「たくっ……生徒が訪ねてきたかと思えば、今度はお前さんが来るとはな。サラ教官」
「こちらも驚きました。マカロフ教官がいらっしゃるとは思ってもいなかったので。やっぱり大学に戻られたのは、メアリー教官とのことが理由ですか?」

 にこやかな笑顔でメアリーとのことをサラに尋ねられ、渋い顔を見せるマカロフ。
 驚いたなどと言っているが、明らかにわかっている顔だと察してのことだった。
 恐らくはメアリー本人か、ミントあたりから聞いたのだろうと考え、マカロフは深い溜め息を漏らす。

「ああ、そうだよ。お察しの通りだ。そういうサラ教官は、どうなんだ?」
「……え?」
「その様子だと、相変わらずみたいだな」
「ぐっ……」

 開き直ったマカロフに勝ち誇った笑みで嫌な質問を返され、サラは耐えるように表情を歪ませる。
 メアリーとの仲を知っていてマカロフのことをからかおうとしたのだ。
 反撃されても、自業自得としか言えなかった。
 とはいえ――

「……お互いダメージが大きすぎる。この話はやめないか?」
「……ええ。不本意ながら同意するわ」

 マカロフも精神的な負担が大きいようで一時休戦を提案し、サラもそれを受け入れる。
 そんな大人たちを見て、部屋の角で苦笑いを浮かべるガイウスの姿があった。
 そして――

「来たようだな」

 ガイウスが扉の方を振り向くと、ノックする音が部屋に響いた。

「開いてるぞ」

 マカロフが返事をすると扉が開き、シャロンとフィーを伴ったアリサが姿を見せる。

「サラ教官!」

 再会を懐かしむような声でサラの名を呼び、傍に駆け寄るアリサ。
 そんなアリサをサラは腕を開いて、胸で受け止めようとようとするのだが――

「……なんだか、お酒臭いですんけど」

 感動の再会と言ったところで、アリサは指で鼻を押さえながら、サッと距離を取る。
 微妙にショックを受けた様子で固まるサラだったが、アリサがそういう反応をするのも無理はなかった。
 と言うのも――

「止めたんだが、荒れた様子で列車の中でも随分と飲んでいたからな」

 ガイウスの言うように、ほんの少し前までサラは酒を飲んでいた。
 しかも列車に乗る前にも酒場で一杯やっていたのだ。
 全身から酒の匂いが漂うのも当然だった。

「ガイウス!? どうしてここに……って、そう言えば、遊撃士になったのだったわね」
「ああ、サラ教官の指導のお陰でな。ノルドの皆と共に、正遊撃士の資格を無事に取ることが出来た」
「え……」

 確かにサラはA級の資格を持つ遊撃士だ。トールズ士官学院でもVII組の教官を務めていた。
 しかし、マカロフ以上に不真面目で、指導力に疑問の残る教官であることも事実だったのだ。
 なのにサラの指導のお陰と聞いて、ガイウスの言葉にアリサが疑問を抱くのは無理もなかった。

「何よ……そりゃ、トヴァルにも少し協力してもらったけど……」
「ああ、それなら納得です」
「どう言う意味よ!?」

 トヴァルにも協力してもらったと聞いて納得の表情を見せるアリサに、サラは噛みつく。
 しかし、

「アリサお嬢様も悪気がある訳ではないかと」
「ん……サラの自業自得。それに酒を飲むなとは言わないけど、仕事の前は控えた方が良いと思う」

 シャロンとフィーの二人から真っ当な指摘を受け、サラは反論の言葉を失う。
 そして苦々しげな表情で唸りながら、

「大体、あいつが人の弱みにつけ込んで、こんな依頼をしてくるから……」

 愚痴を溢すサラ。
 特に理由がなくても酒を飲むサラだが、特に今回荒れていた原因はリィンにあった。
 犬猿の仲とも言える男に痛いところを指摘され、半ば無理矢理に仕事を押しつけられたのだ。
 酒でも飲まなきゃやってられないというのがサラの本音だった。

「……もしかして、リィンに頼まれた?」

 サラがこんな風に感情を顕にする相手と言えば、一人しかいない。
 あいつとはリィンのことだと察して、フィーはサラに尋ねる。

「そうよ。アンタたちのサポートを頼まれたのよ……」

 サラの方から協力を持ち掛けてきたと聞いて、何かおかしいとは思っていたのだ。
 しかし、それで合点が行ったとフィーは得心する。
 共和国への備えやセイレン島のことも考えると、暁の旅団の戦力はこれ以上動かすことが出来ない。だからサラを仲間に引き込んだのだろうと察せられたからだ。
 それに民間人の保護と地域の安全を理念に掲げる遊撃士協会としても、ノーザンブリアの件は見過ごせない問題のはずだ。
 サラの立場からすれば、リィンの提案を断るに断れなかったはず。荒れている理由も容易に察することが出来た。

「やっぱり、フィーのことが心配なんじゃない……」

 口では気にしていないようなことを言っていても、これでは説得力がない。
 用心深いというか、こういうところがシスコンと言われる所以なのだとアリサは呆れた様子で溜め息を吐く。
 とはいえ、サラやガイウスの協力が得られれば、助かるのは事実だった。
 フィーやシャロンだけでは、さすがに〈西風〉と領邦軍の両方を相手にするのは厳しいと考えていたからだ。
 でも、これなら――

「古巣とやり合うんでしょ? まあ、あいつから頼まれたし、特別に手を貸してあげてもいいわよ」
「ん……必要ない。酔っ払いに足を引っ張られても困るし」
「へ、へえ……言ってくれるじゃない……」

 どうにかなるのではないかと考えるアリサだったが、険悪な雰囲気で睨み合うサラとフィーを見て、そうだったと頭を抱える。
 猟兵と遊撃士は『犬猿の仲』と言われるほどに関係が悪い。その上、フィーとサラは昔からの知り合いだ。
 リィンほどではないが、フィーにも苦い体験をさせられた思い出がサラにはあった。
 同じことは、フィーにも言える。〈西風〉時代、いろいろとサラには苦戦をさせられたのだ。
 共闘したことが一度もないとは言わないが、好き好んで手を組みたい相手では互いになかった。

「ですが、リィン様のご依頼なのですよね? 団長の意向を違えるというのも……」
「む……」
「それにサラ様も相手が気に食わないからと言って、一度引き受けた仕事を途中で放り出すのですか?」
「ぐ……それは……」

 シャロンに正論を説かれ、フィーとサラは困った顔を見せる。
 暁の旅団の団長はリィンだ。そのリィンがサラを仲間に引き込むと決めた以上、ちゃんとした理由があるのならともかく、そうでないのなら団員は団長の方針に従うのが猟兵団のルールだ。
 妹とはいえ、フィーも〈暁の旅団〉の団員である以上、そうした我が儘は筋が通らないことを自覚していた。
 サラもそうだ。ギルドを通した正式な依頼ではないとはいえ、リィンから依頼された仕事をノーザンブリアの情報と引き替えに引き受けたのはサラ自身だ。仕事を受けておきながら途中で放棄するなど、遊撃士としても人としても褒められた行為とは言えなかった。

「シャロンの勝ちね。仲良くしなさいとは言わないけど、いまは割り切って頂戴。特にサラ教官は良い歳≠フ大人なんですから」

 嘗ての教え子に大人気ないと非難され、両手両膝を床につくサラ。
 遠回しに年齢のことも揶揄され、やっぱりリィンからの仕事なんて引き受けるんじゃなかったと半ば後悔するのだった。


  ◆


「黒の工房……それに第五開発部ね。正直、まだ疑問はあるけど……」
「アリサ……大丈夫なのか?」

 サラとガイウスから複雑な視線を向けられ、アリサは二人の心配を察した様子で肩をすくめる。

「大丈夫よ。いつかはこんな日が来るんじゃないかって、薄々と察してはいたしね」

 これまで、アリサはずっと母親と正面から向き合うことを避けてきた。
 あの人はきっと理解してくれない。何を言ったところで無駄だと半ば諦めていたからだ。
 しかし、シャロンとの一件を経て、一つだけ気付かされたことがある。
 自分も母親のことを本当に理解しようと努力してきたのかと、考えさせられたのだ。

「覚悟を決めたのね」
「はい。どんな結果が待っていようと、私は真実≠知りたい。だから、本気で母様とぶつかるつもりです」

 これは、最初で最後のチャンスだとアリサは思っていた。
 いまを逃せば、イリーナの本音を聞く機会は永遠に失われてしまう。
 そう思ったからこそ、覚悟を決めたのだ。
 それが両親≠フ罪を暴くことになったとしても――

「なら、あたしから言うことは何もないわ。教え子が困っていたら手を差し伸べるのも、教官の務めだしね」
「俺も微力ながら力を貸そう。友人が困っていると言うのに、見捨ててはおけないからな」
「サラ教官、ガイウス……二人とも、ありがとう」

 サラとガイウスに感謝するアリサ。
 事の経緯はどうあれ、こうして嘗ての教官とクラスメイトが力を貸してくれるのは、とても心強かった。
 しかし、

「でも、猟兵団に入るっていうのはね……」

 アリサの事情は理解した。
 教官として教え子の覚悟を応援してあげたいという気持ちはある。
 だが、それが〈暁の旅団〉に入るためだと聞かされれば、サラが心配するのは無理もなかった。
 半分くらいはリィンに対する私怨が入っていることは否めないが、彼女自身が嘗て猟兵団に所属していた身だ。
 戦場の厳しさや、猟兵の世界がどういうものかをサラはよく知っている。
 だから、出来ることなら教え子をそんな世界に関わらせたくないと思うのは、教官として当然のことだった。

「しかも、アンタまで……」
「リィン様には、返しきれないくらい大きな恩が出来てしまいましたから……」

 サラに呆れた表情を向けられ、苦笑を返すシャロン。
 呆れられても仕方のないことを自分がしていると言うことくらいは、シャロンも理解していた。
 それでも、決めたのだ。
 イリーナとの契約が果たされた今、今度は自分の意志でアリサを支えていこうと――
 そのためなら、結社とも事を構える覚悟をシャロンは内に秘めていた。

「いまからでも考え直す気はない?」
「もう、決めたことですから」

 アリサの意志が固いと悟って、サラは深い溜め息を溢す。

「そんなにアリサのことが心配なら、サラも猟兵に戻る?」
「……本気で言ってるの?」
「ノーザンブリアのこと、少しはリィンから聞いてるんだよね? なら、ありえない話じゃないと思うけど?」

 フィーにアリサのことが心配なら一緒に団に入れば良いと言われ、サラは複雑な表情を滲ませる。
 リィンならサラを確実に動かすために、そのくらいの情報は与えているだろうと察しての質問だった。
 フィーの言うように詳しい方法を聞いた訳では無いが、サラはリィンから話を聞いていた。
 リィンはサラにこう言ったのだ。

 戦争を回避するだけでなく、ノーザンブリアの人々を飢えから救う手段が自分にはある、と――

 サラもリィンの性格はよく知っている。
 自分を仲間に引き込むために、すぐにバレるような嘘を吐く相手ではないとわかっていた。
 だからこそ、リィンの話に乗ったのだ。いや、この場合は話に乗るしかなかったと言うべきだろう。

「まあ、時間はあるし、ゆっくりと考えればいいと思うよ」

 逆に言えば、団の仲間でもない外部の人間に、これ以上の情報はやれないと言われているも同じだった。
 本当に兄妹揃って憎らしい性格をしていると、サラは忌々しげな表情をフィーに向ける。
 ギルドには恩がある。しかし、ノーザンブリアのことも気掛かりなのは確かだ。
 フィーの言うように、自分も選択を迫られていると言うことはサラも理解していた。

「しかし、お前等……また面倒なことに首を突っ込んでるみたいだな」

 シャロンからコーヒーのお代わりを受け取りながら、面倒臭そうに頭を掻くマカロフ。
 領邦軍に追われている時点で察してはいたが、状況はマカロフの想像を超えていた。
 出来ることなら何も聞かなかったことにしたいくらいだと、マカロフは大きな溜め息を吐く。
 しかし、ここまで関わってしまった以上、むしろ何も知らない方が危険に巻き込まれる可能性が高い。
 それにマカロフ自身、新型の列車砲の開発に拘っている以上、完全に無関係を装うのは無理な状況にあった。
 とはいえ、

「言って置くが、俺を戦力としてあてにするなよ。俺はサラ教官と違って、かよわい一般人だからな」
「あら? そんなこと言って、内戦時は随分と活躍されていましたよね? 機甲兵を相手に魔導杖で応戦していましたし」
「あれは必要にかられて仕方なくだ。支援くらいならともかく、お前さんたちと一緒にするな」
「メアリー教官が貴族連合に捕らえられた時には、随分と積極的に力を貸してくれたと記憶してますけど?」
「……その手の話はもうしないと、さっきお互い納得したところだろ」

 戦力として期待されては困ると言ったところでサラのツッコミを受け、マカロフは苦い表情を見せる。
 しかし、面倒臭いというのもあるが、半分くらいは本心からの言葉でもあった。
 魔導杖の適性があり高位アーツを使えると言っても、マカロフの本職は技術者≠セ。
 サラのように戦いに慣れていると言う訳ではない。足を引っ張る可能性が皆無とは言えなかった。

「ご心配なく。最初からマカロフ教官に、そっちを期待していませんから」
「なんか、そういう言われ方をされると、こっちとしても微妙な気持ちになるんだが……」
「いえ、そう言う意味ではなく、もしものことがあったらメアリー教官に合わせる顔がありませんから」

 アリサから納得の行くようで納得のしにくい説明を返され、マカロフは微妙な顔を見せる。
 教官としても、男としても、教え子にそんな心配をされるというのは複雑な心境としか言えなかったからだ。

「でも、どうしても納得が行かないと仰るのであれば、最後に一つだけお願い≠オたいことがあるのですが……」

 そんなマカロフの気持ちを察してか、断り難いタイミングで提案を持ち掛けるアリサ。
 その話の持って行き方に、シャロンはイリーナの面影をアリサに重ねるのだった。



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