【Side:太老】
この国の最大の問題は、失われた文明の技術に依存しすぎることだ。
過去の技術を利用することが悪いと言う話ではない。そこから学び、発展させていくことが大切で、与えられることに慣れすぎたために自らの力で結果を得ようと努力をしないことが、技術の発達を妨げる大きな要因となっていた。
そうした問題をどうにか解決できないかと、女皇――ラシャラ(女皇)もずっと気にしていたらしい。
そして生まれたのが、マジンを模して作られたロボットたちだ。
ロボットの開発を通して技術を競わせることで、文明の停滞を阻止できないかとラシャラ(女皇)は考えたそうだ。
「なるほど。技術を競わせることで、文明の停滞を食い止めようとしたのか」
「はい。最初は目論見通りに上手く行っていたのですが……」
万国博覧会のような催しを開き、発表の場を用意することで人々の興味を惹く目論見は成功した。
しかしロボットを競わせるスポーツが人気を博すようになり、段々と競技の内容も刺激を求めるものへと変わっていった。
その頃からだ。コロシアムが開かれ、マジンを模したロボットが『聖機神』と呼ぶれるようになったのは――
「思えば、あの頃から少しずつ歯車が狂いかけていたのでしょう」
そして時代の流れと共に、ただの娯楽から貴族の名誉を競うものへと変化し、決闘に聖機神が用いられるようになったそうだ。
有力者たちは私財を投じ、聖機神の開発に心血を注ぐようになっていった。
遂には機体だけでなく操縦者にも手が加えられるようになり、生まれたのが人造人間という話だ。
「よくある話と言えば、それまでだけど……」
いつの時代、どのような世界でも、人間の性というのは変わらないらしい。
ラシャラ(女皇)もこんなことになるとは思っていなかったようで、表情からは後悔の色が垣間見える。
しかも未来の惨状を知った今では、余計に複雑な想いがせめぎ合っているはずだ。
「引き際を誤ったのは痛いな……」
ここまで問題が過熱してしまうと、流れを変えることは難しいだろう。
人間、一度覚えた蜜の味は忘れられないものだ。
聖機神の開発を止めさせ、無理に取り上げるような真似をすれば、その不満は確実に跳ね返ってくる。
これだけ大きな国だ。内乱へと発展してしまえば、行き着くところまで行くしかない。
そうなればガイアの誕生を待つことなく、この国は終わりを迎えかねない。となれば――
「未来のことはともかく、現状このままってわけにはいかないだろ」
聖機神が持つ役割や必要性は理解できる。コロシアムも今更、閉鎖するなんて真似は難しいだろう。
しかし、どこかで歯止めは必要じゃないかと俺は考える。
異世界人の件にせよ、人造人間の扱いにせよ、操縦者を聖機神の部品程度にしか考えていないバカが多すぎるからだ。
これならまだ、現代の方がマシなくらいだ。まあ、あっちはあっちで男性聖機師に対して過保護すぎると思うけど。
「理解しています。ですから、このように相談を……お力を貸して頂きたいのです」
「まあ、俺に出来ることは協力すると言ったけど……」
男が口にしたことだ。二言はない。
しかし余所者の俺に出来ることなんて限られている。少なくとも政治に絡むような話は無理だ。
女皇の話すら通じない連中に、俺が何を言ったところで問題は解決しないだろう。むしろ、問題を悪化させる危険すらある。
ハヴォニワの革命なんて言われてるアレも運が良かっただけだしな。
特に俺が何かをしたと言うよりは、フローラの手腕によるところが大きい。
「協力して頂けるのなら、聖域へ招待したいと考えています」
「……聖域?」
「銀河の中心、すべての始まりの場所。そこに、タロウさんが今一番欲している答えがあるはずです」
そう言われて思い当たるのは一つしかない。
やはり、亜法には何か秘密があるのか?
特異点を生み出すような何かが――
「……何をすればいい?」
「お願いしたいことは一つだけです。貴族との決闘を受けて頂けませんか?」
決闘という言葉を聞き、俺は訝しげな表情を浮かべる。雲行き怪しくなってきた。
そう言えば、聖機神の競技は貴族間の揉め事を解決する代理戦争≠フようなものだと言っていたのを思い出す。
まさか――
「この国の人々にとって聖域は特別な場所です。そこに女皇が招いた賓客とはいえ、部外者を立ち入らせるとなると貴族の多くは反発してくるでしょう。ですから一週間後に予定されている建国千年を祝う御前試合の舞台で彼等の代表と競い、力を示してください。決闘で誓約されたことは、私と言えど覆すことは出来ません。誰もが認める圧倒的な勝利を収めれば、彼等も認めざるを得ないでしょう」
ようするに文句を言ってくる奴をぶちのめして、力業で解決しろと言うことだ。
恐らくはその流れで、異世界人の召喚や人造人間の扱いに関するルール作りも一緒にやってしまうつもりでいるのだろう。
なんかこういうことが前にもあったな……と溜め息を交えながら、俺は断り切れずに頷くのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第284話『忍び寄る魔の手』
作者 193
「陛下は何を考えている!」
ダンッ! と、激しく机に拳を打ち付ける男。
その周囲には巨大なテーブルを囲むように、統一国家の州を代表する貴族たちが集まっていた。
「まったくだ。あんなどこの馬の骨ともわからん奴を城へ招いたばかりか、聖域に入れるなどと………」
四十半ばと思しき一人の貴族が、そう口にする。
聖域とは、この国で最も重要視される場所だ。基本的に女皇以外の立ち入りは禁じられている。
例外として女皇と英雄の間に生まれた皇族の血を継ぐ者だけが、成人の儀に限って立ち入りを認められているくらいだ。
建国から千年。余所者が聖域に招かれた例など一度とてない。
貴族としての誇りや伝統を重んじる彼等が、怒りと困惑を顕にするのも無理のないことだった。
「フンッ、どれだけ外見は若く見えようとも陛下もお歳だ。耄碌されたのであろうよ」
居並ぶ貴族たちのなかでも一際引き締まった身体をした褐色の肌の老人が、そう言い放つ。
彼はダークエルフ族の長。齢二百を超え、国の中でも女皇を除けば最も高齢な人物だ。
ダークエルフと言えば、最初にこの世界へ召喚された異世界人の末裔たちだ。
建国当時から女皇に仕え、この国を支え続けてきた誇りがあるだけに、今回の女皇の行動に一番の反感を覚えているのは他ならぬ彼等だった。
「しかし暴走した聖機神の動きを一撃で封じたという話です。本当に勝てるのですか?」
年若い貴族の一人が、そう尋ねるのには理由があった。最初から貴族たちの反発があることは予想していたのだろう。
女皇の方から一週間後に予定されている御前試合で決着を付けよ、と言葉があったのだ。
聖機神による戦いで決着を付けることに彼等も異論はない。しかし女皇が自らそのようなことを口にするからには、余程の自信があるのだろうと察しは付く。それにコロシアムでの出来事、黄金に輝く聖機神の話は彼等も耳にしていた。それだけに腑に落ちない。そのような聖機神が存在することなど、この場にいる誰もが目にしたことは勿論、噂すら耳にしたことがなかったからだ。
しかも取り押さえられた聖機神は、遺跡都市で開かれた過去の大会で三位入賞の実績を持つ、優勝候補の一角だった。
本来であれば、その聖機神が一週間後に開かれる予定の御前試合に出場する予定だったのだ。
暴走していたとはいえ、そんな世界でも有数の強さを誇る聖機神を、あっさりと無力化した黄金の聖機神とは一体なんなのか?
どこの勢力が? 操縦者の男の正体は?
得体の知れない相手に、不安や恐れを抱くのは当然のことだった。
「どうか、ご心配なく。既に手は打ってあります。皆様もよく知る世界最強≠フ聖機神。あの者であれば確実に、皆様に勝利をもたらしてくれるでしょう」
そんななかで誰を代表に立てるかと揉めていた時、提案を持ち掛けてきたのが彼女だった。
黒いローブに身を包み、フードを被った怪しげな人物。
しかし男であれば、誰もが思わず溜め息を溢すほどの妙齢の美女。
元貴族の肩書きを持つ、帝国の商人だ。
「だが、他国の人間を決闘の相手に立てると言うのは……」
もう半ば決まったこととはいえ、一人の貴族が苦言を漏らす。
というのも、女貴族の言う最強の聖機神とは、この国のものではないからだ。
国内の揉め事に他国の手を借りる。そのことに納得が行っていない者も少なくない。
だが、優勝候補の一角が軽々とあしらわれた以上、生半可な相手をぶつけたところで敵わないことは誰もが理解していた。
それだけに強く反対も出来ないのだろう。その悔しげな表情を見れば一目瞭然だ。
「決闘の代役に他国の人間を立ててはならぬという規則はない」
中央に座り、ずっと静観を貫いていた年老いた貴族が口を開くと、会議の場が静まり返る。
統一国家の宰相にして公爵の地位にある老人には、この場でただ一人、英雄の血が流れていた。
女皇を除けば、この国の実質的な政治のトップに立つ人物だ。
「ならば、いまは万全を期すべきであろう」
そんな彼の言葉に異を唱えられる者がいるはずもなかった。
◆
明かり一つ射さない薄暗い部屋の中に、先程の会議に出席していた女商人の姿があった。
そして光と共に衣を脱ぎ捨てるかのように姿を変えると、桜色のローブに身を包んだ子供のような背丈の人物が姿を現す。
丸い体型に髪は短くまとめられ、中性的な顔立ちをしていることもあって、見た目からは性別の判断が付かない。
そんな彼? 彼女は通信機のスイッチを入れると姿勢を正し、光が点った映像に向かってお辞儀をした。
すると、
『誰かと思えば……ポチ三号か? こうして連絡をしてきたと言うことは、作戦は上手く行ったのか?』
「はい、パパチャ様。御前試合≠フ代表枠を無事に確保しました」
『そうか! よくやったぞ、ポチ三号!』
通信の先、モニターには口髭を生やした長髪の男が映っていた。
額には日の丸の紋様が浮かび、ピエロのような派手な衣装に身を包んでいる。
その男の名は、パパチャアリーノ・ナナダン。そう彼こそ、あのパパチャ帝国の皇帝だ。
『フフフッ、すべて計画通りだ。ようやく、ようやくきたのだ。千年の屈辱を晴らす時が!』
彼は側近の一人であるポチ三号を統一国家に潜伏させ、商人に扮させることで機会を窺っていた。
すべては千年前に受けた屈辱を晴らすため――
フォトンに敗れ、果たすことの出来なかった悲願を叶えるために力を蓄えていたのだ。
だが、
「そう言って毎年のように失敗してるんですけどね。あ、今年で千回目でしたっけ?」
『余計なこと言うでないわ!』
これまでに実行した作戦は尽く、ラシャラ女皇の策に嵌まって失敗に終わっていた。
とはいえ、まるで未来を知っているかのように手の内を読まれたのでは、さすがのパパチャも打つ手がない。
そのため、対抗するには自分も組織を持つ必要があると考え、パパチャが興したのが帝国だった。
だが、結局上手くは行っていない。それどころか国力の差は広がるばかりで、いまや帝国は多額の借款を抱え、風前の灯火と言った状況だ。
『それで? 対戦相手の情報を手に入れることは出来たのか?』
「はい。コロシアムの騒動を鎮め、マリア様を危機から救ってくださった旅の方だそうです」
『……なに? そのような報告は受けておらんぞ?』
てっきり前回の大会の準優勝者か、三位あたりがもう一人の代表だと考えていたパパチャは眉をひそめる。
それに、そんな事件がコロシアムで起きていたなんて報告は一切受けていなかった。
「聞かれませんでしたので」
『そういう大事なことは、しっかりと報告せんか!』
「ですが、あとのことはすべて任せるから余計な連絡はしてくるな、と仰っていたじゃありませんか」
『ぐっ……』
確かに、そんなことを言った覚えのあるパパチャは、そっとベッドで眠る裸の女性に目を向けながら言葉を詰まらせる。
そして誤魔化すように『とにかく情報を寄越せ!』とポチ三号に迫った。
『……随分と派手好きな奴のようだな』
「パパチャ様と一緒ですね」
ポチ三号から転送されてきたデータの映像を見て、パパチャは顔をしかめながらそう呟く。
しかし、そんなパパチャの独り言に、間髪入れずツッコミを入れるポチ三号。
自分の名前を国に付けているあたり、パパチャも十分に自尊心が高い。
黄金の聖機神のことを言えないのでは?
と、ポチ三号が疑問を抱くのは当然のことだった。
『五月蠅い! なんで、お前はそう一言多いのだ!?』
「いえ、私はパパチャ様のためを思って、客観的な意見を述べているだけで」
『尚更、たちが悪いわ!』
部下の遠慮のない言葉に我を忘れ、額に血管を浮かべてパパチャは怒鳴り声を上げる。
しかしポチ三号は涼やかな表情で、そんな主の言葉を受け流していた。
そんな、まったく堪えた様子の無いポチ三号を見て、パパチャは疲れた顔で話を戻す。
『だが、これでようやく悲願が達成される。そうなれば、この宇宙は我が手に!』
「そう、上手く行きますかね?」
『もう、あの忌々しい小僧もおらんのだ! 我が野望を止められるものなどおらぬわ!』
「そう言いながら詰めを誤って、もう九百九十九回――」
『……お前は、私に恨みでもあるのか?』
折角、話題を逸らそうとしたのに、しつこく話を掘り返すポチ三号にパパチャは訝しげな目を向ける。
仕事は出来る。使えることは使えるのだが、どうにも忠誠心が足りないというか、余計な一言が多い。
だが、こんなやり取りを千年以上も続けてきただけに、さすがに意識の切り替えは早かった。
これ以上、ポチ三号と不毛な争いを続けても意味はないと悟ったパパチャは、あっさりと矛を収める。
そう、この作戦が上手く行けば、そんな些細なことに気を病む必要はない。ようやく悲願が叶う時がきたのだ。
『まあ、いい。アレ≠ウえ手に入れば、こんな星に用はない。このような生活からも、おさらば出来るのだからな!』
そう言って高らかに笑う主の姿を、ポチ三号は生温かい目で見守るのだった。
……TO BE CONTINUED
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