【Side:零式】

 キタキタキタキタキタ――ッ!
 私の身体にお父様の愛≠ェ流れ込んでくるのを感じる。
 学習を繰り返すことで成長する船として生み出された私でも、さすがに船の根幹に関わるシステムに手を加えることは出来ない。
 それが可能なのは〈守蛇怪・零式〉を設計したマイスター≠ニ、この船のマスターであるお父様≠セけだ。
 だから最後の仕上げだけは、心苦しくともお父様にお任せするしかなかった。
 でも、お父様なら察してくれる。きっと私の期待に応えてくれると信じて待っていたのだ。

 そして、その時が遂にやってきた。

 銀河結界炉。亜法を司るシステムの根幹にして、お父様の手を煩わせてばかりいる駄女神が人間に与えた分不相応な力。
 あの駄女神の力を取り込むと言うのは出来れば遠慮したい苦渋の選択だが、私が更なる進化を遂げるには頂神の力が必要不可欠だった。
 私には魎皇鬼や福に使われた技術がフィードバックされているが、船の力そのものは第三世代の〈皇家の樹〉にも劣る。単独では光鷹翼を発生させることすら出来ないほど貧弱だ。代わりに学習能力が秀でて高く、長い時間を掛けて成長を促すことでお父様に相応しい最高の船≠マイスターは生みだそうとしたのだと、その製作意図は私も理解していた。
 しかし私が成長するように、お父様も日々成長なされている。いや、あれは成長ではなく進化だ。
 船の成長が、お父様の進化に追いつかない。だから私は足りない力を他所に求めた。それが二年前の事件≠セ。
 お父様のためなら〈皇家の樹〉たちも喜んで、その力をお父様に差し出すだろうと考えてのことだった。

 しかし、それだけではダメだった。私の浅はかな考えなど、お父様にはお見通しだったのだ。
 そのことを悟らされたのが、私がマイスターに封印され、お父様が異世界に送られる切っ掛けを作った二年前の事件だった。
 過去の失敗から学んだ私は、この二年間――どうすればお父様に相応しい船になれるかをずっと考えてきた。
 そして様々な条件を設定して、数多のシミュレーションを実行に移した。
 最高の結果を得るために一切の妥協を許さず、試行錯誤を繰り返し、そして答えに辿り着いたのだ。
 普通に成長をしたのでは追いつけない。ならば、私自身も進化≠すればいいと――

 その結果、得たのがこの身体≠セ。

 管理神や頂神が人のカタチ≠取るのには意味があるのではないかと私は考えた。
 明らかに人とは違う異形の姿をしていたのでは、それだけで警戒心を与え、円滑なコミュニケーションを取ることが出来ない。
 あの駄女神を含めた三女神は、目的のために様々なカタチで世界に干渉してきた。意思疎通に問題が生じることは、効率の面から考えても都合が悪い。
 そのため、知的生命体と接触する際に彼等が受け入れやすいイメージを取った結果があの姿≠ナはないかと私は考えたのだ。
 そして、これがもう一つの大きな理由。人の姿は非効率的に見えて、実は力の運用に最適な姿であることがわかった。
 神話や伝承で語られる魔物や異形の姿を取るよりも、人の姿を真似た方が力を使った時の反動が小さく消耗が少なくて済むのだ。

 これを私は頂神とは別の世界の意志≠フようなものが働いているのではないかと考えた。
 世界には、世界が定めたルールがある。そのルールから逸脱した力や存在には、修正力という名の負荷が掛けられる。
 だからこそ事象改変の規模によって、その修正力を上回る力が必要になると考えたのだ。
 この修正力の働きが世界の許容する限界を超えると、原因を排除するために反作用体≠ェ生まれると推測される。
 これは例え、頂神であっても逃れることは出来ない。しかし、お父様は違う。
 お父様の何が凄いかと言えば、そうした世界の意志――ルールに一切縛られないと言うことだ。

 それは即ち、世界とはお父様。お父様がルールだと言うこと。

 話が少し脱線してしまったけど、ようするに――
 そんなにも凄いお父様に相応しい船になるには、私自身も生まれ変わる必要があると考えたのだ。
 そうして得たのが、この姿。そして、もう一つ私には必要なものがあった。それが力≠セ。
 力を運用するのに最適な器は手に入れた。ならば、その器を満たす力が必要だった。
 魎皇鬼型や〈皇家の樹〉すらも凌ぐ絶対的な力を取り込むことで、ようやく私は進化の階段を登ることが出来る。
 そのために目を付けたのが〈銀河結界炉〉だ。あれは樹雷にある〈天樹〉と同じような性質を持つもの。
 天樹が津名魅の身体の一部であるとすれば、銀河結界炉は訪希深の一部。それを取り込むことによって、私は新たな力を得る。
 お父様に相応しい船へと進化していくのだ。誰も見たことがない。どんなものにも縛られない〈零〉の存在へと――

【Side out】





異世界の伝道師 第309話『ラグナロク』
作者 193






「えっと……」

 呆然とした顔で空を見上げるアウン。いや、彼女だけではない。
 ドールも、メザイアも、ネイザイも、ラシャラ女皇さえも、皆が言葉にならない表情を浮かべていた。

「女神様じゃ……女神様が降臨されたのじゃ……」

 全身から神々しい輝きを放ち、天地岩を背に浮かぶ零式の姿を見て、深々と平伏する村長。
 そんな村長に続くように次々と村人たちも額を土につける。
 完全に誤解なのだが、実際に女神の顔≠ニ名≠知らない人々に、そんなことがわかるはずもない。
 それは、

「……あの子って、女神だったの?」

 巫女も例外ではなかった。
 祭壇で女神との交信を始めたら、零式が光って宙に浮かび始めたのだ。アウンも女神と交信をしたことはあるが、さすがに顔と名前までは知らない。強大は気配を放つ零式を見て、女神と誤解するのも無理はなかった。それにアウンのような巫女にしか感じ取ることが出来ない女神と同質≠フ気配が零式からは滲み出ていた。
 恐らくは銀河結界炉と繋がったことによるものだろうが、この場にそのことを理解できる者はいない。
 当然そんなはずはないと、アウンの問いに対してドールたちは首を左右に振る。
 しかし、

「いや、でも太老だし……もしかしたらってことも……」

 ありえるかもしれないとドールは考える。
 そもそも零式の存在自体、非常識極まり無い信じられないような話なのだ。
 太老の船だからと、これまで皆が納得していたが、零式が非常識な力を持っていることは明らかだった。
 女神本人ではなくとも、人間から見れば零式が神のような力を持っていることに変わりはなかった。

「もう、私いらないよね? あの子に頼めば、全部解決するんじゃない?」

 投げ遣りなアウンの言葉に、なんとも言えない空気が漂う。
 女神と交信しようとしたら、既に女神っぽい力を持った子がいるというのだから巫女をバカにしてるとしか思えない。
 プルプルと肩を震わせるアウンを見て、掛ける言葉がないと言った顔を浮かべるラシャラ女皇。
 どうしたものかと女皇が溜め息を吐いた、その時だった。

「おお……あれは……」

 感動の声を漏らす村長。
 空間が揺らぎ、零式の傍らに突如現れる聖機神。それは太老の聖機神だった。
 しかも太老が乗っていないというのに黄金の輝きを放ち、背には三対六枚の光の翼を広げている。
 その姿に見覚えのある三人は「あっ……」と揃って声を上げる。

「……あれって、もしかして聖地の闘技場を消滅させた奴?」
「間違いないわ。でも、太老くんが乗ってないのにどうして……」
「それよりも避難が先よ! あの時と同じことがここで起きたら――」

 困惑した様子で空を見上げるドールとメザイアを急かすネイザイ。
 聖地の闘技場を消滅させた黄金の聖機人。
 聖機人でさえ、あれだけの力を見せたのだ。
 もし太老が魔改造した聖機神が同様の力を使えば、この辺り一帯がどうなるか?
 ネイザイの懸念はもっともだった。

「え? なんか、やばいの?」

 まったく状況を理解できていない様子で、そう尋ねるアウン。
 そんな彼女に嘗て聖地であった事件をネイザイは説明する。
 それを聞いたアウンは――

「ちょ! あの子、なに考えてるのよ!? 退避、たいひぃぃぃ! アンタたち、ここから逃げなさい!」

 村人に向かって逃げるようにと叫び始めた。
 アウンの必死な姿を見て、村人たちも様子がおかしいと気付き始めたのか、ガヤガヤと騒ぎ始める。
 そして――

「伏せて!」

 ドールの声が響き、村長や村人を除く他の皆はすぐに状況を察して、頭を手で庇いながら地面に伏せる。
 何かが空中で光ったかと思った直後、黄金の聖機神から放たれたビームが大気を震わせ、辺り一帯に轟音を響かせた。
 衝撃の余波で吹き飛ばされ、地面を転がる人々。突風が木々を薙ぎ払い、木造の家屋を瓦礫へと変えてしまう。

「まさか、あの方角は……」

 遥か山向こうの方角から立ち上る光の柱を目にして、ラシャラ女皇は呆然とした声を漏らす。
 彼女たちがやってきた方角。ビームが放たれたのは、統一国家の聖地がある場所だったからだ。
 その理解しがたい光景を目の当たりにした人々は恐怖に駆られ、我先にと逃げ始める。

「魔王……」

 それは誰が呟いたのか?
 女神と思っていた少女が実は女神などではなく、世界に滅びをもたらす破壊の化身だった。
 太陽の光に照らされ、茜色に輝く姿は――まさに黄昏ノ魔王と呼ぶに相応しい姿と言えた。

「フフン、目的の力は手に入れましたし、これで邪魔な女の始末は終わりました。あとは――」

 満足げな笑みを浮かべ、零式は黄金の聖機神と共に空高くへと昇っていく。
 ドールたちは太老のお気に入りだ。だから害するつもりはないが、他の人間など彼女にとって有象無象に過ぎない。
 ましてや、敬愛するお父様に逆らう存在など虫けら以下の扱いだった。
 そう、太老を指名手配した統一国家の宰相やそれに従う貴族。黒幕と思しきパパチャアリーノ・ナナダンも同罪だ。

「簡単には殺さないのです。お父様に逆らったことを後悔しながら消えていくといいのですよ」

 パパチャの乗る船を目標に捉え、黄金の聖機神の肩で零式は冷笑を浮かべる。
 そして――


  ◆


「くそッ! 何が起きてるんだ!?」
「パパチャ様、大変です! 地上部分が完全に吹き飛ばされてます! 千年前に逆戻りしちゃってますよ!?」

 ポチ三号の言葉に慌て、瓦礫を押し退けて遺跡の外へと飛び出るパパチャ。そして目を瞠る。
 目の前に広がっていたのは砂一面の世界。
 緑溢れる草原や湖。それどころか、山そのものさえも消えてなくっていた。
 これではポチの言うように『砂の星』と呼ばれていた頃の惑星にタイムスリップしたかのようだった。

「ここで何があったのだ……」
「パパチャ様、逃げましょう! 物凄く嫌な予感がします!」
「くッ……」

 キーネは姿を消し、銀河結界炉もどこにいったかわからない。
 このまま、おめおめと帰れるはずもない。しかし、

「仕方がない……船に戻るぞ。一旦、ここを離脱する!」
「はい!」

 想像も付かない何かが起きていることだけは確かだった。
 パパチャは臆病だからこそ、今日まで無事でいられたのだ。そうでなけば、千年前の戦いで彼は死んでいただろう。
 逃げると決断したら、パパチャの行動は早かった。
 ブレインクリスタルの力を使い、転送ゲートを展開し、ポチと共に自分の船へと急ぐ。
 遥か上空。成層圏に近い場所に待機させていたことが幸いし、パパチャの船は無事だった。

「お帰りなさいませ、パパチャ様!」
「何があったか報告しろ。ポチ八号」

 船のブリッジに転移するなり、そこにいたポチ八号に命令を下すパパチャ。
 すると、艦長席の正面に位置する巨大なモニターには、地上の様子が映し出される。
 遺跡を中心に半径百キロに渡る空間が、完全に砂の大地と化していた。
 地上にいた部隊はすべて消滅。虫一匹、生き残っていない有様だった。

「……何が原因かわかっているのか?」
「はい。光学兵器と思しき攻撃を受けたものと推定されます」
「光学兵器だと?」
「使用されたエネルギー量は測定不能……いえ、観測すら出来ませんでした。ただ本来あの規模の攻撃なら星ごと消滅していても、おかしくはないかと……」

 まさか、そんな攻撃が地上に放たれていたと思っていなかったパパチャは、ポチ八号の報告に唖然とする。
 しかし、それほどのエネルギー量を持った何か≠ニいうのは、思い当たるものは一つしかなかった。

「……銀河結界炉か?」

 遺跡から消えた銀河結界炉。それが使用されたのだとパパチャは考える。
 となれば、思い当たる人物は一人しかない。黄金の聖機神を駆る異世界人――正木太老だ。
 ぐぬぬ、と親指の爪を噛みながら唸るパパチャ。やはり、あの男は闘技場で殺しておくべきだったと考えても既に遅い。
 そもそもマジンですら相手にならなかったのだ。
 その黄金の聖機神が銀河結界炉を手に入れたのだとすれば――

「まずい、まずいぞ……」

 勝てるイメージが一切湧かず、最悪の結果がパパチャの頭を過ぎる。
 いまはダメだ。とにかく逃げるしかない。
 そして時間を稼いで、いつか必ず――

「この星を離れる! とにかく急いで、ここから離れるんだ!」
「本国には戻らないんですか?」
「あんな国など、どうでもいい! とにかく今は逃げるのが先だ!」

 パパチャの命令に従い、テキパキと出航の準備を始めるポチたち。
 だがその直後、警報音が船内に響く。

「何かにロックオンされています! モニターにでます!」

 モニターには、黄金の聖機神とその肩に腰掛ける零式の姿が映っていた。
 よく見ると、少女の口が微かに動いているのが確認できる。
 だが、何を言っているのかわからない。その直後だった。

(なん……だ?)

 背筋に寒気を感じるパパチャ。
 そして心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚に陥る。
 胸を右手で押さえ、額から汗を流すパパチャを見て、ポチ三号は神妙な表情を浮かべると、

「パパチャ様……お話があります」
「なんだ? 改まって……」
「パパチャ様にお仕え出来て、本当に楽しかったです。最後にそれだけは伝えておきたくて」

 いままでありがとうございました、と他のポチたちと共に一斉に頭を下げた。
 わかっているのだ。もう、どうしようもないと言うことが――
 あの少女の姿をした悪魔は自分たちを絶対に逃がさない。赦すことはないと。
 その直後、船体が激しく揺さぶられ、何かに引き寄せられるように船が動き始める。

「はは……これが最後だというのか、宇宙の! 支配者になるはずだった! パパチャアリーノ・ナナダンの!」

 恐らくはモニターの向こう側にいる少女。そして、あの黄金の聖機神の仕業だとパパチャは察する。
 しかしブラックホール≠ノ吸い寄せられているのだと、気付いた時には何もかもが遅かった。
 装甲がひしゃげる音が船内に響く。もはや為す術はない。船が闇に呑まれ、消えていくのを待つだけだ。
 そんなことはパパチャにもわかっていた。だが、諦めきれるはずがない。
 大人しく最後を迎えられるような男なら、今日まで銀河結界炉を追い続けることはなかっただろう。

「こんな最後が認められるものかあああああッ!」

 終わらない。絶対に、このままでは――
 そんな最後の慟哭と共にパパチャが闇に呑まれて消える中、悪魔のような少女の笑い声が異世界の空に響き渡る。

 ――光を纏いし者、世界を救い。
 ――闇を纏いし者、世界を滅ぼす。

 それは教会に伝わる伝承の一つだ。
 ガイアとの戦いを後世に伝えたものだとされているが、それよりも過去の時代。
 語り継ぐこと、名前を記すことすら憚られるとされた、もう一つの伝説があった。

 その名は――黄昏。

 黄昏の名を持つ魔王によって世界は一度滅び、女神によって再生されたとも伝えられている。
 この日、世界は『黄昏ノ終末(ラグナロク)』を迎えようとしていた。




 ……TO BE CONTINUED



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