「まさか御主、最初から妾が視て≠「たことに気付いていて……」

 自分が誘き出されたと気付いて、ローゼリアは驚きの表情を見せる。
 気配で察知されるのを恐れて、敢えて〈遠見〉の魔術で観察していたのだ。
 まさか、それすらも見抜かれるとは思っていなかったのだろう。

「俺の勘≠ェ良いのは知ってるだろう」
「だからと言って非常識過ぎるじゃろ!?」
「気付いていたのは俺だけじゃないぞ」
「な――」

 驚いた様子で視線を向けてくるローゼリアに、苦笑を返すミュゼ。
 リィンのようにローゼリアの視線に気付いていた訳では無いが、ミュゼは話の流れからなんとなく察していた。
 ただ頭が良いという話では済まない。一を聞いて十を知る。
 断片的な情報からも未来を予測するミュゼの力は、一種の異能とも言えるものだ。
 正直なところミュゼの能力は、ローゼリアから見ても異常≠フ一言だった。

「ここにきて、アルノールの血が極まったみたいじゃの」

 カイエン公爵家は、偽帝オルトロスの血を引く一族だ。
 それは即ち、ミュゼのなかにもアルフィンと同じアルノールの血が流れていると言うことでもあった。

「アルノールの血ですか……」
「魔女と地精どちらにも属さず、調停者としての役割を負ってきた一族じゃからの」

 特異な力に目覚めたとしても不思議な話ではない、とローゼリアは語る。
 魔女と地精。そのどちらにも属さず、調停者として奉り上げられたのがアルノール皇家の始祖だ。
 恐らくはアルノールの血に流れる調停者≠ニしての力が色濃く出たのだろうとローゼリアは考えていた。

「ああ、それでか」

 以前ミュゼが、ヴィータから教わったという香水を用いた暗示を使ったことをリィンは思い出す。
 教わったからと言って魔女の秘術は、誰にでも使えるようなものではない。
 そう言う意味で、ミュゼに魔女の資質があるのは間違いない。
 ベルの話によると魔女と地精の祖先は女神に誘われて、この世界へと移住してきた異世界人だという話だった。
 だとすれば、アルノール皇家の人間にも異世界人の血が流れていると言うことだ。

「もっとも、使える魔術も触媒を使った簡単なものに限られるじゃろうがな」

 才能は確かにあるが、魔術が使えるのと魔女になれるのとでは大きく意味が異なる。
 あくまでミュゼに使える魔術は、触媒を用いたものに限られるというのがローゼリアの見立てだった。
 触媒なしに魔術を行使できるほどの魔力がミュゼにはないからだ。

「そうですか。残念ですが仕方がありませんね」
「……そういう割りには、余り残念そうではないな」
「お姉様から、それとなく話は聞いていたので」

 ミュゼが話すお姉様と言うのがヴィータのことだと察して、ローゼリアは溜め息を吐く。
 類は友を呼ぶと言うが、リィンといい、ミュゼといい、一癖も二癖もあると感じてのことだった。

「お前も人のことは言えないからな」
「ぐぬぬ……」

 どちらかというと、お前もこちら側だとリィンに言われて、ローゼリアは唸る。
 しかし、言い返せる立場にないことは彼女も自覚していた。
 ローゼリア自身もそうだが、彼女の知り合いも特異な人間が多いからだ。

「そんな顔をしても無駄だ。それよりも覗き見してたことをエマにバラされたくなかったら、黙って俺たちに協力しろ」
「鬼か、御主!?」

 容赦なく脅迫してくるリィンに、涙目で抗議するローゼリア。
 傍から見れば、良い歳の大人が子供を虐めているように見えなくもないが、だからと言ってリィンは甘い顔をするつもりはなかった。

「知っていることをすべて¢ナち明けていれば、俺だってこんな真似はしなくて済むんだがな」
「……な、なんのことじゃ?」
「白を切るつもりなら、別にそれでもいい。その場合、俺は勝手≠ノやらせてもらう」
「なっ……」

 冗談――とは思えなかった。
 それだけの力があると、オーレリアとの戦いでリィンは示して見せたからだ。
 正直なところリィンの力は、ローゼリアの予想を大きく超えていた。
 あれほどの力があるのだ。周囲の思惑など無視して、強引に解決することも不可能ではないだろう。
 しかし、そうするとローゼリアは自身の目的≠果たせなくなる。
 リィンが本気だと悟ったローゼリアは――

「……分かった。妾の知っていることを、すべて話そう」

 観念した様子で、そう答えるのだった。


  ◆


「とはいえ、妾が知っておることは、ほとんど以前に話した通りじゃ。地精どもの企みまでは妾にも分からぬ」
「確か、ヴァリマールの力を欲しているという話だったな」
「うむ。不完全ながらも〈灰の騎神〉は〈巨イナル一〉の力を制御して見せた。そこに地精が目を付けるのは納得の行く話じゃ」

 人の手ではコントロール不可能と思われていた力を制御できる可能性が出て来たのだ。
 黒の工房がヴァリマールを欲する理由は理解できる。しかし、

「じゃが、騎神だけを手に入れても意味はない。起動者あっての騎神じゃからの」

 ヴァリマールを手に入れたところで、巨イナル一を制御することは出来ない。
 ローゼリアの言うように、起動者と騎神は二つで一つ。決して切り離せるものではないからだ。

「そう言う意味では、アルベリヒが仲間に誘ってきた事情も理解は出来るんだが……」
「地精の長に誘われたじゃと?」
「ああ、ギリアスに代わって〈黒の工房〉を率いるつもりはないかとな」

 起動者の協力を得られれば、自然と騎神の力も手に入る。
 しかし、だとすると余計に腑に落ちないことがある。
 どうしてアルベリヒは、最初からその話をリィンに持って来なかったのかと言うことだ。
 アルフィンとの関係を考えれば、バラッド候と手を組めばリィンを敵に回す可能性が高いことは少し考えれば分かりそうなものだからだ。
 やっていることが矛盾しているとリィンは話す。

「切り離して考えるべきなのかもしれん」
「……どういうことだ?」
「勧誘の件と戦争は繋がっているように見えて、別の思惑が隠されていると言うことです」

 リィンを仲間に引き込むのが一番リスクの少ない方法だと考えたことは間違いないだろう。
 しかし、それとノーザンブリアとの戦争は別の問題。
 戦争そのものに意味があるのではないか、とミュゼは話す。

「依頼された仕事だから……って、線は薄そうだな」

 猟兵なら契約を遵守するのは分かるが、アルベリヒは約束を律儀に守るような男には見えない。
 むしろ、バラッド候は上手く乗せられて利用されているだけだと考える方が自然だった。
 だが、そうすると益々分からない。ノーザンブリアは経済的に貧しく、作物も満足に育たない土地とあって毎年のように多くの餓死者をだしている自治州だ。こう言ってはなんだが、戦争をしてまで手に入れるほどの価値があるとは思えない。先の内戦の件がなければ、貴族たちもノーザンブリアとの開戦を望んだりはしなかっただろう。
 ただ大義名分が立てやすく、戦争をすれば確実に勝てる相手を選んだと言うだけに過ぎなかった。
 しかし、それは貴族たちの都合でしかない。戦争を望む理由が〈黒の工房〉には見当たらないのだ。

「戦争そのものに意味があるか」
「まさか……」
「何か心当たりがあるのか?」
「……あくまで想像の範囲じゃがな。煌魔城の件は覚えておるな?」

 そうローゼリアに尋ねられ、リィンは「ああ」と一言頷く。
 並行世界へ跳ばされ、シャーリィが〈緋の騎神〉の起動者となり、ノルンが仲間に加わる切っ掛けともなった異変だ。
 当然、忘れるはずもなかった。

「先の内戦は〈紅き終焉の魔王〉を復活させるために仕組まれた。それは、どうしてじゃと思う?」
「……バルフレイム宮殿を占拠するのに、クーデターを引き起こす必要があったからじゃないのか?」
「それもあるじゃろう。だが一番の理由は煌魔城を復活させる条件として、帝国の地を闘争≠ナ満たす必要があったからじゃ」

 まさか、煌魔城の復活にそんな条件があるとは知らなかったリィンは、ローゼリアの話に驚かされる。
 そして、ふとリィンの頭に過ぎったのは、以前ローゼリアに聞かされた話だった。

「呪いか」

 人の負の感情を刺激することで、呪いは活性化する。
 そのためにギリアスは敢えて強引な政策を推し進め、反発を煽るような行動を取ってきたとローゼリアに聞かされたのだ。
 四ヶ月前に起きた事件もそうだ。巨神を復活させるのに必要な条件を満たすために、ギリアスはグノーシスをばらまいた。
 もし、同じことを〈黒の工房〉が目論んでいるとすれば――

「この地を闘争で満たすことで、再び巨神を復活させようと企んでおるのやもしれぬ」
「そんなことが可能なのか?」
「分からぬ。だが、仮に巨神が復活したとして、ヌシはどうする?」

 当然のことだが、黙って滅びを待つような大人しい性格をリィンはしていない。
 巨神が再び復活すると言うのであれば、また戦うだけだとリィンは答えるだろう。

「ああ、そういうことか」

 仲間に引き込めずとも巨神が復活すれば、リィンは嫌でも戦場に出ざるを得ない。
 黒の工房の――アルベリヒの目的が、ようやく見えてきた気がした。
 しかし、それだけなら四ヶ月前と同じだ。
 苦労をして復活をさせたところで倒されてしまえば意味は――

「もしかして、倒されることに意味があるのでは?」

 そう話すミュゼに、その発想はなかったとリィンは目を瞠る。
 確かにそう考えれば、

「千二百年前の再現をしようとしているってことか」
「恐らくは、そうじゃろう。焔の力を宿した騎神と、大地の力を得た巨神を競わせることが、地精の狙いなのだとしたら――」

 不自然な〈黒の工房〉の動きにもある程度の説明は付く。
 千二百年前のように至宝の力を衝突させることで、相克の再現を試みようとしているのではないかと推察できるからだ。
 それならば、この次元に〈巨イナル一〉を再び顕現させることも可能かもしれない。
 しかし、

「なら、どうして前に戦った時は相克≠ェ起きなかったんだ?」

 当然の疑問をリィンは口にする。
 仮に〈黒の工房〉の目的が千二百年前の再現であるなら、既にそれは四ヶ月前に答えが出ているはずだ。
 覚醒したヴァリマールによって巨神は倒された。
 ローゼリアの話が確かなら、その時点で〈巨イナル一〉が復活していてもおかしくはない。

「いえ……そもそも前提が間違っている。すべて計画通りだったのだとしたら?」
「巨神が倒され、計画は次の段階へと移った……失敗ではなく成功しておったと言うことか!?」

 その可能性は考えてもいなかったのだろう。ローゼリアは驚きの声を上げる。
 だがそれならば、このタイミングでアルベリヒが直接動きだした理由にも納得が行く。
 既に〈巨イナル一〉へと手を伸ばせば届く位置まで、計画が進行していると言うことだ。

「ん? ちょっと待て。仮に成功していたのだとすれば――」

 いまのヴァリマールは――と、リィンは嫌な予感を覚える。
 仮に儀式が成功していたとするなら、ヴァリマールは巨神の力を吸収したと言うことになる。

「アイツ等がヴァリマールを手に入れようとしているのは、もしかして……」
「恐らくは想像しておる通りじゃろう。というか、ヌシ……身体は大丈夫なのか?」
「どういうことだ?」
「巨イナル一が呪いに侵されているという話はしたじゃろう。不完全とはいえ、その力を取り込んだと言うことは……」

 ヴァリマールも嘗ての〈緋の騎神〉のように、呪いに侵されている可能性が高いと言うことだ。
 特にこれと言った異常は感じないと話すリィンを見て、ローゼリアは信じられないと言った表情を見せる。

「聖獣をも蝕む呪いを受けて、なんの影響も受けておらぬじゃと? そんなことが……」

 そもそもヴァリマールが巨神の力を吸収したという可能性にローゼリアが行き着かなかったのは、呪いの件があったからだった。
 仮に相克が果たされ、ヴァリマールが巨神の力を取り込んだのだとすれば、起動者に影響がでないはずがないからだ。
 しかし、リィンを見る限りでは強がっているようには見えない。これなら、むしろ失敗していたと考える方が自然だ。
 だが、仮に失敗していたのなら〈黒の工房〉の動きには説明が付かない。

「たぶん一番驚いているのは、彼等の方ではないかと……」

 ローゼリアの驚きからも、この状況を地精たちが予見していたとは考え難い。
 一番戸惑ったのは計画を立案した者たちの方だろうとミュゼは考える。
 それなら、まるで何かを密かに試しているかのような――地精の不可解な動きにも説明が付くと考えたからだ。

「……二人揃って、なんだ?」
「いえ、さすがにこれは私も予想外と言うか……」
「まさか、黒に同情する日がくるとは思ってもおらなんだ……」

 なんとも言えない複雑な表情をミュゼとローゼリアから向けられ、納得が行かないとリィンは溜め息を溢すのだった。



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