転位の光と共に現れる人影。
それはリィン、サライ、シャーリィ、シルヴィアの一行だった。
「着きました。ですが、本当によろしかったのですか?」
逃亡を防ぐためにサライの理力はベルの魔術で封印されていた。
王家の谷に〈転位〉するためとはいえ、それをあっさりと解除したリィンを訝しむ様子でサライは尋ねる。
だが、
「これから長い付き合いなりそうだしな」
その程度には信用している、とリィンは答える。
エタニアの再興には、サライの協力が不可欠だ。今後のことを考えれば、彼女とは長い付き合いにある。
なのに裏切りや逃亡を疑っていたのでは話が進まない。
それに――
「ベルと比べたら、まだ信用できる」
少なくとも〈進化の護り人〉ではなく、エタニアの女王としてのサライは信用できるとリィンは考えていた。
何より、ベルと比べれば遥かにマシだ。気の許せない相手と言う意味では、ベルほど警戒の必要な相手はいない。
そんなリィンの話を聞き、なんとも言えない表情を浮かべるサライ。
「第一、裏切るつもりなら、とっくに逃げているはずだ。だろ? ウーラ」
「……え?」
一瞬なにを言われているのか分からないと言った顔を見せるも、次の瞬間サライの表情が消える。
別人のように雰囲気の変わったサライを見て、「やっぱりな」と呟くリィン。
とっくにウーラの人格が目覚めているのを察してのことだった。
「いつから気付いていた?」
「ベルが黒幕だと気付いた時からだ。お前に処置を施したのはベルだしな」
「なるほど、道理だ」
いや、正確には意識を閉ざしてなどいなかった。
最初からウーラはサライのなかで、すべてを見ていたと言うことだ。
ベルが黒幕だと気付いた時、リィンが真っ先に疑ったのがそのことだった。
だからイオを地下聖堂から連れ出し、サライを一人にすることでウーラの行動を見定めようとしたのだ。
「力を使えないフリをして捕虜に甘んじておけば、ベルと接触しても怪しまれないからな」
敢えて逃げなかったということは、逃げられない理由が、他に目的があると言うことだ。
ダーナとベルを結びつけた人物がいると考えた時、真っ先に候補に挙がったのがウーラだった。
行動を監視する役目を負っていると同時に、ベルとダーナの間を取り持つ連絡役をウーラが担っていたとリィンは考えたのだ。
「交渉を持ち掛けたのはベルの方からか?」
「否定はしない。だが、サライは……」
「何も知らないと言いたいんだろ? そこは疑っていないさ」
敵を欺くには味方からと言うように、何も知らない方が都合が良いこともある。
少なくともサライが嘘を吐いていたとは、リィンも思ってはいなかった。
だからこそ、これまで気付くことが出来ないでいたのだ。
とはいえ、
「まあ、監視くらいなら好きにすればいいさ」
そのことをリィンは責めるつもりはなかった。ウーラの考えも理解できるからだ。
ベルがどんな風に取り引きを持ち掛けたのかは知らないが、最初から信用するほどウーラもバカじゃないだろう。
だから話に乗ったフリをして、逆にベルの行動を観察していたと考えれば、しっくりくる。
「……何も聞かないのか?」
「聞かなくても大凡の見当は付いているからな」
ベルの目的など、敢えて尋ねずともはっきりとしている。
そう言う意味では、ウーラも被害者と言えるだろう。
だが、ベルやウーラが自分たちの思惑や事情で動いているように、リィンにも譲れないものはある。
「敵として立ち塞がるというのなら容赦はしない。その時は覚悟をするんだな」
「……肝に銘じておこう」
ウーラは神妙な顔で頷くのだった。
◆
竜の頭と鱗を持つ人型の戦士の猛攻を軽々とさばき、返す一撃で両断するシルヴィア。
「厄介だね」
しかし首筋から胸に大きな傷を負ったというのに、僅かによろめくだけで反撃してくる竜人の一撃を回避しながらシルヴィアは舌打ちする。
同じようにシャーリィも自身の倍はあろうかという体格の竜人に囲まれていた。
戦いの様子だけを見れば、シャーリィとシルヴィアが圧倒しているが、どれだけ斬っても殺せない敵に苦戦を強いられていた。
「全部、燃えちゃえ!」
斬っても駄目なら燃やしてしまえ、とばかりにシャーリィは〈赤い顎〉の先端から炎を放つ。
全身を炎に包まれ、悶え苦しむ竜人を見て、シャーリィは笑みを浮かべるが――
「嘘ッ!?」
炎の中から放たれた剛剣を武器で受け止め、弾き飛ばされる。
黒焦げになっても、手足を切断されても、胸を貫かれても、時間を巻き戻すかのように傷を再生し、立ち上がってくる。
それはまさに不死の軍勢と呼べるものだった。
「彼等は不死者――古代エタニア人の亡霊だ。普通のやり方では倒すことは出来ない」
「不死者……ようするにアンデッドみたいなものか」
そんなウーラの話を聞いて、イオの親戚のようなものかとリィンは納得する。
本人が聞けば文句の一つも言いそうだが、霊力だけで身体を構成された存在という意味では間違いとも言えなかった。
(厄介だな。となると、霊力が尽きるまで攻撃を続けるか――)
一撃で消滅させるしかない、という考えにリィンは至る。
時間を掛ければ、シャーリィやシルヴィアでも倒せないことはないだろう。
だが、物理一辺倒の二人には相性の悪い敵だ。
このまま二人に任せていては、先に進むのに時間が掛かりすぎる。
そう考えたリィンは腰のブレードライフルを抜き、ウーラの前へとでる。
「何をするつもりだ?」
「浄化すればいいんだろ?」
そんなリィンの行動を見て、訝しげな表情で尋ねるウーラ。
確かにシャーリィやシルヴィアには相性の悪い敵だが、リィンにとっては別だった。
「王者の法」
意識を内側へと向け、身体に秘めた力を解放するリィン。
二色の相反する光が混ざり合い、黄金の光を放つ。
そうして光が一点に集中したかと思うとリィンの手には、一本の巨大な馬上槍が握られていた。
「シャーリィ、シルヴィア!」
二人の名を叫びながら、リィンは姿勢を低くしてランスを構える。
瘴気を払い、魔を滅する大槍。
嘗て、魔人化した学生の命を救い、魔王を討ち滅ぼしたリィンの奥の手の一つ。
「グン――グニル!」
二人が飛び退くのを確認して、リィンはその間を駆け抜けるかのようにランスの力を解放するのだった。
◆
「こいつは凄いね」
「フフン、シャーリィが言った通りでしょ?」
リィンは凄いんだから、と胸を張るシャーリィを見て、シルヴィアは苦笑する。
だが、自分のことのようにシャーリィが自慢したくなるのも分かると、シルヴィアは辺りを見渡す。
どんな攻撃を受けても倒すことの出来なかった不死者の群れは、リィンの放った一撃で跡形もなく消滅していた。
「……呆れた力だな」
呆然とした声で呟くウーラ。
リィンの力を把握していたつもりで、まだ理解が足りていなかったと思い知らされたからだ。
同じように不死者を浄化できるかと問われれば、理術を使えば出来なくはないとウーラは答えるだろう。
だが、それでもこれほどの数を一度に浄化することは、大樹の巫女にも真似の出来ることではない。
ウーラがリィンの力を非常識だと感じるのも無理はなかった。少なくとも人間業とは思えない。
「発信機の反応は、この下か」
リィンは〈ARCUSU〉を片手に発信機の反応を確認しながら、通路の下を覗き込む。
王家の谷とは、謂わばエタニアの王家に連なる者たちが眠る墓所だ。
死者が眠る場所とはよく言ったもので、上からでは下の様子が確認できないほどの濃い闇が眼下には広がっていた。
まるで奈落の底へと通じているかのようだ、とリィンは呟く。
取り敢えず上層の不死者は一掃したが、この先にも同じような敵がいるかと思うと憂鬱な気持ちになる。
グングニルは確かに強力な技だが、体力の消耗が激しい。出来ることなら、余り連発は控えたい技の一つだった。
(ベルのことだ。そのあたりも計算の上で、この場所を選んでそうだな……)
並の古代種程度では足止めにもならない上、罠の類もシャーリィかフィーがいれば容易く見破られてしまう。
他にも理由はあるのだろうが、だから敢えてここを戦場に選んだのだろうとリィンはベルの思惑を察した。
となれば、出来るだけ戦闘を避けて進みたいところだが、それでは時間が掛かりすぎる。
体力を温存するか、時間を取るか、二つに一つ。
本当に一筋縄ではいかない相手だと、リィンは改めてベルの厄介さを痛感する。
「この下ということは、恐らく〈セレンの園〉で待ち受けているのだろう」
「アドルやサライもそんなことを言っていたな。どんな場所なんだ?」
丁度良い機会だとばかりに、リィンはウーラに〈セレンの園〉のことを尋ねる。
「〈想念の樹〉がある庭園だ」
「想念の樹?」
「セレンの園は各々の時代を生きた種≠フ想念が辿り着く場所。そして〈想念の樹〉とは、想念を糧として育つ樹≠フことだ」
人の意志や感情を養分として取り込み、成長する樹のようなものかと、リィンはウーラの説明を解釈する。
「なんで、そんなものがここに?」
「ラクリモサを止めようと試みたのは、ダーナやお前たちだけではない。過去にもいたと言うことだ」
そういうことか、とリィンは理解する。
ラクリモサを止めるため、過去にベルが〈零の至宝〉を生み出すためにしたことと、同じようなことを考えた人物がいるのだろう。
恐らくそれは〈進化の護り人〉の一人だと、ウーラの話からリィンは察する。
「その樹は使えるのか?」
「残念ながら……ラクリモサに対抗するには膨大な量の想念が必要だ。だが……」
現状ではそれほどの想念は集まっていない、とウーラは話す。
「ベルの狙いが見えてきたな。まあ、大体は予想通りの展開だが……」
ある程度の目的は見えていたが、その手段まではよくわかっていなかった。
だが、ウーラの話が真実なら、確かにここはおあつらえ向きだとリィンは考える。
ベルなら他の誰よりも上手く〈セレンの園〉を活用できると確信してのことだ。
だとすれば、やはりクイナは――
「この話を聞いて、どうしてそのように冷静でいられる? この世界の住人ではないからか?」
同じように〈セレンの園〉では〈ラクリモサ〉を止められないと知ったダーナは、嘗て絶望に心を囚われかけた。
それはダーナだけではない。どの時代でも〈進化の護り人〉となる者は滅びの運命に抗おうとして現実を知り、絶望に苛まれてきた。
だが、リィンからはそうした動揺が一切感じ取れない。それは、やはり彼等が異世界人だからかとウーラは考えたのだ。
一方で、リィンはその発想はなかったと目を丸くする。
「他人事と言えば、確かに他人事だが……」
確かに〈ラクリモサ〉を止められなくとも滅びるのはこの世界の人間であって、異世界からやってきたリィンたちには関係がない。
だが、それはウーラたち〈進化の護り人〉にとっても同じことだ。彼等にとって、人間が滅びる滅びないは他人事でしかない。
同じ〈ラクリモサ〉を経験した者として共感を覚えることはあるだろうが、それだけだ。
当事者でないと言う意味では、ウーラたちとリィンたちは立場が似ている。
しかし同じように見えて、両者には根本的に違うところがあった。
「過去に同じようなことを体験してるからな」
「……同じようなこと?」
「俺たちの世界も過去に滅びかけているからな。いや、現在進行系でやばいんだが……」
ウーラは既に〈ラクリモサ〉を受け入れている。それは他の〈進化の護り人〉にも言えることだ。
だが既に諦めている彼等と違って、リィンたちはまだ出来ることがあると、滅びの運命に抗い続けていた。
それはダーナにも同じことが言える。彼女はまだ諦めていない。本当の意味で〈進化の護り人〉になりきれていないと言うことだ。
だからウーラは〈進化の護り人〉として、ダーナの決断を最後まで見守ることを決めたのだろう。
ベルの提案に乗り、彼女たちの計画を見守ることを決めたのも、そのためだった。
全面的に協力することは出来ないが、決して邪魔をしない。それがウーラがベルに立てた誓いだ。
「なるほど……お前たちは、とっくに滅びに立ち向かっていたのだな」
リィンたちが異世界からやってきたということ、知識や技術の蒐集が目的であることは知っていた。
だが、どうしてそんな真似をしているのかと、ずっと不思議に思っていたのだ。
しかし、これで合点が行ったという表情をウーラは見せる。
ベルがあのような計画をダーナに持ち掛けたのは、自分たちの境遇と重ねてのことだと考えたからだ。
だが、
「何か勘違いしているみたいだが、ベルのは明らかに私怨だぞ?」
リィンはそんなウーラの考えを否定する。
世界を滅びから救うために知識と技術を蒐集していると思いきや、実は復讐が目的だと聞き、ウーラは困惑の表情を見せる。
だが、それが真実だ。本気でベルは女神に復讐をしようとしている。
やると決めたからには、彼女は絶対に成し遂げるつもりだ。何十年、何百年かかろうとも諦めないだろう。
普通の人間であれば、理解の及ばない考えだ。摂理に屈した彼等では、尚更ベルの考えは理解できないだろう。
「リィン、お客さんみたいだよ」
どう説明したものかとリィンが考えていると、シャーリィの声が響いた。
何かの気配を察し、リィンとシルヴィアも周囲を警戒する。
すると、地面から滲み出るように無数の黒い人影が現れる。
それは文字通り、人のカタチをした影だった。
「これって、前にエマが使ってた奴だよね?」
「みたいだな」
記憶やイメージから本人そっくりの影を生み出す魔術。
恐らくはベルの仕業だろうと、リィンとシャーリィは術者の見当を付ける。
だが、目の前に現れた無数の影は記憶にない人物の姿をしていた。
イオによく似たエタニアの民族衣装を身に纏っているようにも見えるが――
「ダーナ……」
戸惑いを隠せない様子でそう呟くウーラを見て、影の正体が誰であるかをリィンは察するのだった。
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