「ちょっと待ってください。彼女はあなたたちの仲間≠ネのでは?」

 それがどうしてこんなことを――と疑問を口にするラクシャ。
 リィンの口から真相を聞いても、まだ心の何処かで信じたくないという気持ちがラクシャの表情には滲みでていた。
 しかし、

「……どうして首を傾げるのですか?」

 首を傾げるリィン、フィー、シャーリィの三人を見て、ラクシャは困惑を顕にする。
 リィンたちの方がショックが大きいと思っていただけに、その反応は予想外だったからだ。
 だが、それには理由があった。
 フィーやシャーリィが裏切ったというのなら、リィンもそれなりに動揺しただろう。
 しかし相手はベルだ。この程度のことは想定内と言える。
 そもそも――

「ベルは団の正式なメンバーと言う訳ではないしな。あくまで協力者だ」
「そうなのですか? え? でも、一緒に異世界からやってきたんですよね?」
「目的は一致しているからな。だが仲間と言うよりは、互いに互いを利用し合う関係と言った方が正しい」

 あくまで利害が一致しているだけの関係に過ぎないと、リィンはラクシャの疑問に答える。

「ん……元々は敵だったし」
「史上最悪の大事件を引き起こした『災厄の魔女』とか呼ばれてるもんね」

 そんなリィンの説明を補足するフィーとシャーリィ。
 人を人とは思わない非人道的な実験を繰り返してきたクロイス家の錬金術師。
 女神への復讐を誓い、そのために世界を滅亡へと誘おうとした災厄の魔女。
 実際これまでに何千――いや、何万の人々がその妄執の犠牲となってきたか分からない。
 ベルなら、このくらいのことはやってもおかしくない、という認識で三人は一致していた。

「で、ですが、彼女はまだ子供ではありませんか! そのようなことが――」
「何か勘違いしているみたいだが、ベルは見た目通りの年齢じゃないぞ? そこのイオと同様にな」

 確かにベルの見た目は十歳程度の少女と言ったところだが、中身は違う。
 クロイス家の錬金術を継承する者は、文字通りそのすべてを受け継いでいるという話をリィンはベルから聞いていた。
 蓄積された千年にも及ぶ記憶と知識。そこに込められた想いや人格さえも、クロイス家の錬金術師は継承していると言うことだ。
 それは新しい身体に乗り換えるかのように魂を変容させ、存在そのものを上書きする行為に他ならない。
 ディーター・クロイスの娘であることは間違いないが、同時に千年の時を生きるクロイスの魔女≠ナもある。
 クロイス家の千年にも及ぶ妄執が生み出した怪物。まさに生まれながらにして〈災厄の魔女〉と呼べる存在。それがベル・クラウゼルだった。
 一方で、例えにされたイオは抗議の声を上げる。

「ちょっ! なんで、そこでアタシを引き合いにだすかな!? それを言うならサライの方が上だよね?」
「私が生み出されたのはダーナさんと同じ時代ですから、巫女様の方がずっとお歳を召しているかと……」
「へえ……そういうこと言うんだ」
「事実ですから」

 一歩も譲らないと言った様子で睨み合うイオとサライ。
 サライも女性だ。年齢の話となると黙ってはいられないのだろう。
 それにウーラのなかでずっと眠っていたことを考えれば、サライが表にでて活動していた期間はそう長くない。
 実際の年齢は、リィンたちとそう変わらないだろう。それだけに年寄り扱いされて怒るのは当然だった。

「複雑な事情があるのは理解しました。ですが……」

 彼女が黒幕だとして戦えるのですか? とラクシャは尋ねる。
 ラクシャの考えていることは、リィンも察していた。
 まったく互いのことを信頼していないかと言えば、それは嘘になるからだ。
 しかし、それはラクシャが考えているような関係ではなかった。

「ベルが本気で俺たちと事を構えるつもりなら、その時は――俺が始末をつけるつもりだ」

 リィンの放つ迫力に気圧され、息を呑むラクシャ。
 もしベルが敵として立ち塞がるのであれば、リィンは今度こそ迷いなく彼女を殺すだろう。
 それがベルを生かすと決めた自身の責任でもあると感じているからだ。

「だが、それはないだろうな」
「どういうことですか?」

 しかし、それはないだろうとリィンは考えていた。
 ここでリィンたちを敵に回すメリットが、ベルにはないからだ。
 リィンの力を誰よりも理解しているベルが、そのようなリスクの高い行動にでる可能性は低い。

「さっきも言っただろ? ベルと俺たちの目的は一致している。俺たちがベルの知識を利用しているように、アイツにとっても俺たちの力が必要と言うことだ。となれば、ベルに俺たちを害するような敵意はないと思っていい。実際、古代種の群れに集落は襲われたわけだが、犠牲者は一人もでなかっただろう?」

 ベルが本気だったなら集落は壊滅していたはずだとリィンは話す。
 しかし、そうはならなかったと言うことは、ベル自身にはリィンたちと事を構える意志はないと言うことだ。
 恐らくは何らかの話せない事情があって、こんな一芝居を打ったのだろうとリィンは推察していた。

「では、どうしてこのような真似を……」
「さてな。クイナの力に関係しているのだと想像は付くが、さすがにそれ以上のことは分からない。だが――」

 ベルは善い魔女ではなく悪い魔女だ、とリィンはラクシャに答える。

「悪い魔女……ですか?」
「そうだ。そもそも魔女というのは、どういう存在だと思う?」
「リコッタ、本で読んだから知ってるぞ! カボチャを馬車に変えたり、箒で空を飛んだりする奴だな」

 本で得た知識を披露して、えっへんと胸を張るリコッタ。
 ベルが箒で空を飛んでいる姿を想像してか、プッと息を吹き出し、イオは肩を震わせる。
 そんなイオを見て、気持ちは分からなくもないが後でどうなっても知らないぞ、とリィンは溜め息を漏らす。
 どこに目≠ニ耳≠ェあるか分からないからだ。
 少なくともフィーとシャーリィはそのことに気付いているのか、迂闊な態度は取っていなかった。

「魔女とは、英雄を導く存在だ。それは彼女たちが調停者≠セからだと俺は考えている」

 人の世に直接的な介入はしないが、魔女は決して傍観者と言う訳ではない。
 世が乱れる時、英雄の導き手となる役目を負った者たち。それが魔女だとリィンは説明する。
 七の騎神のシステムが、まさにそれだ。起動者を導き、助言を与えてはくれるものの必要以上には手を貸してはくれない。
 それは彼女たちが災厄を鎮めることを目的としているのではなく、システムの管理と維持を最優先としているからだ。
 人間に力を貸すのは、その方が都合が良いからに過ぎない。ある意味で〈進化の護り人〉と共通している点があるともリィンは感じていた。
 しかし、

「ベルは逆だ。世界の安定よりも個人の思惑を優先する。気まぐれで力を貸してくれることもあるが、それさえも基本的には自分のためだ」

 逆にベルのような悪い魔女は、魔女の掟や使命と言ったルールに縛られない。
 自由と言えば聞こえは良いが、やっていることは世界に対する反逆だ。
 特にベルなどは明確に世界の摂理を築いた〈女神〉に対して敵意を抱き、復讐を宣言している。

「うーん、とても我儘ってことか?」
「そういうことだな。己が目的を遂げるためなら、どんな犠牲も厭わないような奴だ。実際、一度は世界を滅ぼしかけているしな」

 身も蓋もない言い方だが、リコッタの言葉は的を射ているとリィンは認める。
 そう、ベルは我儘なのだ。自分が関心を持つ事柄や相手にしか興味を示さない。
 エリィのような例外を除けば、自分以外の人間は使える駒≠ニ使えない駒≠ュらいにしか思っていない。
 だから目的を遂げるためなら、非情に徹することが出来る。

「話だけを聞くと、物凄く危険人物のように思えるのですが……」
「今頃、気付いたのか? 思えるじゃなくて、キルゴールが可愛く見えるくらいの危険人物だぞ」

 はっきりと言ってしまえば、キルゴールなどベルに比べれば小悪党でしかないというのがリィンたちの認識だ。
 まさか、ベルがそんなにも危険な人物だったとは思っていなかったのだろう。
 フィーやシャーリィも頷いている姿を見て、ラクシャはようやく事態の深刻さを理解して顔を青ざめる。

「どうして、そんな危険人物を野放しにしてるんですか!?」
「最初に言ったように利用価値があるからだ。実際、ベルの知識は役立っていただろ?」

 勢いよくリィンに迫るも真っ当な反論をされて、うっ……と言葉に詰まるラクシャ。
 実際、ベルの知識には随分と助けられてきたのだ。彼女がいなければ、エアランも助からなかった可能性が高い。
 毒も使い方によって薬になる。リィンが言っていることは、ようはそういうことだった。
 それに危険人物と言う意味では、身近にいるのはベルだけではない。

「そもそも、そこにいるシャーリィだってベルに負けず劣らずの危険人物だぞ」
「……リィン、酷い。シャーリィはベルみたいなことはしてないよ?」
「直接、手に掛けた数はベルと比較にならんくらい殺してるだろ?」
「でも、それって戦場でのことだし、敵なら殺すでしょ? リィンだって殺すよね?」
「否定はしないが、お前はちょっとやり過ぎだ。そうでなきゃ〈血染め〉なんて物騒な異名はつかん」

 戦場で敵を殺すことを否定するつもりはない。
 とはいえ、シャーリィのような戦闘狂と一緒にされても困るというのがリィンの本音だった。
 しかし、

(ん……リィンもシャーリィのこと言えないような)

 リィンもノルド高原での戦いでは、たくさんの猟兵を一方的に殲滅している。
 ヴィクターと戦っている時も、なんだかんだと言って愉しそうにしていたのを見ている。
 傍から見れば、どちらも同じようなものだとフィーは二人のやり取りを眺めていた。

「もっと怒鳴るか、軽蔑するかと思ったが、意外と冷静だな」

 アドルやシルヴィアなら分かるが、ラクシャが何も言ってこないのを見て、リィンは尋ねる。
 キルゴールとの一件のことを考えれば、こんな話をすれば少しは噛みついてくるものと思っていたからだ。

「〈名無し〉の一件で、あなた方がどういう人間かは理解しているつもりですから……。それに、わたくしはロズウェル家の人間です。貴族の娘である以上、命のやり取りを否定するつもりはありません。ですが話を聞いて、益々あなた方だけに任せてはおけないと判断しました。特にクイナのことは……」
「だろうな。俺だって、そう思う」

 ベルが団の正式なメンバーではないと言っても、傍から見れば同じことだ。
 今回の件に関しては甘んじて非難を受けるつもりでいただけに、リィンは拍子抜けと言った顔を見せる。

「それに怒らないと約束しましたから……」

 そんなリィンを見て、ラクシャは苦笑を浮かべながら、そう話す。
 確かに言いたいことはあるが、怒っていると言う訳ではなかった。
 誤魔化すことも出来たはずだ。なのにべルが黒幕であることを告げたのは、リィンなりの誠意だと感じたからだ。
 少なくともベルを含め、理由もなく人を殺すような狂人ではないと、ラクシャはリィンたちのことを信じていた。
 話が一段落したところで、様子を窺っていたアドルは催促するかのようにリィンに尋ねる。

「そろそろ、僕たちをここ≠ヨ連れてきた理由を聞かせてくれるかな?」
「随分と静かに話を聞いていると思ったら、やっぱり気付いていたか」
「キミのことだ。そこまで真相がわかっているなら、とっくに行動を起こしていても不思議じゃないからね」

 他の誰かの力を借りずとも、リィンなら一人でもどうにか出来るだけの力があるとアドルは見立てていた。
 ましてや不安を煽るような説明をしておきながら、リィンからはまったく焦りを感じない。
 こうして悠長に事件の真相を語っていることが何よりの証拠だ。
 それにリィンは、ここへ来る前にこう言った。

 ――ついてくれば分かる、と。

 真相を打ち明けるだけなら、別に場所はどこでもよかったはずだ。
 誰にも話を聞かれないようにするために場所を移したとも考えられるが、既に他の漂流者たちはセルセタに〈転位〉した後だ。
 クイナを連れ去ったのがベルなら、そもそも隠す意味はない。地下聖堂のことだって知られているはずだからだ。
 むしろ、逆だ。隠すのではなく態と気付かせるためにベルが手掛かり≠残したかのようにアドルは感じていた。
 なら、どうして自分たちが不利になるような証拠を残したのか?
 そこにリィンが焦っていない理由があると、アドルは考えたのだ。

「悪い魔女は利害さえ一致すれば願いを叶えてくれる――それが答えなんじゃないか?」
「……合格だ。冒険者なんて辞めて、猟兵になる気はないか?」
「折角の誘いだけど、遠慮しておくよ」

 誘いを断ることは最初からわかっていたが、惜しいなとリィンは考える。
 リィンがアドルのことを高く評価しているのは、剣の腕などではない。
 僅かな手掛かりから答えに辿り着く、その鋭い観察眼と洞察力を評価してのことだった。

「二人だけ納得していないで、ちゃんと説明してください」
「学者を志していたと言う割には、察しが悪いな」
「うっ……」

 そうリィンに言われると反論の言葉がでず、ラクシャは言葉を詰まらせる。
 実際アドルほど洞察力に優れているとは言えないことを自覚しているからだ。
 この辺りは頭の良い悪いよりも、経験の差が大きくものを言う。
 アドルの洞察力は、これまでの冒険で培った経験則のようなものなのだろう。
 とはいえ、特に隠すような話でもなかった。
 ここに連れてきたのも、魔女の話をしたのも、最初からそのことを伝えるつもりだったからだ。

「話は簡単だ。ベルは魔女として、願いを叶えようとしているだけだ」
「願いを? それは一体、誰の……」
「決まってるだろ?」

 そもそも、いつからベルは〈進化の護り人〉と繋がっていた?
 ダーナ・イクルシアは何故、ベルとクイナに接触した?
 リトル・パロはどうして他の漂流者ではなく、クイナを囮に使った?
 それらすべてに共通する人物と言えば、一人しかいない。それは――

「クイナだ」



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