深き夜を思わせる黒い闘気と、永遠の象徴とされる黄金の闘気。
ピリピリとした緊迫した空気が、リィンとオーレリア――二人の間でせめぎ合う。
(……これが正真正銘、本気のオーレリア・ルグィンか)
以前、ローエングリン城で戦った時とは比較にならないと、リィンはオーレリアの能力を分析する。
リィンもあの頃と比較すれば強くなったという自信があるが、オーレリアの成長はそれ以上と言ってよかった。
一歩も動いていないように見えて二人の間では、同じレベルの達人にしか分からない読み合いが行なわれていた。
まったく隙が見当たらない。それどころか、迂闊に間合いへ踏み込めば一撃で斬り伏せられると錯覚するほどの剣気をリィンはオーレリアから感じ取る。
しかし、それはオーレリアも同じだった。鬼の力を全力解放したリィンの闘気は、オーレリアを上回っていたからだ。
剣術の腕では確かにオーレリアの方が上だが、総合的な力では五分と言っていい。しかも、まだリィンには先≠ェあるとオーレリアは見抜いていた。
だからこそ、オーレリアもリィンの間合いに踏み込むことが出来ず、攻めあぐねていた。
一瞬の隙を逃すまいと、相手の出方を窺う二人。そうした睨み合いが、かれこれ五分近く続いた、その時だった。
(このまま睨み合っていても勝負は付かないか。なら――)
隙がないのなら作るだけだと、最初に飛び出したのはリィンだった。
面白い、と口元に笑みを浮かべながら、オーレリアはそんなリィンを迎え撃つ。
スピードではリィンの方が上。しかし極限まで研ぎ澄まされたオーレリアの剣は、そうした身体能力の差を軽々と超える。
極限まで無駄を省き、神速の域へと達したオーレリアの斬撃がリィンに迫る。
しかし、
「――ッ!?」
間合いに入る直前で転身し、オーレリアに背中を向けるリィン。
リィンの奇怪な動きに目を瞠りながらも、斬撃を叩き付けるオーレリア。
しかし放たれた一撃は空を切り、まるで蜃気楼のようにリィンの姿が掻き消える。
「上か!」
気配を読み、すぐにリィンの居場所を特定するオーレリア。
幾ら優れた身体能力を持っていようと、空中に逃げたのでは自由に身動きを取ることは叶わない。
しかし、その程度のことはリィンも理解しているはずだ。なのに空中に逃げたと言うことは――
「一年前の再現か。よかろう、受けて立つ!」
リィンの狙いを読み、オーレリアは黄金の闘気を伯爵家に伝わる宝剣アーケディアに込める。
「王者の法」
それを合図に〈王者の法〉を解放するリィン。
黒い闘気に白い闘気が混じり合い灰色の光を帯びると、背に聖痕にも似た紋様が浮かび上がる。
恐らくは観客席に被害を及ぼさないために空へと跳び上がったのだと、オーレリアはリィンの行動を推察する。
「集束砲」
光を帯びると、リィンの手には巨大なライフル――集束砲が握られていた。
やはり、と口元に獰猛な笑みを浮かべるオーレリア。
あの時はリィンの集束砲に敗れたが、同じ結果に終わるつもりはなかった。そのために技を磨き、力を蓄えてきたのだ。
どのような攻撃であろうと斬れぬものはない、とオーレリアは剣の柄を握る手に力を込める。
「なッ!?」
――が、オーレリアはリィンの予期せぬ行動に目を瞠る。
地上に背中を向けると、砲身を下にではなく上に向けてリィンは集束砲を放ったのだ。
集束砲の反動を利用した加速で一気にオーレリアとの間合いを詰めるリィン。
「雷神の鎚」
「ぐッ――」
集束砲を更に変化させ、巨大な鎚を頭上からオーレリアに叩き付けるリィン。
タイミングを外され、虚を突かれたオーレリアだったが、それでもどうにか剣を合わせることでリィンの一撃を受け止める。
大気を震わせる雷鳴。衝撃で陥没する大地。ピシリ、という音を立て、オーレリアの剣にも僅かな亀裂が走る。
「な……ッ!」
かの鉄騎隊の副長が愛用したとされるアルゼイド家の宝剣〈ガランシャール〉にすら劣らぬ名剣。
二百五十年の間、ルグィン家に代々受け継がれてきた宝剣にヒビが入ったのだ。
オーレリアが瞠目するのも無理はない。
しかし、だからと言って――
「まだ、だ――ッ!」
この程度で負けを認める訳にはいかなかった。
一人の挑戦者として、この戦いにすべてを出し切ると誓ったからだ。
全身を奔る衝撃に耐えながら、オーレリアはリィンの剣を弾き返す。
まさか、渾身の一撃を力任せに弾き返されるとは思ってもいなかったのだろう。
空中で体勢を崩すリィン。その僅かな隙を見逃すオーレリアではなかった。
「王技――剣爛舞踏!」
オーレリアが剣を地面に突き刺した直後、無数の剣が大地に顕れ、リィンに襲い掛かる。
逃げ道を塞ぐように顕れた剣の幻影に驚きながらも、戦技〈オーバーロード〉を発動するリィン。
「蛇腹剣!」
オーレリアの剣爛舞踏は、ただの幻ではなく闘気によって実体を伴わせた連撃。
だが、教会の法剣にも似たリィンの蛇腹剣は、武器自体が意思を持っているかのように動く攻守一体型の武器だ。
リィンに近付く無数の剣を、螺旋を描きながら弾き返す。
数は厄介だが、一撃の威力はオーレリアが直接放つものより低い。
防御に徹すれば防ぎきれると判断するリィンだったが、
「甘い――覇王斬!」
剣の幻影に隠れ、間合いを詰めたオーレリアの斬撃が迫るのだった。
◆
同じ頃、軍施設内の司令官室で、オリエとマテウスは一進一退の攻防を繰り広げていた。
帝国最強と噂される剣士ヴィクター・アルゼイドとも互角の腕を持つと言われるヴァンダール流最強の剣士。
ヴァンダール家の当主にして、総師範。雷神、マテウス・ヴァンダールの強さは噂に違わぬものと言っていい。
その巨体から繰り出される剛剣は鋭く、一分の隙も見当たらないほどに洗練されていた。
だが、オリエも決して負けてはいなかった。
「さすがだな」
「あなたこそ」
ヴァンダールの風御前。武芸百般を体現する才能は、かの〈槍の聖女〉に匹敵するほどと言ってもいい。
実力もマテウスやヴィクターと言った最高峰の剣士に劣るものではなく、技術だけならヴァンダール随一と言って良いほどの腕を持っていた。
劣っている点があるとすれば、それはクルトと同じように持って生まれた力の差。闘気の量が少ないと言うことだ。
様々な武器を扱える彼女がヴァンダール流のなかで剛剣術ではなく双剣を選んだのは、それが理由と言ってもよかった。
純粋な力比べをするなら、オリエに勝ち目はない。一撃の威力では圧倒的にマテウスの方が上だからだ。
しかし、
「ぬ……」
更にスピードを上げ、息を吐く間もない連撃を叩き込んでくるオリエの猛攻を前にマテウスの表情が歪む。
リィンがオリエから技を盗んだように、オリエもリィンを相手に格上≠ニの戦い方を学んでいた。
すべては、この日のため――マテウスを止めるには、力の差を埋める技≠ェ必要だと感じていたからだ。
マテウスは確かに強い。しかし、リィンと比べて圧倒的な差があると言う訳ではない。
むしろ、闘気の量や肉体的なスペックはリィンの方が上だろうと、オリエは冷静にマテウスの力を見定めていた。
ならば、通用しないはずがない。リィンとの戦いで完成へと至った双剣術の奥義。
「絶技――天眼無双!」
双剣術は剛剣術と違い、一撃の破壊力に重きを置いた技ではない。
東方の武術に『柔よく剛を制する』という言葉があるように、剛を制す速さを追及した剣。
そして、ヴァンダールの双剣における速さ≠ニは、先の先を取ることだ。
マテウスの斬撃が放たれるよりも速く、まるで動きを予測していたかのようにオリエは最小の動きで技を放つ。
しかし、
「天技――梵我一剣」
マテウスの身体を十字に斬り裂いたかと思われた、その時――
逆に宙を舞ったのは、オリエの身体だった。
◆
「ぐっ……」
渾身の一撃を返され、悲痛な表情でオリエは床に蹲る。
オリエの一撃はマテウスの斬撃よりも速く、身体に到達していたはずだった。
しかし、倒されたのはオリエの方だった。
「どうして、と言いたげな顔だな。お前の技が届いていなかった訳ではない」
そう話すマテウスの胸には、十文字の傷が刻まれていた。
しかし、僅かに衣服と皮膚を傷つけただけで、彼の分厚い筋肉を斬り裂くには至っていなかった。
マテウスの全身を覆う黒い闘気。それが鎧のような役割を果たし、攻撃を防いだのだとオリエは察する。
それに――
「傷が塞がっていく……」
傷だけではない。まるで時間を巻き戻すかのように切り裂かれた衣服さえも元へ戻っていくマテウスを見て、オリエは目を瞠る。
異常な何かにマテウスが取り憑かれていることには、オリエも気付いていた。
それでも、まさかこれほど≠ニは思っていなかったのだ。
「これで理解≠オただろう。……立ち去るがいい」
「――! どういうつもりですか!?」
トドメを刺すのではなく剣を鞘に収めるマテウスにオリエは声を張り上げる。
刺し違えてもマテウスを止めるつもりで、この場へやってきたのだ。
今更、後になど引けるはずもない。
マテウス・ヴァンダールの妻として、武人として、情けをかけられるつもりはなかった。
だが、
「お前が為すべきことは他にある。少なくとも、ここで死ぬ≠アとではないはずだ」
「それは……」
「道場と息子たちのことを、よろしく頼む」
そんな風に言われては、何も言い返せない。
救いがあるとすれば、心まで呪い≠ノ侵されている訳では無いと分かったことだろう。
マテウスには何かしら考えがあって、バラッド候の下についたのだとオリエは考える。
それが何かを聞いたところで、素直に教えてはくれないだろうとも理解していた。
オリエが愛したマテウス・ヴァンダールという男は、そういう男だと知っているからだ。
「タイムリミットのようです。こちらに数名の兵士が向かっています」
結界があるので気付かれたと言うことはないだろうが、恐らく外の戦い≠煬着がついたのだろうとエマは考える。
ならば、これ以上の長居は無用だった。
「傷の手当ては後ほど。転位≠ナ脱出します」
そう言って、杖を掲げると転位陣を発動するエマ。
不思議な術に驚きながらも、オリエは背中を向けたまま振り返らないマテウスをじっと見詰める。
もしかしたら、これが最後の別れになるかもしれない。
そんな予感を覚えながら、オリエは光の中で意識を手放すのだった。
◆
「な――」
目を瞠るオーレリア。
無理もない。確実に捉えたと思われた一撃。
すべての闘気を乗せた渾身の一撃を武器すら用いず、リィンに片手≠ナ受け止められたのだ。
「驚いた。まさか、ここまで追い詰められるなんてな」
オーレリアの剣を素手で掴みながら、リィンは全身から太陽の如き黄金の炎≠放出する。
「出来れば人≠フままで勝ちたかったが、そうもいかないみたいだ」
髪が伸び、全身に炎を纏うリィンを見て、驚愕するオーレリア。
まだリィンには先≠ェあることにオーレリアは気付いていた。
しかし、よもやこれほど≠ニは――と驚愕する。
――精霊化。ベルがメルクリウスと名付けたリィンの力。
理の地平。根源へと至る〈王者の法〉の真髄。
本当なら、ここまで力を解放するつもりはなかったのだ。
そもそも、この力は――人の戦いで用いるべきものではないと、リィンは自分を戒めていた。
だから、
「認めよう。お前は間違いなく人類最強≠セ」
この力をださせた時点で、少なくとも賭け≠ヘオーレリアの勝ちだとリィンは認める。
しかし、試合の勝敗まで譲るつもりはなかった。
「死ぬなよ?」
「――ッ!?」
リィンが腕を振り上げた瞬間、炎の柱が地面から噴きだし、オーレリアに襲い掛かる。
為す術なく黄金の炎に呑まれ、宙を舞うオーレリア。
身体だけでなく意識さえも炎に呑まれていくのを感じながら、
(……これが、最強――猟兵王リィン・クラウゼルか)
オーレリアは蒼天に輝く太陽≠目にする。
そして、
「黄金の剣」
自身に振り下ろされる黄金の剣≠瞳に刻みながら、オーレリアの意識は闇に沈むのだった。
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