「ババルンをあのままにしておいて、よかったのですか?」

 光の球体のようなものに包まれながら、そんなことを皇歌に尋ねるマリア。
 マリア、ラシャラ、キャイア、それに桜花の四人は皇歌の案内で〈MEMOL〉の中枢へと向かっていた。
 黄金の聖機神に方舟からエナが供給されているのだとすれば、いまも次元の狭間でガイアと戦っている太老と連絡を取るにはエナの流れを利用するのが最も確実な方法だ。そしてエナの消失現象を生み出している原因――この星からエナの力を吸い上げている〈青のZZZ〉のコアプログラムが〈MEMOL〉の中枢に眠っていると聞かされたからだ。
 しかし、ババルンを放置してきたことがマリアは気になっていた。いや、ババルンのことが気になっているのはマリアだけではないだろう。
 ラシャラとキャイアの表情を見れば分かる。

「いまのババルンは無害よ。何も出来ない。ただ結果を観察するだけの亡霊みたいなものね」

 だが、そんなマリアの質問に答えたのは皇歌ではなく桜花だった。
 首を傾げながら「それはどういうことですか?」と尋ねてくるマリアに、桜花は説明を続ける。

「恐らくはタチコマのネットワークを利用して〈MEMOL〉へ侵入したのでしょうけど、ババルンが危険な賭にでてまで出来たことは、再び〈方舟〉を封印されないようにキーネの動きを止めることだけよ。人造人間に植え付けられている命令コマンドを使ったのでしょうけど、細かい指示までは難しかったのでしょうね」

 それに――と、更に説明を付け加える桜花。

「キーネは厳密には〈MEMOL〉の管制AIじゃない。ただ〈MEMOL〉に宿を間借りしているだけよ。お兄ちゃんの作った防壁を突破して、完全にシステムを掌握できるほどの能力は持っていない。そもそも、そんな真似が出来るのは私の知る限りでは二人≠セけ。お兄ちゃんの師匠にして育ての親――自称『宇宙一の天才科学者』と、自称『お兄ちゃんの娘=xくらいのものね」
「お兄様の育ての親!?」
「娘じゃと!?」

 キーネの説明に納得しつつも最後の話にすべてを吹っ飛ばされ、驚きと戸惑いの声を上げるマリアとラシャラ。
 てっきり、そのくらいのことは知っていると思っていただけに、桜花は思わず口が滑ったと言った顔を見せる。
 興味があるのか? 微妙にソワソワとする二人を見て、桜花は深い溜め息を溢しながら、ふと頭に過ぎった疑問を尋ねる。

「育ての親はともかく『娘』ってところはいいの?」
「自称ってことは、恐らくシンシアやグレースのようなものですよね?」
「過去の異世界人にも妻子のおったものがおるし、太老ほどの傑物であれば複数の妻や子供がいても不思議ではないからの」

 ああそういう……とマリアとラシャラの話を聞いて、桜花は納得する。
 これでも二人は皇族だ。子を残す重要性は一般人よりも遥かによく理解している。
 しかも、太老ほどの才覚を備えている男を独占できると考えるほど、彼女たちは子供ではなかった。
 優れた男性聖機師は多くの女性と関係を持ち、たくさんの子供を残すことが求められる。
 そうした常識の中で育った彼女たちにとって、このくらいのことは驚きはしても怒るような話ではないのだろう。

「でも、キャイアお姉ちゃんは違うみたいだけど?」
「キャイアは座学……特に花嫁修業が昔から苦手での。その上、不器用で一途なものじゃから、こういうことには免疫が薄くてな……」
「ラシャラ様!?」

 権利に付随した義務と男女の関係を割り切っている女性が多いのに対して、キャイアはそう言ったことに免疫が薄かった。
 正確には聖機師の義務は理解しているのだが、恋愛と肉体の関係を切り離して考えられるほど器用な性格をしていないのだ。
 がらじゃないんだけどな……と呟きながらも、真剣な表情で桜花はキャイアに尋ねる。

「ねえ、キャイアお姉ちゃん。ガイアに取り込まれた人……確か、ダグマイアだったっけ? いまも助けたいと思ってる?」

 まさかの質問をされ、硬直するキャイア。
 本音を言えば、助けられる方法があるのなら助けたい。
 しかし、どう答えて良いものか分からず、自然と助けを求めるようにラシャラへ視線を向ける。

「御主の思うようにせよ。騎士の誓いを立てたからと言って、それを盾に取るほど野暮ではないつもりじゃ」

 小さく苦笑しながら、自分で決めよとキャイアを優しく諭すラシャラ。
 そんなラシャラの配慮に感謝して、キャイアは本心を告白する。

「方法があるのなら助けてあげたい。そして罪を償って欲しい……」

 助けたところで極刑は免れないだろうと言うことはキャイアも理解している。
 それでも、こんな風にダグマイアには死んで欲しくないとキャイアは思っていた。

「――だって。神様なんでしょ?」
「神様だからって、なんでも出来る訳じゃないのは知ってて言ってるでしょ?」

 桜花の無茶振りに、呆れながら答える皇歌。
 自覚がなかった時ならまだしも半身なのだから、大凡どのくらいのことが出来るかは桜花も理解しているはずだ。
 意識を完全に乗っ取られ、ガイアと融合した人間を助ける。
 可能かと問われれば『不可能』とは言えないが、それには厳しい条件があった。

「お兄ちゃん次第かな。あとは、あなたにもリスクを負ってもらうことになる」

 ――その覚悟はある?
 と、皇歌はキャイアに尋ねるのであった。





異世界の伝道師 第365話『一方通行』
作者 193






「これが〈MEMOL〉の中心……」

 全高十キロは超えているだろうか?
 現実世界では考えられないほどの大きさの樹に圧倒され、マリアは感嘆の声を漏らす。
 そして、皇歌の先導に従って大樹の中腹辺りの枝の上に着地すると、マリアたちを包んでいた光の球体も消失する。

「予想はしてたけど、天樹がモデルになってるみたいね」
「……天樹ですか?」
「そう、樹雷の皇宮がある場所。そして、皇家の樹の母胎とも言える場所ね。あそこに門が見えるでしょ?」

 桜花が指し示す先には、確かに巨大な門のようなものがあった。
 こんなところに、どうして門が?
 と考えるも、そちらに向かって歩きだした皇歌と桜花の後を、慌ててマリアたちは追い掛ける。

「試しの門と言ってね。皇家の樹のマスターになるには、ここを通って〈皇家の樹〉に認められる必要があるのよ」
「皇家の樹……確か、地下都市――方舟に植えられている特別な樹のことでしたか?」
「そう、皇家の船の力の源泉にして、高次元生命とも呼べる存在。マリアお姉ちゃんたちが〈名も無き女神〉と呼ぶ存在と同格の神が生み出した――眷属(こどもたち)≠ニ言ったところかな?」

 樹雷の民にとっては守り神にして家族のような存在。それが皇家の樹だと、桜花はマリアの疑問に答える。
 桜花の話を聞いてぼんやりとではあるが、ここがどう言う場所かを理解するマリア。
 この巨大な樹は、侵入者から〈MEMOL〉を守るためのシステム防壁なのだろう。
 大切なデータを守るため、天樹をイメージした樹を太老は防壁に使用したのだと考えたのだ。

「では、この門の先が目的の場所へと繋がっているのですね?」
「じゃが、どうやって開けるのじゃ? このような大きな門を……」

 天樹がどういうものかは理解した。しかし、人の力で開けられるような代物には見えない。
 マリアとラシャラの二人が、どうすればと困った顔を浮かべるのも当然であった。
 しかし、そんな二人に桜花は「大丈夫よ」と声を掛ける。

「資格があれば、天樹が招き入れてくれるはずよ」
「資格ですか?」

 心当たりのないマリアとラシャラは首を傾げるが、二人の指が薄らと光を放つ。
 白い光と共に左手の薬指に顕れる指輪。
 それは、太老から贈られた〈皇家の樹〉の指輪だった。
 指輪から放たれた光が大樹に吸い込まれかと思うと、低い地鳴りと共に巨大な門が左右に開かれる。

「お兄様から頂いた指輪が……」
「まさか、この指輪にこのような力があるとは……」

 指輪に隠された機能に驚きつつも、自分たちの内の誰かがここへやって来ることを太老は見越していたのかもしれないと、マリアとラシャラは考える。
 実際にはユキネに指輪を贈ったところ、そのことがマリアとフローラに知られ、後で問題にならないようにと人数分用意しただけなのだが……。まさか太老も、こんなことになるとは思ってもいなかったはずだ。しかし方舟は今や、亜法技術の粋を集めて開発された〈MEMOL〉に〈祭〉の力が加わり、更には世界中からエナの力を吸い上げることで独自の進化を遂げ、第二世代の〈皇家の船〉にも準じる力を得ていた。
 太老は勿論のこと、宇宙一の天才科学者であっても予想し得なかった事態だろう。
 そのため、少しばかりの身体能力の補助と〈祭〉と会話する程度のことしか出来なかった指輪が、本物の契約の指輪≠ニ遜色ない力を得てしまったのだ。
 謂わば、指輪を持つマリアたちは〈皇家の樹〉の擬似的なマスター。太老≠フ代理として認められる存在になったと言うことだ。即ち、この方舟に関しても同様の管理者権限を持つと言うことになる。本来のマスターである北斎が知れば、悲鳴を上げるような話であった。

 契約自体が無効となった訳ではないのだが、〈祭〉の中における北斎の優先順位は現在、太老どころかマリアたちよりも下になっていた。
 皇家の樹は物ではないのだ。皇家の樹とマスターの関係は一方通行で成り立つものではない。互いに互いのことを尊重し、理解し合わなければ〈皇家の樹〉は力を貸してくれない。こちらの世界へ船と共に召喚され、鬼姫から解放された喜びから好き勝手やりまくり、契約を交わした〈皇家の樹〉のことを何十年も放置してきたのだから、どう考えても北斎が悪い。自業自得であった。

「えっと……」

 キャイアの指にも、マリアやラシャラと同じように〈祭〉の指輪が光っていた。
 マリアとラシャラ以外にもユキネやミツキ。それにマリエルやフローラと言った多くの女性に太老は指輪を贈っているが、キャイアは太老から指輪を受け取っていなかった。
 他に意中の相手がいたと言うのも理由にあるが、自分には太老から何かを受け取る資格がないと考えていたからだ。
 それなのにどうして――と、キャイアは驚きと困惑が入り交じった複雑な表情を見せる。

「ラシャラお姉ちゃんと気持ちが通じたからじゃない? たぶん〈皇家の樹〉が仲直りの証にプレゼントしてくれたんだと思うよ」

 太老から直接許可を貰っている桜花やその半身である皇歌と違い、指輪を持たないキャイアはこの先へ進むことが出来ない。
 だから、恐らくラシャラと気持ちが通じたことを祝って、〈祭〉が贈ってくれたのだろうと桜花は説明する。

「特別な力は感じないから従者の指輪≠チてところかな? 実体のないものだし、現実世界へ戻ったら消えると思うけど」

 桜花の説明で本当にただの通行許可証だと分かって、キャイアはほっと安堵の息を吐く。
 そんなキャイアの反応を見て、桜花はクスリと笑う。

「キャイアお姉ちゃん、本当にダグマイアって人のことが好きなんだね」
「なっ……!」

 そうでなければ、こんな風に指輪に特別な意味がないと分かって、ほっとしないだろう。
 桜花にからかわれ、顔を赤くして狼狽えるキャイアを見て、マリアとラシャラも腹を括る。

「どの程度、力になれるかは分かりませんが……この件が無事に片付いたら、せめて命だけでも助けて貰えるようにお母様にお願いしてみますわ」
「ダグマイアも被害者と言えば、被害者じゃしの。我もシトレイユの皇として、出来る限りのことはすると約束しよう」

 為政者としては甘い判断なのだろうが、折角助けた命を奪うのも躊躇われる。
 極刑を覚悟しているとはいえ、キャイアもダグマイアが処刑されれば、小さくない傷を心に負うことになるだろう。
 正直、そんな結末を太老が望むとは思えない。
 なら、自分たちに出来ることで二人を応援しようと、マリアとラシャラは覚悟を決めたのだ。
 そんな三人のやり取りを眺めながら、桜花はからかうような声音で皇歌に尋ねる。

「羨ましい? なら、素直になればいいのに」
「……性格が悪いわよ?」
「だって、私もあなた≠セもの」

 自分のことは一番よく自分が分かっていると桜花に言われ、皇歌は反論しても無駄と諦める。
 キャイアのことを桜花が応援するような真似をしたのは、自分に対する忠告でもあると気付かされたからだ。
 太老の幸せを願って、皇歌は桜花を生み出した。
 ただ、それは本当に太老の幸せだけを願っての行動だったのかと問われると、そうとは言い切れない。
 前世で叶えられなかった夢を、太老と共に叶えたかったからでもあった。
 桜花は皇歌の願いが生んだ存在。皇歌がずっと叶えたかった願いが、カタチとなった存在が桜花なのだ。

 でも、本当にそれでいいのかと、桜花は皇歌に問う。

 桜花は確かに皇歌の願いによって生まれた存在だが、皇歌ではない。
 皇歌自身が太老と一緒にいられる訳ではないのだ。
 当然それも覚悟の上のことなのだろうが、そんな自己犠牲のような真似を――

「ねえ、本当にお兄ちゃんが望んでいると思っているの?」

 と、自らの半身に尋ねられれば、皇歌は何も答えられないのであった。





 ……TO BE CONTINUED



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