同士、悪いんだけど気に掛けてやって欲しいんだ」

 清楚なイメージで男受けしそうな風貌の長く艶やかな髪を持つ彼女の名は、カルティア・ゾケル。
 うちの事務所に所属するアイドルの一人で、地球だけでなく銀河で活躍するトップアイドルだ。
 引っ込み思案な性格でとてもアイドルなど向いていないように見えるのだが、彼女が891プロダクションで一番の稼ぎ頭と言っていい。
 プロ意識が高く、少し抜けているところはあるものの努力家で、個性的なメンバーの多い商会の中でも数少ない常識人の一人だった。
 だからこそ、俺は彼女に美嘉たちのことを頼みたいと考えていた。
 最初は菜々に任せようと考えていたのだが頼り無いというか、トラブルを招くことが多くて断念せざるを得なかった。
 どことなく美星に近い性質を持っている気がする。実際、菜々のパーソナルデータを解析したところ確率の偏り≠ェ観測された。
 確率の天才と呼ぶほどではないのだが、トラブルを招きやすい体質にあるようだ。

「その子たちは、私たちのことを知っているんですよね?」
「ああ。だから、カルティアに頼んでるんだけどな」

 カルティアに美嘉たちのことを頼むのは、護衛としての意味もあった。
 第一に優先すべきは、彼女たちの安全だ。と言うのも、俺たちには味方も多いが同じくらい敵も多い。最初から知らないならまだしも、俺たちの秘密を知っているだけで危険を伴う可能性がある。少なくとも自衛手段を持たない彼女たちが俺たちの関係者と思われ、危険に晒されるのは避けたい。そうなったらアイドルの活動にも支障をきたすだろう。
 891に所属するアイドルには全員そうした危険に備えて密かに護衛を付けたり、腕の立つ人間をプロデューサーとして担当させたりと対策は打ってあるが、美嘉たちは移籍が決まったとはいえ、まだ346に所属するアイドルだ。冬の合同コンサートが終わるまでは〈Lipps〉としての活動を続けることが決まっている。しかし奏や周子は俺たちの秘密を知らないし、あからさまな護衛をつけて不安を煽るような真似はしたくない。
 そこで先のコラボ企画に目を付け、カルティアを891のアイドルとして346に送り込むことを思いついたわけだ。
 カルティアは現在アイドルをしているとはいえ、元宇宙海賊だ。戦闘はそう得意ではないと言っても、地球人が束になったところで敵うような相手ではない。
 違和感なく美嘉たちに接することが出来、護衛も問題なくこなせる人物となると彼女以上の適任はいないだろう。

「でも、前にも言いましたが、私は余り荒事が得意ではないので……」
「四六時中、気を張って護衛しろって言ってるわけじゃない。ただ、彼女たちの支えになってやって欲しいだけだ。先輩≠ニして」
「…………わかりました。太老様には恩もありますし、そこまで仰るのであれば……」

 恩と言うのは、カルティアがうちに所属する切っ掛けにもなった盤上島の一件のことを言っているのだろう。
 そのことをカルティアは恩に感じてくれているらしく、商会のためによく働いてくれていた。
 俺にも打算があって事務所を立ち上げたと言うのに、その時のことを未だに恩に感じて頑張ってくれているのだから本当に律儀な性格をしている。
 根が真面目というか、そういうところは美嘉によく似ているんだよな。
 アイドルとして有名になりすぎた所為か、気楽に話せる友人も少ないようだし、彼女たちとも仲良くやってくれると良いんだが――

(まあ、余計な心配か)

 なんだかんだと美嘉は面倒見が良いし、志希やフレデリカが人見知りをするところなど想像が出来ない。
 カルティアにとっても良い切っ掛けになってくれることを、俺は祈るのだった。


  ◆


「くそ……くそくそくそくそッ!」

 都内でも有数の繁華街に程近い夜の公園に、苛立ちを隠せない様子で一升瓶を呷る男の姿があった。
 眼鏡を掛けた一見リーマン風の男の名はアラン。見た目は地球人そのものだが、彼はこの星の出身ではない。元ギャラクシーポリスの隊員で一度は結婚して腰を落ち着けたかと思えば、身から出た錆で作った借金から逃げるように仕事を辞め、現在は嘗ての同僚と借金取りの両方から追われる生活を送っている碌でもない男だった。
 本来は盤上島の事件で捕まった海賊たちと一緒に木星に用意された仮設の収容所に入れられていたのだが、半年ほど前に大規模な脱獄騒動があり、その騒ぎに乗じるカタチで逃亡。現在は地球に身を隠していた。
 そして太老に苦い目に遭わされた経験を持つ国や組織に接触し、正木商会に関する情報を彼等に売ることで生活の糧を得ていたのだが、一週間ほど前、アランにとって予期せぬ出来事が起きた。
 アランの情報を元に行われた作戦が尽く失敗し、追い詰められた組織は太老との関係を修復するために、彼を正木商会に売り渡そうとしたのだ。
 情報を売っていた相手から逆に売られそうになり、間一髪の所を逃げ出してきたのだが、アランの憤りは当然おさまらなかった。

 ――どうして自分ばかりが、こんな目に遭わなければならないのか?

 嘗て同じ船に乗っていた山田西南はギャラクシーポリスの英雄ともてはやされ、現在では樹雷の皇族に匹敵するほどの資産を持つに至っている。
 地球育ちというステータスのお陰でチヤホヤされただけの奴が、自分よりも良い生活を送っていることがアランには許せない。
 正木太老もそうだ。借金に苦しんでいたアランの元妻――ルレッタとその娘を助けるために彼女を商会に雇い入れ、借金の肩代わりを申し入れた癖に、どうしてルレッタはよくて自分は助けてくれないのか? そのことがアランには理解できなかった。それどころか、自分を山田西南に売り飛ばすような真似をした太老をアランは酷く憎んでいた。

 ――許せない。誰も彼もバカにして、なんで俺ばかりが、こんな目に遭わないといけない。

 憎しみを募らせながら、アランは空になった酒瓶を地面に叩き付ける。そして――
 ふと捨てられた雑誌が目に入った。
 風に煽られてパラパラとページが捲れ、『891』の文字が目に入ったところで、アランは雑誌を拾い上げる。
 雑誌には891と346が合同コンサートを冬に開催することや、美嘉たちの移籍の話が記事に取り上げられていた。

「そうだ。なんで俺だけがこんな目に遭わないといけないんだよ」

 狂気に染まった瞳で怪しげな笑みを浮かべながら、アランはフラフラとした足取りで繁華街へと足を向ける。
 悪いのは自分じゃない。悪いのはすべて俺をこんな目に遭わせた奴等だ。
 なら少しくらい良い思いをしたっていいじゃないか。

父親(オレ)からルレッタと娘を奪ったんだ。あいつには、その責任を取ってもらわないと……」

 そんな自分の行動をアランは少しも疑ってはいなかった。



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