「お兄様……」
方舟の中枢で戦闘の様子を眺めながら、どこか祈るような表情を見せるマリア。
自分の役目は皆の帰りを待つことだと理解はしている。
しかし頭では理解していても、祈ることしか出来ない今の状況が歯痒くて仕方がないのだろう。
「……ユキネ?」
「大丈夫です。きっと、みんな無事に帰ってきます。それに――」
太老が負けるはずがない、とユキネはマリアを励ます。
戦況は硬直しているように見えるが、太老には何かしら考えがあるのだとユキネは感じていた。
「ユキネの言うとおりじゃな。そもそも御主はアレを見て、何も感じぬのか?」
ユキネだけでなくラシャラにも言われて、再び映像を注意深く見るマリア。
二人が言っているのは戦場の様子ではなく、太老とガイアのことだろうと察せられる。
ガイアと向かい合ったまま少しも動かない黄金の聖機神――オメガ。
以前、闘技場で見せた光の羽のようなもので、ガイアを押え込んでいる様子が見て取れる。
一見すると、力は拮抗しているかのように見えるが――
「敢えて、ガイアを封じ込めようとしている?」
敢えて、そのような戦いをしているのではないかと言う結論にマリアも至る。
ガイアを滅ぼすのではなく動きを封じることで、太老は何かを為そうとしているのだと気付いたのだ。
だとすれば、通信にでないことと何か関係があるのかもしれないと考える。
そして、
「まさか……」
一つの結論に至る。
太老の性格をよく知るが故に導き出された答えは一つしかなかったからだ。
「ダグマイアさんを助けようとしている?」
可能性としては考えていたが、ガイアに取り込まれたダグマイアを太老は助けようとしているのだとマリアは察する。
しかし、これまでダグマイアがしてきたことを考えれば、ここでガイアと共に滅ぼされても自業自得としか言えない。
何よりダグマイアに敵視され、一番迷惑を被ってきたのは太老なのだ。
なのに――
「お兄様らしいですわね」
大を救うために小を切り捨てる。上に立つ者は、時にそうした非常な判断を迫られることがある。
今回のこともそうだ。世界の命運と比較すれば、聖機師一人の命など天秤にかける必要すらない。
ましてや彼はババルン・メストの息子にして、災厄の引き金を引いた人間だ。仮に命が助かったところで極刑は免れない。
だと言うのに、太老はダグマイアを助けようとしている。
為政者としての立場から見れば、甘いと言わざるを得ないが――
「より住みよい世界に――あのような理想を口にする男じゃからな」
誰もが甘い理想だと斬って捨てることを、堂々と口にするような男だ。
そして皆が不可能だと笑う中、太老はそれを現実に叶えようとしている。
正木太老という男は、ただ甘い理想を口にして人を惑わすような男ではない。
夢を夢で終わらせない。誰もが不可能だと考える願いを叶えるだけの強い意志と力が、彼にはあった。
なら、太老にはダグマイアを救い、その上でガイアを倒す手立てがあるのだろう。
「それに、太老が助けようとしているのはダグマイアだけではないと思います。あの黒い聖機人に乗っているのは……恐らくガイアに取り込まれた聖機師たちです」
そこまでは想像していなかったのか? ユキネの話に驚く二人。
しかし、それならば尚更、太老がガイアをすぐに倒さない理由が察せられる。
敵だったとはいえ、戦争に参加したシトレイユの聖機師すべてがババルンの計画を知っていた訳ではないだろう。
軍に所属する以上、上からの命令で仕方なく戦争に参加した者たちも少なくはないはずだ。
それにガイアに食われた聖機師の中には、連合軍の聖機師たちも大勢含まれていた。
そんな彼等を、太老が見捨てられるとは思えなかったからだ。
「ラシャラさん」
「分かっておる」
顔を見合わせ、互いの意志を確認するマリアとラシャラ。
太老の考えを皆にも伝えるため、二人はシンシアとグレースのもとへと向かうのだった。
異世界の伝道師 第376話『未来の英雄王』
作者 193
「……太老殿らしいわね」
マリアとラシャラから寄せられた通信の内容を聞き、太老の目的を知ったフローラは苦笑する。
ガイアと対峙したまま動きを見せない黄金の聖機神を見て、妙だとは感じていたのだ。
それに、フローラたちも自分たちが戦っている敵の正体には気付いていた。
ガイアに意識を奪われているのかもしれないが、それでも培った経験や技術は誤魔化せない。
聖機人の動きを観察すれば、何処の国の聖機師かも大凡の見当はつくのだ。
だからこそ、自分たちの戦っている敵がガイアに吸収された聖機師たちであることを察するのは難しくなかった。
それでも、例えガイアに操られていようと、この戦いには世界の命運が懸かっているのだ。
敵として立ち塞がるのであれば、相手が誰であっても殺すつもりで戦うしかない。
聖機師となったからには、その覚悟もとっくに出来ているはずだとフローラは考えていた。
なのに――
「……太老殿は諦めていないのね」
太老は彼等を救うことを諦めていなかった。
聖機師は確かに貴重な存在ではあるが、彼等の代わりがいない訳ではないのだ。
女王の立場として言わせてもらうなら、甘い考えとしか言いようがない。
しかし、
「皆が彼に惹かれ、この私でさえも彼の目指す理想を共に見たいと考えている」
太老の下に皆が集うのは、だからこそなのだろうとフローラは考える。
それに太老は常に結果を示してきた。ただの甘い理想だと断じることは出来ない。
もしかして、と人々に希望を抱かせ、信じさせるだけの力が太老にはあるのだ。
それは、まさに――
「英雄≠ヒ」
英雄そのものと言っていい。
ガイアを倒し世界を救えば、誰もが認めざるを得なくなる。
そして、歴史にその名は刻まれ、人々は彼のことをこう呼ぶだろう。
――英雄王、と。
黄金の時代の幕開けをフローラは予感するのだった。
◆
「なるほど……」
マリアとラシャラの通信から敵の正体を悟ったキャイアは、ようやく合点が行ったと言った様子で頷く。
黒い聖機人の太刀筋に、どこか見覚えがあったからだ。
シトレイユで育った聖機師であれば、幼い頃から誰もが習う伝統的な剣術。
キャイアやダグマイアも、幼い頃から共に同じ流派の剣術を学んできたのだ。
だからこそ、太刀筋を見れば分かる。それが自分たちと同じ流派の剣であると――
「ガイアに呑まれた同胞と言う訳ね……」
複雑な心境を表情に滲ませるキャイア。
まだ、これが戦争であるのなら諦めもつく。聖機師である以上、仮に顔馴染みであったとしても命を奪い合う覚悟はとっくに出来ているからだ。
しかしガイアに意思を奪われ、駒として使われている同郷の聖機師たちに思うところがあるのだろう。
しかも、そのなかには――ダグマイアも含まれているのだ。
幾ら気持ちに踏ん切りを付けたと言っても、気にならないはずがなかった。
「まだ、迷っているのか?」
そんなキャイアの迷いを察してか、アウラは再び覚悟を問うように尋ねる。
同じ聖機師として、同郷の者を手に掛ける苦しさは理解できる。
それにキャイアがダグマイアに対して、恋慕に近い感情を抱いていることはアウラとて察していた。
それだけに目の前の敵と戦うことに躊躇いが生じたのではないかと心配したのだろう。
「いいえ……私はラシャラ様の剣よ。相手が誰であっても、それは変わらないわ」
仮にダグマイアが相手でも手を抜くつもりはない、とキャイアは決意を滲ませる。
もう、迷わないと決めたのだ。同じ過ちを何度も繰り返すつもりはなかった。
とはいえ、マリアとラシャラが通信で語った太老の狙い≠ェ気になる。
二人の話が事実なら、太老はガイアに捕食された聖機師たちを救出しようとしていると言うことだ。
そのなかには当然、ダグマイアも含まれていると考えて間違いないだろう。
一度は諦めかけていただけに僅かな可能性とはいえ、キャイアが希望を抱いてしまうのは無理のない話だった。
「酷な事をすると思ったが、そういうことか」
あんな話を聞かされたら、希望を抱かざるを得ない。
だが、期待を寄せれば寄せるほど、駄目だった時に返ってくる失望は大きなものとなる。
太老が失敗すれば、更に大きな心の傷をキャイアは負うことになるだろう。
しかし、ラシャラが敢えてキャイアを傷つけるような真似をするとは思えない。
だとすれば、マリアとラシャラは少しも太老が失敗するとは考えていないと言うことだ。
「まさしく、英雄なのだな」
黄金の聖機神の背を眺めながら、アウラはそう呟く。
戦場に光を、人々に希望をもたらす存在。それこそが英雄≠セ。
先のガイアとの戦いで、大切な仲間を失ったのはキャイアだけではない。
シュリフォン王の的確な判断で被害は抑えられたとはいえ、アウラも少なくない同胞を失っているのだ。
死んだと思っていた仲間たちが帰って来るかも知れないと聞かされれば、アウラとて希望を抱かざるを得ない。
それに、際限なく増え続ける敵の増援。終わりの見えない戦いに聖機師たちにも疲れが見え始めてきていたのだ。
そんな絶望のなかに見えた一筋の光。まだ希望は失われていないのだと、そう思うことで身体の奥底から力が溢れてくるのを感じる。
「ここまでのことをされたら、父上も認めざるを得ないだろう」
太老が男の中の男。
本物の英雄なのだと言うことを、この戦いが終わればシュリフォン王も認めざるを得なくなる。
そうなったら三国による連合は決まったも同じだ。大陸の統一は現実を帯びたものとなるだろう。
歴史の節目に自分は立ち合っているのだと、アウラのなかに何とも言えない実感が湧くのだった。
◆
そして、その未来の英雄王≠ヘと言うと――
「いいか。手伝ってくれるのは嬉しいけど、絶対にやり過ぎるなよ。その点だけは船穂にもよーく伝えてくれ」
マシュマロもとい龍皇を相手に自重を促していた。
自分のことを棚に上げるような発言だが、その予測が間違っているとは言えない。
太老が異世界に飛ばされてからの後始末に、どれだけ水穂が大変な思いをしたかと言うのを聞かされているが故だった。
まあ、それも大半は太老が原因なのだが、本人に自覚がなければ意味のない話だ。
天樹の暴走が引き起こした事件の原因が自分にあるとは、少しも太老は考えていなかった。
どちらかと言うと鬼姫の自業自得の側面が大きいと、水穂から聞いた事件の裏側を独自に解釈していたのだ。
それも間違いとは言えないのだが、絶妙な感じで歯車が噛み合っていないと言うか、太老と周囲の認識は擦れ違っていた。
太老の認識では、過去のあれこれの事件は〈皇家の樹〉や零式がやり過ぎてしまった結果だと考えているのだ。
基本的に〈皇家の樹〉というのは、子供のように無邪気で純粋なところがある。故に、その思考回路は単純だ。
大切な人の役に立ちたい。大好きな人に褒められたい。
それは時として、思い掛けない結果をもたらす。それが、天樹の暴走や数々の事件に繋がったのだと太老は解釈していた。
水穂の説明が悪かったと言うよりは、そもそも太老は自分に特別な力があるとは思っていない。
総合的な能力で言えば、柾木家の面々は勿論のこと剣士にも劣っていると本人は考えているのだ。
確かに剣術の腕やサバイバル能力では剣士に敵わない。戦闘力も柾木家の面々と比較すると下から数えた方が早いだろう。しかしそれは比較対象が悪いだけで、太老も十分に平均から外れている。銀河でも上位に入る実力者であることは間違いない。特定の分野に至ってはトップクラスの――いや、通常の物差しでは推し量れない規格外の化け物と言っていいだろう。
剣士が姉たち≠ニ同様、太老兄には敵わないと言っている理由はそこにあった。
本能的に太老が常識の埒外にいる存在だと理解しているのだ。
そもそもの話、あの鷲羽の弟子をやれている時点で普通≠ニは言えないのだから当然だ。
「本当に分かってるのか? どうにも嫌な予感がするんだが……」
とはいえ、他に手がない以上は仕方がないかと太老は諦める。
目の前に助ける手段があって、何もしないで見過ごすような真似は出来ないと考えるからだ。
自身の平穏と天秤に掛け、迷いながらも結局は困っている誰かを助けるために行動してしまう。
それこそが太老の長所であり、皆が太老に惹かれる本当の理由なのだろう。
傍から見れば、自らを犠牲にしてまで他人のために尽くしているようにも見えるからだ。
本人的には、そうした奉仕精神がある訳ではなく、あくまで自分のためなのだが――
そう言ったところで結果をだしている以上、周りの誤解が解けるかというと難しいだろう。
そして――
「よし、腹を括った。そうと決まったら、はじめるか」
一度こうと決めたら、迷うことなく突き進むのも太老の長所と言えた。
家族の影響も大きいだろうが、そういう性格だからこそ腐ることなく鷲羽の弟子を続けられたのだろう。
故に、周囲を巻き込みながら盛大に地雷を踏み抜いていくのだが、それを本人が自覚することはないのであった。
……TO BE CONTINUED
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