「結局なんだったんだ? こいつは――」

 四肢を破壊され、完全に動きを停止した新型の機甲兵と思しき機体を見上げながらリィンは首を傾げる。
 弱くはない。並の機甲兵と比べれば、パワーやスピードは断然上と見て良いだろう。
 しかし、リィンとオーレリアの二人を相手にして敵うはずもなく結果はこの有様だ。
 仮に消耗しているところを襲えば倒せると思っていたのなら、甘い考えとしか言いようがなかった。

「分からないなら知っている者に話を聞けばいい」

 そう言って、胸元のコクピットへ視線を向けるオーレリア。
 操縦者を引っ張りだして話を聞くつもりでいるのだろう。
 確かに情報を得るのなら、それが一番手っ取り早い方法だとリィンも同意する。
 しかし、

「そうしたいところだが、追加のお客さん≠セ」
「……あの紋章。第一機甲師団か」

 戦闘が終わるのを見計らっていたかのように、タイミング良く現れた正規軍をリィンとオーレリアは訝しむ。
 戦車の装甲や機甲兵の胸元に刻まれた剣と盾の紋章。
 それはマテウス・ヴァンダールが司令官を務める第一機甲師団の紋章だった。

「これは、どういうつもりだ?」

 第一機甲師団の前に立ち、そう尋ねるオーレリア。
 そんな彼女に向かって、一斉に銃を構える兵士たち。
 一触即発と言った緊迫した空気が両者の間に張り詰める。

「第一機甲師団所属、エルーガン中佐だ。そこの機体とパイロットの身柄は、こちらで預からせて貰う」

 そんななか身分を明かすと、中佐を名乗る男は機体とパイロットの身柄引き渡しをオーレリアに迫る。
 有無を言わせない高圧的な態度からも、理由を話すつもりすらないのだろう。
 ここで拒否すれば、間違いなく戦闘に発展する。
 相手もそのつもりで戦車や機甲兵を持ちだしてきていることは明白だった。

(さて、どうしたものか)

 恐らくは余計な情報を与えたくはないのだろうと、第一機甲師団の目的をオーレリアは察する。
 それは即ち、彼等がこの機体のことを知っているという証明でもだった。

「好きにしろ」
「……よいのか?」

 自分たちに襲い掛かってきた機体が尋常なものではないことに、オーレリアは気付いていた。
 それはリィンも同じだろう。なのに見返りもなく軍の求めに応じるとは思ってもいなかったのだ。
 いつものリィンであれば、なんらかの譲歩を求めているところだ。
 それだけにリィンの言葉を訝しみ、オーレリアは確認するように尋ねる。

「構わない。大方の察しは付くしな」

 尋問するまでもなく、こんな機体を作れるのは〈結社〉を除けば〈黒の工房〉を置いて他にない。
 第一機甲師団が〈黒の工房〉と繋がっていると確信を持てただけでも、いまは十分だとリィンは考える。
 それにまだ=\―ここで帝国軍と事を構えるつもりはなかった。

「それに猟兵には猟兵の流儀≠ェある」

 借りは戦場で返す、とリィンはオーレリアの疑問に答えるのだった。


  ◆


「その様子だと、こっぴどくやられたみたいだな」

 右腕に巻かれた三角巾を見て、何があったのかを察した様子でオリエに声をかけるリィン。

「はい。彼女のお陰で無事に逃げることは出来ましたが……」

 目的を遂げることは出来なかった、と隣のエマに視線を向けながら答えるオリエ。
 オリエは強いが、マテウスもヴィクターと同格と噂される剣士だ。一筋縄に行く相手ではない。
 元より成功の確率は低いと思っていただけに、特に驚いた様子はなくリィンは「そうか」と一言答える。
 しかし、

(予想はしていたとはいえ、面倒なことになったな)

 オリエの説得にも応じないのであれば、赤の他人の言葉に耳を貸すとは思えない。
 だとすれば、以前オリエに言ったようにマテウスを止めるには殺す≠オかない。
 最悪の覚悟をしておく必要はあるかと、リィンは考えていた。

「リィンさん、少しよろしいですか?」

 オリエと話をしているとアルフィンに声をかけられ、リィンはテントの外へでる。
 街の広場には仮設のテントが設けられ、逃げる途中で怪我をした人々が集められていた。
 周りを見渡せば、テキパキと隊員に指示をだしながら動くノエルやミレイユの他、怪我人の治療を手伝うエリゼの姿も確認できる。
 そんななか――

「オリヴァルトが怪我をした?」

 アルフィンからオリヴァルトが怪我をしたと聞かされて、リィンは少し驚いた様子を見せる。

「幸い、軽い怪我で命に別状はないそうです。子爵閣下が賊を追い払ってくださったようで……」

 アルフィンの話に、なるほどと納得した様子でリィンは頷く。
 ヴィクターが帝都へ向かったことは、定時連絡でフィーから話を聞いてリィンも知っていたからだ。
 オリヴァルトのことだ。こうしたことを予見して布石を打っておいたのだろうと察する。

「これから、すぐに城へ向かうのか?」
「そのつもりです。ですから、リィンさんに付いてきて頂けないかと」
「は? なんで、俺が――」

 アルフィンは分かるが、どうして自分がオリヴァルトの見舞いに行かないといけないのかと首を傾げるリィン。
 そんなリィンの反応は予想していたのか、アルフィンは苦笑を浮かべながら理由を話す。

「リィンさんに話しておきたいことがあるそうです」
「……俺に?」

 訝しげな表情で確認するリィンに、アルフィンは頷く。そんなアルフィンの話に、微妙な表情を見せるリィン。
 オリヴァルトから話があると言う時は大抵の場合、面倒事を押しつけられる時だと知っているからだ。
 とはいえ、オリヴァルトを狙ったという襲撃者の情報も得ておきたい。
 どうしたものかと考えていると、

「兄様。ここは私たちが見ていますから、姫様のことをお願い出来ませんか?」

 話に割って入ったエリゼに頼まれて、仕方がないと言った様子でリィンは頷くのだった。


  ◆


「エリゼの頼みなら素直に聞くのですね」
「日頃の行いの差だ」

 ちょっと拗ねた様子で話すアルフィンに「日頃の行いの差だ」と答えるリィン。
 傍から見れば、カップルがいちゃついているように見えなくもないやり取りを、ニコニコと笑顔で見守る男がいた。

「相変わらず、二人は仲が良いね。兄としては複雑な気分ではあるけど、リィンくんが相手なら祝福するよ。それで挙式≠ヘ、いつ開くんだい?」

 アルフィンの兄、オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。
 一応、足にギプスを巻いてはいるが、いつもと変わらないオリヴァルトの態度に呆れ、リィンは話を聞き流しながら尋ねる。

「怪我をしたと言う話だったが、元気そうじゃないか」
「ハハハ――どうにかね。僕の悪運は、まだ尽きてはいないようだ」

 元気なオリヴァルトを見て、こんなことだと思ったとリィンは溜め息を漏らす。
 とはいえ、無傷とは行かなかったようで、右足下腿部の骨折で満足に動き回ることは出来ない状態にあった。

「申し訳ない。護衛を引き受けておきながら宰相閣下に怪我を負わせるなど……己が不明を恥じるばかりだ」
「子爵閣下の責任ではありませんわ。むしろ頭を下げるのは、こちらの方です」
「アルフィンの言うとおりだ。子爵閣下がいなかったら、この程度の怪我では済んでいなかった。どうか気にしないで欲しい」

 申し訳なさそうに謝罪するヴィクターの頭を、アルフィンとオリヴァルトは慌てて上げさせる。
 新年の祝賀祭で、バルフレイム宮殿の警備が手薄になっているところを狙った犯行だった。
 特にセドリックが御前試合を観戦するとあって、試合会場の周辺に警備の大半を集中させていたのだ。
 ヴィクターの助けがなければ、この程度の怪我では済まなかった可能性が高い。
 いや、それどころか命を落としていても不思議ではなかったと、オリヴァルトは振り返る。

「……そう言えば、ミュラーはどうしたんだ?」
「ちょっとしたお使い≠頼んでいてね。そのこともあって、子爵閣下を帝都へ招いていたんだ」

 この場にミュラーがいないことを疑問に思ったリィンが尋ねると、オリヴァルトはそう答える。
 状況から推察すると、ミュラーがオリヴァルトの傍を離れているタイミングを狙ったとも考えられる。
 いや、

「オリヴァルト。お前、自分を餌≠ノしたな?」

 御前試合を仕込んだのはオリヴァルトだ。
 ヴィクターを帝都へ招いていたことからも、襲撃があることを予想していなかったとは考え難い。
 なのにミュラーをこのタイミングで何処かへ使いにだしたと言うことは、考えられる答えは一つしかなかった。
 敢えて隙を作ることで誘った≠フだ。恐らくは、敵の正体≠見極めるために――

「はあ……また、危険なことを……」

 オリヴァルトの狙いを察し、アルフィンも呆れた様子で溜め息を吐く。
 自分の身を危険に晒して敵を罠にかけるなど、一国の宰相が取る行動ではない。
 恐らくは、ミュラーにも相談をしていなかったのだろうとアルフィンは察する。
 知っていれば、こんな無謀な作戦にミュラーが手を貸すとは思えないからだ。

「で? その成果はあったのか?」
「ああ、勿論。詳しくは後で説明するけど、襲撃者を一人、捕らえることに成功した」

 へえ、と感心した様子でリィンは声を漏らす。
 確かに危険な行為と言えるが、成果としては上々と言えるだろう。

「俺をここへ呼んだのも、それが理由か?」

 そんなリィンの質問にオリヴァルトは頷き返す。

「情報を共有しておきたくてね。キミも狙われたんだろ?」
「ああ、新型と思しき機甲兵にな。機体とパイロットは第一機甲師団に回収されたが」
「報告は受けている。その件も含めて、いま調査させているところだ。じきに情報が上がってくると思うが……」

 自分の知らないところで新型の機甲兵が開発されていたことに、オリヴァルトは懸念を抱いていた。
 恐らくは背後に例の第五開発部や、貴族派が絡んでいることは間違いない。
 だからこそ、この件に関しては徹底的に追及するつもりで、情報局に調査を命じていた。
 第一機甲師団とて、帝国正規軍の一部だ。政府からの要請には応じる義務がある。
 少なくともリィンとオーレリアを襲った機体に関しての情報は手に入るだろうと、オリヴァルトは見ていた。

「それと、もう一つ。情報というか、頼みがあってね。こちらが本題と言ってもいい」

 改まってそう話すオリヴァルトに嫌な予感を覚えながらも「なんだ?」とリィンは尋ねる。

「アルスターが襲撃を受けた」
「……何?」
「そして、襲撃した者たちは紫の装備≠身に付けていたらしい」

 アルスターが紫の猟兵≠ノ襲撃を受けたと聞いて、リィンは驚く。それはアルフィンも同様だった。
 アルスターと言えば、オリヴァルトが母親と幼少期を過した思い出の町でもあるからだ。

「大丈夫なのですか? まさか、ハーメルのように……」
「死傷者はでているとの話だが、全滅は免れたらしい。近くを通り掛かった遊撃士の助力もあってね」

 ハーメルのように全滅は免れたと聞いて、ほっと安堵の息を吐くアルフィン。
 しかし、それでも死傷者がでていることに変わりは無い。
 生き残った人々やオリヴァルトの気持ちを考えると、複雑な思いをアルフィンは抱く。
 そんな重い空気が漂う中――

「帝国政府は、北の猟兵の仕業≠セと疑ってるのか?」

 オリヴァルトにそう尋ねるリィン。

「いまのところは限りなく黒≠ノ近いと政府は考えている」

 当然だな、とオリヴァルトの話にリィンは納得する。
 アルスターは北の国境に位置する辺境の町だ。ノーザンブリアに一番近い町でもある。
 一連の事件と結びつけて、北の猟兵の仕業を疑うのは当然だった。
 だとすれば、オリヴァルトの話≠ニ言うのも、ある程度の予想が付く。

「その上で、頼みがある。アルスターの住民の保護を頼みたい」

 やはり面倒事だったか、とリィンは溜め息を漏らすのだった。



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