「……子供?」

 眉間にしわを寄せるリィン。
 朝になってエマとシャーリィをホテルへ迎えに来てみれば、見知らぬ少年が一緒にいたのだ。リィンが戸惑うのも無理はない。
 小学生ぐらいだろうか? 恐らくは、九つか十と言ったところだろう。
 エマの後ろに隠れるでもなく、鋭い眼で睨み付けてくる少年にリィンは少し興味を持つ。
 とはいえ――

「シャーリィ。どういうことだ?」

 事情を聞かないことには話にならない。
 元凶と思しき人物に視線を向け、リィンは説明を求めた。

「拾った」

 犬や猫じゃあるまいし、簡潔に拾ったと答えるシャーリィにリィンは呆れる。
 昨日あれほど問題を起こすなと釘を刺したばかりだったからだ。
 しかし、

「なんか路地裏で倒れてたんだよね。怪我をしているみたいだったから、ホテルまで運んでエマに治療してもらったの」

 いろいろと疑問の残る話ではあるが、怪我をしていたと言うのなら余り強くは言えなかった。
 なんだかんだと言って、基本的にシャーリィは面倒見が良い。
 猟兵団は一つの大きな家族のようなものだ。
 赤い星座にいた頃から、子供たちの面倒を見ていたことも理由にあるのだろう。
 問題は――

「俺が戻るまで大人しくしとけと言っただろ? 何処に行ってた?」
「ちょっと朝の散歩に出掛けてただけだよ?」

 他に問題を起こしてないだろうなと言う意味で尋ねるリィンに、シャーリィは平然とした顔で答える。
 何もしていないと言うのなら、いまのところは信用するしかない。
 しかし問題を起こしていても、シャーリィ自身が問題と認識していないことがあるだけに厄介だとリィンは知っていた。
 あとは――

「お前、なんだって路地裏で行き倒れてたんだ?」
「お前じゃない。俺は竜崎一馬≠セ」

 少し強い口調で目の前の少年に事情を尋ねるも、臆するどころか威勢の良い声が返ってきてリィンは「なるほどな」と納得した様子を見せる。
 シャーリィが気に入るはずだと、少年――カズマを見て思ったからだ。

「自己紹介がまだだったな。俺はリィン・クラウゼルだ」
「……アンタたち、外国人なのか?」
「まあ、そんなもんだ。それより、さっきの質問にまだ答えてもらってないぞ? どうして路地裏で倒れてた? 親は?」

 リィンの質問に先程とは打って変わって、答えにくそうな表情をするカズマ。
 少し考え込む様子で間を空けると――

「……親はいない」

 重い口を開き、そう答える。
 そういうことか、とリィンは少年の態度に納得した様子で頷く。
 最初、警戒するかのように鋭く睨み付けてきたことからも、この少年は大人を信用していないと察していたからだ。

「倒れてたのは……」
「喧嘩で負けたか?」
「ぐっ!」
「なんだ。図星か」

 よくある話。警戒して損をしたとばかりに、リィンは少年の話に興味を失う。
 もしかしたら、なんらかの事件に巻き込まれたのではと考えていたからだ。

「でも、相手は五人もいたんだ。それに中学生だったし……」

 どう言う訳か起きたら痛みは引いていたが、喧嘩で負けたのは事実だ。
 しかし、相手は中学生が五人。対して、カズマは一人。
 体格の差もあって、どうしようもなかったと言うのが本音だった。
 それに一方的に負けたのではなく、相手にも手傷は負わせたのだ。

「負けは負けだ。言い訳をするくらいなら喧嘩をするな。それが嫌なら負けないくらい強くなるんだな」

 悔しげな表情で言い訳するカズマに、リィンは素っ気なく返す。
 まさか、そんな風に返されるとは思ってもいなかったのだろう。
 カズマは唖然とした表情を浮かべる。

「エマに怪我は治してもらったんだろ? なら、一人で帰れるな」
「いやいや、普通は説教するとか、警察に連絡するとかするだろ!?」
「それだけ元気なら大丈夫だろ。俺たちは、お前に構っていられるほど暇じゃないんだ」

 大抵、親がいないと聞けば、ほとんどの大人は哀れむような視線を向けてくる。
 そうして心配する素振りを見せておきながらも、実際には何もしようとしない。精々が学校や警察に連絡するだけで、関わり合いを避けようとする。そんな大人をカズマはたくさん見てきた。
 だが、リィンは違った。何も聞かないどころか、まったく心配する様子もない。本心から邪魔だと言っているように聞こえた。
 いや、実際そうなのだろうとリィンを見て、カズマは思う。

「じゃあね。弱いんだから、もう喧嘩なんてしちゃダメだよ」
「二人とも待ってください。本当にこの子を置いて行くんですか!? ああ、もう!」

 一度も振り返ることなく、あっさりと背中を向けて立ち去るリィンたちを見て、カズマは焦った。
 こんな風に素っ気なく扱われるとは、さすがに想像もしていなかったからだ。
 だが本当は素直になれないだけで、怪我を治療してもらったことには感謝していた。
 だからか、

「待てよ! 俺に借りも返させない気か!?」

 カズマは声を張り上げ、リィンたちを呼び止めるのだった。


  ◆


「観光案内って……アンタたち、本当に外国人だったんだな」

 無視して置いて行くことも出来たが、借りを返させてくれと頼んできたので、リィンはカズマに街の案内をさせていた。
 実際、この辺りは自分の庭のようなものだと胸を張るだけあって、カズマは役に立っていた。
 情報を集めるにしても、地理に詳しい人間が一緒にいるのといないのとでは効率が大きく違うからだ。

「ここが〈北都〉の本社ビルだ。アンタたち、もしかして〈北都〉の関係者なのか?」
「いや、そう言う訳ではないんだが、ちょっと調べ物をしててな」

 曖昧に言葉を濁しながら、ビルを観察するリィン。
 さすがに日本を代表する企業の一つだ。オルキスタワーを彷彿とさせる大きさも然ることながら、人の出入りが多い。
 出入り口には警備員が常駐していることからも、警備もそれなりに厳重なようだ。

「リィンさんは、ここが怪しいと考えているのですね?」
「ああ、他に手掛かりが何もないってのが、正直なところだけどな」
「なら、強行突破する?」
「いや、今日のところは様子見だ」

 物騒なことを平然とした顔で相談するリィンたちに、カズマは戸惑いを隠せない表情を覗かせる。
 只者でないことは分かっていたが、行き倒れている子供を拾って怪我の治療をするようなお人好しだ。
 真っ昼間から、まるで近くのコンビニに買い物に出掛けるかのような気軽さで、大企業のビルを襲撃する相談をかわすような危険人物とは思っていなかった。

「アンタたち……もしかして、やばい奴なのか?」
「さてな。怖いなら帰っても構わないんだぞ?」

 ニヤリと笑みを浮かべながらそう尋ねてくるリィンに、カズマはムッとした表情で「別に怖くねえし」と答える。
 こんな風に挑発すれば、カズマがそう答えるであろうことは分かっていての質問だった。
 確かに子供に聞かせるような話ではない。本来であれば、このままカズマは帰すべきなのだろう。
 しかし、

「リィン、気付いている?」
「ああ、つけられてるな」

 ホテルからずっと、何者かに尾行されていることにリィンとシャーリィは気付いていた。
 だからカズマの提案に乗って、彼に案内を頼んだのだ。
 最初はカズマが狙いかと思っていたが、尾行の視線はリィンたちに向いていた。
 そのことから、ようやく餌≠ノ引っ掛かったかと、リィンは獰猛な笑みを溢す。

「あれって、リィンの仕業?」
「ああ、昨晩は派手に聞き回ったからな」

 北都の情報を集めていれば、あちらから接触してくるであろうことは分かっていた。
 だから敢えて隠すようなことはせずに、堂々と情報を集めて回ったのだ。
 しかし、

「でも、あれって本当にお目当て≠フ相手なの?」

 シャーリィの質問に、なんとも言えない表情で答えるリィン。
 上手く尾行しているつもりなのだろうが、正直なところ素人に毛の生えたレベルだった。
 しかし、ここはゼムリア大陸ではない。隠形術に長けた使い手など、この平和な日本にそうはいないだろう。

「最初から当たりを引けるとは思っていないしな。取り敢えず、確認をしてみるか」
「あっ、じゃあ、シャーリィがやっていい?」

 ハズレでも使い道はある。
 少なくとも裏≠ノ繋がる手掛かりとなってくれれば上々だとリィンは考えていた。
 尾行を捕らえるのを自分がやりたいと主張するシャーリィに、

「……殺すなよ?」

 と、釘を刺すのをリィンは忘れなかった。


  ◆


「は? 帰って来ないだと?」

 手下の報告に顔を顰めるスーツ姿の男。
 彼の名は、梧桐英二。この界隈を縄張りとする広域指定暴力団『鷹羽組』の構成員だった。
 若手のなかでは一番のやり手と称され、組長からも期待を寄せられている未来の幹部候補だ。
 とある筋からの依頼で、手下にリィンたちを見張らせていたのだが――

「……どういうことだ?」

 北都のことを嗅ぎ回る人物は、これまでにも大勢いた。
 その度に非合法な仕事を生業とする鷹羽組が、こうして対処してきていたのだ。
 まずは警告を発し、それに応じない場合は脅迫や拉致なども密かに実行してきた。
 表の北都と、裏の鷹羽組。持ちつ持たれつの関係を維持することで、この街の秩序は保たれている。
 今回の仕事もいつもと同じ、簡単な仕事のはずだった。
 しかし、監視を命じていた手下からの連絡は途絶え、いつまで経っても帰って来ない。
 そのことから考えられるのは――尾行に気付かれ、捕らえられたと言うことだった。

「ちッ……」

 面倒なことになった、とエイジは不機嫌そうに舌打ちをする。
 いつもの仕事と軽く見て、相手の力量を読み違えたのが、そもそもの失敗だった。
 初心忘るべからず。まずは自分の目でターゲットを確認するべきだった、とエイジは後悔する。

「兄貴……どうしやす?」
「どうもこうも……このままにはしておけねえだろ」

 一度仕事を引き受けた以上、尾行に気付かれたからと言って簡単に引き下がる訳にはいかない。
 それに組のメンツもある。末端の組員とはいえ、組の人間が捕らえられたのだ。
 裏社会を取り仕切る組織の者として、舐められたまま終わらせる訳にはいかなかった。

「人を使って捜させろ。だが、見つけても早まって手を出すんじゃねえぞ?」

 連絡一つ寄越さなかったと言うことは、その隙すら与えてもらえなかったと言うことだ。
 あっさりと監視に気付き、誰にも悟らせることなく尾行を捕らえるほどの手練れだ。
 しっかりと準備を整えてからでなければ、また捕り逃がすことになりかねない。
 だからこそ、同じ轍を踏まないためにも見つけても絶対に手はだすな、とエイジは釘を刺す。

「次は、俺もでる」

 鷹羽組の幹部候補。次期『若頭』と目される男の言葉に、本気を悟った男たちは息を呑む。
 日本のヤクザと、異世界の猟兵。世界は違えど、同じ裏社会に名を馳せる男たちの邂逅の時が迫っていた。



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