さながら戦場のように激しい攻防を繰り広げる複数の影があった。
西風の旅団のシンボル〈風切り鳥〉の入った黒いジャケットを身に纏った二人の男。
スラリとした長身と独特の方便が特徴の〈罠使い〉ゼノに、破壊獣の異名を取る大男レオニダスだ。
対して、そんな二人を同時に相手する赤い髪≠フ猟兵がいた。
小柄で、長身のゼノと比べれば随分と低い。リィンと同じくらいの背格好だろうか?
レオニダスと比較すれば、まるで大人と子供と言った体格の差だ。
見た目だけで判断をするなら、とてもゼノとレオニダスの二人を相手に戦えそうには見えない。
しかし、圧倒しているのは赤い髪≠フ猟兵の方だった。
「休業中と聞いていたが、腕は鈍っていないようだな」
「はッ! 俺等二人を相手にして、その余裕。どういうカラクリ≠ゥ分からんが、本物の闘神≠ンたいやな」
――闘神バルデル・オルランド。
赤い髪の男の正体は、ルトガーと相打ちで死んだ〈赤い星座〉の団長バルデル・オルランドだった。
どうして、バルデルが生きているのかはゼノやレオニダスにも分からない。
バルデルが死んだところは、二人も確かに自分の目で確かめているからだ。
しかし、こうしてゼノとレオニダスの二人を圧倒している以上、偽物とは考え難い。
それに自分の背丈ほどもある巨大なハルバードを軽々と扱う様は、まさに二人の記憶に残る闘神≠フ姿そのままだった。
「無駄だとは思うが、問おう。俺の目的はイリーナ・ラインフォルト≠セけだ。引く気はないか?」
「我が身可愛さに依頼人を売るような真似を、俺等がすると本気で思っとるんか?」
「そういうことだ。引く気はない」
イリーナを庇うようにバルデルとの間に立ち、得意の武器を構えるゼノとレオニダス。
ゼノが得意とする武器は、銃身の長い狙撃タイプのブレードライフルだ。
そして、レオニダスは巨大な〈機械化手甲〉を巧みに操る。
レオニダスが敵陣へと切り込み、ゼノが後方から支援する。互いの短所を補い、長所を活かす戦い方を二人は得意としていた。
しかし、そんな二人でさえ、力の及ばない強敵が目の前にいる。
闘神、バルデル・オルランド。西風の旅団長ルトガー・クラウゼルと相打ちで死んだはずの男。
自分たちの団長とライバルの関係にあった男の実力を甘く見るほど、ゼノとレオニダスは愚かではなかった。
故に――
(普通にやっても勝ち目は薄い。なら、俺等の取るべき道は一つや)
(……心得ている)
ゼノがライフルを構えると同時に、バルデルに向かって駆け出すレオニダス。
その大きな身体からは想像も付かないスピードで一気にバルデルとの距離を詰めると、レオニダスは右手に装備した手甲を振りかぶる。
しかし、バルデルの身体を捉えるには至らず、レオニダスの一撃は大地を穿ち、粉塵を巻き上げた。
視界を覆う土埃の中から寸分の迷いなくレオニダス目掛けてハルバードを突き出すバルデル。
だが、その鋭い一撃は何か硬い物に触れ、金属音を響かせる。
「なに――?」
放たれた突きと共に巻き上げられた風が、土埃を吹き飛ばす。
視界が晴れ、バルデルが目にしたのはハルバードの先に突き刺さったマシンガントレットだった。
三分の一ほどが土に埋もれ、大地に固定されたマシンガントレット。
バルデルの放った一撃で装甲に穴が空き、火花を散らせていた。
だが、肝心のレオニダスの姿はない。
「残念、それはハズレ≠竅v
どこからともなく響くゼノの声。
その直後、一発の銃弾がマシンガントレットに直撃すると――
白い光がバルデルを呑み込み、爆音を響かせるのだった。
◆
「やってくれる」
身体に付いた煤を払いながら、愉しげな笑みを浮かべるバルデル。
敵わないと悟って、あっさりと逃げに転じたゼノたちの判断に感心してのことだった。
事実、バルデルの狙いはイリーナにあるが、それに付き合って馬鹿正直にバルデルと戦う意味はゼノたちにはない。
戦いの勝ち負けよりも結果を優先する。実に猟兵らしい的確な判断だとバルデルは感心する。
血の気の多い〈赤い星座〉の団員には、なかなか出来ない決断だと思ったからだ。
それに――
「なぜ残った? 勝ち目がないことは理解しているのだろう?」
「追い掛けられると困るのでな。もう少し、時間を稼がせてもらう」
ゼノやイリーナと共に逃げず、一人残ったレオニダスを睨み付けながらバルデルは尋ねる。
二人掛かりでも敵わない相手に、たった一人で挑んで勝てるなどと考えるほどレオニダスは愚かではない。
しかし怪我≠負った自分が一緒に逃げたのでは、確実に追いつかれてしまう。
ならば、より安全に二人を逃がすために、ここでバルデルを足止めすべきだとレオニダスは考えたのだ。
「正しい判断だと言いたいところだが、俺も甘く見られたものだ。万全の状態ならまだしも、いまのお前では足止めにもならん」
バルデルの言葉で、怪我のことを見抜かれていると悟るレオニダス。
レオニダスは背中と太股に銃弾を受けていた。逃げる途中にイリーナを庇ってついた傷だ。
常人であれば立っていることも難しいほどの怪我だが、レオニダスは鍛え上げられた肉体と強靱な精神力で意識を保っていた。
だが、バルデルの言うように戦闘を継続できるほどの余力は、ほとんど残っていない。
血を流しすぎていることもあって、こうして立っていられるのも数分と言ったところだろう。
それでも――
「ここで引いては、団長に顔向けが出来ないのでな」
「アイツの名前をだされては、この勝負……受けない訳にはいかないか」
どうせ満足に動けないのだ。レオニダスを無視して、ゼノたちを追い掛けることは可能だろう。
しかし、嘗てのライバル。ルトガーの名前をだされては、バルデルも引く訳にはいかない。
レオニダスの覚悟に応え、バルデルは敬意を表すように武器を構えるのだった。
◆
封鎖された坑道を抜け、ようやくライトの明かりが点る集積場と思しき場所に辿り着くアリサたち。
鉱員はいないようだが、つるはしなどの道具が散乱していて慌てて逃げ出した後が見受けられる。
しかし、
「ここまでくれば、私でも分かるわ。なんて圧力……」
アリサは両手でギュッと震える肩を抱く。
まるで、坑道全体を包み込むかのような重苦しい空気。
これを放っているのが、一人の人間などと俄には信じがたい。
だが、目の前で起きていることは現実≠セった。
「……いくよ」
全員に覚悟を問うように声を掛け、歩みを進めるフィーの後をアリサたちも追い掛ける。
まるで爆撃でもあったかのような酷い惨状が目に入る。
ところどころで目にする小さなクレーターのような跡が、ここで起きた戦いの激しさを物語っていた。
そして、山道の中腹にあるザクセン鉄鉱山の出入り口。
大きく開けた広間で、フィーたちは気配の正体――赤い髪≠フ男を発見する。
シャーリィと同じ赤い髪≠した目の前の男をフィーはよく知っていた。
「闘神……バルデル・オルランド」
ルトガーと相打ちで死んだはずの〈赤い星座〉の団長。
闘神の異名を持ち、戦闘力だけならルトガーをも凌ぎ、最強の猟兵と呼ばれた男だ。
「どこかで見た顔だと思えば、妖精か。まさか、お前も来ているとはな」
そう言って首を傾けてくるバルデルの足下には、レオニダスが倒れていた。
血塗れでうつ伏せに倒れ、見るからに危険な状態だ。
まだ辛うじて息はしているようだが、このまま放って置けば命を落とすのは時間の問題だった。
「ゼノとイリーナ会長は?」
レオニダスを一瞥し、鋭い目つきでバルデルを詰問するフィー。
二人の姿が近くにないと言うことは、恐らくレオニダスが二人を逃がしたのだろうと察しての質問だった。
「お前の想像通りだ。まんまと逃げられちまった」
そう言って肩をすくめながらも、まったく悔しげな素振りを見せないバルデルをフィーは訝しむ。
まるで最初から乗り気ではない仕事を無理矢理押しつけられた、と言った雰囲気すら感じ取れる態度だった。
「……どういうつもり?」
「さてな。だがまあ、はっきりと言えることは一つある」
ぞわりと背筋を這う冷たい殺気に思わず反応し、フィーとラウラは武器を構える。
「俺の前に立ち塞がるのなら、お前たちも敵≠チてことだ」
理解していたつもりだが、それでもまだ甘かったと悟らされるフィーとラウラ。
こうして目の前で向かい合っているからこそ、バルデルの非常識な強さがよく分かる。
闘気の量。これは間違いなく〈鬼の力〉を解放したリィンや、ヴィクターを超えている。
それだけではない。本能とでも言うべきものが、この男には敵わない。逃げろと訴えているようだった。
同じ人間のはずなのに、生物的に敵わない。そんな印象を抱かせる男。それが、闘神バルデル・オルランドだった。
「まさか、これほどとは……」
「ん? 嬢ちゃんは見たことがない顔だな。猟兵じゃないみたいだが……後ろのメイドも、かなり出来るな」
「ラウラ・S・アルゼイド。レグラムの領主の娘だ」
「申し遅れました。アリサお嬢様のメイドで、シャロン・クルーガーと申します」
ラウラとシャロンの名を聞き、二人の正体を察した様子で目を瞠るバルデル。
「まさか〈光の剣匠〉の娘に、あの〈死線〉まで一緒とはな」
オルランドの血が騒ぐのか? バルデルは笑みを溢す。
赤い星座の団長を務めていたことからも、シャーリィやシグムントと比べればバルデルはまだ理性的だ。
しかし、本能的に戦いを求めると言う意味では、彼も例に漏れずオルランドの人間だった。
「アリサ、シャロン。レオをお願い」
「ええ、分かったわ」
「お任せを」
アリサとシャロンにレオニダスのことを任せると移動するフィーとラウラを見て、バルデルも察した様子で後をついて行く。
フィーが戦場に選んだのは、嘗てヴァルカンと死闘を演じた坑道前の広場だった。
派手な戦いを演じれば、坑道が崩れる恐れがある。
バルデルとの戦いは、それほど激しい戦いになると見越してのことだった。
「幾つか聞きたいことがあるけど、これだけは答えて。工場の人たちを皆殺しにしたのは、赤い星座?」
「態々そんなことを聞いてくると言うことは、わかってるんだろう? あれは俺たち≠フ仕事じゃない」
バルデルの話を聞き、納得した様子でフィーは頷く。元より〈赤い星座〉がやったとは考えていなかったからだ。
しかし、バルデルがその連中と繋がっていることは、ここで待ち伏せていたことからも明らかだった。
イリーナを追い掛けなかったのではなく、バルデルが待ち伏せていることを知っていて敢えて追わなかったのだとすれば、謎の襲撃者たちの行動も理解できるからだ。
「私からも一つ良いだろうか? 赤い星座の団長は死んだと聞いていたのだが……」
どうして生きているのか? と、ラウラは怪訝な表情で尋ねる。
普通に考えれば死者が蘇ったなどと思わない。生きていたと考えるのが自然だろう。
だがフィーは勿論のこと、あのリィンやシャーリィまでもがバルデルの死を確認しているのだ。
他にも多くの団員が、ルトガーとバルデルの決闘を目にしていた。
それだけの人間の眼を誤魔化し、実は生きていたなどと余りに考え難い。
なら、目の前にいる男はなんなのか?
少なくとも闘神≠ニ呼ばれるだけの力を持っていることくらいしか、ラウラには分からなかった。
「答える義理はないが〈暁の旅団〉の話は聞いてる。シャーリィも世話になっているみたいだしな。少しくらい良いだろ」
そう言って、ラウラの質問に答えるバルデル。
「簡単な話だ。バルデル・オルランドは一度死に蘇った。クソッタレな雇い主≠フお陰でな」
死んで蘇ったと話ながらも、まったくと言って良いほど感謝している様子はない。
それどころか『雇い主のお陰』と口にしつつも、バルデルの表情には嫌悪すら読み取れた。
恐らくはレオニダスに付き合い、態とゼノとイリーナを逃がしたのにも、その辺りの事情が関係しているのだろう。
もっと詳しく話を聞こうとするラウラだったが、
「これ以上、知りたければ俺を倒すことだ。猟兵なら欲しいものは戦って奪い取れ」
機先を制され、口にだしかけていた言葉を呑み込む。
ラウラは猟兵ではないが、バルデルの言っていることが理解できない訳では無かった。
どういう経緯があるにせよ、いまは敵同士だ。仲良く言葉を交わすような間柄でもない。
武人なら言葉ではなく剣で語れと言うのは、剣士のラウラにはしっくりと来るものだったからだ。
「こっちは二人だけど、卑怯とは言わないよね?」
「はッ! 誰にものを言ってやがる。軽く揉んでやるから掛かってこい」
「上等。いくよ、ラウラ」
「うむ」
その言葉を合図に飛び出すフィーとラウラ。
猟兵王と引き分けた最強の猟兵に、自分たちの力がどこまで通用するのか?
試してみたい。そんな気持ちが二人の表情からは窺える。
「良い面構えだ」
恐怖に震えるのではなく、自分に挑んでくる若者たちの勇気を称えるバルデル。
フィーとラウラの覚悟に応えるように、バルデルはハルバードを構え、正面から受けて立つのだった。
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