「さてと……」

 ゾア=ギルスティンが完全にヴァリマールに吸収されたのを確認して、リィンは〝残された剣〟に近付く。
 ゾア=ギルスティンがヴァリマールに吸収されても剣だけ残ったのは、この剣が騎神とは来歴が異なるからだろう。
 ――根源たる虚無の剣。ダーナはこの剣のことを〝想念の剣〟と呼んでいた。
 想念とは、人の想いが織り成す魂の力のことだ。
 だとすれば――

「アルティナ、聞こえているなら返事をしろ」

 この状態でも意思疎通は可能なのではないかと考え、リィンは剣に問い掛ける。
 剣に取り込まれたと言っても、アルティナは死んだ訳ではない。生きたまま吸収されたのだ。
 なら、解放する手が必ずあるはずだとリィンは考えていた。

「……反応なしか」

 とはいえ、どうしたものかと首を傾げる。
 不思議な力を持っていると言っても、リィンは猟兵だ。
 エマのように魔術を学んでいる訳ではないし、アリサみたいな科学者でもない。 
 剣に取り込まれた人間を元に戻すなんて真似が出来るはずもなかった。
 となれば――

「ダーナ、聞こえているか?」

 餅は餅屋とばかりに、リィンはダーナの名を呼ぶ。
 戦闘中に話し掛けてきたことからも、まだ見ている可能性が高いと思ったからだ。
 しかし、

「……こっちも反応なしか」

 ダーナの反応がないことから何かがあったのだとリィンは察する。
 とはいえ、大凡の予想はついていた。
 恐らくは、要塞の外でもまた〝戦い〟が始まったのだと――
 死者の軍勢が相手では、いまのノーザンブリアの戦力だけで食い止めるのは難しいだろう。
 ヴァルカンたちだけでなく、ダーナやネストールも力を貸しているのだと想像は付く。
 先程ゾア=ギルスティンとの戦闘を終えたばかりではあるが、余力がない訳ではない。
 自分も助けに行くべきかと考え、リィンがどこへ向かうかを考えていた、その時だった。

『さすがだね。リィン』

 若い女の声が聞こえてきたのは――
 通信越しに聞こえてくる声の正体が誰かなど、敢えて尋ねる必要などなかった。

「随分と遅いお目覚めだな――シャーリィ」

 赤い星座の副団長シグムント・オルランドの娘にして、リィンに次ぐ実力を持つ〈暁の旅団〉の団員の一人。
 ――紅の鬼神、シャーリィ・オルランド。そして、彼女は〈緋の騎神(テスタロッサ)〉の起動者でもあった。
 緋の騎神を乗っ取ろうとしたイシュメルガを逆に吸収したと言うことまでは分かっている。
 それで深い眠りについていたはずだが――

「目が覚めたってことは、イシュメルガの力を完全に取り込んだのか?」

 目が覚めたと言うことは〝同化〟が終わったと言うことだと、リィンは解釈する。
 実際こうして対峙していても〈緋の騎神(テスタロッサ)〉から感じ取れる力は以前の比ではなかった。
 ヴァリマールと同じように〝進化〟が完了したのだと確信させる。
 イシュメルガを取り込むことで魔王の因子がより活性化され、存在感が増した。
 そんな感覚をリィンは〈緋の騎神(テスタロッサ)〉から感じ取っていた。

『まあね。随分と悪足掻きをしていたけど、いまはほら――』

 ゾア=ギルスティンの白銀の剣とは対照的な――禍々しい存在感を放つ黒い剣をテスタロッサは召喚する。 
 それが、イシュメルガの本体であることはリィンも分かっているが、問題はそこではなかった。

「……そういうことか。ただ吸収するのではなく〝屈服〟させたんだな」

 自分がアルグレスにしたことと同じことをシャーリィもやったのだと、リィンは確信する。
 ――眷属化。いや、シャーリィのこれは〝隷属化〟と言った方が正しいだろう。
 イシュメルガの意志を自らの力で抑え込み、下僕としたのだ。
 並大抵の精神力で出来ることではないが、シャーリィは普通の人間ではない。
 魔王の力を取り込んでも狂うことなく自我を保てるほどの精神力を有しているのだ。
 いや、違う。元から狂っているからこそ、狂気に対する相性が人並み外れて高いのだろうとリィンは見ていた。
 そのため、シャーリィの精神力は既に怪物の領域に達していた。それが、力も手にしたとなると――

(身内から〝ラスボス〟が生まれるとはな……)

 イシュメルガどころか、ゾア=ギルスティンも超える〝怪物〟が誕生したのだとリィンは察する。
 紅き終焉の魔王はその名の通り、魔王の一柱だ。
 これまでは騎神という依り代を通じて、力の一部を顕現させていたに過ぎない。
 本来の力は〝こんなものではない〟と、リィンには分かっていた。
 だとすれば、いまの〈緋の騎神(テスタロッサ)〉は恐らく――

(……魔王そのものと言っていいのかもしれないな)

 魔王そのものに進化したのだと、リィンは推察する。
 現世に甦った魔王。この話だけを聞けば、教会から外法認定を受けたとしても不思議ではない。
 普通の騎神であれば〝強力なアーティファクト〟という扱いで済むが、魔王となれば話は別だ。
 外なる世界からやってきた異形――悪魔を調伏するのも彼等、教会が自らに課した使命の一つであるからだ。

「それで、どうするつもりだ?」
『そんなの言わなくても分かってるよね?』
「だよな……」

 もう戦いは終わったのだ。戦闘の意志がないなら殺気を纏う必要などない。
 しかし、戦いたくて仕方がないと言った様子が、いまのシャーリィからは感じ取れた。
 新しく手にした力を試したくて、うずうずしていると言ったところだろう。
 何よりシャーリィの一番の目的は、リィンを超えることなのだ。
 本気でリィンと戦える機会などそうないことを考えると、このチャンスを逃すとは思えなかった。

「お前、いまの状況を分かってるのか?」

 とはいえ、要塞の外では今も戦いが続いている。
 シャーリィの相手をしている時間が惜しいと言うのが、リィンの本音だった。

『知ってるよ。眠っていても話は聞こえていたから』

 そう言いながらも、まったく引く様子を見せないシャーリィに、やれやれとリィンは溜め息を漏らす。
 シャーリィは戦闘狂ではあるが、空気が読めないほどバカでもない。
 自分たちが行かなくても大丈夫だと確信があって、こんなことをしているのだろう。
 彼女なりに仲間のことを信じていると言うことだ。
 それに――

『私たちは……特にリィンは手を貸さない方がいいと思うよ』

 ここで自分たちが手を貸してしまえば、アリサたちの見せ場を奪うことになる。
 それに何でもリィンが片付けてしまうのは、団にとってよくないことだとシャーリィは感じ取っているのだろう。
 この点に関しては、リィンも反論することが出来なかった。

「お前も、いろいろと考えているんだな」
『あ、酷い。これでも〈星座〉にいた頃は、連隊長を任されていたんだから』
「面倒臭いことは全部ガレスに頼ってた奴がよく言うぜ……」

 言っていることは正しいが、行動が噛み合っていないシャーリィの言動にリィンは呆れる。
 しかし彼女なりに団のことを考えているというのは、先程の話からもよく分かる。
 もっとも、リィンと戦いたいという気持ちの方が勝っているのは間違いなかった。

「はあ……仕方ねえな。いつかはこうなると思ってたし、相手してやるよ」
『――!』

 戦いは避けられないと悟ったリィンは意識を切り替える。
 訓練では決して見せることのないリィンの本気。
 殺意を纏った本気の姿に、シャーリィは身体を震わせながら息を呑む。
 アリアンロードとの戦いでリベンジを果たし、イシュメルガを吸収したことでリィンとの差は随分と埋まった自信はある。
 それでも、自分は挑戦者なのだと――嫌でも自覚させられたからだ。

「それに……力を試したくて、うずうずしているのはお前だけじゃない。殺すつもりでやるから――」

 ――死ぬなよ、シャーリィ。
 そう言って、最初に仕掛けるリィン。
 世界の命運を決める戦争が行われている裏で、最強の猟兵を決める戦いが幕を開けるのだった。


  ◆


「終わったと思って様子を見に来たら、あいつら……なんで戦ってやがるんだ?」

 ヴァリマールとテスタロッサの戦いを離れた場所から観察するランディの姿があった。
 仲間じゃなかったのかと呆れた様子で二人の戦いを見守りつつも、どこか納得したような諦めにも似た表情を見せる。
 シャーリィのことは幼い時から家族同然に過ごしてきて、よく知っている。
 そのことからも、どちらが先に仕掛けたのかは大凡の想像が付くからだ。
 とはいえ、

「戦闘狂なのは、あいつも同じか」

 リィンが〈赤い星座〉の拠点に殴り込みをかけて、シグムントと一戦やらかした話をランディは思い出す。
 ノイエ・ブランの権利をリィンが譲り受けることになった事件だが、話を聞いた時はランディも肝を冷やしたのだ。
 そして、リィンがシグムントやシャーリィと同じカテゴリーの人間であると言うことを確信した最初の事件でもあった。
 常識人ぶっていても、中身は戦いが好きな〝バトルジャンキー〟と言うことだ。

「お前も人のことを言えないって、おい!」

 頭の中に響く声に反論するランディ。
 傍目から見ると一人でコントでもしているようにしか見えないが、確かにランディの視界の先には〝何か〟が隠れていた。
 迷彩を解き、ランディの前に姿を見せる一体の騎神。
 それは――

「ゼクトール。親父の性格が移ったんじゃねえか?」

 紫の騎神、ゼクトール。
 ヴァリマールやテスタロッサと同じ、七の騎神の一体だった。
 もっとも黒の騎神が消滅したことで、いまは『六の騎神』と言う方が正しいのだが――

「そろそろ行くか」

 そう言って立ち去ろうとするランディの頭にゼクトールの声が再び響く。
 最後まで見て行かなくて本当にいいのか、と――
 この勝負の結果が気にならないと言えば、嘘になる。
 リィンに勝ちたい。リィンを超えたいと考えているのは、ランディも同じだからだ。
 それにリィンが本気をだして戦うところなど、そう見られる機会がある訳でもない。
 これはチャンスだ。上手くいけば、リィンの弱点を見つけられるかもしれない。
 ゼクトールの言葉の意味が理解できないランディではなかった。
 しかし、

「あいつには〝借り〟が出来ちまったからな。再戦するにしても、その借りを返してからだ」

 借りたままではリィンと戦えないと、ランディはゼクトールの疑問に答える。
 勿論、戦場でまみえれば手を抜くつもりはないが、それとこれは話が別だった。
 恩には恩で報い、通すべき義理は通す。それがランディの〝流儀〟だからだ。
 それに――

「フェアじゃねえだろ?」

 仮に勝てたとしても、そんなやり方でリィンに勝ったところで達成感は得られない。
 闘神の名を継いだからには、リィンとは正々堂々と決着をつけたいとランディは考えていた。
 そうでなければ、バルデルとルトガーの決闘にケチをつけることになると思うからだ。

「負けるつもりはないが、闘神の名を汚すような真似だけはしたくねえ」

 そんなランディの言葉に、ゼクトールも納得した様子を見せる。
 いや、むしろ敢えてランディを試すような問いかけをしたのだろう。
 闘神の名を息子に託したバルデルの意志を、ゼクトールは受け継いでいるからだ。

「いくぞ、ゼクトール」

 ランディを乗せ、次の戦場へ向かって飛び立つゼクトール。
 最強の猟兵を決める戦いが行われている裏で、新たな闘神が産声を上げるのだった。




後書き

以前からお報せしていましたが軌跡シリーズの新作攻略とプロットの修正のため、二週間ほど休載いたします。
お待たせすることになりますが、作品の完成度を上げるための対応なので気長にお待ち頂けると助かります。



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