「よく来たね。剣士」
「天地兄……」
「魎皇鬼も剣士を送ってくれてありがとう」
「みゃあ!」
「あと、桜花ちゃんも――」
「お兄ちゃんの頼みだからね。御礼は良いわよ。天地お兄ちゃん=v
桜花の含みを感じさせる言葉に、苦笑を漏らす天地。
鷲羽との密談を含め、裏でいろいろと動いていることがすべて察せられていると理解したからだ。
と言っても、天地に対する警告と言うよりは、その背後にいる鷲羽への警戒と言ったところなのだろうが――
「それと……彼は良いのかい?」
「――ッ!」
ガムテープと耳栓で口と耳を塞がれ、硬化ジェルで拘束されたダグマイアを見て、桜花にそう尋ねる天地。
恐らくは必要以上に情報を与えないためなのだろうが、その待遇を余りに不憫に思ったためだ。
いまのダグマイアの見た目は十歳前後の少年にしか見えないので、一見すると虐待のようにも思えるが――
「お兄ちゃんのお陰で命だけ≠ヘ助かったって言うのに、まだ自分の立場をよく分かっていないみたいだから、これでいいのよ」
「それじゃあ、やっぱり彼は……」
「再構成した身体も人造人間がベースになっているから純粋な人間と言えないし、魂もガイアに引っ張られた影響で変質しているみたいだからね。反作用体としての力は失っているみたいだけど、今後も経過観察は必要かな?」
これは当然の処置だと桜花は説明する。
ダグマイアの疑問に一つ一つ答えるのが邪魔くさいと言うのが本音なのだろうが、一理あることを天地も認める。
鷲羽が興味を抱いたように、ダグマイアはかなり特殊な事情と問題を抱えている。
ジェミナーの件は表沙汰にはなっていないとはいえ、今後も監視下に置く必要はあるだろう。
だからこそ鷲羽が一旦預かることとし、半年以上もの間、地球に隔離する運びとなったのだ。
「あの……天地兄……」
「その様子だと、もうすべて思い出した≠ンたいだね」
「うっ……じゃあ、やっぱり……」
「剣士の想像通り、すべて鷲羽ちゃんと瀬戸様の仕組んだことだよ。まあ、俺も無関係とは言えないのだけど……」
「くっ、あのマッドめ!」
剣士の様子から、記憶をすべて取り戻したのだと察する天地。
剣士が自分が生まれ育った環境に違和感を抱くことなく成長したのは、鷲羽が施した暗示があったからだ。
逆に言えば、その暗示があったからこそ、太老の能力の影響を剣士は受けにくい状態にあったと言える。
まったく影響を受けていないと言う訳ではないが、太老のことを過剰に評価したりしないのはそのためだった。
勿論、実の兄である天地と同じくらい太老のことを慕っているし、自己評価の低い太老と違って剣士は冷静に太老の能力を評価している。
剣の腕では確かに剣士の方が太老よりも上かもしれない。
しかし姉たちと互角に渡り合い、引き分けることなど剣士には出来ない。
まだまだ太老には敵わないと思っているのは、本心からの言葉だ。
「玲亜さんもきてるから、太老くんに会いに行く前に顔を見せておくといい。だけど、その前に一つだけ聞かせて欲しい」
「……何?」
「異世界へ送還することは、玲亜さんの決めたことでもあるから口を挟むつもりはなかった。でも、これから剣士はどうしたい?」
本音で言えば何も知らない剣士を異世界へ送ることに、天地も若干の抵抗があった。
だから、一度ちゃんと剣士の気持ちを確かめておきたかったのだろう。
もしジェミナーに帰らず、このまま地球で暮らしたいと剣士が言うのであれば、天地は協力するつもりでいた。
その結果、鷲羽や瀬戸の思惑と外れることになっても、兄として弟の意思を尊重してやりたいと考えたからだ。
しかし、
「うーん。たぶん天地兄が思っているようなことにはならないと思うよ。太老兄なら、どっちか一つを選ぶなんて真似はしないと思うから」
「それは……」
そうはならないと、剣士は天地の考えを否定する。
地球とジェミナーを行き来するのは技術的な問題だけでなく政治的な問題もあって、すぐにどうこうするのは難しい。
最低でも数十年。下手をすれば百年単位の長い目で準備を進める必要があると、天地は考えていた。
それに恐らく対策が済めば、太老は再びジェミナーへと隔離されるはずだ。
瀬戸によって最高会議への報告が行なわれ、そうした方向で話が進められていることを天地は知っていた。
力を持ちすぎてしまったが故に、実質的に天地も地球に隔離されていると言えるからだ。だが、天地はそれを受け入れた。
地球での暮らしを気に入っていたし、自分のために大切な人たちに今以上の苦労をかけたくなかったからだ。
しかし、太老なら――
「確かに太老くんなら……」
何か一つを選んで、別の何かを諦めるなんて真似はしないだろうと天地は考える。
常に前向きで自由で、周りの都合や迷惑など考えない傍迷惑な存在に思えるが――
迷惑を掛けられた人たちは、何故か楽しそうにしている。
彼なら変えてくれるんじゃないか?
自分たちが思いもしなかったような方法で、違った未来を見せてくれるんじゃないか?
そう言った期待を抱かせてくれるからだと、天地は思う。それは自分も同じだからだ。
「剣士の言うとおりか。確かに太老くんなら第三の答えを見せてくれるかもしれない」
誰もがハッピーエンドになれる未来を――
そんな都合の良い未来は存在しないと分かっていながらも、天地は太老に希望を抱くのだった。
異世界の伝道師 第393話『ゲート』
作者 193
「おや、玲亜殿一人かい? 親子の再会にしては、随分とあっさりしてるね」
「そう言って、タイミングを見計らって来られたんじゃないですか?」
天地に案内されてやってきた剣士との再会を果たし、事の経緯を告げて別れたタイミングで現れた鷲羽に呆れる玲亜。
鷲羽が剣士と顔を合わせないように、タイミングを見計らって顔をだしたことを察したからだ。
そして、その理由にも気付いていた。
「あの子は気にしていないと思いますよ」
「だけど、いろいろと愚痴や文句は言われそうじゃないか」
「そのくらいは我慢なさってください」
剣士の件で鷲羽を非難できる立場にないが、それでも自業自得だと玲亜は切り捨てる。
剣士に内緒でいろいろと計画を練って、画策していたことは紛れもない事実だからだ。
その結果、死にそうな目にも遭っているのだから、文句を言うくらいの権利は剣士にはある。
玲亜も剣士に嫌われるくらいの覚悟はしていたのだ。
しかし、
「玲亜殿の方は、その様子だと余計な心配だったみたいだね」
「私には勿体ないくらい良く出来た子ですから……」
剣士は母親を――玲亜を責めるようなことはしなかった。
むしろ親としては情けないことに、逆に気を遣われたくらいだった。
鷲羽や瀬戸が絡んでいるという時点で、そもそもの話、玲亜に決定権はないも同然だ。
詳しく事情を知っている訳ではないが、その辺りは剣士も察したのだろう。
まあ、その分のヘイトは鷲羽と瀬戸に向いているのだが、そのくらいで懲りるような二人ではない。
「素直と言うか、バカ正直と言うか、少し単純すぎるのが心配になるところですが……」
「あっちでも良いように利用されてたみたいだしね。でもまあ、バルタの子が上手くフォローしてくれてるみたいだし、安心していいんじゃないかね」
「カレン・バルタ……元GPの捜査官でしたか。他にも何人か、あちらの世界で確認されている方々がいるそうですが、救出されるのですか?」
「本人たちが望めば、そのつもりでいるよ。勿論、こっちの監視下に入ってもらう必要はあるけどね」
まだジェミナーの情報は伏せておきたいのだろうと、鷲羽の話から玲亜は察する。
ジェミナーの存在が知れれば、自然と地球も注目を浴びることになる。
よからぬことを考え、ちょっかいをかけようとする者たちも現れるだろう。
樹雷皇家とて一枚岩ではない。様々な目的と思惑を抱き、自らの欲望のために動く者もいる。
瀬戸が太老の情報を樹雷最高評議会に報告せず、樹雷皇の阿主沙、第一皇妃の船穂、第二皇妃の美砂樹、そして自身の四名からなる最高会議で止めているのはそれが主な理由だ。
とはいえ、太老のことは既に『柾木』や『神木』以外の二家も注目し、行動にでているのが現状だ。
それだけに、まだジェミナーの存在は悟られたくないのだろう。
「剣士のこともそうですが、太老くんのこと……どうされるおつもりなのですか?」
しかし、それもいつまでも隠し通せるものではないだろうと玲亜は考えていた。
だから、まだ当分の間は太老を剣士と共に隔離して、時間を稼ぐつもりいることは想像が付く。
なんだかんだと面倒見の良い太老のことだ。
再びジェミナーに隔離すれば、剣士を置いて一人でジェミナーを飛び出したりはしないだろう。
元々、剣士は太老の行動を制限するために、一緒に育てられたという裏の事情もあった。
「正直なところを言うとわからない≠チてのが本音だね」
「……それは、どう言う意味でしょうか?」
「私が立てた予想では、太老の覚醒は本当ならもう少し先のはずだったんだよ」
当初、鷲羽が見繕ったガイアの戦闘力であれば、仲間の力を借りれば剣士一人でも倒せる見込みはあったのだ。
しかしガイアは想定を大きく超えた力を発揮し、ガルシアの依り代とされたダグマイアも反作用体≠ニいう予想だにしない力に目覚めた。
結果、太老や〈皇家の樹〉の力を借りなければ、ガイアの討伐は不可能となり――
太老の覚醒も早まったのだと鷲羽は説明する。
「一番悪い方の予想でも、まだ五年は時間を稼げるはずだった。でも、結果はこの有様さ」
本人はいつもと変わらない様子だが、周りの人間に現れている変化からも太老が覚醒に至ったことは間違いない。
いや、正確には天地の時と事情が違う。
頂神の力が通用しないと言うことは、太老は訪希深たちの管理する世界≠ナ生まれた存在ではないと言うことが推察できる。
そして、いま分かっていることは、太老は観測世界――この次元よりも更に高位の次元から転生した存在と言うことだ。
肉体とは魂を入れるための器。
器を失った魂はアストラル海へと還り、再び新たな生を受けるまでアストラル海を漂うことになる。
これが、この世界における輪廻転生の仕組みだ。
しかし、太老の魂はこの世界≠フアストラル海と繋がっていない。仮に太老が死んだとしても、太老の魂はアストラル海へと還ることがないと言うことだ。
こんなことは普通の人間であれば、ありえない。
訪希深が太老の未来を見通せないのも、ここに理由があると鷲羽は考えていた。
恐らくは太老の魂が繋がっている本体≠ヘ、遥か高位の次元に今も存在しているはずだ。
この世界の太老は謂わば太老が見ている夢のようなもので、そのことに太老自身も恐らくは気付いていない。
謂わば頂神としての力と記憶を封印し、人間へと転生した自身のような状態に太老はあると鷲羽は考えたのだ。
それは即ち、全知全能であるはずの三命の頂神ですら把握できていない高位の次元≠ェ存在すると言うことを意味していた。
認められない。認める訳にもいかない話だが、皇歌の存在もある。
少なくとも皇歌は自分たちと近い次元に立つ存在であると、鷲羽たちは認識していた。
恐らくはこのまま天地が成長を続ければ、数万年後には皇歌と同じ領域に立つことが出来るはずだ。
更にその先へと至れるかと言うと、そこまでは鷲羽たちにも分からない。
しかし――
「心配しなくても太老をこのまま永遠に隔離し続けるつもりなんてないさ。予測が付かない、分からないと言うだけで、頂神にとっては可能性の塊なんだからね」
その可能性を潰すような真似だけは、頂神としてするつもりはないと鷲羽は答える。
もしかしたら太老の存在そのものが、自分たちの求める答えそのものなのかもしれないからだ。
確証は何一つない。ただの推論に過ぎないが、時間はたっぷりとある。
これからゆっくりと、その答えを確かめていけばいいだけの話だ。
そのためにも太老には天地と同様、これからも成長の機会を与え続ける必要があった。
「太老くんの成長を見守るための環境作り。そのための時間稼ぎと言ったところですか」
「ご明察。いろいろと予定は狂ってしまったけど、まだ計画は始まったばかりだからね」
正木太老ハイパー育成計画Ver.2と書かれたファイルを片手に、鷲羽はクツクツと笑う。
文字通り、この計画は太老の成長を見守るための計画なのだと玲亜は察する。
何千、何万年かかるか分からない壮大な計画。
その行き着く先で、太老がどのような成長を見せるのか?
彼女たち――頂神はそこに天地とは別の可能性を見出したと言うことなのだろう。
「でも、そう上手く行きますか?」
鷲羽も口にしているように、既に計画に狂いが生じているのだ。
計画を立てたところで、これからも予定通りに行くとは思えない。
そもそも第一段階の覚醒を促すまでも、鷲羽の目論見より五年も短縮されてしまったのだ。
ならば、今回だって――
『鷲羽ちゃん!』
玲亜の問いに鷲羽が答えようとした、その時。
二人の間に割って入るように空間モニターが展開され、瀬戸の顔が映し出される。
随分と焦った様子の瀬戸を見て、「ああ、やっぱり」と言った表情を浮かべる玲亜。
「随分と慌てて、どうしたんだい?」
『玲亜ちゃんもそこにいるのね。ゲートよ! ゲートが開いたの!』
「ゲート? まさか……」
ゲートという言葉を聞いて訝しげな表情を浮かべるも、何かに気付いた様子を見せる鷲羽。
瀬戸が慌てている理由。このタイミングでゲートと言われて、頭に思い浮かぶものは一つしかなかったからだ。
『十四年前に観察宙域に指定した例の宙域≠ノ、直径一キロにも及ぶ大きさの巨大な超空間ゲートが出現したわ』
「嫌な予感がするんだけど、いま零式は?」
『……船のドッグが破壊されて、行方知れずよ。それに天樹が――』
プツンと最後まで言い切ることなく瀬戸との回線が途切れる。
何が起きているのか察した鷲羽は玲亜と共に苦笑いを浮かべ、深々と溜め息を溢すのだった。
……TO BE CONTINUED
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