「情報屋ですか?」
「ああ、こっちに来たばかりの頃、知り合った」
「でも、北都に調査を依頼したのでは?」
「いまエイジとミツキが調べてくれてる。だが、少し気になることがあってな」
翌日、リィンたちは事務所の車で、とある場所に向かっていた。
運転席に座り、ハンドルを握っているのはリィンだ。
そのすぐ後ろに席に明日葉が座り、助手席には――
「で? なんで、お前までついてきてるんだ?」
「息抜きよ。息抜き。明後日、いよいよライブだしね。明日はリハがあるから外せないし、今日は休みにして英気を養おうって」
レイカの姿があった。
朝早くから事務所にやってきて、当たり前のように一緒についてきたのだ。
やれやれと、リィンは溜め息を吐く。
「なによ、その態度。私も解決事務所の助手なんだから同行するのは当然でしょ」
確かにアルバイトではある。
だが、書類整理などの事務仕事を任せるつもりで雇っているのであって、現場に連れて行くつもりはなかったのだ。
「言っておくが――」
「なにかあっても自己責任だって言いたいんでしょ?」
それが分かっているなら大人しく留守番してろよと言いたくなるが、言って聞くような性格でもないため、リィンは諦める。
アリサといい、エリィといい、どうしてこう厄介事に首を突っ込みたがるのかと内心では呆れていた。
「ここですか?」
「ここって、お金持ちばかりが住んでるって噂のタワマンよね?」
杜宮記念公園の一角にあるタワーマンション。
敷地が赤い煉瓦の塀に囲まれた如何にも高級志向のマンションが、目の前にそびえ立っていた。
実際、住んでいるのは金持ちばかりで低階層の一番安い部屋ですら、賃料はサラリーマンの平均月収を軽く超えると言う話だ。
このマンションの最上階にある部屋に目的の人物は暮らしていた。
『はい。どちら様でしょうか?』
「リィン・クラウゼルだ」
『まあ、リィンさん。来てくださったのですね。ユウくんに御用ですか?』
「ああ、いるんだろう?」
『はい。あの子も喜ぶと思います。いま、開けますね』
カチャリと音を立てて、門が自動的に開く。如何にも凝った作りだ。
敷地内に足を進め、先導するリィンの後に続くアスカとレイカ。
しかし、
「女の人の声だったわね。まだ、私の知らない女がいるなんて……」
変な誤解をするレイカに、リィンはやられやれと溜め息を吐くのだった。
◆
「はじめまして、四宮葵と言います」
「柊明日香です」
「如月怜香よ」
リビングに通されたリィンたちは、アオイと名乗る女性からもてなしを受けていた。
セミロングの波打つ髪に、水色のワンピースの上から白のカーディガンを羽織った涼しげな格好をしている。歳の頃は二十代半ばと言ったところだろう。
大人の色香とまでは言わないが、落ち着いた雰囲気のある大人の女性だった。
「ちょっと待っていてくださいね。すぐにユウくんを呼んできますから」
そう言って、人数分の紅茶が入ったカップを置くと、奥の部屋へと消えてしまう。
「強敵ね……まさか、こんなところに伏兵が潜んでいるなんて……」
大人の余裕を見せつけられ、レイカはアオイを強敵だと認定する。
そんなレイカを見て、なにをやってるんだかと呆れるリィン。
しばらく、そうやって紅茶をご馳走になりながら待っていると――
「まったく、良いところだったって言うのに……」
「ほら、リィンさんが来てくれたのよ? ちゃんとしなきゃダメでしょ」
「待たせておけばいいんだよ。というか、リィン、リィンって……姉さん、アイツのことが好きな訳?」
「な……そ、そんなことは……ほら、私たち姉弟の恩人な訳でしょ? 失礼があってはダメだと思うの」
「この反応……まさか、本当に?」
姉と弟の仲睦まじい会話が聞こえてくる。
待っていると姿を見せたのは先程の女性アオイと、眼鏡を掛けた小柄な少年だった。
首からヘッドフォンをかけて、緑色のパーカーを着ている。
「相変わらずみたいだな」
「そっちこそ。前と違う女を二人も連れてるし、姉さんもこんな奴のどこがいいんだか……」
リィンを見て、これ見よがしに盛大な溜め息を吐く少年。
「えっと、あなたは?」
「人に名前を尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀だって教わらなかったの?」
アスカの問いに素っ気なく答える少年を見て、レイカの眉間に青筋が立つ。
ぐぬぬ……と唸っている辺り、生意気な子供だとでも思っているのだろう。
実際、生意気なのは間違いない。誰に対してでも、こんな感じだからだ。
「柊明日香よ」
「……如月怜香」
「知ってる。噂の帰国子女と〈SPiKA〉のメンバーでしょ? 最近、転校してきたって噂になってたしね」
自己紹介しろと言うから名乗ったのに、小馬鹿にするような態度で知っていると口にする少年に、レイカの堪忍袋の緒が切れる。
少年に掴みかかろうとするレイカを慌てて、背中から羽交い締めにするアスカ。
「ちょっと、落ち着いて!」
「こういう大人を舐めた生意気な子供は、ちゃんと叱ってやらないとダメなのよ!」
「子供、子供って。アンタたちと一つしか変わらないんだけど?」
「は?」
てっきり中学生くらいかと思っていたのだろう。
アスカやレイカと一つしか違わないと言うことは、高校生と言うことになる。
目を丸くして驚く二人に――
「四宮祐騎。杜宮学園の一年生。よろしく、先輩たち」
少年は、そう自己紹介をするのだった。
◆
レイカだけでなく、これにはアスカも驚きを隠せなかった。
情報屋に会うと言って連れて来られたと思ったら、出て来たのは中学生と見紛う小柄な少年だったからだ。
しかも、その正体が同じ学校に通う一年生だと聞けば、驚くのも無理はない。
まだ、アオイの方が目的の情報屋と紹介される方が納得が行く。しかし、
「あの……リィンさん、彼が?」
「ああ、四宮祐騎。こっちに来たばかりの頃に、ちょっとした縁で知り合った自称天才ハッカーだ。こんな見た目だが、腕は立つ」
「自称じゃないし。大体、見た目のことを言うならアンタの方が胡散臭いだろう?」
違いない、とリィンはユウキの言葉に笑う。
生意気な少年ではあるが、リィンはたいして気にしていない様子だった。
むしろ、二人の間には気安さがあると言うか、少年の扱いに慣れを感じる。
「まあ、子供扱いしないで頼ってくれるのは悪い気しないけど……」
ぼそっと呟くユウキを見て、顔を見合わせるアスカとレイカ。
なんとなく、目の前の少年のことが分かった気になったからだ。
彼も、リィンに誑し込まれた被害者の一人なのだろうと察すると、この生意気さも可愛く見えて来る。
「何だよ? その同類を見るような目は……」
二人の視線に嫌な気配を感じて、なんとも言えない微妙な顔になるユウキ。
リィンの連れてくる女は変な奴ばかりだと、内心で思っていると――
「お前に仕事を頼みたい」
リィンから話を切り出してきた。
仕事の話になった途端、少年の顔付きが変わったのを見て、アスカも姿勢を正す。
見た目通りではなく、場数をそれなりに踏んでいるとアスカも察したのだろう。
「メールじゃなくて直接きたってことは、北都にも内緒の案件ってことでオッケー?」
「ああ、どこに耳と目があるか分からないからな」
それは即ち、北都を完全には信用していないと言うことを示唆していた。
だが、無理もないとアスカは思う。リオンの一件には、ゾディアック傘下の御厨グループの御曹司が関わっていたのだ。
しかも、協力者にミツキの叔父が関わっていた。今回の件も情報が漏れている可能性は否定できない。
「で? なにを調べて欲しい訳?」
ユウキが尋ねると、リィンは懐から取り出した端末を操作し、一枚の写真を画面に表示する。
そこに映し出されていたのは、一輪の青い花だった。
見たことのない花ではあるが、ぼんやりと青白く光る花の姿にアスカとレイカは目を奪われる。
「この世界には存在しないはずの花。プレロマ草という花だ」
「リィンさん、もしかして――」
なにかに気付いた様子を見せるアスカに、リィンは首肯する。
「ああ、この花が〈HEAT〉の原料になっている可能性を疑っている。どんな些細な情報でもいい。この花に関する情報を集めてくれ」
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